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イミテーション・ヘブン  作者: 鷹峯和乃
4/5

写真

2013年 7月



「今日は、お客さん多かったね〜。」


「まぁ、休日だったからな。来週からは夏休みの客が流れて来るから、毎日忙しくなるぞ。」


週末の昼下がり、友梨は店の床をデッキブラシで磨きながら、父と共に後片付けを行っていた。


「友梨、あとは父さんがやっとくから、もう片付けはいいぞ。」


「ありゃ、いーの? そんじゃ、お言葉に甘えて昼寝でもしよっかなー。」


デッキブラシを、店用の物置にしまう。


「昼寝なぁ…。その、もっと外に出たらどうだ?」


何か含みのある言い方をする父に、友梨はため息をついた。


「父さん、母さんに何か言われたんでしょ? 心配してくれなくても、そのあたりは自分で積極的に動いてるから。」


「そうなのか?」


「来週は合コンが2つに街コンだって控えてんだから。心配しないの!」


「まちこんねぇ…。」


「という訳で、とれる時に睡眠とっとかないとお肌にも悪いし寝るねー。」


伸びをすると、自然とあくびが漏れた。



靴を店先から見えない位置に脱いで、すり硝子の戸を開ける。


「あら、もう済んだの?」


居間には母がいて、テーブルの上には沢山の写真が乱雑に置かれていた。


「うん、今日はもういいってさー。…てゆか、母さんは何してんのよ?」

居間に上って、戸を閉める。


沢山の中の一枚を何気なく手に取ってみた。


ざっと見ても100枚以上はあるだろうか。


「うわっ! 古っる!?」


写真には、真新しい自転車と一緒に満面の笑みで写っている幼い自分がいた。


「押し入れ整理してたら、奥の方から出てきたのよぉ。」


「…10歳くらいだよね? 超笑顔だし。」



「そうねえ。あっ! こっちの写真に日付が入ってるわ。…1995年だって。」


「ひぃ〜、古っ。1995年て、…18年前ってコトじゃん。」


メイクを落としてすぐに昼寝に入るつもりだったが、懐かしい写真の出現によって、友梨の眠気はすっかりとんでしまっていた。


母と2人で写真を見ながら、思い出話に花が咲く。


自然と笑みが漏れる。


「懐かしいわね〜。母さんも若いわぁ〜。これなんて、子持ちになんて見えないんじゃない?」


「え? 何言ってんの? どっからどうみても子持ちだよ。…あっ!!」


母が見せたのは、今よりもずっと若い母と父のツーショット写真だった。


「やーん! 何これ超イケメン〜!! この人、めちゃくちゃタイプ〜!!」


友梨は思わず大きな声をあげた。


母と父の横に、1人の青年が偶然写り込んでいたのだ。


嬉々として、写真の青年を見つめる。


「やっぱり親子よね〜。今はあんなだけど、昔はちょっと素敵だったもの。」


母はどうやら、友梨が若かりし頃の父を褒めたと勘違いしたようだ。


「は? いやいやいや、違うし。父さんじゃないし。父さんの隣に写ってる、この人だし。」


もう一度、母に写真を見せる。


「あら、なぁんだ。…確かに格好良いわ〜。父さんと並んじゃうと、なんだか可哀想ね。父さんが。」


「酷っ! あたしはそこまで言ってないからね? でも、何度見ても格好良いわ〜! 母さん、この写真貰ってもいい?」


「いいけど、写真のイケメンにばかり気を取られてないで、現実にも目を向けなさいよ〜?」


また始まった。


最近の母の小言の中身は、決まってその類のものだった。


27を過ぎたあたりくらいから、日に日にそれは多くなっていった。


最初のうちは“お付き合いしてる人はいないの?”と数月に一度聞かれるほどだったのだが、今では数日の間に何度もその話題が投げかけられるようになっていた。


因みに、最近の母の口癖は“早く孫の顔が見たいんだけど。”である。


これには、友梨もほとほと困り果てていた。


自分だってできるなら早くしたいものだが、こればかりは相手がいなければ始まらない。


彼氏は欲しい。


しかし、 なかなかこれがうまくいかない。


若い頃は良かったのだ。


誰かを好きになって、がむしゃらに追いかける事も、相手を信じる事も、その恋を失って傷つく事も怖くなかった。


恋愛に夢中になれる、カワイイ自分がいた。


しかしアラサー間近ともなると、そうはいかなくなってくる。


追いかける事や傷つく事は、できればもうしたくない。


そんなエネルギーが、若い頃とは違ってもうないのだ。


年齢的にも恋愛をするなら、次の人でゴールインしたいところなのだが、そう意気込むとついつい吟味に吟味を重ねてふるいにかけるので、あとには誰も残っていないというのがオチだった。


昔は顔が好みで、少し自分に好意があればそれだけで良かった条件も、今は性格や人柄等も付け加えて更新されてしまっているので、余計にたちが悪い。


こんな調子なので、合コンなどで好かれても、自分が良いなと思った相手がいても、 それが恋愛に発展する事は最近は全くなかった。


それでも出会いの場に参加するのは、飲みの雰囲気が楽しいのと、もしかしたら理想的な相手と出会って、素敵な恋をして、ゆくゆくは結婚という棚からボタモチ的な身勝手な期待があるからである。 

 

前の彼氏と別れて2年と少し経つが、未だにボタモチは落ちてきていない。


「はいはい。わかっておりますとも! では、わたくしは惰眠を貪らせていただきますので〜。」


写真を持って、そそくさと居間を出た。


これ以上居間にいると、何を言われるかわからない。


ここは逃げるが勝ちだ。


メイクを落として自室に戻ると、ベッドに寝転んだ。


「別に、こーゆうイケメンじゃなくてもいいんだけどなぁ…。」


写真を見ながら呟いてみる。


自分の事をずっと好きでいてくれる人間なんて、この世に本当にいるのだろうか?


最近、そんな事を考えてしまう自分がいる。


元カレも、その前の彼氏も、ずっと一緒だと言いながら最終的には去っていった。


それ以前に付き合った男達も、良いときは“ずっと”や“いつまでも”という台詞を口にするくせに、喧嘩や浮気、価値観の違いなどから結局は別れて終わってきてしまっている。


色々な恋愛を経験し、恋をなくして友梨が得た疑問がそれだった。


勿論、イケメンは大好きだ。


しかし外見云々ではなく、心からずっと手を繋いで歩いて行ける人が欲しい。


待っていても年ばかり重ねるだけで何も起こらないからと、自分から探しに乗り出してはみたものの、結果は一歩も進んでいない。


疑問は時が経つほど色濃くなってきていた。


正直、心配してくれる母の小言も言われ過ぎて、プレッシャーとストレスでしかない。


「恋も結婚も、何でこんなに難しくてめんどくさいんだろ…。」


ポツリと言って少し考えると、眠気がやってきた。


考えに答えが出ないまま、友梨は眠りに落ちていった。

その日は、どんよりとした曇り空だった。


晴れの日とは違って、いつもより辺りが暗い。


「こりゃ、上の方は降ってるね〜。」


クリアケースの伝票を確認しながら、空を仰ぎ見る。


「霧が出てると思うから、気をつけて行けよ。」


父の忠告にうんと答えて、友梨は車に乗り込んだ。


「それじゃ、行ってくるね。」


「おう、気をつけてな。」


運転席の窓を開けて、いつもと変わりばえのしない挨拶を交わす。


こんな天気の日は、気分が上がる曲をかけて行こう。


iPodから雨の日用のプレイリストを選択して、車を走らせた。


車を上へ進めていくと、案の定雨が降り始めた。


霧も少し出てきていたため、減速しながら山道を進む。


早々に配達を終えていつものドライブインへ行くと、霧が立ちこめており、周りはほとんど見えない状態だった。


「やっぱここまで来ると、霧が濃いなー。」


さほど雨が強くなくても、標高が高ければ高いほど霧は濃くなる。


ライトを点けて40キロ以下で走っても、ドライブインがある草原付近は、1メートル手前も見えるかどうか危ういほど見通しが悪かった。


ダウンを着込んでフードをかぶり、車を降りた。


小雨混じりの白い世界を、自販機がある方へと進む。


自販機でホットミルクティーを買うと、笑みが漏れた。


「なんか変なの。」


どこを見ても真っ白な幻想的な場所で、自販機から飲み物を買うという今の自分のミスマッチさったらない。


車に戻ってミルクティーを一口飲んだ。


伝票を入れていたクリアケースから、例の写真を取り出す。


「え〜っと。あっちが自販機だったから、展望台はこっちだよね…。展望台のちょい手前で撮ってるから…、あの辺りかぁ。」


運転席の窓に張り付いて、目を凝らしてみる。


「……。…だぁーめだ! 霧が濃すぎて全っ然見えない!」


父と母の写真が撮られたのが、このドライブインだった。


撮った場所に来たところで、 何が起こる訳でも変わる訳でもないのだが、なんとなく日課のついでに見てみたかったのだ。


目を凝らしても白しか見えない窓の外にため息をついて、友梨はまた写真に目を落とした。


「……、さてっ! こうしててもしょうがないし、そろそろ行きますかっ! 事故らないよーに、守ってね? イケメンくん!」


青年を指でつんとつついて、写真をクリアケースにしまう。


ライトを点けて、サイドブレーキを落とした。


本当に事故らないように気をつけなければ。


今日は、いつもより霧が濃い。


よしっと小さく気合いを入れて、友梨はドライブインを後にした。


真っ白な景色の中を、車はゆっくりと進む。


周りがあまり見えないため、今自分がどの辺りを下っているのか判らない状態だったが、木が増えてきたところをみると3分の1は降りてきているようだった。


上に比べると、少しだけ霧が薄くなったような気がする。


辺りも朝日が雲に覆われて出てはいなかったが、雨もいつの間にか止んでおり、家を出た頃よりは大分明るくなってきていた。


この時間帯は対向車も殆どなく、人は皆無なので、気をつけるとすればカーブミラーやガードレールなどの無機物や、鹿や猿などの動物くらいなものだった。


「あーぁ…。今日は霧のせいで、倍疲れたかも…。よーしっ! 今日はバーゲンダックとガジガジくんのアイス2個セレブ買いしちゃうぞっ! たまには自分にご褒美あげなくっちゃね〜!!」


大きな独り言で、気合いを入れなおす。


たまにはと言うが、友梨は3日前にも自分へのご褒美と称してネットで新しいワンピースを購入していた。


女も三十路手前になると、ちょいちょい自分にご褒美をあげなければやっていられないのである。


バーゲンダックのストロベリーにしようか、渋く抹茶にしようか、はたまた期間限定の新しいフレーバーに挑戦しようか考えていたその時だった。


白い景色の中に、何かの影がふっと浮かんだ。


「っ!!」


反射的に急ブレーキを踏む。


影の大きさ的に車ではないし、カーブでもないので、ミラーやガードレールではない。


だとすると、動物だろうか。


大きさからいって、鹿か熊あたりが妥当だ。


「も〜、ビビったし…! 何…?」


車のライトの向こうを、目を凝らして見る。


「え…、ちょっとマジ…?」


照らされていたのは、鹿でも熊でもなく、うずくまった人間だった。


霧でかなりゆっくり走っていたので、ひかずには済んだが、うずくまっているところを見ると、どこか当たってしまったのかもしれない。


「えーっ!? ちょ、ヤバイヤバイヤバイってぇ!!」


友梨は慌ててシートベルトを外すと、外に飛び出した。


「すっ、すみませんっ!! 大丈夫ですかっ!?」


近寄って顔を覗き込んだ。


「え…?」


見た瞬間、思わず声が漏れた。


整った顔立ちをした青年だった。


「あっ、あの、どこかあたっちゃいましたか? そうだ、病院っ! 乗って下さい! 病院までお送りしますからっ…!!」


軽くパニックになりながらも、そう言って友梨は手を差し伸べた。


青年は、差し伸べられた手に触れることなく、自力で立ち上がった。


「え…、あの…。」


おろおろとうろたえる友梨に、彼は言った。


「…大丈夫だから。」


それからひらりとガードレールを超えると、あっという間に森の中へと走って消えていってしまったのである。


残された友梨は、いきなりの事にただただ呆然とするしかなかった。


「……え!? ちょっと待って!? あれってもしかして、ユーレイ…? っ…!!」


我に返ると、背筋がぞくぞくして一気に鳥肌がたった。


怖くなって急いで車に乗ろうとした時だった。


何かが落ちている。


それは今ではお目にかかることすらレアなポケットベルと、飲みかけのペットボトルだった。


「…ユーレイは、そ〜いお茶なんて飲まないよね。」


とりあえずそのままにしておく訳にもいかないので、それらを持って車に戻った。


何だったのだろう。


落とし物からして、ユーレイではないようだ。


本人が大丈夫だと言うのだし、ここにいても仕方がない。


「帰ろっかな…。」


サイドブレーキを落として、アクセルを踏んだ。


車を走らせながら、友梨は考えていた。


あの顔…。


整った顔立ち。


つい先程見たばかりの顔である。


青年の顔は、写真の青年と瓜二つだった。


「いやいや、ないないない! だって、本人な訳ないし。何年経ってると思ってんの、あたし!」


写真が撮られてから18年経っているのだ。


写真の青年はどう見ても25から30オーバーにしか見えなかった。


現在なら若くても43歳、またはそれ以上のはずである。


「でも、どー見てもそんな年いってるよーには見えなかった…。」


それに、彼はどこへ消えたのだろうか 。


あの辺りには、民家や別荘などの住居は一切ないはずだ。


考えれば考えるほど判らなくなってくる。


「あー、もう! 訳わかんないし!」


いろんな思考を巡らせながら1人でぐだぐだしている間に、いつの間にか家に帰ってきてしまっていた。



「あーぁ。何か良くわかんないまま、帰って来ちゃったよ…。あっ!! セレブ買いっ!!」


褒美のアイスをすっかり忘れていた。


「もーっ! もやもやするーっ! こーなったら、しっかり食べてお腹だけでもスッキリしないとやってらんない!」


友梨はプリプリと少し怒りながら、コンビニへと急いだ。


結局アイスだけでは飽きたらず、スナック菓子やチョコ菓子等もセレブ買いしてしまった。


その後、彼女の体重が増えたのは言うまでもない。


「それってある意味ストーカーじゃん。」


軟骨の唐揚げをゴリゴリ食べながら、1人が言う。


「違いますぅ〜。あたしは純粋な気持ちで、落とし物を返そうとしてるんですうぅ〜。」


友梨はジョッキに残ったハイボールを飲み干して、そう言った。


「いやいやいや、ストーカー予備軍だって! はい、ナチュラルなストーカー行為だと思う人と、澪三本目入れるのに賛成な人は挙手〜!」


手羽先を片手にまた1人が言うと、友梨以外の6人全員が手を挙げる。


今日は月の始めの第一土曜日。


定例の女子会の最中である。


「だからストーカーじゃないっつーのーっ! あ、あたしも澪飲みたい!」


「ごめーん!! 仕事が立て込んで遅れた〜!!」


個室の引き戸をガラガラと開けて、メンバーの1人が入って来た。


お疲れー、おそーいなどの声が飛び交う。


「まーまー、大丈夫ー! 友梨はまだ予備軍だから。みんな揃ったし、澪とシャンパングラス8個でいーよね? 今日、もちろん飲めるんでしょ〜?」


生中ジョッキを持った1人が、今来たばかりのメンバーに聞いた。


「あ、飲める飲める〜! 一緒に生中も頼んでよ〜、澪だけだとすぐ終わっちゃうから〜! てゆか、何の話?」


「友梨がストーカーデビューした話〜! はい、ピンポーン!!」


ワイングラスを片手に、また他の1人が呼び鈴を押した。


「だから違うってー…。落とし物を返したいだけだから。」


友梨は遅れてきたメンバーに、先程した話をもう一度した。


「男の人が落としてった落とし物を返したいんだけど、なかなかその人と会えないんだよね〜…。会った場所で同じくらいの時間に待ってみてるんだけど、全然会わないし〜…。」


「ほら。やっぱストーカーじゃん。しかも結構なイケメンらしいよ〜、そのメンズ〜!」


エイヒレをつまみながら、また別のメンバーが言う。


「なるほど! 話は解った! そりゃ確かにストーカーくさいね〜。まあ、捕まらない程度にガンバだね! あ、サバ味噌誰かシェアしよーよー。」


「ちょ、あのさ、サバ味噌シェアはちょっとそっち置いといてもらえるかな。どうしたら会えるか、知恵を貸してくださいよっつー話なのよ。」


店員がオーダーを聞きにやって来た。


皆、自分が頼みたいものを勝手にあげていく。


「え〜。みんなには先に聞いてもらってたんでしょ? 何かいい案出なかったの? あ、あとサバ味噌と盛り盛りポテトフライひとつずつお願いしまーす!」


「出てないから聞いてんじゃん。あたしがストーカーになったしか言わないんだから、この人ら。」


「んー、そりゃそーだよ。だってきっと地道に待つしか手はないもん、それ。ガンバ!ストーカーガールっ!!」


「やっぱそれしかないのか〜…。」


ポケットベルを拾った日から、友梨は配達の終わりに、彼と会ったであろう場所に目星をつけて、会ったくらいの時間に待つという日々を送っていた。


「てゆーか、何でそこまで執着すんのさ〜? やっぱイケメンだから?」


うなだれて頬杖をつく友梨に、手羽先女子が聞く。


「んぅ〜? 別に〜。」


本当は理由があった。


ポケットベルにはストラップの代わりに、女性が身につけるネックレスがついていた。


男の人がストラップとしてつけるには意味深で、もしかしたら彼にとって大切なものなのではないかと思ったのである。


青年に会った日は、出会いが突飛すぎたために取り乱してしまったが、よくよく考えてみると18年前の写真の青年と似た人物がいても何ら不思議はないのである。


きっとこの間会った青年は、写真の中の青年の息子か何かなのだろうという結論に達したからだ。


「あのさ、思ったんだけど、なかなか会えないのって張り込む姿勢がそもそもなってないんじゃないの〜?」


焼酎ロックを片手に、今まで静かに飲んでいた1人が口を開いた。


「姿勢って何よ〜。」


「ちゃんと毎回、あんパンと白牛乳持って張り込んでる? してないでしょ!?」


「してないよ…。つーか、大分酔ってんね…。ちょっと誰ー? この人にこんな飲ませたヒト〜。」


「基本だよ、基本! 某刑事ドラマでちょーサンも言ってたっしょ!!」


「言ってないよ。ちょーサンもユージも言ってないから、そんなコト。」


「とりあえず、騙されたと思ってやってみなってぇ! 絶対会えるから! ビリーブっ!」


「はいはいっ!お二人サン、澪きたからグラス持って持って!! 全員揃ったし、もっかい乾杯しよ〜!」


軟骨女子に促されてグラスを手に持つ。


「それでは、みんな揃ったとゆーことでっ! せ〜のっ!!」


『おつかれぇえ〜!!!』


シャンパングラスが当たる爽やかな音を簡単にかき消す声量で、8人は本日二度目の乾杯をした。


しっかり寝られた次の日は、目覚めも良ければ気分も良い。


女子会の翌日、友梨は父に配達を代わってもらい、久しぶりにのんびりとした休日を過ごした。


昼過ぎまで爆睡し、午後からは夜までハードディスクにとり溜めしておいたドラマやバラエティー番組の消化を、ひたすらゴロゴロしながら行った。


一般的な女子の休日としてはやや失格な気もするが、友梨的には大満足の休日だった。


前の日にしこたま寝たということもあって、今朝は目覚まし無しでいつもより早く、スッキリと目覚める事ができたのである。


「何だ、今日はやけに早いな?」


店へ降りると、父が驚いた顔で尋ねた。


「うん、昨日しっかり休めたからね。あと、配達前にちょっとコンビニへ寄りたくってさー。」


父はそうかと言うと、友梨にいつものクリアケースを渡した。


いってきますと挨拶をして、コンビニへと車を走らせる。


コンビニで購入したのは、女子会で友人が言っていた牛乳とあんパンだった。


騙されたと思ってやってみろと酔っ払い達が言うので、モノは試しに買ってみることにしたのである。


配達を終え、今日はドライブインを素通りして最近張っているポイントに車を停めた。


少し曇ってはいるが、霧はそんなに出ていない。


これなら、青年が現れても判りやすいだろう。


助手席に置いておいたコンビニの袋を、自分の膝の上に置いて中身を取り出す。


牛乳はストローをさして、手前のドリンクホルダーへ。


あんパンは、袋から半分程出して早速ぱくついた。


「……うっまぁあ…!」


口の中に、ねっとりとしたこしあんとフワフワのパン、それにさらりとした口どけの生クリームが一斉に広がった。


普通のあんパンがなく、生クリームあんパンというものを買ったのだが、これが思いの外美味しかった。


牛乳との相性も抜群で、夢中になって一個をペロリとたいらげてしまった。


「やばっ。食べるのに夢中になってて、全然外見てなかったし。」


慌てて辺りを見回すが、人気は全くない。


「やっぱ、あんパン食べただけじゃ変わんないよねぇ…。」


明日からは、来られる時間帯にも来て張ってみようかなと、フロントガラスの向こう側を眺めながらぼうっと考えていた時だった。


ガードレールの向こう側に、見覚えのある人物を見つけた。


「えっ、ちょ、出たぁああ!!」


友梨は慌てて思わず叫んだ。


あの青年だ。


道路と森の入口の境に、彼は立っていた。


助手席に置いていたポケットベルを掴んで、外に飛び出す。


「あのっ……。」


こちらを見るなり、また森の中へ消えようとする。


「ちょ、待ってくださいっ…! ポケベルっ…!」


慌てて友梨は、青年の後を追った。


薄暗い森の中を、彼の背中だけを頼りに追いかける。


しっとりと柔らかい土は、ふわふわとしていて走りづらく、草や木の小枝が行く手を阻んだ。


それでも青年が行った後を進んでいるので、誰も踏みしめてない場所を通るよりは幾分楽だった。


「待ってっ…、落とし…っ。」


息が切れ、膝が笑う。


慣れない場所をいきなり全力で走ったからだろう。


もう走れない。


青年との距離がみるみるうちに離れていく。


また渡せなかったと、走るのを諦めてその場にへたり込んだ時だった。


「おい、あんた!」


地面に目を落としていた友梨に、声が降ってきたのだ。


うなだれていた顔をあげると、数メートル程先に、もうとっくに森の奥へ消えてしまったと思っていたはずの青年が立っていた。


「ここから左にまっすぐ下れば、道路に出られる。あんたの車がある、少し上だ。」


それは顔とは似合わない、粗暴な口調だった。


「あの、落とし物を…。」


「早くここから離れろ。今ならまだ間に合うかもしれない…。それと、俺の事は誰にも言うな。言ったら…」


「…残念だが、アウトだ。」


突然、男の声がした。


友梨は肩で息をしながら、声のした方を見る。


声の主は、友梨の後方にある木の影から姿を現した。


背が高い、切れ長の目が涼やかな男だった。


年は30代半ばほどに見える。


早朝の山奥には合わない、変わった格好をしていた。


黒いキャップに真っ黒のミリタリージャケットとパンツ。


パンツをインしているブーツも黒い。


上から下まで真っ黒で、まるで何かの制服のようだった。


「……いつから?」


苦い顔で、青年が男に聞く。


「あなたがそちらのお嬢さんにひかれそうになった時からだ。」


「っ…!」


顔を強ばらせた青年とは対照的に、男は友梨に近寄って、笑顔で手を差し伸べた。


すみませんと友梨は男の手を借りて、立ち上がる。


「ここまで来たらもう駄目だ。…悪いがお嬢さん、俺達と一緒に来て貰おう。」


「え? 今からですか? でも車とか…。」


「大丈夫。心配しなくても、車は俺の部下がもう処理を行っている頃だ。それに…」


「え…?」


「残念だが、キミに拒否権はない。まだ死にたくはないだろう?」


男はそう言って懐から拳銃を取り出すと、優しく笑って銃口を友梨に向けた。


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