第一話「旅の始まり」・2
「な、何だ!?」
月牙が後ずさりしたその時、周囲にいきなり先程の鎧の兵隊が現れた。しかも、月牙が砕いたはずの鎧をまたしても着用している。いや、もしかすると新たな鎧を着用してきたのかもしれない。
「だ、誰よあんた達! そこどきなさいよ!!」
「こいつらはさっきの兵隊? でも、どうしてここに? さっき追っ払ったはずなのに!!」
得物を構えながら月牙はそう口にした。
「フフフ、ようやく見つけたぞ、月牙……斑希」
兵隊の間を分け入り、その間から少し位の高そうな騎士が、これまた鎧を着用した姿で現れた。四本の剣を腰に携え、背中に大きな剣を一本ぶらさげている。
「くっ、お前誰だ!!」
騎士に剣を向ける月牙。
「ほう、刃をいきなり向けてくるとは野蛮な……、さすがはあいつの力を受け継いでいるだけはあるな」
兜を被っているため、少し声が篭ったような感じで聞こえる。
「あいつの力?」
「そうだ。お前達はある人物の分裂した三十一個の心の欠片を各々体内に持つ人間なんだからな。全く、力がお前達を選んだのかは知らないが、哀れなものだな……」
「一体何が哀れだってんだ!!」
「なぜなら、お前達はここでこの俺に殺されるからだ!!」
「お前、言いたい放題言いやがって。お前こそ誰なんだよ!! こんなところに何の用だ!!」
謎の騎士の言葉にキレた月牙は、斑希を後ろに下がらせ持っていた剣を地面に向かって振り下ろした。
「フッ、冥土の土産に教えてやろう! 俺の名前は『ロルトス=ファントム』。古くから存在する四つの一族――四族の内の一つ、『鎧一族』の人間だ。俺達の着ているこの鎧は頑丈で中々壊れない様な強度を誇ってるんだ。さてと、自己紹介はここらへんでいいだろう……」
ファントムが首を軽く回していると、月牙の後ろにいた斑希が口を開いた。
「でも、その一族はもう随分前に事件で内部争いを起こして滅んでしまっていて、残っていたとしてもほんの僅かしかいないって……」
「そう……。だが、俺達はまだ生きている。俺を含めても後数人な……」
斑希の言葉にファントムが補足した。
「後数人」
月牙が、ファントムの言った言葉について何かを考える。
「月牙しっかりして! 全部ハッタリよ! あいつは私達とは初対面なのよ? 知るはずがないわ!!」
斑希の言葉に月牙はハッとなって冷静さを取り戻した。すると、ファントムが斑希の言葉に嘆息した。
「酷いな、斑希。俺は昔からお前達を見ていたのに……」
悲しそうに呟くファントム。
「昔……から?」
首を傾げる月牙。
「はぁ、分かってくれないのか。だったらもうしょうがないな。それに一人の時のあいつでないと意味がないしな……。仕方ない――もうこうするしかないな」
そう言ってファントムは凄まじいパワーを自分の手のひらにため込み、それを一気に月牙目がけて放った。
チュドォオオオオオオオンッ!!!
「ぐはッ!!」
突然の攻撃に避け切れず、月牙はモロに攻撃をくらい瀕死の重体に陥った。そこへ、慌てて斑希が心配そうな表情を浮かべて駆け寄る。
「月牙! 大丈夫? しっかりして月牙!!」
必死に斑希は月牙の名前を呼んだ。そして、急いでバッグから救急箱を取り出し治療を施した。
「痛みうる光景だな……。まさしくあの時もそうだった。あいつがまだ一人の時、俺と戦ってそうやって腹を押さえ、必死の思いで俺を睨み付けていたな。再びこうしてお前のその表情を見れることは光栄に思うぞ? だが、実に残念だ。どうせなら、あの時のあいつ自身のまま葬ってやりたかったからな。まぁいい、あばよ!!」
長い言葉の後、ファントムは剣を素早く振り下ろした。
刹那――眩い光が周囲を包み込む。
ファントムが眩い光によって奪われた視界を取り戻したその時、目の前には杖を使ってファントムの攻撃に必死に耐えている斑希の姿があった。
「は――ハッハッハッハッハ!! こりゃあいい! 傑作だ!! フッ、次はお前か――斑希。だが、そんなモンじゃ俺の攻撃は防ぎきれまい? うぉらぁあああああああああッ!!!」
声を張り上げ、同時に力を加え斑希を苦しめるファントム。
「くぅ~っ!!」
何とかファントムの力に耐えている斑希だが、それにも限界があった。
「くっ……、仕方ない。あれを使うしかないわ!!」
何かを考え、ふと月牙の方を向きコクリと頷いた斑希は、ポケットから何かを取り出した。それは丸い形をしていてまるで小さなビー玉のようだった。とても綺麗に光り輝いているその玉を自分の掌に乗せると、斑希は思い切り力を籠めそのビー玉の様な物を砕いた。
「お、お前……ま、まさかその玉は『パワーストーン』!?」
それを見ていたファントムが、思わず驚きの声をあげる。
「その通り! これは私達の様な有属性者の人間に与えられる特別な玉。お母さんにもらったの。これが砕かれると体の中に眠る特別な力が目覚めて覚醒する。まぁこれは、最近分かったことなんだけど……」
後半少し小さめの声で喋った斑希は、「さ~て、これであなたと同じ力量で戦う事が出来るわ!」と杖を構えて真剣な面持ちになった。
「はぁ~っ!!」
物凄い光と熱によって周囲の植物が枯れていく。
「ぐぅッ!? な、なんという力だ!」
ファントムはいつしか、耐えるのがやっとの状態になっていた。鎧の兵隊たちはあっという間に吹き飛ばされ、瀕死状態の月牙は何とか体を動かして物陰に隠れ身を潜めた。
「ぐっ! ……思った以上にキツい。でも、この状態じゃないとあいつには勝てないっ!この際我慢するしかないわ!!」
斑希はそう自分に言い聞かせ、杖に力を籠めると攻撃した。
「くらえぇええ! 『太陽の光熱球』!!」
熱を持った大きな光の玉を作り出した斑希は、見事ファントムに向かって技を命中させた。
「フッ、なかなかやるな。だが、俺の本気はまだまだこんなものじゃない! そろそろ本気を出させてもらうとするか……。行くぞ、解放!! はぁあああああああああああッ!!! フッ、フハハハハハハハハ!! お前だけが力を抑えていたと思うなよ?」
足を強く踏み込み力を籠めるファントム。力を解放した彼は、物凄いオーラを周囲に放った。それが地面に当たってバチバチと火花を散らしている。
「そ、そんな……まさか、まだあれだけの力を秘めていたなんて。これじゃ勝てない! ……きゃあっ!!」
斑希は腕で顔を覆ったが、物凄い勢いで周囲に放たれるオーラが彼女に当たりモロにダメージを受けた。それを見たファントムが兜を取り外し、偉そうな眼差しで斑希を見下ろしてきた。
「おいおい、まさかこれだけで倒れるんじゃあないだろうな? まだ俺は、力を十分の一しか解放していないんだぞ?」
呆れたと言わんばかりの口調で斑希に言うファントム。
「……あ、安心しなさい! 私も、これから本気を出すんだから!!」
斑希は何とか起き上がり杖を構えた。
「ハッハッハ、そうこなくてはな!!」
ファントムは笑い声をあげると共に、斑希に向かってオーラの衝撃波を浴びせた。
「ぐふっ!!」
斑希はあまりにもの敵の強さに体をよろめかせた。しかし、何とか体を起こし震える体を杖で支えて必死に耐えている。
「ほう、なかなか頑張るな。ところで、まだお前の言う本気というのは見せてくれないのか? このままだと、お前の本気を見る前にお前自身がくたばってしまうぞ?」
余裕の表情を浮かべ、小バカにした態度でファントムは斑希に言った。
「本当は、……この力を使いたくは、ハァ、ハァ……なかったんだけど、……仕方ないわ。そこまで言うのなら、あなたに……見せてあげるわ」
疲れ切った声と表情で斑希は、息も絶え絶えに杖を振り回し地面にブスッ! と突き刺した。そして、瞼を閉じて謎の詠唱を唱えると、カッ! と目を見開き技を繰り出した。
「秘技! 『太陽紋刃』!!」
そう声を発すると同時に、斑希を中心に太陽の紋章を描く様に無数の刃が出現した。
「な、何だこれは!?」
ファントムはあまりにもの大量の刃に、驚きの表情を隠せないでいる。思わずたじろぎ、後退してしまうほどだ。
「あなたを……それだけ驚かせることが出来たなら、苦労したかいがあったわ」
そう言うと、斑希は右手を天に向けて掲げた。そして、疲れ切った顔に少し笑みを浮かべると指示を出した。
刹那――無数の刃がファントムを襲った。
「フンッ! 残念だがその刃では俺の鎧を貫くことはできない、諦めるんだな!!」
せせら笑うファントム。しかし、斑希はそんな言葉など完全無視で喋った。
「諦めるのは……あなたの方よ、ファントム! ハァ、ハァ……くっ、これは薄く放射する純粋な太陽エネルギーを混ぜ込んであるわ。このエネルギーには無論、熱も含まれているから……あなたの自慢の鎧を溶かして貫けると思うけど……?」
その説明を聴いた瞬間、今まで余裕の表情を浮かべていたファントムの表情が一変――。突然泡を食ったかのように焦りだした。
「な、ま……待て! は、早まるな!! 早まるんじゃない!! 待て、待ってくれ、や……やめろぉぉおぉぉぉぉぉぉおおおおおおッ!!」
ファントムの必死の命乞いを無視し、斑希は振り上げた腕を振りおろし指示する。
「うわあああああああああッ!!!」
ヒュンヒュンヒュン! ドスドスドスドスドスドスドスッ!!!!
物凄い効果音と共に、さっきまで喚いていたファントムの声が聞こえなくなった。
「ハァ、ハァ……ふぅ、何とか……倒せたみたいね」
嘆息し、地面に座り込む斑希。それはまるで、力を全て失ったかのようだったが、それが迂闊だった。
「……クックックック、ハッハッハッハッハッハ!!! やっと……やっとわかったよ斑希。お前はあまりにも隙が大きすぎる。そして、何よりも敵に甘い。それでは俺には勝てん! そして、まさに今この時もまた大きな隙だッ!!!」
同時にファントムが自分に突き刺さっていた無数の刃を尋常じゃないオーラで弾き返し、あらゆる方向に飛ばした。しかし、そのほとんどの刃は斑希に向かって飛ばされていた。
「なっ!?」
刹那――大量の刃がまるで超高速の矢の様に放たれ、それが勢いよく斑希の体に突き刺さった。真っ赤な鮮血が飛び散り、辺り一面が血の海と化す。
「ごはっ!!」
斑希は力を失い、近場の崖にフラフラとよろめきながら近づいて行った。
瀕死のあまり、気を失ってしまっていた月牙がようやく目を覚まし、体を起こした時には手遅れだった。
「……あとは、……頼んだ……わ、よ」
斑希の微妙な笑顔が見えたかと思うと、一瞬にしてその姿が消えた。――崖から落ちたのだ。
「ふ、ふれああああああああああああああああああああッ!!!」
月牙の叫び声が周囲に木霊した。しかし、ファントムはまだ自分の体に突き刺さっている刃を抜き取ると、崖から転落していく斑希目がけて容赦なく放った。
「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
ビュビュビュビュビュビュビュンッ!! ドスドスドスドスドスッ!!!
月牙の必死の叫びは、刃の効果音にかき消された。
「くそッ!!」
月牙は悔しそうに地面をたたき続けた。手が血まみれになるのも構わず――。
「フンッ! そんなことをやったところで無駄だ!! 月牙、お前は負けたんだよ。しかも女に守られて……その女を助けることも出来ずに。お前はことごとく馬鹿なやつだ! ホントお前を見ていると、あの間抜けなあいつを思い出させる。今の弱いお前に用はない!! 強くなって、悔しさと憎しみ……怒りを持って俺に勝負を挑みに来い!! いいな? ……待っているぞ、月牙……。フッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
ファントムは高笑いしながら何処かへ姿を消した。
「……っく、くそっ!! 俺は……俺はあいつに守られた。しかも、あいつを――幼馴染であり従妹でもある斑希を助けられなかった! くそ……うっ、すまない、斑希……うっ、ううっ……」
月牙は悔しさと憎しみに駆られ、目を真っ赤にしていた。拳を強く握りしめ、そして悲しみによって気付かぬうちに涙が零れていた。すると、急に天気が悪くなり雨が降り始めた。大雨の雨粒が、顔を俯かせ地面に手と膝をついている月牙に冷たく降り注ぎ、さらにその雨が月牙の流す涙を洗い流すように頬を伝って行った……。
ふれあああああああああああああああああああああああああっ!
というわけで、一話早々に斑希やられちゃいました。崖から転落し、その上追撃ってファントムひどすぎでしょ。
月牙、泣きながらorzですよ。しかも雨も降ってくるという。
さて、一体斑希はどうなってしまったのか。そして、これから月牙はどうするのか。次回お楽しみに。