第七話「世界樹と話す少女」・2
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黄金の地図を手に入れた私達三人は、そこから約五キロ程離れた場所にある大木の森の村にやってきた。
ここは、四大帝国の一つ、リーヒュベスト帝国の中に含まれる。草の属性を持つ有属性者が主だが、最近ではそれ以外の属性を持つ者も少なくはないのだとか。
そんな中、私達は大木の森の特徴でもある真っ直ぐ大きく、そして太く育っている大木の脇を通り、地図に載っている伝説の戦士を探していた。
すると、進行方向の先に周りの木の中でも一際大きな木が聳え立っているのが見えた。しかも、その木の根元辺りに一つの人影が見えた。
私はハッとなって地図を見る。じっと見つめてその点の位置を確認すると、間違いなくその人影の位置とぴったり合って一致していた。
「間違いない、あの人が伝説の戦士だわ!!」
「やべぇ! 何処かに行っちまうぞ!!」
人影が何処かに行くのを確認した砕狼が大声をあげる。
「追い掛けろ!!」
乱火も躍起になって声を荒げる。
私達三人は遠くに見える人影を懸命に追いかけはじめた。しかし、相手が物凄く遠くにいたことが原因で、その人影を見失ってしまった。
「ちっ、見失ったか」
砕狼が悔しそうに舌打ちする。すぐ横には、相当な木の幹の太さを誇る大木が聳え立っている。その巨大な大木の先端は全く見えず、どこまで続いているのか分からない。しかも、風により揺れる木の葉の音が、微かに巨大な大木の声に聞こえた気がした。
「仕方ない。地図を見ながらこの辺りを探そう……」
そう言って私達は手分けして伝説の戦士を探すことにした。
しばらくして、乱火がある民家を見つけた。それは、垂直に伸びた大木の内の一本の枝分かれしている付近に造られていた。木造建築の様だが、案外丈夫そうに見えるその家。そこに向かって乱火と砕狼の二人が声をあげて指さす。
「おい、あそこに誰かいるみたいだぜ? 試しにあそこに住んでる人に訊いてみよう!!」
「おう!」
まるで仲の良い兄弟のように二人して楽しそうに駆けて行く。
「あっ、ちょっと二人とも待ってよ~!!」
私は地図をさっさと荷物に直して二人の後を追い掛けて行った。その民家を近場で見ると、もっとその家は不思議な感じがした。見るからに丈夫そうな木は、どうやら大木の一部を使って作られているらしく真っ直ぐになっていて、材木としては良好の品だった。さらに、屋根とは言えないが屋根代わりになっているのは、青々と生い茂った葉っぱだけで、それ以外は何も使っていない。こんなもので本当に雨風を凌げるのだろうか? とさえ思えてくる。
そして、木の階段を上り終えた私達は、バルコニーの様な場所を通って玄関前に立つと、扉の近くに設置された金の呼び鈴を鳴らした。同時にチリンチリン♪と綺麗な音色が鳴り響き、木製の扉が開いたかと思うと、そこから一人の少女が姿を現した。
「はい、あの……どちら様ですか?」
「あっ、私達は旅の者です。実は、お話があって来たんですけど」
「そ、そうですか。何もありませんが、どうぞお入りください」
よそよそしく少女が私達を家の中に招き入れる。少女は私よりも年下の様で、緑よりも少し薄い色の髪の毛をしていた。肌も白く、髪の毛には綺麗な花を象った髪飾りがついていて、そこから嗅いだこともない様ないい匂いがしている。
「す、すいません」
何だかこちらが悪い事をしているような気分を感じながら、私達三人はその少女の家に入って行った。
少女の言うとおり家の中は殆ど何もない状態で、あるとすれば卓袱台やほんの少しのタンスくらいのものだった。床にはカーペットが敷かれており、自然素材たっぷりだった。恐らく、私の感じだと自然素材以外の物はほぼないと思えるほど、この家は自然に溢れていた。朝なので照明は点いていないが、恐らくこの照明も何かしらの自然素材を使っているのだろうと思われた。
「そ、粗茶です……」
少女は、おどおどと湯のみに入ったお茶を私達の目の前に置いた。
「あ、すいません……」
思わず私まで遠慮してしまう。少女と話しているとついついそんな気分になってしまうのだ。それがなぜかは分からない。
と、そこで、私は相手に名前を訊いていないと思い、相手に名前を訊ねた。
「あの、お名前は?」
「ああ……『草壁 葡豊』と言います」
葡豊と名乗る少女が最後の湯のみを置き終えて言った。その名前を聴いて、私は周囲を見回してボソッと口にした。
「私の名前は斑希。こっちは乱火と砕狼です。ここにはあなた一人しか住んでいないんですか?」
互いに自己紹介を終えたところで、私はさっそく疑問に思ったことを口にした。
「ええ、まぁ。実は従兄がいるんですが、そこに行けない理由があって……」
少し俯き気味に葡豊が言った。その暗い表情に私は一瞬悪いと感じたが、一応訊いてみようと「訊いてもいいですか?」と質問した。
「えっ、は……はい」
私は断れるかと思ったが、案外葡豊はゆっくり縦に頷いて了承してくれた。
「実は、この大木の森にはウロボロス星が出来た記念にと、ある植物を植える事にしたんです。でも、その植物の世話はとても大変で、やがてその植物を育てることを人々が放棄してしまった。そして、植物を育てる事を放棄して使命を忘れた私と同じ村人は、残った者達を置いて逃亡したんです……」
「そいつは酷いな」
砕狼がうんうんと相槌を打ちながら同情した。
「それで、残った私が『世界樹』を育てることになったんです」
「世界樹?」
気になった私は首を傾げて葡豊に訊いた。
「世界樹というのは、この大木の森の象徴ともなる存在で、残った私一人が育て上げた巨大な大木のことです。その名の通り、世界の象徴とも言われていて、背丈は空まで伸びる程だとも言われています。またの名を『ユグドラシル』」
急に真剣な目つきになった葡豊に、私達三人は息を呑んだ。
と、その時、砕狼が「ああ~ッ!!」と声を荒げた。
「ちょっと、何よ大声出して」
砕狼を部屋の端っこに連れて行き私は小声で訊いた。
「この地図を見てくれ!」
「しぃ~っ!! ていうか、これ荷物の中に入れてたはずなんだけど――さては、勝手に人の荷物漁ったわね!?」
私は、勝手に荷物を漁ったであろう砕狼に、ムッとした半眼の目つきで眉を吊り上げ問い詰めた。
「そ、それは悪かったって! てか、暇なんだよ……話ばっかだとよ。んなことよりも、この地図だよ、ち・ず!!」
「地図が何なのよ?」
地図を目の前に突きだす砕狼に私は少し体を反らしながら地図を細めで見つめた。そして、地図に表記された点の位置を見て驚愕し、砕狼の手から地図を奪い取ると再確認した。
――やっぱり、間違いないわ。
確信を得る私。その私の目を見て、アイコンタクトを取るかのように砕狼が半ば信じられないと言った顔で見てくる。
「ま、まさか……この点って――」
「ああ、恐らく葡豊のことだ」
小声で呟きながら砕狼が乱火と会話している葡豊を一瞥する。
「じゃあ、あの時見た人影も――」
「こいつだったんだな」
私達は互いに大木の森で見つけた人影を思い出していた。砕狼は振り返って葡豊に真実を訊こうと動き出した。しかし、砕狼では少しばかり心配がある。
私は砕狼をギリギリのところで制止し、自分が行くと行って心の準備をした。そして、恐る恐る葡豊に質問した。
「す、すいません葡豊さん。その、単刀直入なんですけど質問いいですか?」
「は、はい。いいですけど?」
やはり突然のことで怪訝そうに私を見ている葡豊。
「あなたは、伝説の戦士…ですか?」
「で、伝説の戦士?」
少し驚いた感じで葡豊は首を傾げる。
「はい。さっきは旅の者なんて言いましたけど、本当は私達――伝説の戦士なんです! それで、恐らくあなたも伝説の戦士だと思うんですけど……」
「ど、どうしてそう思うんですか?」
「この地図を見てください! この地図は三十一人いる伝説の戦士の居場所を指し示す地図なんですけど、丁度私達が今いるこの場所には赤く点滅する点が四つあるんです! ここには葡豊さんも含めて四人。人数も合います!!」
地図を床に広げて置き、今現在いる場所を指で指し示す。葡豊も興味深そうにその地図を眺めた。すると、その地図を見て疑問を口にした。
「でも、この地図には十六人しか載っていないんですけど?」
「それは――訳あって半分しか手に入っていないんです。でも、ここに載っている戦士は間違いなく葡豊さん、あなたなんです!! お願いです、私達の仲間になってください!!」
私は年下である葡豊に土下座して頼み込んだ。本来このようなことはしたくはないが、さすがに四の五の言っている暇はないため、この手段をとった。
「……分かりました」
小声で葡豊は頷いた。
「本当ですか!?」
まさかこの方法が通用したのかと一瞬私は思った。しかし、葡豊はさらに続けた。
「いえ。ですが、その前に一つ――」
「何ですか?」
「世界樹に許可を取らなければ」
「世界樹の許可?」
世界樹――。先程葡豊が言っていた世話をしているという木だ。大昔から存在するという巨大な大木。もしかすると、大木の森の中でも一際大きかったあの木が世界樹なのかもしれない。
「私は世界樹を育てている身。いわば親です。ですが、見た所地図を見る限りこの場から離れる場合もあるようです。とすれば、世話をすることも当然不可能になってきます。ですから、世界樹に訊ねるんです!」
「世界樹と会話が出来るのか?」
乱火が身を乗り出して訊いた。その眼は物凄く輝いている。
「ええ、まあ。昔は出来なかったんですけど、つい最近になって出来るようになって――」
少し恥ずかしそうにしながらそう口にする葡豊。
「何か力と秘密があるのか?」
「さあ、分からないわ」
そう口にしながらも私は心の中で何か自分達と共通点はないかと探ってみた。しかし、今は答えが出そうにないのでまた次の機会に考える事にした。
「とりあえず、その世界樹の植えられている場所に行ってみましょう?」
「あ、後――お兄ちゃんにも訊いていいでしょうか?」
さっさと行こうとする私を制止して、葡豊が手をあげる。
「お、お兄ちゃん?」
見るからにそのような人物の姿はない。
「さっきの従兄のことだな?」
乱火がああ、と既に知っているような顔で確認する。
「はい」
コクリ頷く葡豊。
「その人は、近場に住んでいるんですか?」
「すぐ近くの『冥霊寺』で働いているんです。ですから、お兄ちゃんにも訊いてみようかなと――」
「お、おい地図ッ!!」
急に砕狼が声を荒げた。これで二度目だ。一体何事だというのだろう。しかし、その地図を見て私も思わず大声をあげてしまった。
「う、嘘でしょ!?」
「どうかしたんですか?」
葡豊が私達の声に驚きの声をあげる。
「ちょっと、これを見てください」
「こ、これは……。ていうことは、お兄ちゃんも伝説の戦士ということ……ですか?」
私が指をさす方を向いてその位置を確認した葡豊が、少し困惑したような表情を浮かべて私に訊く。
「ということになりますね」
「あ、あの……」
「えっ?」
突然葡豊に話しかけられて私は素っ頓狂な声をあげた。すると、オドオドとした様子で葡豊が指をいじりながら震える声で言った。
「見た所、あなたは私よりも年上みたいなので、普通に話しかけてくれていいですよ? その方が私も気が楽ですから」
「そ、そう? な、ならそうさせてもらうけど」
実の所、私もいつまでも年下に丁寧語はあまり気が進まないと思っていたところなのだ。しかし、自分から言い出すのも何だか気が引けてなかなか言えずにいた。それが、ここに来てようやく普通に喋る事が出来る。年下に対しては丁寧語をあまり使わないが、さすがに見知らぬ相手にいきなり普通の話し言葉を使うわけにもいかないだろうと思い、丁寧語を使っていた。まぁ、いわば一つの癖というものだ。
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私達は驚愕していた。現在私達は巨大な大木、世界の象徴とも言われている世界樹の目の前にいる。しかも、その物凄く太い木の幹にガッシリと抱き着いている少女――葡豊の姿。つい最近、植物と対話する能力を身に着けたらしい葡豊は、それを活かして植物と話し状態を確認しているのだそう。だが、そう簡単に使えるものでもないらしく、最初は苦戦していたそうだ。何よりも、植物は私達よりも相当な年齢らしく、人間に例えると千歳だったりもする。まったくもって末恐ろしい。人間であれば千歳など聞いたこともない。
「終わりました」
「終わったのか?」
「うん……。世界樹は心良く許可してくれた。後はお兄ちゃんの所に行って相談するだけ……」
服に付着した砂を払い落としながら葡豊が言う。
「……お前、自分で決定したりしないのか?」
「そ、そんなことはないけど……。でも、唯一の知り合いだし。一応旅立ついでに話しておこうかなと……。それに、ここ最近会ってなかったから」
遠くを見つめる葡豊を見て私は言った。
「とりあえず、世界樹の許可も取ったし冥霊寺に行きましょう?」
「おう、そうだな!!」
「はい!」
「よっしゃ!!」
こうして私達四人は、葡豊の従兄が居ると言う冥霊寺へと足を進めたのだった……。
というわけで、逆ハーレムがここで崩壊しました。新たな少女――葡豊の登場です。ちなみにこれでぽぽって読みます。このⅣに出る三十一人のほぼ全員が友達にいただいた名前です。なので、その分頑張ってキャラがそれぞれちょっと濃いです。
次回はお寺に行きます!