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約束 雪の華  作者: 斎藤 紡
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♯2 別れ

秋が、終わろうとしていた。

この1週間で 気温が一気に下がり、凍てつく風が簡素な造りの家の中までやってくる。

玲司は、体調を崩していた。胸が、息をするたびに痛く苦しい。

「兄ちゃん、飯できたぜ」

そう言って、弟の善次が2つ皿の乗った盆を持って寝室に入ってきた。

「食欲がなくても、頑張って食えよな」

「……ああ」

善次は、ゆっくりと身体を起こした玲司にジャガイモと人参がたっぷりと入ったスープを手渡した。

玲司は、そのスープをじっと見つめる。

「……おじさんが……野菜をくれたのか?」

「そう。ジャガイモなんて10個くれたぜ。仕事は、まあ、人遣いが荒いけどさ、その分気前がよくていいや」

善次は、近所の地主のもとで色々な手伝いをし、食べ物を貰ってくる。病弱な兄の代わりに、嫌な顔一つせず働いてくれているのだった。

昔、そのことで謝ったことがあった。お前だけ働かせてしまって悪い、と。その時弟は、笑って答えたのだった。

「何言ってんだ。どうせ貴族のご子息ぐらいしか学校に行けねぇんだ。本読んでるより身体動かしてる方がましだよ」

本当に、年下の善次や百合に、気を遣わせてばかりだ。

玲司は、弟が作ってくれたスープをゆっくりと飲み込んだ。

「なあ兄ちゃん、明日だよな。百合ねえが、倉羽の家に行くの」

善次が珍しく、辛そうな顔をしていた。

善次は百合の一つ下で、活発な2人はよく一緒に遊んでいた。百合が孤児で身寄りがなく、町を走り回っていた頃からの幼馴染だ。

「オレ、明日の朝百合ねえの見送り、行ってくるわ」

「俺も行くさ。絶対に」

玲司は真っ直ぐに、弟の顔を見た。

「はいはい。分かりました。兄ちゃんは頑固なんだからさ。でも無理はするなよ」

「……ああ」


朝がやってきた。灰色の雲の隙間から淡い光が差し込んでいる。外へ出ると、冷たい風が肌を切りつけるように吹きつけてきた。

「コホッ……ゲホッゲホッ」

玲司は、マフラーに顔を埋め咳に耐えた。善次が「大丈夫かよ」とふらつく身体を支える。

「……百合」

今日という日が来て何度目かの呟きを、玲司はまた漏らしていた。


黒いスーツを着た男2人が、たった15の少女にうやうやしく頭を下げた。孤児院の玄関に、これまた黒い高級車が停まっている。百合は、後ろを振り返り、立っていた院長に笑ってみせた。

「今までありがとうございました」

心からの感謝を口にする。不満ばかりだったけれど、ここまで生きてこれたのは院に保護されていたからだった。

「達者にね、百合」

院長が、百合の頬に手を当てて寂しそうに言った。頷き、離れて、前を見る。

百合は、男に両わきを囲まれて歩き出した。まるで連行されているみたいだわ。そう思いながら、車に辿り着いた時だった。

「……百合っ‼︎」

聞き慣れた、耳に心地の良い大好きな声。顔を見なくても分かる。

「……玲司兄さん」

声のした方向を見ると、孤児院の敷地のすぐ外に、善次に身体を支えられた玲司が立っていた。

「あ、あの、すぐ戻るので、ちょっとだけ待っててもらえますか」

返事も聞かず、百合は2人の元へ走った。

「玲司兄さんっ、善っ!」

「百合」

「百合ねえっ」

白い光が3人を照らし出した。思わず目を細めてしまう。

「ちょっと兄さん、具合悪いんでしょうが。無理しないでって言ったのに!」

「……今は、無理する時だよ。ちゃんと見送るさ。俺はお前の兄さんだぞ……ゲホッゴホッ」

咳込んだ彼の背中を、ゆっくりと撫でる。なんだか、凪いだ海のような、とても穏やかな気持ちだった。

「善も、ありがとう。来てくれて嬉しいわ」

「おうよ!」

照れ隠しに 明るく笑った善次に、拳を突き出す。町の路地で暮らしていた幼い頃から、色んな場所で遊んだ。馬鹿をやって、いっぱい傷を作った。木陰で本を読んでいる玲司に、危ないからやめろと何度も怒られた。

沢山の思い出が駆け巡る。

コツンと、拳と拳が打ち合った。

「……百合、これを」

玲司が、古い本を百合へ渡した。

気に入っている本だった。何度も何度も、玲司に読み聞かせを頼んだ物語。

「ありがとう、兄さん」

玲司は、弱々しく微笑んだ。

「ねえ兄さん、私、兄さんが書いた物語も読みたいわ。調子がいい時、昔みたいに書いておいてね。家から抜け出して来た時に読みたいから」

「ああ。分かったよ」

百合は、もう一度2人の顔を真っ直ぐに見つめ、屈託の無い笑顔になった。

「また必ず会えるわ。私を誰だと思ってるのよ。もっといい女になって会いに行く」

「ああ」

「ほら、身体が冷えちゃうわよ。私、もう行くわ」

兄さん、善。

大好きよ、心から。だから行くの。権力のある家に行って、いいところに嫁いで、世の中を変えるの。

百合は、振り向き、胸を張って歩き出した。

この国には、産まれた瞬間に人生が決まってしまう人が沢山いる。生きることを、希望や誇りを持つことを、諦めている人が沢山いる。期待をして傷付くことが無いのだから、それはそれで楽なのかもしれない。でも私は……。

車に乗り込んだ。最後まで笑って、2人に手を振る。

眩しい光が満ち始めた空から、白い雪が風に舞っていた。






























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