012 水も滴る
高等部の校舎に戻った僕は、その足で1年3組の教室へと向かう。
友原恵理子。
里香たちと同じ中等部の出身で、僕も1度だけ同じクラスになったことがあった。
とても明るい性格で、誰からも好かれる女の子だ。
廊下を進むと、さっそく恵理子の姿を見つける。
どうやら友人らと備蓄用の食糧を教室に運んでいる最中のようだ。
「手伝うよ、友原さん」
「あ……。藍田くん……」
大きなビニール袋2つに詰められた缶詰を半分持ってあげる僕。
他の友人らもそれぞれ両手いっぱいに食料を抱えている。
そのまま廊下を進み3組の教室へと入る。
すると、教室にいた生徒らの視線が僕に集中した。
「え……? な、なに……?」
皆の視線を一身に集め、緊張する僕。
「よう、藍田じゃん! お前マジですげぇな!」
「え?」
「聞いたわよ! 木田が電気を起こせるようになったって!」
瞬く間に僕の周囲に人だかりが出来る。
そして次々と質問してくる生徒たち。
「ちょっと……! そんなにいっぺんに質問されても……!」
おしくらまんじゅう状態の僕は目で恵理子に助けを求める。
すると恵理子は僕の手を握り、集団の外へと引っ張ってくれた。
「こっちよ、藍田くん」
「あ! 恵理子! 独り占めはズルイよー!」
女子達の悲鳴が聞こえたが、恵理子はそのまま僕を引っ張り廊下を駆けていく。
そしてそのまま屋上までノンストップで走り続けた。
「はあ、はあ……! と、友原さん……! ちょっと、待って……!」
体力に自信のない僕は、屋上まで上った途端に力尽きてしまう。
そのまま地べたで大の字に寝転がる。
「ごめんね、藍田くん。でも、私に用があって来てくれたんでしょう? はい、これ」
僕を見下ろしながらそう言った恵理子は、水の入ったペットボトルを差し出してくる。
「あ、ありがとう……」
僕はそれを受け取り、上半身を起こす。
そしてカラカラの喉を潤した。
水――。
僕らが生きていくために、絶対に必要なもの。
人は水なしでは生きられない。
そして、この学園に備蓄されている水は残りわずかだ。
「私を探していた理由、当ててみようか」
そう答えた恵理子の目を見た瞬間、僕は『解析』を発動してしまう。
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NAME エリコ
LV 1
HP 5/5
AP 0/0
MP 16/16
ARTS -
MAGIC -
SKILL 『無詠唱』
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そして、無意識のうちに瞬きをする。
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NAME エリコ
JOB 水魔士
WEAPON(R) -
WEAPON(L) -
BODY 私立伊ノ浦学園の制服
WAIST 私立伊ノ浦学園の制服
SHOES 青のスニーカー
ACCESSORIES コンタクトレンズ
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(友原さんのユニークスキルは『無詠唱』……)
これはいったいどんなスキルなのだろう。
いや、それよりも――。
「? ……あ、もしかして、覗いた?」
「へ?」
思いもしなかった言葉をかけられ、素っ頓狂な声をあげる僕。
まさか、さっき寝転がったときにスカートの中を覗いたと思われて……?
「の、覗いてない、覗いてない!」
そう言い、慌てて起き上がる。
「馬鹿。そういう意味じゃなくて」
「あ……」
顔を真っ赤にした僕を見て、笑いを堪えている恵理子。
その様子を見て、僕は勘違いしていたと気付く。
「……うん。ごめん。今、『解析』しちゃったんだ」
頬を掻きながら目を逸らし、そう答える。
恥ずかしすぎて顔の火照りが一向に収まらない。
「……そっか。それが人気の秘密、か」
「え? 何か言った?」
「ううん。こっちの話」
「?」
なんだろう。
凄く気になるけど、今日はまだやらなければならないことが沢山ある。
僕は一旦、深呼吸をする。
「ふふ、じゃあさっきの話の続きね。藍田くんは、私の能力を開花させに来たのでしょう?」
「……うん。もう担任の先生から聞いていると思うけど、この学園に残された備蓄用の水は、もってあと2日くらいなんだ」
「ええ、聞いているわ。だからこそ、私の『水魔士』としての力が必要なのよね」
先程とは打って変わり、真剣な表情で答える恵理子。
その眼差しには決意の色が見てとれる。
「教えて。どうしたら水を具現化できるようになるの?」
「それは――」
僕は武則に説明したときと同じように、恵理子に説明をする。
「――そっか。だから私は水の魔法が使えなかったのね……」
僕の説明に納得した様子の恵理子。
「友原さんは『無詠唱』をどうやって使うかは知っているんだよね?」
「ええ。脳内でイメージして、詠唱なしで魔法を具現化するものなのだけれど……」
そう答えた恵理子は、目を瞑り、念じ始めた。
すると武則のときと同じように、光り輝く魔法陣が出現する。
(ここまでは武則の『詠唱強化』のときに出現した魔法陣と一緒だ……)
恵理子の身体は淡く光を放っている。
しばらくその状態が続いた後、大きく息を吐き、目を開いた恵理子。
「それを何度か続けてみて。僕はここで友原さんを『解析』しているから」
僕の言葉に頷いた恵理子は、再び『無詠唱』のスキルを使用する。
そして何度か同じことを繰り返した後、恵理子のステータスに変化が見られた。
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NAME エリコ
LV 2
HP 9/9
AP 0/0
MP 24/24
ARTS -
MAGIC 『命の水 LV.1』
SKILL 『無詠唱』
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「あ……」
「やった……! 水の魔法が使えるようになってるよ! 友原さん!」
「うん……! 分かる……分かるよ!」
嬉しくなった僕らは、共に手を取りはしゃぎだす。
でも、まだだ。
ここで更に検証をしておかないと、安心はできない。
「友原さん。今ここで『命の水』を使える?」
「え? あ、うん。やってみるね」
僕の言葉を聞き、そのまま再び目を閉じる恵理子。
ユニークスキルの『無詠唱』は使わず、通常どおりの詠唱で水魔法を発動させるみたいだ。
恵理子の周囲に先程とは違う水色の魔法陣が浮かび上がる。
そして波紋が広がるかのように、魔法陣が大きくなっていく。
「――《命の水》!」
そう恵理子が唱えた瞬間――。
ざっぱーん!!
「へ?」
「あ――」
僕の頭上に大量の水が降ってきた。
……まるで滝のように。
「ご、ごめんなさい! まだ魔法の使い方に慣れていなくて……!」
謝りながらも、ちょっと笑ってしまっている恵理子。
そんなに僕のずぶ濡れ姿が面白いのだろうか……。
僕はジト目で恵理子のステータスを『解析』する。
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NAME エリコ
LV 2
HP 9/9
AP 0/0
MP 22/24
ARTS -
MAGIC 『命の水 LV.1』
SKILL 『無詠唱』
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「……消費MPは2だね……。……へくしょん!」
思いっきりクシャミをすると、また恵理子が笑い出した。
それに釣られて僕も笑ってしまう。
でもこれで、理事長に良い報告ができる――。
屋上で何度もクシャミをしながら、僕は恵理子と一緒に笑い続けていた。
〇『無詠唱』
水魔士のユニークスキル。
自身の持つ水属性魔法を詠唱なしで使用できる。
レベルアップにより無詠唱中に行動できるパターンが増加する。