第十一話「海底に沈みし神殿」・1
Ⅳで初三部構成です。
それから数分が過ぎ、俺はいい方法を思い付いた。空気中に漂う大量の霧。ならば、この霧を消してしまえば幻術も解けるのではないかと考えたのだ。しかし、この霧を全て取り払う方法が――。
と、そこで俺はピンと来た。同時に頭の思考回路ランプに明かりが点く。 そう、風浮の巨大旋風を使えばいいのだ。これを使えば強風によって霧を払うことが出来る。
「よし、さっそく――」
俺は風浮の力に期待してサッと振り向いた。しかし、そこには水恋におぶられて寝てしまっている風浮の姿があった。
「さ、最悪だぁあああああああああああああああィ!!!」
「シーッ! あまり大声あげないで下さい月牙さん。せっかく気持ちよさそうに寝ているのですから」
「あっ、わりぃ――って、そうじゃなくて! どうすんだよ、せっかくの作戦がおじゃんだ!!」
頭を抱えてその場にしゃがみ込む俺。森の中のため時刻は分からないが、空にはもう月が上がっている。雲一つない夜空。濃霧と木々でよくは見えないが俺の陰属性がそう教えてくれている気がする。
――今夜は満月か……。あっ、そうだその手があった!!
俺は指をパチンと鳴らして声をあげた。
「よし!」
「だからシーッですって!! それで、何かいい手があったのですか?」
「おう! 前には以前見せたことがあるかもしれねぇな」
そう言って俺は得物の剣を握る。そして鞘から刀を抜き天空に向けて掲げた。まるで刀身に月明かりを当てるかのように……。
「ふーっ、いくぜ、第一段階解放!!」
これは俺の必殺技の一つで第三段階まである。ちなみにこの第一段階で行うことが出来るのは二つ。一つは、刀から溢れ出る月の魔力を衝撃波にして周囲にいる敵に攻撃することだ。だが、これには一つ欠点がある。それは範囲の設定が出来ないということだ。そのため、いまいち感覚が取りにくいのだ。だが、もう一つは相当役に立つ。
「『陰暦十二使徒』発動!!」
――陰暦十二使徒というのは、先ほど言った第一段階で行う事が出来るもう一つのことだ。これが相当便利で、暦に従って使徒を召喚することが出来る。まぁ、分かりやすく言えば使い魔の様なものだ。と言っても悪魔などではなく、どちらかというと精霊の様な感じだ。
「水関係ならばこいつが一番だな」
俺は宙に十二個の使徒板を顕現させ、六つ目の使徒板を手にして唱えた。
「来たれ、陰暦の六月『水無月』召喚ッ!!」
そう俺が唱えると、使徒板が明るく光り輝き夜の森の周囲を照らし出した。そして、次の瞬間そこに長い髪の毛の一部を頭部で結んだ、水着姿の結構長身の一人の少女が姿を現した。
「う、う~~ん……っはぁ。よっ、久し振りじゃ~ん月牙! 元気にしてた? それで?今回はあたしに何の用なわけ?」
「水無月、頼みがある。これからこの空気中に漂っている霧を吸収してくれないか?」
「へぇ~この濃霧を……ねぇ~。まぁ無理じゃあないわよ? それに、喉もちょーカラカラだったんだ。丁度いい水分補給になるし! それじゃあさっそく、いっただきま~っす!!」
軽く腕を振り回した後、水無月は大きく息を吸い込んで空気中の霧を吸い込み始めた。その勢いはまるでバキュームの様で、あっという間にジメジメした空気が乾燥してしまった。ものの数分で霧は晴れてしまい、力を失ったかのように地面にガックリと手と膝をつく少女の姿が見えた。
「見つけたぞ!」
「え、えっ……?」
少女はきょとんとした顔で俺や周囲を眺める。しかし、水無月の攻撃姿勢を見て危機を察知したのか急に眼の色を変えると、何かを取り出しそれを高々と掲げた。その手には何かが握られている。よく見るとそれは、あろうことかパワーストーンだった。
「な、何!?」
俺は驚愕した。まさか彼女がパワーストーンを持っているとは思ってもみなかったのだ。案の定少女は大量の力を手にした。同時に体表から濃霧を発生させる。
「くっ!?」
「おっ、ラッキー。あの子、体から霧を出すことが出来るんだ。あれさえあれば、いつでもあたし水分補給出来るじゃ~ん!」
楽天主義な水無月は、両手を握ったり放したりを繰り返しながら言った。
「何言ってんだ! このままじゃマズい。負ける前にこっちが叩く!! 水無月、あいつを倒せるか?」
「あったりまえじゃん! あたしを誰だと思ってんの? 陰暦の六月こと、水無月ちゃんよ? こんなの朝飯前だし! んじゃまっ、いくわよ!!」
そう言って水無月は軽いステップで少女の攻撃を躱して背後をとった。同時に十分水分補給したおかげで手に入れた水を利用して、片方の手に少量の水を思い切り凝縮した水球を作り出した。
バシャッ!!
「うぷっ!?」
水を思い切り顔面にかけられた少女は、ブルブルと顔を振り水無月から距離を取った。
「いきなり何するの!?」
「月牙に言われたからねぇ~、あんたを倒せって。だからあたしはあんたを倒す……。あっ、言っとくけど女だろうが幼女だろうが、関係なく殺らせてもらうからそこんとこよろしくねぇ~」
一言忠告した水無月は、そのままもう片方の手に先程よりも大きめの水球を作り出した。
「いっけぇ~!!」
掛け声をあげると同時に水無月はその水球を少女の腹の真ん中辺りに直撃させた。圧縮した水球は、水素が爆発したかのようにポン! と音を立てた。そして少女は、その小さな爆発に吹き飛ばされ一本の木の幹で背中を強打した。
「うぐっ!!?」
木が少々へこむほどの威力だ。少女の肋骨も何本かいってしまってるかもしれない。少しやりすぎたかとも思ったが、これで確実に俺の申し分は分かってもらえたはずだ。
――ん? いや待てよ。ていうか、どうして俺戦ってるんだ?
「大丈夫ですか霧矛さん!!」
木に背中を打ち付けた衝撃のせいか気を失ってしまっている、霧矛と呼ばれる少女に慌てて駆け寄る水恋。
「う、うぅ~」
目を回し失神中の霧矛は、なかなか目を覚まさなかった。
「もうっ! 酷いですよ月牙さん!! どうして霧矛さんに攻撃したのですか? 話し合いで解決すると思って任せていたのに……」
風浮をおぶったまま霧矛を優しく抱きしめる水恋は、物凄く悲しそうな目で俺を見た。
――し、しまったぁああああああ!? そうだ、あいつはただ俺達の前から姿を消しただけ。何も戦おうとしていたわけじゃないんだ!! なのに、どうして俺はこの子に攻撃しちまったんだ!? なんてこった、木に背中を強打しちまって骨が折れたりしてたら俺のせい――だよな? さ、最悪だぁあああああああああああああああ!!!
俺は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。まさかこんなことになってしまうとは。
「どうしてこんなことをしたのですか!?」
水恋の目つきには、まさに怒気が含まれている。まぁ怒るのも無理はない。それに、水恋にとって霧矛は従妹という存在。怒るのが当たり前――自然というものだ。
「ホント悪かった! てっきり姿を消したから襲い掛かってくるのかと思って……」
「ちゃんと相手に確認してからですよ! ……大丈夫ですか霧矛さん?」
心配そうに霧矛の顔を覗き込む水恋。すると、ゆっくりと霧矛が目を覚ました。
「あ、あれ? わたし何を――っつ!?」
目を覚まして体を動かした途端、急に霧矛は背中を押さえた。やはり、背中を強打したことで骨を折ったのかもしれない。
「お、おい大丈夫か!?」
「い、いや……っ!!」
責任を感じた俺は霧矛の元に駆け寄ろうとしたが、その直後、体を縮めて俺から自身の体を庇うように離れた。
「……え」
俺は思わぬ霧矛の反応に硬直してしまった。というよりは、ショックを受けたという方が正しいかもしれない。
「わたし、何もしてないのに急に攻撃された……うぅ。こ、怖いよお姉ちゃん」
霧矛はすっかり怯えてしまっていた。全ては俺の責任だ。
まさか霧矛にこのようなトラウマの種を生みつけてしまうとは……。しかし、こればかりは俺だけの問題ではなく水無月にも罪があるはずだ。俺はふと当人を見た。
「何?」
平然とした顔で水無月は俺に訊きかえした。
「いや……。お前も攻撃した側なんだから謝るとかなんとかさ。悪いな~みたいなそんなことは感じないのか?」
「だってあたしは何にも悪くないも~ん! あたしはただ月牙に頼まれたからやっただけのこと……。あたしには一切の責任はございませぇ~ん!!」
そう言って水無月は踵を返して俺に背を向けると、数歩歩いてその場から姿を消した。――元の世界に戻ったのだ。
――くっそぉぉぉお! 一人勝手にトンズラしやがってぇええ!! 俺もあいつみてぇにこの世から消えてぇ!!
俺が心の中で唸り声を上げていると、ふと腰に手を当てた水恋が俺に強気な視線を向けてきた。まずい、説教をくらうことになるかもしれない。
「とりあえず月牙さん、謝ってください!!」
ただ一言水恋はそう口にした。確かに謝ることは必要だ。実際に攻撃したのが水無月であったとしても、攻撃するよう命じたのは主人である俺だ。俺に非がある。
「分かった……」
決心を固めた俺は、怯える霧矛の前にスッと立つと、ゆっくりとその場に屈んだ。俺の視線と霧矛の視線が一直線上になる。すると、俺と目があった霧矛はさらに顔を青冷めさせた。
「ひぃっ!!」
「こ、怖がらないでくれ……。もう何もしないって!! とりあえず、許してもらえないかもしれないが、謝らせてくれ!!」
拳を握り、俺は勢いよく額を地面にこすり付けるようにして土下座した。出来る限り深く頭を下げる。それからしばしの沈黙の時間……。
――そうだよな……。こんなんで許してくれるはず――。
俺が諦めかけていたその時、ふと声が漏れた。
「――よ。……もういいよ。あなたの、月牙さんの申し訳ないっていう気持ちは十分分かったから……。こっちこそゴメンね?」
霧矛からの“ゴメンね”という一言に俺はゆっくりと顔を上げながら訊いた。
「どうして、お前が謝るんだ?」
「……わたしが何も言わずに消えたから攻撃してくると思ったんでしょ? まぁ、誰にでも警戒精神っていうものはある。だから今回の事は仕方のない事だよ……」
「だが――」
「それに! ……それに、わたしが荷物を取りに一旦家に帰らせて、って言わなかったのがいけなかったんだし……」
やや俯き気味に霧矛は俺に言う。
「荷物を?」
「うん……。わたしもついていくことにしたよ……水恋お姉ちゃん達に」
コクリ頷いて霧矛はそう答えた。その言葉に俺は一瞬我が耳を疑った。
「な、仲間になってくれるのか!?」
「うん。それに――」
「それに?」
俺はその続きが気になって身を乗り出して訊いた。
「ついていかないと、水恋お姉ちゃんがあなたに何されるか分からないから」
「んなッ!!?」
満面の笑みでサラッと言った言葉に、俺は顔を真っ赤にして言葉を失った。
「月牙さん! ま、まさか私にそのようなことを!?」
「誤解だ!! 霧矛っ! お前根も葉もないこと言ってんじゃねぇぞ!?」
「ま、また暴力振るうの?」
上目遣いの眼差しで俺を見つめる霧矛……。その表情に俺は思わずたじろぐ。
「そ、そうじゃなくて……」
「でも旅をするにしても、このままでは霧矛さんは歩けませんよ?」
「な、何でだ?」
水恋の言葉に俺は疑問を抱いた。一体歩けないとはどういうことなのだろうか。しかし、水恋の答えの言葉を聴いて俺もすぐに納得した。
「今霧矛さんは背中を強打して骨を何本かやられてます。このままでは上手く歩くことは愚か、歩くことさえ出来ないかもしれません!!」
真剣な面持ちで水恋はそう口にした。その言葉に俺は自身でも分かってはいたが、それでも驚きを隠せず目を見開いた。
「マジかよ!? でも、霧矛は伝説の戦士の一人なんだ。ここで大事な戦力の一人を失う訳には――」
「そこで私に提案があります!!」
「提案?」
「はい! 霧矛さんを歩けなくしてしまった責任を負うという意味で、月牙さん自身が霧矛さんをおんぶして行くのです!!」
「何ぃいいいいいッ!!?」
「えええっ!?」
俺と霧矛の二人は互いに驚きの声をあげた。まぁ、若干霧矛の声の方が小さかったが。
――当たり前だ、何が責任を負うという意味で霧矛をおんぶするだ。責任を負うの「負う」という意味と、背負うの「負う」という言葉を掛けたのか知らないが、全然上手くねぇんだよ! 第一、相手は年頃の少女だぞ? そんなやつが俺におぶられたがるわけ――。
「分かった、いいよ?」
「えっ、いいの? マジで?」
ほんのり顔を赤らめて霧矛は縦に頷いて答えた。
これは何という風の吹き回しだろうか。まさか、あろうことか自分を傷つけた相手におぶらせることを許可するとは……。
霧矛という少女は一体どこまで心が広いのだろう。
というわけで、何かバトルに発展したわけですが結果としては月牙の明らかな勘違いですね。そして、そのせいで骨やっちゃった霧矛ちゃん。かわいそうです。そりゃあ従姉である水恋も怒りますよ。しかし、そんな最低野郎を許してくれる霧矛。いやはや、心が広いです。
そして、ここで二人目の陰暦十二使徒登場です! 陰暦の六月こと水無月です。口調はちょっと何かギャルっぽい?です。
全員をちょっとずつ出すというわけにもいかなくなりそうなので、もしかすると後半でまとめてドンッ!かもしれません。




