♯4 竜門の嫁
優しい春の光が、広いバルコニーを包む。色付き始めた草を、穏やかな風が揺らしている。百合は、淡い水色の空を見上げた。
「人が多く集まるのは嫌いか?」
後ろから声をかけられ、振り向く。長身の、上質な紺色のスーツを着た男が立っていた。
「いいえ。連日続くパーティーがうっとおしいだけですわ、蒼市さま」
百合は、完璧な笑みを浮かべて答えた。
竜門蒼市、二十歳。竜門家の長男にして、次期当主。軍部では父親に次いでナンバー2であり、それに見合うだけの威厳と品格を持ち合わせる。多くの人が望んでも手に入らないものを、生まれながらにしてもっている男だ。
「うっとおしい、か。お前はただそうやって綺麗に笑っていればいい」
蒼市は、百合の頬に触れて言った。見下ろしてくる瞳には、厳しい光が宿っている。百合は、その手をどけさせるように蒼市の胸に顔を埋めた。
「人形のように何も喋らなくても良いとおっしゃるのですね」
くくっと、蒼市が声を出して笑った。
「お前は俺のことが嫌いなようだな」
百合は、何も言わなかった。
「まあいい。元々この結婚に愛はない」
その通りだ。倉羽家と竜門家が決めた結婚。愛があるわけない。これから育もうとする意思も、百合には無かった。
「そろそろ時間だ。挨拶に行くぞ」
百合は彼から離れた。
この世でたった1人のためだけに作られた青いドレスを身に纏い、首元にはサファイアの輝きをたたえ、長い髪を真珠の飾りで結い上げて、百合は、大勢の人が集まるホールへ踏み入れる。
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