第二十二話「暗黙の刻限と翡翠の奏者」・1
「お願い、助けて欲しいの!!」
それは突然のことだった。刻暗の女性恐怖症を治す手伝いをしていると、勢いよく扉が開き、息を切らしながら奏翠が入ってきた。話によると、何でも鎧を身に纏った巨漢の男がタルマルーク城を襲撃し、七つの秘宝の一つを手に入れに来たのだとか・・・・・・。
恐らく、その巨漢の男とは鎧一族の人間だろう。鎧を身につけていたとも言っていたからな。奏翠の話では“スパイダー”という名前らしい。
問題はここからだ。助けに行くにしても、相手はどのような能力を持っているか分からない上にこちらはあまり戦力になれそうな人物がいない。はっきり言ってトロピカオーシャスでは俺以外のメンバーの戦っている姿を見ていない。そのため、他のやつらの戦力が如何程の物なのか理解していないのだ。戦力も分からないのに戦わせたりして負ければ、それこそ俺のリーダーとしての資格が問われることにもなりかねない。
「助けに行くのはいいかもしれないが、一ついいか?」
俺は手を上げて奏翠に提案した。
「何?」
少し不満げな表情で訊く奏翠。俺は頷き答えた。
「タルマルーク城までの道のりは、この店からどれくらいなんだ?」
「えっと確か・・・・・・そんなにないと思うわよ? 私がここまで走っても十分とそうかからないし・・・・・・」
「十分でも十分かかってる! まぁいい。それと、城内に入るには入口は正門以外ないのか?」
俺の質問に奏翠は考え込む。すると、俺の隣というか後ろでブルブルと震えて刻暗が言った。
「ぼ、僕が答えても・・・・・・いいかな?」
「あ、ああ・・・・・・。でも、どこか知ってるのか?」
「い、一応僕も昔、奏翠と一緒に遊んだ身だからね。秘密の入口くらい知っているよ。確か――」
そう言って刻暗は店内の奥へと向かうと、何かを持って戻ってきた。刻暗の手に握られていたのは、一枚の紙。それを机いっぱいに広げると、そこに書かれていたのは何かの地図だった。
「これって、・・・・・・タルマルーク城の地図?」
奏翠が地図の図面を訝しげに見て確認するように刻暗に視線を向ける。
「うっ! ・・・・・・そ、そうだよ。以前、もらったんだ」
「まだ治らないの?」
「そ、そんな簡単には、な・・・・・・治らないよ」
頬を膨らませこちらにズイッと顔を近づけてくる奏翠に、刻暗は顔面蒼白になって必死に言う。
「はぁ~やっぱりダメなのか。いろいろと試したんだがな・・・・・・」
「もういいよ。皆ありがとう、いろいろ協力してくれて・・・・・・。皆の頑張りには応えられなかったけど、僕は僕なりに一生懸命頑張るよ!」
――なんてやつだ! こいつはいいやつすぎる!! 周囲に対して優しすぎるんだ!! だからこそ、嫌なことも自分の内側に押し込めてしまいがちなのかもしれない!! もう少しこいつは周囲に迷惑をかけた方が、そんなにも辛い状況にならずに済むのではないかとさえ思えてくる。
「刻暗・・・・・・、諦めちゃだめだ! 俺達は別に迷惑だなんて思っちゃいねぇから、時間がある時にこれからも定期的に克服していこうぜ?」
「げつ・・・・・・がくん」
「はいはーい、お楽しみのところ悪いけど、話をさっさと先に進めてもらえないかしら?早くしないと、このままじゃパパが死んじゃうわ!!」
目尻に涙を浮かべて必死にそう訴える奏翠の姿を見て何を思ったのか、俺もその場に立ち上がる。
「よし、そうだな! これ以上ここで作戦会議みてぇなことしてたってあんま意味ねぇし! そうと決まったらさっそく出発しよう!! 目標はタルマルーク城だ!!」
『おぉー!!』
俺が腕を上に突き出して言うと、他のメンバーも続いて腕を上に突き上げて掛け声をあげた。
――△▼△――
タルマルーク城の国王の間・・・・・・。そこには、巨躯の肉体を持つ老いた大男と白衣を身に纏った幾人もの科学者がいた。その中心には、捕らえられたタルマルーク王国の国王が大男を強く睨みつける姿があった。
「その目つき・・・・・・。いつまで続くかは知らんが、そろそろ秘宝を渡す気にはならんか?」
「フンッ! 残念だが、あれを渡すつもりなど毛頭ない!!」
スパイダーの言葉をきっぱりと断る知律。すると、ピクリと眉毛を動かしたスパイダーが兜から不気味な眼光を光らせた。
「お前には落胆した。だが、渡す気がないというのならば仕方がない!! お前の可愛い娘に訊くまでだ!!」
「な、何!? 奏翠に何をするつもりだ!!」
「んっふっふ、お前には関係のないことだ。安心しろ、殺しはしない。ただし、精神が持つかどうかは分からないがな・・・・・・。まぁ、どうなろうと吾には何の責任もない。全てはお前に非があるのだからな、知律よ・・・・・・」
「くっ!」
ニンマリと不敵な笑みを浮かべるスパイダーの憎たらしい顔を見て、知律は下唇を噛み締め思った。
――何とかしてこの状況を脱し、奏翠の元に行かなければ・・・・・・。このままではこいつの手に秘宝が渡ってしまう・・・・・・。それだけは何としてでも未然に防がなければ!!
そう決意した知律は、相手の出方を窺い好機の時が来るのを待った。と、そこへ、白衣を来た一人の男性がやってきた。
「スパイダー様。秘宝があると思われる場所を発見しました!!」
「フッ、でかしたぞ。そこへ案内しろ!!」
「いえ・・・・・・それが、扉には鍵がかかっておりまして・・・・・・。その鍵が見当たらないのです」
「ほぅ、さしずめお前が持っているのか?」
ふと知律の方へ振り返るスパイダーに、知律は少し動揺して表情を歪めた。
「・・・・・・探れ」
ボソリとスパイダーが一言そう命令すると、一人の科学者が敬礼して知律の所へ歩み寄り、知律の懐を探り出した。しかし、結局国王の体からは、鍵どころか手がかり一つさえ見つからなかった。
「チッ、鍵はどこだ!!」
「私が答える訳がないだろう」
鼻で笑って他所を見る知律王・・・・・・。現在置かれた状況でなおこの偉そうな態度を取っている知律に憤りを感じたのか、青筋を立てたスパイダーは拳に邪悪なオーラを溜め込み、一気にそれを拘束状態の知律に向けて振るった。凄まじい拳圧に知律の体は後ろに吹っ飛び、地面を滑り摩擦によってようやく止まった。ゆっくりとその体を起し、口に溜まった血反吐を吐き捨てる知律を見て、スパイダーはほくそ笑んだ。
「どうだ? 吾が拳の重み・・・・・・。存分に味わえたか? これでも死なぬ程度に加減したつもりだからな・・・・・・。さて、仕方がない。お前で遊んだところで話がまともに前に進まん。お前の娘に話を訊くことにしよう」
その言葉に、頬に走る激痛を感じていた知律は表情を一変――焦った様子になった。
「その表情・・・・・・どうやら娘に何かあるようだな。ふっ、おまけに向こうからこちらへ来ているようだ。全く、ありがたい物だ・・・・・・」
「なっ、待て! 奏翠には――娘には手を出すな!!」
知律の懇願など聞く耳も立てず、大声をあげて「ふっ・・・・・・もう遅いッ!!」と吐き捨てたスパイダーは、その場から瞬時に姿を消した。
――ま、マズイ・・・・・・ッ!! にげろ、逃げるんだ奏翠!
心の中で焦燥感に駆られた知律は、こめかみから冷や汗が流れていることに気づかなかった。
――△▼△――
ゴゴゴゴゴ・・・・・・。
「ぷはぁ~、臭かった~!!」
「・・・・・・うっぷ、酷い臭い」
「まさか、このような場所を通るとは思いませんでした」
「ひ、ヒヒッ・・・・・・私もこればかりは予想外だったよ」
「鼻がひん曲がるかと思いましたわ!」
「僕、鼻が詰まっててよく分かんなかったよー」
「いいな~、わたしなんて息を止めててさすがに耐え兼ねて一気に空気を吸っちゃったから、モロに悪臭を吸っちゃったよ!」
「ったく、何でこんな場所を通らないといけねぇんだよ!!」
「ご、ごめんよ・・・・・・。まさか僕も道が塞がってるなんて思わなくて」
「当たり前じゃない、あの道はあくまでも数年前のこと・・・・・・。もう随分前に塞がっちゃったわよ。確か、パパがそうしたんじゃなかったかしら? でもまぁ、無事に城の中に入れたんだからよかったんじゃない?」
凜、霧矛、水恋、猛辣、靄花、風浮、未來、俺、刻暗、奏翠の十人は、各々の意見を口にしながら城の内部へと侵入した。ここのどこかに国王がいる。早く見つけないと鎧一族のことだから、王を殺しかねない。現に、トロピカオーシャスでは二代目王女である凛の命を狙ってきたからな、油断大敵だ。
タルマルーク城の中に入って歩き始めて数分・・・・・・。さっきから魔力を探知するのが得意だという水恋に国王捜索を頼んでいるのだが、なかなか国王の魔力を探知出来なかった。もしかすると、国王はそこまで強い魔力を持ってはいないのかもしれない。
すると、突然後ろから悲鳴が聞こえてた。振り向けば、そこには空間を歪ませ大きな体を持った大男が、奏翠のか細い腕を掴んでいる姿があった。
「くっ、奏翠の手を離せ!!」
すぐ側にいた刻暗は男に飛びかかるが、相手の方が体が大きなだけあって力も強く、全く歯が立たなかった。
「弱い、弱いな・・・・・・若造よ。ふっ、そんなことではこの娘は守れんぞ? んっふっふっふ・・・・・・」
左右に首を振り、やれやれと言った感じで大男は言う。含み笑いをして今にも消えようとするその大男に、諦めずなお立ち向かう刻暗。すると大男は、その場に不気味なホールを開けた。その中にズリズリと奏翠を引きずり込んでいく大男。奏翠は悲鳴をあげて必死に刻暗に助けを求めた。
「こ、刻暗! た、助けて!!」
「す、奏翠ッ!!」
刻暗は奏翠を助けようと駆けた。しかし、あと少しで手が互いに伸ばした手が届くと思ったところで、刻暗の女性恐怖症の症状が現れた。それにより、刻暗はすんでの所で手が竦み、幼馴染である奏翠を助けることが出来なかった。
もう一度手を伸ばす刻暗だが、その時には既に涙を流しながら刻暗に助けを求める奏翠が、完全に不気味なホールに飲み込まれて消えてしまった後だった。
「あ――あぁ、そ・・・・・・そんな。す、奏翠ぃぃぃぃぃッ!!!」
力量が足らなかったこともあるが、何よりも助けられなかった理由が自分が女性恐怖症の症状のせいでちゃんと奏翠の手を掴むことが出来なかったことにあった。
「くそっ!!」
悔しそうに地面を激しく叩き続ける刻暗の後ろ姿に耐え兼ねた俺は、境遇や今の状況が斑希と重なってしまい、思わず自分に刻暗を重ねたこともあってそっと後ろから歩み寄り声をかけた。
「なぁ、刻暗・・・・・・。そう自分を責めるな。あいつだってお前の気持ち分かってくれるさ。幼馴染であり従妹なんだろ?」
「うん・・・・・・。だけど、本当に大丈夫だろうか?」
「何が?」
心配そうな顔で俺に訊く刻暗に、俺は逆に訊き返した。
「奏翠はこの国の姫君だ。もしも敵がそのことをネタにして狙ったとしたら?」
「どういうことだ?」
「もしかしたら、奏翠の身が危ないかもしれない。この国は小国だ。それに、最近は小七ヵ国の王族達の力を狙っている組織があるというじゃないか。僕はそれが心配で・・・・・・。だって、奏翠も王族の血を引く人間なんだ。だから、もしかしたらその力を手に入れようとする輩に殺されるんじゃないかって・・・・・・」
ネガティブ思考に走り、淡々とそう放す刻暗の肩に俺は手を置き言った。
「心配すんなって! 王族の血がどうとか、そんなことは関係ない!! さっきの敵・・・・・・。あの格好には見覚えがある! なぁ、水恋?」
「はい! あれは間違いなく以前襲ってきたファントムの仲間――鎧一族の人間です。つまり、彼らの目的は七つの秘宝に違いありません!!」
「七つの秘宝?」
初めて聞く言葉に訝しげに首を傾げる刻暗。俺は七つの秘宝について説明してやった。
というわけで、奏翠が朝っぱらから助けを求めに来ました。んで、助けに行くわけですが無論そううまくいくはずもなく、案の定奏翠姫はさらわれることに。
そして、その時の刻暗の姿を見て、思わず月牙も斑希のことを思い出す。
結構似てますからね。従兄妹関係であり幼馴染というあたりが。
てなわけで、奏翠を助けに向かいます!




