第一話「旅の始まり」・1
ここは惑星『ウロボロス』……。
そこは大昔から科学と魔法が発達した不思議な場所だった。人々は力を持つ者――有属性者と、力を持たない――無属性者に分けられ、有属性者の子供は生まれながら幾つかの魔法を覚えていた。無属性者の者は科学の道を進み、人々の役に立つ物を開発してきた。特に秘密結社『クロノス』はとても凄い技術を持っていて有名だった。
そこに四つの大きな帝国と七つの小国があった。そして、その一つの小国――『夢鏡王国』は、明るく平和な町だと誰からも思われていた。
国が誕生して早十数年。いつもの朝を向かえ、城の部屋から賑やかな声が聞こえてくる。しかし、今日の朝はいつもの声とは違った。
「きゃああああああああああああ!!」
突然の叫び声が城中に響き渡った。いきなりの叫び声に城中の者が驚いた。急いでその場に駆け付けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
そう、なんとこの夢鏡王国の大事な姫である『ミーミル=S=リスマード』が居ないのである。いつもはふかふかのベッドで寝ていてメイドが起こしに来ないと起きないお転婆娘の姫が、なぜかそこにはいない。城中に沈黙が起こる。すると、その騒ぎに国王がやってきた。そして、その光景を見るや否や冷や汗をかいて言った。
「これはどういうことだ!?」
国王はメイドと執事に怒気を含んだ質問をぶつける。
「姫様が部屋にいらっしゃらないのです!!」
「そんなことは見て分かる!! わしは、なぜ娘がここに居ないのかを訊いているのだ!!」
メイドの言葉に憤慨する国王は焦りの表情を隠せない。
「今日は大事な日だと言うのに……」
国王の言うとおり、今日は姫――ミーミルの十二歳の誕生日なのだ。しかし、その姫が今は行方不明――。
城中大パニックに陥った。
「よいか、急いで探すのだ!!」
王はメイドと執事に強い物言いで言いつけた。
――▽▲▽――
城中の者が探している中、城下町ではミーミル姫の盛大な誕生日パーティの準備をしていた。クス玉を作ったり、プレゼントを作ったり皆が盛り上がっている。いつもは普通の、城下町の真ん中にある大きな噴水の縁にはライトアップが施されていた。
そんな空気の中、奥の方の道を曲がった先にポツンと小さな占い屋があった。そこへ一人のお客が入ってくる。
「すいません……占ってほしいんですけど」
お客は普通の男性。どうやら何か悩みがあって来たようである。
「はい……今日はどういった悩みですか?」
占いのお姉さんが訊く。そのお姉さんは銀色の長い髪の毛と長い前髪が特徴的だった。表情はよく窺えないが口元を見ると、男からはどことなくその占い師が幼気に見えた。
「はい……実は、家内が病気でお金に困っているんです」
男性は冷えた指をこするようにさすりながら、やや俯き気味に言った。
「解りました……。では、占ってみましょう」
そして三分後――
「……ありがとうございました」
男性は物静かながらも少し嬉しそうに微笑を浮かべ出て行った。すると今度は、一人の女性が占いのお姉さんの元へとやって来た。
「あの~」
「はい……あっ、あなたは!?」
占い師のお姉さんは驚愕して目を丸くした。
「まさか、あなたがここに来るなんて意外でした……。それで、今日はどういった用事ですか?」
謎の女性に話しかける占い師のお姉さん……。その謎の女性は太陽に近い長いオレンジ色の髪の毛に黒いローブ。そのローブの裾よりも少し長いためか、チラッと白いドレスも見えた。そして、そのオレンジ髪の女性が口元に笑みを浮かべると「いや、月牙くんは元気かな? と思って」と口にした。
「そういえば、もうあれから十二年になるんですね……。斑希ちゃんは元気ですか?」
占い師のお姉さんが僅かにほほ笑んで女性に返す。
「ええ。それで実は、そろそろ例の人間を集めようと思って……。いつまでもあの人をあのままにしておくわけにはいかないだろうし……」
オレンジ髪の女性がそう口にすると、占い屋の入口から一人の青年がやってきた。その青年は薄く短い金髪の髪の毛を風になびかせながら、その謎の女性を見るなり口を開いた。
「あ、お久しぶりです、フィーレさん!」
ペコリとお辞儀をする青年。すると、今度はオレンジ髪の女性――フィーレが「こんにちは、月牙くん」と挨拶し返した。それを見ていた占い師のお姉さんは、フィーレと話があると言って月牙をその場に残し、少し離れた場所で会話し出した。
「それで、どうするつもりなの、ルナー?」
占い師のお姉さん――ルナーに訊くフィーレ。
「もちろん分かってます。でも、あれはまだ早すぎるのでは……?」
「いつまでも、彼をあのままにしておくわけにはいかないわ。七つの秘宝は既に鎧一族が調べ出しているらしいし……」
「で、ですが――」
ルナーが何かを口にしようとしたその時、一人の少女がぶつかってきた。
「きゃ! ……イタタタ。あっ、すみません! 急いでいますので……」
小柄な少女はペコリと謝ると、すぐさまその場から立ち去ろうとした。しかし、それをフィーレに阻止された。
――腕を掴まれたのだ。
「ちょっと待って! ……あなた、ミーミル姫?」
フィーレに言われ、少女はビクッと体を震わせた。確かにボロ切れの布で顔を隠してはいるが、ボロ切れの下から少しだけ綺麗なドレスが見えている。その上、顔をフードで隠しているが微かに覗くピンク色の髪の毛が見えて少女をミーミル姫と思わせたのだ。
「くっ!」
少女は腕を振り解き走って行った。
「どうしたのかしら?」
フィーレがボソリと口にする。
「さぁ? それで、そちらの準備は出来ているのですか?」
ルナーが訊く。
「出来てるわ! 後はそっちの準備を待つだけ……」
フィーレの言葉を聴いて、ルナーが「分かりました、こうなってしまったらもう後には引けませんからね」と、旅の許可を出した。そして、月牙の元に戻ると息子に言った。
「月牙」
「何、母さん?」
「あなたはこれから斑希ちゃんと一緒に旅に出るのです」
ルナーの説明に「えっ!? 俺が、斑希と旅に?」と、驚愕の表情を浮かべる月牙。すると、息子が驚いている間にルナーが部屋から何かの杖を持ってきた。それは過去、フィーレが使っていた太陽の杖の複製品だった。
「これを使うのはあまりにも危険。本物ではないにしろ、相当なパワーを持っています……そのこと、ちゃんと斑希ちゃんに伝えておいてください。いいですね?」
「あ、ああ」
月牙のどことなく曖昧な感じの返事を聴き、さらにルナーは説明を続けた。
「月牙……あなたはこれからあなたと斑希ちゃんを含めた三十人の仲間を探すのです!それがあなた達に課せられた使命なのですから……」
「し、使命?」
首を傾げる月牙。
「か、母さん達は来ないのか?」
自分の母親であるルナーと、その姉であるフィーレを一瞥する月牙。
「ごめんね月牙くん。私達はある事情――というか契約で、この場を離れることが出来ないの」
「私達にも果たすべき使命というものがあるのです、分かってください」
フィーレとルナーは月牙にそう言い聞かせた。
「分かった」
月牙は納得した。すると、ルナーが優しい微笑みを見せ道具一式を含めた荷物を手渡した。
「頑張ってくださいね?」
「ああ、じゃあ行ってくる!!」
月牙はコクリ頷き、リュックを背負ってフィーレとルナーが手を振るのを見ながら歩いて行った……。
――▽▲▽――
一方城を抜け出したミーミル姫は、薄暗い森――通称『迷いの森』を案の定、迷いながらも必死に頑張って歩いていた。基本温室育ちであるミーミルにとって、こんなにも走ったのは初めてかもしれない。
「随分進んだけど、一体いつになったら外に出られるのかしら?」
ミーミルがその齢にしては少し違和感がある少々大人びた口調で独り言を呟いていると、いきなり鎧をつけた兵隊がカチャカチャと金属音を立てながら姿を現した。
「姫様、ようやく見つけましたぞ?」
鎧の兵隊がミーミルに話しかける。
「だ、誰ですかあなた達は!!」
「我々は城に雇われし兵隊です! さぁ、夢鏡城へ戻りましょう!!」
「いやよ、あんな城! 絶対に戻らないんだから!!」
ふと元のお転婆っぽい姫の口調に戻り、きっぱりと断りを入れるミーミル。が、鎧の兵隊が大人しくそれを聞き入れるはずもなく、一人が声をあげた。
「我侭もいい加減になさってください! とにかく、力ずくでも連れて帰ります!!」
兵隊が鞘から剣を抜き、一気にそれを振り上げた。
「き、きゃああああああああっ!!!」
ミーミルが頭を低くして自身を守ろうとしたその時、突然金属同士のぶつかる音が聞こえた。恐る恐るミーミルが目を開けると、目の前に謎の青年が立ちはだかっていた――月牙だ。ミーミルの悲鳴が聞こえ、慌てて駆け付けたのだ。まさに間一髪である。
「少女に暴力とは、実に紳士的じゃないな……」
月牙がリュックを片手に鎧の男達を睨み付ける。兵隊の剣は月牙の持つ剣に動きを止められ、身動き一つ取れなかった。
「くっ、何なんだ貴様!! こんなことをして許されると思っているのか?」
兵隊がやや強い口調で月牙に言う。
「だったらその剣を引いたらどうだ? こんな幼い少女に襲い掛かるなんて、とんだ野蛮人だぞ?」
淡々とそう口にする月牙。
「貴様、我々を愚弄するか!! 我々はエレゴグルドボト帝国の者で、夢鏡王国に雇われている兵隊だぞ?」
「何!?」
月牙が急に表情を変えた。
「お、お前達が城の雇われ兵隊!?」
――ということは、この幼い少女は夢鏡城の姫君!?
月牙が後ろで怯えているミーミルを一瞥しながら考えた。すると、当の本人が話しかけてきた。
「ちょっとあなた、さっきから幼い少女とか言っているけれど私はこれでも十二歳よ?」
ミーミルの言葉に月牙は驚いた。
――何ッ!? こんな背の低い少女が十二歳だと!! そんなバカな!?
月牙が考えているとミーミルが口を挟んできた。
「ちょっと、何か今私をバカにしなかった!?」
月牙はさらに考え込んだ。
――すごい。俺の考えていることが分かるなんて……これが所謂、女の第六感というものなのか? 面白い!!
剣を振り上げ兵隊の剣を退けた月牙は、その剣の切っ先を鎧の兵隊軍に向けた。鋭利に尖った剣先は、木々の間から差し込む木漏れ日の光に反射してキラリと光っている。また、月牙の持つ剣の柄には月を模ったキーホルダーがついていた。
「どんな理由があろうと、か弱い女の子に手を上げる男は許さない……。この剣でお前らを一掃してやるよ!!」
その言葉を聴いて、兵隊軍は急に笑い出した。
「ぷっ、ふはははははははははは!! お前、そんな刀で俺達を倒せるとでも思ってるのか?お前の刀以上に俺達の着ているこの鎧は硬いんだぜ?」
兵隊の言葉に月牙は動揺せず、ただ鎧を着用した兵隊達を睨み付けているだけだった。
「……試してみるか?」
ボソリと月牙が挑発的な言葉を発する。
「ふんっ、その剣を折って証明してやるぜ!!」
兵隊達が一気に月牙へと襲い掛かる。
「いくぜ、はあああああっ!『波状の満月』!!」
月牙が刀を振り下ろすと同時に剣から月の形をした衝撃波が兵隊達の鎧を粉々に砕いた。
「なにぃいいい!? や、やべぇ……こいつバケモンだ!! に、逃げろぉおおおおッ!!!」
兵隊達は腰を抜かしながら得物など放り投げて、一目散でその場から逃げ出した。
「大丈夫か?」
背後にいるミーミルに話しかける月牙。
「あ、あなた……強いのね」
感心するミーミル。
「まあな……。昔、幼馴染の母親に剣技を教え込まれたんだ。こういう時のためにな」
月牙が剣を鞘に戻しながら呟く。
「……あいつら何処かに行ってしまったがどうするんだ? 戻らないのか?」
「だって、戻ったって面白くないんだもの」
ぷんっとそっぽを向くミーミル。
「どうしてだ? 今日は確か、あんたの十二歳の誕生日だろ? 嬉しいんじゃないのか?」
月牙が城の方角を向いて言った。
「だって――」
ミーミルは俯いてしまった。すると、突然辺りが黒い霧に包まれた。
「な、何だ!?」
警戒態勢を取る月牙……。そしてようやく霧が晴れると、ミーミルが姿を消していた。
「おいっ!? ……ど、どうなっている?」
ミーミルを探してウロチョロしていると、奥から声がした。
「月牙ー! 何処にいるの~!!」
その声は迷いの森の奥から聞こえた。
――この声は……。
聞こえてくる声に聞き覚えのあった月牙は、その声のする方へ走って行った。光が見え、ようやく迷いの森から脱出することが出来た。
迷いの森を抜けると、声を張り上げて月牙の名前を呼ぶ少女の姿があった。オレンジ色の髪の毛をした少女。どことなくフィーレに面影のあるその少女。月牙の幼馴染であり従妹である斑希だ。
「斑希!!」
同様に声を張り上げて後姿の少女の名前を呼ぶ月牙。その声に少女――斑希が振り返る。
「月牙! やっと見つけたわ。全く、全然私の所に来ないからこっちから来ちゃったわ」
斑希が腰に手を当て月牙に文句を言う。
「わ、悪い。ちょっと森の中でトラブルがあってな」
そう言って月牙は斑希に訳を説明した。
「夢鏡城の姫君が迷いの森に!? でも不思議ね……私見てないわよ?」
「そんなバカな!? こっちに来ていない? ってことは、森の中でまだ迷っているってことか?」
先ほど出て来た出口を見つめる月牙。下唇を噛み締め急いで助けに行こうとしたその時、迷いの森の出口が突然薔薇の棘と蔦で塞がれた。
というわけで第一話です。いきなり登場人物が結構出てきましたね。夢鏡王国の初代国王にメイドと執事とミーミル姫と、フィーレとルナーと月牙と斑希ですか。あ、あと雇われ兵隊。
ちなみにもうお気づきと思いますがはい、ここで斑希登場です。光陽斑希です。何故ここにいるのか。それは過去編だからです(キリッ
このⅣを見ればどうしてⅢで斑希がアンドロイドになっているのかが多分わかると思います。では引き続き後半をお楽しみに。