#3 常連客
開店してから数分後、冴は店の外に出ると一匹の猫を抱えて戻ってきた。その猫は毛が黒くて耳の先が白く、よく見ると、尻尾が2本あった。
「いつになったら普通に入ってくるのかしらね。慣れたけど。」
「さぁ......?私も慣れました。ていうか、外めっちゃ暑いですよ」
三月は呆れた。と、笑いながら言うと、冷蔵庫からミルクを取り出してグラスに注いだ。冴が猫をカウンター席に座らせると、猫の周りからもくもくと煙が出てきて、あっという間に人に変化してしまった。
そう、この猫は妖怪 猫又。一般の猫又よりも妖力が高いらしい。愛称はクロ。猫又は冴が働く前からこの喫茶店に通いつめている(入り浸っている)この店の常連客。本人曰く、『かわい子ちゃんに抱っこしてもらうのが人生の目標』だそう。
「やっぱこの店いいね〜♪ 涼しいし落ち着くし♪」
「フフ、ありがとね」
三月が嬉しそうに笑いながらミルクを差し出す。
「ご注文はお決まりで?」
冴がそう聞くと、猫又はメニューを見ずに、一言、「いつもの」とだけ言い、にこっと笑った。冴は厨房にいる三月にそれを伝えた。
「いつものね、わかったわ。......見た目がちょっとアレだから作る方もキツいんだけどね」
「......まぁ、人間と感覚が違いますし......」
「とにかく、作ってくるわね」
「お願いします」
冴はカウンターに戻り、食器を棚に片付け始めた。この店には見たこともないようなグラスやカップがたくさんある。三月の趣味らしいが、海外の物なのだろうか。一体どこから仕入れているんだろう、冴はそんな事を考える。片付けるために手にとったカップをよく見ると、模様が彫られていて、そこに金粉が敷き詰められている。技工に関心しつつ、落とさないように棚にしまう。
全てしまい終えると、冴は改めて棚を見た。
「……綺麗だなぁ……」
この一言は猫又に聞こえていたらしく、「なにが?」と質問された。「カップ達ですよ。」と答えると、「なぁんだ。」と退屈そうな声が返ってきた。
「ねぇ〜まだなのぉ〜?」
「もう少し待ってて下さいね。」
猫又はさらに退屈そうに頬杖をつき、ミルクのおかわりを頼んだ。
「おまたせー……」
ちょっと元気が無い三月が厨房から出てきた。手に持っているのものを見れば理由はわかる。
三月が作っていたのは、猫又用の特別メニュー『爬虫類の揚げ物』だ。名前の通り、トカゲやカエルなど、人間が好き好んで食べるものでは無い。しかし、妖怪ともなるとまた違うらしい。猫又はそれを見ると一気にテンションが上がった。
「わぁっ!!やっと来たぁ!もぉーー待ちくたびれたよ〜……ん?」
なにかに気が付いた猫又は目を閉じて、料理に鼻を近づける。
「いつもと味付け違うでしょこれ〜」
「ふふ、さすが。」
まだ元気が無い三月をそっちのけで猫又はパチンと手を合わせた。
「いっただきまぁーす!」
満面の笑みでトカゲを頬張る猫又を見ながら冴も若干引いている。匂いはとても美味しそうなのだが、形が残念である。妖怪と人間では感性が違うことくらい誰でもわかるはずだが、こうして目の当たりにすると、言葉が出なくなる。だがその反面、美味しそうにも見えてくる。
食べてる姿を見て萎えている三月達をよそに、猫又はどんどん食べる。
「ん。ミルクおかわり」
ミルク追加。爬虫類食いながらミルクかよっと三月は思うわけだが、冴は不思議なことなど何もないふうな涼しい顔をしてミルクを注いだ。
「よく直視できるわね」
「慣れですよ。慣れ」