009 不安な気持ち
「あ、お帰り優斗ー!」
「どうでしたか? 色々と分かりましたか……?」
教室に戻ると、同じ毛布に包まった里香と瞳が僕たちに声をかけてきた。
「おーおー、俺には『お帰り』の一言も無しですかい」
「ふふ、お帰りなさい、大友くん」
「楠先生……! やっぱ俺には先生だけです……! 感激!!」
大げさにそう言った大輝は嘘泣きのポーズをとる。
その様子に皆は苦笑いをした。
「うん。色々と分かったのは分かったんだけど……」
僕は暗い教室を見回す。
「誰か探してるの優斗?」
僕の様子に気付いた里香が声をかけてくる。
「武則はどこに行ったの?」
「ああ、木田くんだったらトイレに行くって言っていたわよ」
里香の代わりに楠先生が答えてくれる。
今はまず、武則と直接話をしたい。
みんなに説明するのはその後だ。
「なあに……? また男同士で内緒話でもする気……?」
「お、嫉妬か里香。そうだぜ。俺と優斗と武則で、クラスのどの女子が気になるかって話をだな――」
「違う違う! ちょっと聞きたいことがあるだけだよ! 検証の続きみたいなものだから!」
慌てて大輝の口を塞ぐ僕。
別に僕が慌てる必要なんてないのだが、さっきの大輝の『咆哮』がちょっとだけ気になってしまったから。
「……怪しい」
「……怪しい、です……」
里香と瞳がじと目で僕ら2人を睨みつけている。
「じゃーあ、ジャンケンで決めましょうよ」
ふいに里香が僕らに提案を持ちかける。
「は? なんのジャンケン?」
首を傾げる大輝。
僕にも里香が何を言っているのか理解出来ない。
「優斗は武則くんに話があるんでしょう? それに同行する人を決めるジャンケンよ」
「はぁ? お前なに言ってんだ?」
「……賛成です。私だって……優斗くんと……検証したいですし……」
大輝と里香のやりとりに、モゾモゾと答えた瞳。
最後のほうは聞き取れなかったけれど。
「ふふ、面白そうね。参加資格は私にもあるのかしら?」
「ちょ、楠先生まで! おい、優斗! なんでお前ばっかりモテるんだよ! 差別反対! 格差社会、断固反対っ!!」
びしっと肘を真っ直ぐに伸ばし腕を上げる大輝。
クラスメイト中が僕らのやりとりに注目している。
「しーーっ! 大きな声を出さないの大輝。他のクラスの先生が怒鳴り込んできたらどうするのよ」
「お前が訳の分からない提案をかましやが――むぐっ!」
「はいはい、大きな声を出さないでね、大友くん」
今度は楠先生に口を塞がれた大輝。
でも凄く嬉しそうにデレデレしながら大人しくなってしまった。
やはり大輝を黙らせることができるのは先生だけだ。
「じゃあ決まりね。ジャンケンで勝ったひとが優斗と一緒に武則くんを探しに行く。そして検証のお手伝いをする」
「……了解です。絶対に勝ってみせますから……!」
何故か里香と瞳の間で火花のようなものが散った。
僕の目の錯覚だろうか。
「それじゃあ行くわよ。じゃんけん――」
楠先生の控え目なかけ声に合わせ、皆が拳を構える。
そして――。
「あーーー! 負けたーーー!」
「あら、残念ね」
「お、ちょ! 俺、参加してない! ずるいですよ楠先生!」
「……勝っちゃった」
四者四様。
勝者は那美木瞳。
申し訳なさそうに上目使いで僕を見上げる瞳と目が合ってしまう。
「ちぇ、まあいいか。言いだしっぺの里香が負けたし、ざまぁって感じだし」
「う、うるさいわね! ちょっと計画が狂っただけよ……!」
いつもの夫婦漫才が始まったようだ。
クラスのみんなも普段どおりの2人の様子を見て笑っている。
「じゃあ、藍田くんと那美木さんは木田くんを宜しくね。もうそろそろ就寝時間になるから、それまでには戻ってきてね」
「分かりました。じゃあ、行こうか、瞳」
「う、うん……」
瞳を連れ教室を後にする。
何故かクラスメイトからはヒューヒューと口笛を吹かれたのだけれど。
廊下を出た僕らは校舎裏にある即席の簡易トイレへと向かう。
校舎に設置されている水洗トイレは既に水が流れないのだ。
きっと下水管も敷地の外で切断されてしまっているのだろう。
その辺りの設備については、理事長と島田先生を中心に話が進んでいるはずだ。
「あの、優斗くん……」
「うん? どうしたの、瞳?」
いつも通り、おずおずと僕に尋ねる瞳。
僕らのクラスの学級委員長で、しかも成績優秀な生徒なのに。
どうしていつも、こんなに自信なさげな態度をとっているのだろうと思う。
大輝や里香とは正反対の性格といってもいい。
「さっきの話の続きなんだけど……。木田くんを探しているのって、もしかして……」
「やっぱ瞳は気付いちゃうか。流石はうちのクラスの出世頭だね」
大輝の真似をして、少しだけ瞳をからかってみる。
真っ暗な廊下で表情は確認できないが、雰囲気で照れているのだと予測はついた。
瞳は大人しくて、誠実な女子生徒だ。
あまりからかうと、傷つけてしまうかもしれない。
「……ごめんね。一緒に木田くんを探すのが私なんかになっちゃって……」
「ううん、そんなことないよ。大輝や里香だとちょっとうるさいし、楠先生だとちょっと緊張しちゃうし……。それに瞳だったら『暗記』のスキルを持っているだろう? 検証するのにすごく助かるよ」
「……うん」
その後、瞳は黙ってしまった。
僕もおしゃべりはやめて、彼女の歩調に合わせて廊下を進んでいく。
でも別に、嫌な沈黙とかではない。
言葉を交わさなくても、彼女の僕に対する信頼を感じとることができる。
これは僕が『解析士』だからなのだろうか?
それとも、もっと別のなにかが関係しているのだろうか?
「あ、そうだ。ちょっと瞳のステータスを見てもいいかな」
「え? あ、うん。いいよ」
いちおう彼女に断りを入れてから、彼女に『解析』を使う。
即座に緑色をした表記が浮かび上がる。
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NAME ヒトミ
LV 4
HP 25/25
AP 0/0
MP 31/31
ARTS -
MAGIC 『四則演算 LV.1』
SKILL 『暗記』
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「あ……。なんだか……力が……」
大輝と同じように自身の力を再確認する瞳。
やはりそうだ。
彼女は何度か『暗記』のスキルを使っていた。
だからレベルが上がっているのだ。
それともう一つ――。
「僕がレベルアップの対象者を『解析』しないと、レベルが上がらない仕組みなのか……」
恐らくそれは、ステータスを確認できるのは僕だけだということと関係しているのだろう。
『解析士』というJOB以外で、いまのところ『解析』のスキルを持っている者はいない。
ならば定期的に皆の状態を『解析』しないと、新たな力に目覚めることはない――?
「……やっぱり優斗くんはすごいです。その力もそうですけど、皆のこともよく見てるし、他人の気持ちも分かってくれるし……」
「瞳……?」
「私、ずっと不安だったんです。ううん、今でも不安。いつ学園を囲っている塀を崩されるか分からないし、この先水とか食料とかどうなるか分からないし……」
つらつらと思いの丈を語りだした瞳。
僕は黙ってその言葉を受け止める。
「でも、優斗くんを見てて、私にもなにかできるんじゃないかって。皆と一緒に、この現状を乗り切れるんじゃないかって、そう考えるようにしたの」
あの引っ込み思案の瞳が、しっかりと自分の意見を述べている。
僕だってそうだ。
ずっとずっと不安で。
でもクラスのみんなが居てくれるから、自分を保つことが出来て。
「きっと、私達は無事に帰れる……。今はそう、信じてる。だからね、優斗くん――」
気配で瞳の顔が近付いてくるのが分かる。
彼女の吐息が僕の頬に当たる。
「あれ? おーーい! 優斗と瞳じゃんかー!」
急に懐中電灯の光を当てられ、慌てて僕から離れた瞳。
眩しさに目を細め前方に視線を凝らす。
というかこの声は――。
「……あ。もしかして……お邪魔だった?」
僕と瞳の様子を交互に眺める武則。
ちょうど用を足し終え、教室に戻る最中だったのだろう。
「べ、別になんでも……ないですよね? 優斗くん……」
「え? あ、うん……」
いきなり僕に話を振った瞳。
なんだろう。
先程の言葉の続きが気になる……。
僕は一旦大きく息を吐き、頭の中を整理する。
「武則のことを探してたんだよ。ちょっとこれから能力の検証に付き合ってくれるかな」
「え? いいけど……。俺さあ、あれから何度も試してみたんだけど、ちっとも電気とか流せなくてさぁ。もしかして期待ハズレだったんじゃないかって落ち込んじまってさぁ」
そう言い肩を落とす武則。
確かに昼間に話を持ちかけたときも、静電気すら起こすことが出来なかった。
しかし、今はその理由が少しだけ判明したのだ。
試してみる価値はある――。
「ここだと危ないかもしれないから、グラウンドのほうへ行こう」
僕の提案に頷く武則と瞳。
もうそろそろ就寝時間だ。
時間までには戻ると楠先生と約束しているから、早めに済ませてしまおう。
僕は再び夜のグラウンドへと足を向ける。
〇木田武則
主人公のクラスメイト。
お調子者の性格で、クラスの人気者。
地元にある『木田電気店』の一人息子。