000 学園転移
東京都伊ノ浦市にある伊ノ浦学園。
中等部と高等部が一緒になっているこの学園で、僕はこの春、高校1年に進学した。
……とは言っても隣にある中等部の校舎からこちらにある高等部の校舎に変わっただけなのだけれど。
「おーっす! 優斗! 相変わらず今日もシケた面してやがんな!」
「うわっ!」
真新しい下駄箱を開け、上履きに履き替えている最中。
急に背中を押され驚く僕。
「……なんだ大輝か。びっくりさせるなよ……」
大友大輝。
中等部の頃から3年間、同じクラスだった腐れ縁の親友。
押された背中を擦りながら、僕は落ちた上履きを拾い上げる。
「隙だらけのお前が悪い。……あ、やっべ! もうホームルーム始まんぞ!」
「え? ……あ! 本当だ!」
腕時計を見ると遅刻ぎりぎりの時間だったことに気付く。
僕らは慌てて教室へと向かった。
◇
「えーと、じゃあホームルームを始めるわね……って、またいつものギリギリ組が到着したわね」
教室の扉を開けた瞬間、担任の楠先生の鋭い眼差しが僕らを突き刺す。
「はーい! 先生ー! あの2人には罰としてトイレ掃除係を任命してあげたら良いと思いまーす!」
元気良く手を挙げたのは寺島里香。
僕と大輝と同じく、中等部から3年間同じクラスだった腐れ縁の女の子だ。
「そうねぇ……。寺島さんはああ言っているけど、那美木さんはどう思う?」
「え? あ、えと、私は、その……」
楠先生に急に話題を振られたじろぐ、眼鏡を掛けた女子生徒。
僕らのクラスの学級委員長の那美木瞳だ。
「ね? 瞳もそう思うよね? ね?」
「もう……里香ちゃん……」
隣の席の里香に迫られ、余計困惑している瞳。
この2人も中等部からの親友同士で、今でもよくお互いの家に遊びに行っているらしい。
体育会系の里香と文系の瞳で、よくもまあ話が合うもんだといつも関心してしまう。
「あの、先生……。もう俺ら、席に着いてもいいっすかね……」
後頭部を掻きながら大輝が楠先生に訴えかける。
その様子を見て、教室中の生徒らが笑いを堪えていた。
「いいでしょう。トイレ掃除係の件はまた後日、みっちりと話し合いましょうね」
満面の笑みでそう答えた楠先生に促され、僕らは低い姿勢でそれぞれの席に座る。
大輝は一番後ろの席。
僕は里香のすぐ後ろの席だ。
「(ぷぷっ! 今日も大輝と2人して教室中の笑いをかっさらっていったわね)」
「(うるさいなぁ……。僕が朝が弱いの、里香だって知っているだろう?)」
里香とは家も近所で、小さい頃は良く遊んでいた。
しかし小学校に上がったくらいから周りの友人の目を気にして遊ばなくなってしまった。
中等部にあがり、同じクラスになってからはまた昔のように付き合い始めたのだけれど。
「(優斗は昔っからそうだもんね。『朝が弱い系男子』っていうか)」
「(なんだよそれ……。そのまんまじゃん……)」
「はい、そこ! もうホームルームは始まっていますよ!」
楠先生からまたもや指摘され、照れ笑いをする里香と平謝りをする僕。
里香の隣にいる瞳に視線を向けると、彼女も控えめに笑っていた。
その様子を見て僕もふっと表情を崩してしまう。
自慢じゃないが、うちのクラスはみんな仲が良いのだと思う。
まだ進学して一月だから、このクラスになったのも一ヶ月なのだけれど。
でもクラスのほとんどのメンバーは中等部からの知り合いだから、付き合いは3年近くになる。
それくらいの付き合いになると、個々の特徴というか癖というか。
そういうのが見えてきて、どう接すれば良いのか自然と分かってくるというものだ。
無事にホームルームが終わり、僕らは一時限目の準備に入る。
ふと、何かが視界を横切った気がして窓の外に視線を向けた。
何だろうと思い、目を凝らす。
「……なあ、里香。あれって――」
教室を移動しようとしていた里香に声を掛けようとした所で止まる。
いや、止まったというより、急に声が出なくなってしまった。
……違う、そうじゃない。
急にこの世界の音声が全て止まってしまったような――。
窓の先にある空が赤く光っているのが見える。
空の端から、なにかが捲れているのが見える。
さっき視界の端に見えたのは、あれなのだろうか。
垂直に空を上る線。
それがある角度まで昇ると今度は水平に伸びていった。
捲れているのは、空――?
まるで紙をハサミで切っているみたいに。
大きく空が捲れていく。
捲れた先にあるのは、吸い込まれそうな黒――。
――そこで、僕の意識は途切れてしまった。
〇藍田優斗
本作の主人公。
特に特徴のない平凡な男子高校生。
唯一の趣味が人間観察。
〇大友大輝
主人公の親友。
柔道部に所属している大柄な青年。
〇楠涼子
主人公らのクラスの担任教師。
元々は保健の教師。
〇寺島里香
主人公の幼馴染。
陸上部に所属している活発な少女。
〇那美木瞳
主人公らのクラスの学級委員長。
理系の秀才で眼鏡っ子。