♯6 蒼市と百合
深い闇の中で、月と星の輝きだけが光を届けてくれる。百合は、蒼市のベッドに横たわりながら、大きな窓の奥にある夜空を意味も無く見つめていた。息を吐き、ベッドの脇に座っている彼の背中に視線を移す。いつも大きく、堂々としている後ろ姿が、なんだか頼りなさげに見えた。
「……蒼市さま、どうかなさいましたか?」
蒼市は、緩慢な動作で振り向いた。月明かりが、彼の頬を青白く照らし出す。
「いや……少し疲れただけだ。心配するほどでもない」
そう言って、百合の髪を手で弄ぶ。
「気晴らしに、空いた時間に散歩などしてみてはいかがですか?」
「散歩か……なるほどな。お前は、部屋の中に居るより外の方が好きそうだな」
百合は、手を伸ばして蒼市の耳にそっと触れた。目を合わせて、不敵にと口元を綻ばせる。
「ええ、わたくしは決して、籠の中の鳥ではございませんので。目を付けていないとどこかへ飛んでいくやもしれませんわ」
「お前は面白い女だな」
フッと息を吐き、蒼市が額に軽いキスをした。
いつも、そこまでだった。額にキスだけをして終わる。
百合は、結婚して半年経った今でも、彼のことが計り知れなかった。孤児院の増設の件や政治政策の話においては百合を認めているような態度をとっていながら、近ずこうとしない。いつも一定の距離を保ち、その一線を越えようとはしなかった。「……なぜ蒼市さまは、倉羽の養子であるわたくしと結婚なされたのですか?家同士が決めたこととはいえ、あなたなら断ることもできたでしょう?」
「……さあな。俺にも分からん」
蒼市は、ベッドに寝転び背を向けた。
雲ひとつ見当たらない綺麗な空の下、百合は今日もまた、玲司と善次のところへ行くためにメイドのサヤに用意してもらった服をきて、屋敷の庭を歩いていた。色とりどりの花が咲き誇り、甘い香りが周りに漂う。
玲司兄さんにも、見せてあげたいな。そう思いながら、裏の戸口を抜けようとし時だった。
「お前は何をしている」
ビクッと身体が凍りつく。
振り向くと、蒼市が立っていた。
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