第十話「濃霧に紛れし少女と冷雨の少女」・2
「とりあえず、まぁお前も俺達と同じく伝説の戦士だということが分かった。というわけで、俺達の仲間になれ!」
「なっ! なぜそんなに上から目線なんですの!?」
高貴な身分である靄花にとって、この言われ方は想定外だったのだろう。明らかに信じられないという顔をしていた。しかし、そこに俺は鋭くツッコミをかます。
「いや、俺年上だし」
「キ~ッ! 歳の差なんて関係ないですわ!! どちらの人間が上なのかで決めるべきですわ!!」
「だとしたら、どちらにせよ俺の方が立場的にも上だろ?」
俺は躊躇なく真顔で答えた。
「な、何でですの?」
「いや、バカだし……バカだし、バカだし」
「バカバカバカって、私はそこまでバカではありませんわ!!」
「そうか? じゃあ、二十+四十+六十は?」
「え~っと…………」
しばしの沈黙時間。
そして一分後――。
「百三十一ですわ!!」
と、正解したと言わんばかりの顔で靄花は嬉々として答えた。しかし、全く持って正解していない。
「なんでこんなに時間がかかったうえに正解しねぇんだよ! しかも、何で一の位が全部零なのに一って数字が出んだよ!!」
俺はフォッグ・フォレスト中に響き渡るほど大きな声で靄花を怒鳴りつけた。
「……あっ! ち、ちょっとしたミスですわ!!」
しばし考え込んだ後、ようやく自分の犯した間違いに気付き慌てて言い訳する靄花。
「とにかくお前はバカで決定だな」
「うぅ~っ、いつか必ず汚名返上してみせますわ!!」
バカというレッテルを貼られて悔しそうに歯噛みして涙目になる靄花を見て、俺は鼻高々となって威張るように言い放った。
「まぁ、期待せずに待つぜ」
「期待しないってどういう意味ですの!!?」
――全くうるさい少女だ。少しは静かに出来ないものか?
とりあえず、これで俺の集めた伝説の戦士は自分も含めて四人となった。だが、まだこの場所には少なくとも後一人いる。そう――水恋の従妹という少女だ。地図で確認すると、確かに近くにいるようなのだが、全く気配を感じない。どうしてかは分からないが、とりあえずこの周囲の霧が邪魔だ。しかも、奥に進めば進むほどだんだんと霧が濃くなってくる。まさにフォッグ・フォレストだ。
さらに地図で確認すると、この森のどこかに小さすぎず大きすぎずの大きさである池が存在しているようで、その池から蒸発した大量の水蒸気が露点温度に達してこのような濃霧を作り出しているみたいだ。
そう考えると、そうそうこの霧は晴れないように思った。何せここは木々が大量に生い茂っており、日光が届きにくい場所なのだ。そのため、温度がなかなか上がらず少し肌寒いのだ。その上ジメジメとして湿っぽい。カビなんかもあっという間に生えてしまうかもしれない。
「よし、さっそくだが靄花……お前に任務だ!」
「任務――ですの?」
さっきまでぶつぶつ愚痴っていた靄花がきょとんとした顔をして俺に尋ねる。
「そうだ! ここの地図に載っているこの赤く点滅している点。この人物を探すんだ!!」
そう言って地図に写っている点を指さす。
「あなた……私をバカにしてますの?」
半眼で俺を見る靄花。
「いや、バカをこれ以上バカにはしたくないが……」
「そういう意味ではありませんわ! ……とりあえず、この赤く点滅している点を探せばいいんですのね?」
「まぁ、かいつまんで言えばそうだ。頼んだぞ?」
「た、頼んだぞ……って、あなた方は何をするつもりですの?」
「え? 休憩だけど……」
真顔で俺はさらりとそう口にする。すると、プルプルと肩を震わせて靄花が顔を俯かせた。そして、俺が声をかけようとすると声を発した。
「それって、あまりにも不公平すぎじゃありません!?」
さすがの靄花にもこれくらいのことは解ったらしい。分かった途端に文句を言いまくる高飛車お嬢様である少女に俺はこう言った。
「これは大事な任務だ! しかも、お前にしか出来ないことなんだ!! お前がこの任務を無事果たしてくれたら、俺達はとても喜ぶんだけどなぁ~?」
そう俺が口にすると、さっきまでそっぽを向いていた靄花が急にこちらを横目で見てボソリと口にした。
「そ、それは……本当ですの?」
「ああ! もちろんだ!! どうだ、やってくれるか?」
「し、仕方ありませんわね……。まぁ、私にしか出来ないのでしたら」
少し照れた様に頬を赤らめながら自画自賛している靄花は、そう言って扇子を開いて扇ぎだした。
――えらく簡単に引っかかってくれたな。まぁ、バカだからしょうがないか。
俺はそう言って靄花に黄金の地図を手渡した。
それからしばらくの間、靄花がそこらをウロチョロする時間が続いた。それをじ~っと眺めていた俺達は本当に退屈だった。大きな欠伸が幾つも出る。
「う~ん、あら? どうして見つからないんですの? こっちはこっちで、あっちはあっちで――」
――どうやら地図の見方が分かってねぇみてぇだな。しかし、どうしてそれを訊ねないんだ? やっぱりこいつはどうも素直になれない性格らしい。靄花は高飛車であり、相当な天邪鬼なのだろう。
「あいつ、相当なバカだよな」
「月牙さん、そんなにバカバカ言っては靄花さんが可哀そうですよ? せめて知能が低いくらいの方が……」
「言い方変えただけであまり大差なくないか?」
「というか、地図の読み方をただ単に訊けばいいのではないのですか?」
ふとした疑問を感じた水恋がそう意見を述べる。その言葉に俺はコクリと首肯して口を開いた。
「いや、そうなんだけどよ。どうやらあいつ、恥ずかしいんだろうな。そんなやつもたまにいるさ。まぁ、シャイとでも言うのか?」
「地図の読み方、教えてあげればいいではないですか」
「それじゃダメだ! それだといつまでもあいつは天邪鬼のままになっちまう。地図の読み方を自分で知ることで、少しは素直になることが出来るはずなんだ! 恥ずかしさのあまり思わず反発してるだけなんだよ、あいつは。だから、どうにかして地図の読み方を訊きたくなるように促せればいいんだが……」
腕組みをして考えながら俺はふと横にいる風浮を見た。不思議そうな表情で俺を見上げる風浮。そんな少年の無垢な瞳を見て、俺はいいアイデアを思い付いた。そう、風浮に頼めばいいのだ。水恋ではあいつもライバル意識で反発してしまいそうだが、風浮ならば初対面の相手なのでそこまで反発もしないだろう。何よりも、相手はまだ幼い子供だ。
「風浮、靄花に地図の読み方を俺に訊くように促してくれるか?」
「うん!」
コクリと元気よく頷く風浮。しかし、次の瞬間俺は思わずズッコケてしまった。
「で、どうすればいいの?」
「ズコッ!! あのな! 聴いてたから頷いてたんじゃなかったのかよ!!」
「ただ単に頷いてただけだよ?」
幼い子供らしい無垢な笑顔を浮かべてくる風浮。この笑顔を見ると、非常にキツく叱れなくなる。
「なんて紛らわしいことしてんだよ! いいか? だから、ゴニョゴニョゴニョ――」
俺は風浮の耳元に向けて内容を話した。
話し終えると、風浮はコクリと頷いて靄花の元へと向かった。小さな声で聞き取りにくいが、どうやら靄花は多少驚いているようだ。まぁ、まさか幼い子供に方法を導かれるとは思いもしなかったのだろう。
すると、話し終えた風浮が靄花を連れて戻って来た。そして、靄花は俯き気味で顔を真っ赤にしてモジモジしながら口を開いた。
「あ、あ……あの! その、じ、実は訊きたいことがある……んですの」
時折チラチラとこちらを上目遣いで見ては頬を赤くして目を背ける靄花。
「お、おう。な、何だ?」
「ち、……ち、地図の、読み方を教えてください!! ……ですの」
まるで告白するかのように大声でそう叫ぶ靄花。その声は山びこの様に遠くまで響き渡った。その靄花の言葉に思わず俺までドキドキしてしまった。
最初から地図の読み方を訊かれることは分かっていたはずなのに、どうしてこんな感情を抱いてしまったのかは分からない。そもそもこんな馬鹿な少女に恋する筈などない。
――まぁ、ルックスは水恋に似て整ってはいるが。
「分かった。水恋!」
「はい、何ですか?」
「説明してくれ」
「えええええええええっ!? げ、月牙さんが説明するのではないのですか?」
驚愕の表情で俺に訊く水恋。しかし、そこで俺は手を振りながら言った。
「いや、俺地図の読み方分かんねぇし……」
笑いながらそう言う俺に、水恋はさらに驚愕する。
「いやいやちょっと、月牙さんも地図の読み方知らないのですか?」
「だって、知らなくても困らねぇし」
「それだと靄花さんをバカにすることは出来ないような……」
頬に手を添えて考え込む水恋。
確かに俺には靄花をバカにする権利はないかもしれないが、少なくともこいつよりかはマシな頭をしているので俺以下ということで馬鹿にすることは出来る。
「まぁ、細かいことは気にせず説明してくれ!!」
「わ、分かりました。では説明しますからよ~く訊いておいてくださいね?」
「分かりましたわ」
いつもなら「なんで私があなた如きに訊かなければならないんですの?」とかなんとか、文句をたらたらと述べているだろうが、今回ばかりは素直になっているようで、靄花はゆっくりと縦に頷いた。
そして数分後、水恋の説明が終わり地図の読み方を理解した靄花は、赤く点滅する点を捜索した。
「え~っと、こっちからこっちに歩いて……」
ブツブツと呟きながらさっきとは全く違う足取りで目的の場所へと俺達を導く靄花。
そして、ようやく目的地に辿り着いた。
その場所はこのフォッグ・フォレストの何処かにあると思われていた池だった。さらに、その池の淵にある切り株を椅子にして、一人の見知らぬ少女が座っていた。
「あいつか?」
「地図の通りだと間違いありませんわ!!」
まるで全て自分の力で行ったとばかりに偉そうな態度を取る靄花。
そして、少し間を開けて再び靄花が口を開いた。
「……ところで、私にしか出来ないこと成し遂げましたけど、何があるんですの?」
少し期待するかのような表情を浮かべる靄花に俺はすかさず答える。
「いやぁ~実に面白かったぜ? 俺の期待通りにお前は引っかかってくれたからな。おかげさまで自分で探す手間が省けて大助かりだよ! サンキューな?」
サラリと作り笑顔を浮かべて真実を口にした俺に、靄花は言葉を脳内で理解するや否や、顔を真っ赤にして言った。
「な……ななな、あ、あ、あなたって人は! あなたって人は――」
プルプルと体を震わせ顔を俯かせた靄花は、次の瞬間大きく息を吸い込んで俺のすぐ傍で全ての息を吐き出さんが如く、大声を張り上げた。
「さいっていですわっ!!!」
キィィィィィィン!
と、俺の耳の鼓膜が振るえる。
叫び終えた靄花はフンッとそっぽを向くと、どこかに歩いて行ってしまった。
「あっ、ちょっと! ……いいのですか月牙さん? このままだと靄花さん何処かに行ってしまいますよ!?」
「平気さ。どうせすぐに寂しくなって戻ってくるさ。俺達の後をついて来てたのがその証拠だ!」
「そうでしょうか?」
「そうなんだって! それよりもあの池の淵にいるやつ、あれがお前の従妹なのか?」
靄花の話題を終わらせ俺は話を展開する。すると、俺の言葉に水恋は目を細めながら首を傾げた。
「霧が濃くてよく分かりませんね」
確かにここは池ということもあってかさっきまでよりももっと霧が濃い。これでは人物を確認できないのも無理ない。
そこで俺達三人は、恐る恐るその人物に近づいてみた。すると、急にその人物から三本の鋭利な何かが飛来してきた。
「うわっと!」
「きゃあ!!」
「わぁっ!」
俺達は各々その攻撃を躱したが、相手の背を向けたままの的確な攻撃には心底驚愕させられた。まるで後ろにも目があるのかと言わんばかりの的確な方向だった。しかも、確実に仕留めるために首元に放たれている。おまけに先程も言ったようにここは霧が濃い。それでいてこれほどまでに正確に放てるのは、恐らく能力が関係しているのだろうと俺は認識した。
となれば、この人物は間違いなく伝説の戦士だ。しかし、俺が気になるのはそれだけではなかった。そう、性別だ。今の所男二人に対して女二人。均等にはなっているものの、ここから先仲間を集めて行く上で、女子の割合が増えるというのはあまりにもどうだろうか。おまけに男と言っても、もう一人の男はまだ幼い。頼れる感じは全く持ってしない。そのため俺は、次の戦士の性別が凄く気になっていた。
「いきなり何すんだよ!」
とりあえず当たり前の言葉を口にしてみる。まずは相手の反応を窺おうという魂胆だ。すると、相手は無言のまま第二撃を繰り出してきた。それも再び躱す。
と、そこでその人物が口を開いた。
「よくわたしの攻撃を躱せたね」
その声は少女の声だった。つまり、水恋の従妹は女だったのだ。
これで割合は女三の男二となってしまった。
――早く男を見つけよう。
俺は心の中でそう決心した。
「俺達は伝説の戦士だ! 単刀直入に言わせてもらうが、俺達はお前を仲間に加えに来たんだ!!」
「わたしを仲間に? どうして?」
「お前も伝説の戦士だからだ!」
「そもそも、伝説の戦士って?」
首を傾げ霧に紛れたその少女は俺に訊いた。
確かに伝説の戦士のことを知らないやつもいるだろう。お伽話として伝承されているようだが、その全貌を俺も実の所よく知らない。まず、お伽話そのものにそこまで興味がないのだ。だが、ほんの少しのことくらいであれば説明は出来る。
「そう……だな。伝説の戦士っていうのは、神王族って言う人間が持つ特別な力っていうのに関係する血を持つ者のことを言うんだ。俺も詳しくは知らないんだが、その昔、夢鏡王国の王族とハルムルクヘヴン帝国に住む神々が仲良くなる前のこと、神界にいた神々とウロボロス星にいた人族が喧嘩を始めたんだ。それはやがて戦争にまで発展し、ついには死者が出てしまった。しかし、元々はこの二つは光と闇の戦争を期に仲が良くなっていたんだ。その証拠として王族と神族との間に子が生まれていたんだ。その子供のことを総称して『神王族』と呼んだ。そして、その神王族の人間が二つの国の仲介役となってくれたんだ。それにより、周りで萎縮していた他の小国の人間は彼らを、偉大な英雄の戦士――伝説の戦士として崇めたんだ。その人物こそが初代神王族の帝王、『神崎 王都』――強大な力を持った人物とされ、神王族の中でも一番神の力の使い方が上手いとされていた英雄だ。だが、この人はもうこの世にはいない」
「い、いない?」
霧に紛れた少女が少し驚いたような声をあげる。
「行方不明と言った方が正しいかもな。だから現在、神王族の帝王はいない」
「じゃあ、今は誰が神王族をまとめてるの?」
「未だに決まっていないが、ハルムルクヘヴンに居る『神王十二騎士』だと言われているな。どうだ? これで伝説の戦士については分かっただろ?」
「でも分からない。それでどうしてわたし達も伝説の戦士になるの? わたしはまだ何もやってないよ?」
理解不能と言った曇った表情を浮かべていそうな少女に俺は言った。
「確かにそうだな。だが、その神の力を俺達も持っているんだ。あくまでも伝説の戦士はただの総称だからな」
「わたしが伝説の戦士だという証拠は?」
やはりこの言葉が来た。いつかは来ると思っていたこの台詞。だがここぞとばかりに俺は黄金の地図を目前に晒す。それを怪訝そうな表情で少女は眺めた。
「これは?」
一言そう訊ねた少女に俺は優しく教えた。
「こいつは伝説の戦士一人一人の居場所を指示している地図だ。本当は三十一人いるんだが、この地図には半分の十五人の居場所しか示されていない」
自分でも地図をもう一度見直しながらそう告げた。
すると少女は、深刻そうな顔つきになったかと思うと、ふっと顔を上にあげて俺の顔を真剣な眼差しで見つめてきた。
「な、何だよ」
「分かった。認めるよ」
「ほ、ホントか!?」
「――でも」
「で、でも!?」
俺はその“でも”という言葉に不安を抱いた。まだ何か疑問に思う部分があるのだろうか。
刹那――少女は姿を消した。
「な、何ッ!?」
慌てて俺は周囲を見渡したが、少女の姿は何処にもない。
「あ、あれ? に、逃げたのでしょうか?」
オロオロと慌てふためく水恋を一瞥し、俺は一旦深呼吸した。
――落ち着け。そうだ、地図を見ればいいじゃないか!!
冷静になってみればそうだ。こっちには地図がある。発信機をつけているというわけではないが、これは何とも便利な物だ。まさか地図にこんな使い方があったとは驚きだ。
早速俺は地図を眺める。しかし、地図に載っている点は少しも動いていなかった。これはどういうことだろう。地図には写っているのに姿が見えない。
――ん? 見えない? いや、見えないんじゃない!! 見えてないように見えるんだ!! つまりこれは幻覚!? そういえば聞いたことがある。霧属性を持つ人間は幻覚を扱う力に長けており、その力を使って悪い輩から身を守っているのだと――。となると、こいつも同じ現象のはず。だが、どうやって霧の幻術を解けばいいんだ!?
俺は硬直したまま答えが見つからず、その場に呆然と立ち尽くしてしまった……。
というわけで、サブタイ通り今回は二人伝説の戦士登場です。そして、片方は水恋の従妹です。これで、月牙の周囲にまた女の子が増えるわけです。これはオレンジ髪のあの人がさらにゴゴゴ!状態になりますね。
さらに、今回少しおとぎ話のことについて語りました。昔は仲がよかった?だとかそんな話を挟み、さらに新たなキーワードが出てくると。
ますます混乱を招くかもしれませんが、Ⅳの終盤でだんだん繋がりが見えてくると思います。
てなわけで、次回は突如消えた従妹ちゃんがどうにかなります。




