第四十二話「解散式」・1
それは突如として起こった。俺、塁陰月牙の目の前で起こった一番の最悪な悲劇。これほどまでに辛いことがあっただろうか? いや、そんなのないに決まってる。大事な存在がいなくなる。そんなの考えた事なかった。こんなことになるならあの時既に伝えておけばよかった。後悔してももう遅いのは分かってる。でも、足掻きたい……それが人間というものだ。無理だと思ってでもどうしてもやり遂げたくなるのだ。
――光陽斑希……俺の従妹であり幼馴染であり、そして……俺が好きになった女の子。いつも明るくて、本当に太陽の様な存在。そんな彼女は俺のことをいつも明るく照らしてくれていた。だからこそ、俺はここまでやってこれた。あいつが同年代のやつらに虐められていた時も即座に駆けつけて助けてた。無論、あいつを傷つけられるのが嫌だったのもあったが、何よりも助けてあげた時にあいつが浮かべる満面の笑みが俺の密かな楽しみでもあったからだ。
でも、それを二度と見ることは出来ない。もう無理なんだ。あんなに暖かったあいつの――斑希の体は随分と冷たくなっている。微かに温もりはあるものの、始めに比べるともう冷たいほうだ。
俺は目の前の男を視線だけで射殺すつもりで睨んだ。これが何の意味も持たないことくらい分かってる。でも、こうしないといけない気がした。心が物凄く痛い。張り裂けそうなくらい。目頭があつく、視界が霞んで見えない。胸焼けしたように痛くて痛くて堪らない。何で、何で俺じゃなくて斑希が殺されないといけないんだッ!! 俺は斑希の代わりに生きていたってどうしようもないんだよッ!! お前が、お前がいないとダメなんだよ! 太陽は皆を照らす存在なんだ! 毎日の始まりを告げる大事な役目を担ってるんだよ!! でも、俺は違うッ! 月は暗闇を――闇を照らすだけでしかない。人を照らすんじゃない! そんなこと無意味でしかないんだ! 俺も太陽みたいに人を照らしたかった。……でももうおしまいだ。太陽がいないんじゃ、その光を受けて俺も輝けない。太陽は自分自身で輝くもの……月は、その光を受けて反射して暗闇を光らせるだけでしかない。元々闇を照らしているのも本当は月じゃなく太陽なんだ。俺は、お前がいないと何も出来ないダメ男なんだよ! だから、だから起きてくれ! またその明るい太陽の様な笑顔で俺を見てくれよ、斑希ッ!!!
「何だ貴様、まさか泣いているのか?」
呆れ果てたような顔つきでそう口にするオドゥルヴィア。その言葉にピクッと体を震わせたが、図星だったので反論できなかった。
「にしても、本当に馬鹿な小娘だ。魔力がからっきしになっているからわざわざ後から葬ってやろうとしていたのに、自らその命の灯火を消すとは……。やはり神族の考えることは分からんな。まぁいい、どうせ後から殺すつもりだったのだ。手間が省けて助かったと考えればよいだけのこと。だが、貴様には落胆したぞ? たかがそれだけのことで動けなくなるとは。そこで虫の息になっている小娘とは覚悟が違う。フンッ、もっと強い相手を望んでいたが……期待外れだな。我に恥をかかせるな、塁陰月牙。貴様は我が認めた邪魔な存在の一人……それがこの程度でくたばるなどとは、笑止千万ッ!! さぁ、立てッ! 我が暗示など解き放ち、我を何度も……何度も何度も何度も何度も何度も殺して見せろッ!! さもなくば――」
そう言ってオドゥルヴィアは俺の体を片手で軽々しく持ち上げると、ブオンッ! と勢いよく地面に叩きつけた。
「ぐぁッ!?」
全身を激痛が駆け抜け痛みが生じる。俺は動けないために受身を取ることもままならず、全身を強打した。
「グフフ、無様なものだ。さて、我には時間がない。さっさと貴様を殺し邪魔な存在全てを屠った時、ようやくこの世界を破壊することが出来るのだ」
天を仰ぎ見て紅蓮の双眸を妖しく光らせるオドゥルヴィア。それから視線を俺に向け直すと、周囲を目で一瞥した。
周囲には魔力が尽きて横たわっている伝説の戦士が多くいた。全員オドゥルヴィアに反抗して反撃することもままならないようで、ただせめてもの攻撃ということで視線を鋭くして睨めつけていた。
「その反抗的な目……素晴らしい。まだこの我に歯向かう意志があるとは……曲がりなりにも伝説の戦士――ということか。だが、それでも我を倒せぬ貴様らはやはりただの役立たずの塵芥同然。貴様らもしかとその網膜に焼き付けるがいいッ! これから起こる最高の悲劇を……な」
ニヤッと笑みを浮かべたかと思うとスッと俺の顔面に向かって翡翠の持っていた拳銃を向ける。
「そ、それは……私の! くっ! 返しやがれ……です!」
「クク……ちょっと拝借させてもらっている。まぁ、返せと言われようが返さんがな! さぁ、仲間の武器で死ねッ!!」
撃鉄を起こし、引き金に人差し指をかける。そして、ゆっくりと引き金を引いた。
バンッ!!
一発の銃声。その音に伝説の戦士が目を見開く。そして驚愕しショックを受けた。何よりもそのショックが一番大きかったのは俺だった。目の前で再び起こる悲劇。何故何度もこんな光景を目の当たりにしなければならないのか。
眼前に映ったのは、太陽の様に明るいオレンジ色の髪の毛に同様の双眸を持つ同い年の少女――光陽斑希が銃弾に打ち抜かれている姿だった。しかも、俺を再び守ったことで――。
背中を敵に向けていたため、背中側から左胸にかけて弾丸が貫通する。斑希は、膝から崩折れて地面に手をついて四つん這い状態になった。傷口からとめどなく血が溢れ、オドゥルヴィアに手刀で貫かれた時の傷も合わさって尋常じゃない出血量だ。このままでは遅かれ早かれ失血死してしまう。急がなければ。
「チィッ! 何度も何度も邪魔をしおって! 死に損ないの小娘がァッ!! とっとと冥府へと赴けぇぇええええ!!! 太陽などという明るい存在は、我が望む世界に必要ないッ!!」
バンバンバンバン!!
一方で青筋をビキビキと立てて弾丸を俺に向けて打ち込もうとするオドゥルヴィア。その表情は完全に獣になっている。だが、それを阻止せんが如く起き上がれない俺を覆い隠すように上から被さる斑希。そのせいで、銃の弾丸は全て斑希の背中に次々と風穴を開けていき、蜂の巣状態になっていた。
「ごぽっ! ごはっ! ごほごほッ! はぁ……はぁ、げ、……月、牙――い、じょう……ぶ?」
声が掠れて目も虚ろになっている斑希。口からも吐血して、本当に死にそうだ。むしろ、まだ生きていられるのが不思議と言える。だが、それも限界を迎えたらしく、とうとう力を失って完全に体の全体重を俺に預ける形となってしまった。
どんどん低くなっていく体温に、俺は同時に体の内側から燃え滾る怒りによる高熱が発生しているのを感じた。手が震え、無意識に手が得物に伸びる。身動きが取れない状態だったはずなのに自然と体が動いた。
「よくも、よくも斑希をォォォォォォォッ!!! お前だけは! お前だけは必ず俺が殺してやるッ!!!」
「フンッ、女に何度も命を救われている貴様が何を言う。無駄な足掻きは止めて我に潔く殺されろッ!!」
オドゥルヴィアは鼻で笑い、俺を嘲笑した。しかし、俺は止まらなかった。ユラリと体を動かして少しずつその場に立ち上がる。
「――ッ!? ば、馬鹿な……! 貴様は我の瞳を見て動けぬはず……それが、何故ッ!?」
愕然とするオドゥルヴィアに、俺は何も言わずその瞳を怒りに染めて睨んだ。
「クッ! ええい、忌々しいッ!! そのような目つき……二度と出来ぬようにしてくれるわッ!!」
咆哮をあげその場から瞬時に俺の背後を取るオドゥルヴィア。
「フンッ、片腹痛い! この我に挑発的な視線を向けてくる割には、所詮その程度の力しか所持していないということかッ!! くたばれッ、塁陰月牙ッ!!」
ブンッ! と腕を横薙ぎに振るうオドゥルヴィア。周囲の伝説の戦士が目を瞑り瞬間の出来事を見てしまわないようにしたが、予想していた効果音は聞こえず、逆に敵の叫び声が聞こえてきた。
「ぐあぁあああぁああぁぁあ!! な――ど、どうなっているッ!? ありえん……この我が、スピードでたかだか不死身にすら成り得ていない神族の若造に遅れを取っただと!? 貴様ァ、何をしたッ!!」
「お前に話すことはない!」
月牙は抑揚のない声でそう口にすると、得物に月の魔力を付与させた。
「クッ! おのれェ……我のスピードを超えたからと驕るなよ? 貴様に我が負けるなどありえん――否、あってはならんのだッ!!」
そう言って目をかっ開き手を胸の近くまで運ぶ。それから構えを取ってその中心に小さな円状の魔力をこめた。
「圧縮されたこの魔力砲……如何程の力か見せてもらおうッ!!」
戦いながらも尚、実験成果として記録しておく。そこは賞賛するに値した。だが、敵は敵……勝負は勝負。勝たねば意味がない!
刹那――俺が片足を後ろに引いたと同時、オドゥルヴィアが砲撃を放った。飛来する魔力砲の球体。小さなそれは、絶大なパワーを圧縮されて小さな球の中に閉じ込められている。それが当たれば、俺は少なくとも死んでしまうだろう。五体満足とはいかないかもしれない。
しかし、大切な人を失った今、俺に畏れなどなかった。あるのはただ、怒り――それだけだ。
「なめるなッ!!」
グッ! と剣を握る拳に力をこめ、同時に歯を食いしばる。それから剣を振るうと、その刀身が見事に魔力砲の中心を捉えてその部分を綺麗に真っ二つに切った。これにより魔力砲は消滅し、その場にいる全員が無事一命を取り留めた。
「グヌゥッ! なら次は――」
「次なんて……やらせねぇッ!!」
ズバシュッ!!
「ぐうぉあぁああぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!? は、速いッ!? 我に見えないなど……そんな速度、神族であろうと出せるはず――」
「グダグダ言ってねぇでとっとと死にやがれッ!!」
ザブシュッ!!
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ!? が……ぁ、う、くっ! き、貴様ぁあぁああぁぁぁぁぁぁ! 我をコケにしたところで勝てはせぬぞッ!」
傷口を押さえて体をよろめかせるオドゥルヴィア。苦痛に歪んだその形相を、尚も俺は憤怒に塗れた視線で睨んでいた。
「ぬかせッ! お前へ攻撃のチャンスなんて与えねぇよ!!」
そう言って今度はオドゥルヴィアのすぐ目の前まで迫った。それは、今までオドゥルヴィアが伝説の戦士に見せていたあの光景の真逆だった。
「な――ぜ!? き、貴様が我のその攻撃を――」
「答えるかよ」
ドギュオッ!!
奇妙な効果音の直後、オドゥルヴィアは宙を舞っていた。
――あ、ありえん! この我が、負ける? ありえないッ! そんなこと、あってはならんのだぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁああぁああぁッ!!!!
「これで、最期だぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
力いっぱい腹から声を振り絞って喉が潰れんばかりに声を張り上げる。同時、天高くに高々と掲げた得物が淡く光り輝く。月色に光るそれは、一気に神々しさを増していくと、俺の叫び声に呼応するように巨大な砲撃を放った。
「―――くっ!?」
チュドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!
「くそ! くそ、くそくそくそくそくそくそくそくそッ!!! 認めん、認めんぞッ!! この我が貴様のような男にィ、負ける……などォォォォォォォ!!!?」
回転のかかった砲撃はオドゥルヴィアの体を巻き込んで一緒に回転し、やや透明の壁の天井に激突した。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
俺の更なる掛け声に砲撃は威力を増し、ついにその頑丈な壁に巨大な亀裂を入れた。
「ぐわぁあああぁッ! あが、あぁあぁあああぁあああッ!!!」
パリィンッ!
オドゥルヴィアが絶叫をあげると同時、ガラスが割れるような音を立てて壁が完全に崩壊した。それによって勢いをせき止められていた砲撃は、行き場を見つけてそのまま天空にまで直進――暗雲に激突した。
ゴオォォォォォォォォォォォォォッ!!!
まるで巨大な怪物の呻き声が真っ暗な漆黒の洞窟から木霊してくるような音を立てる上空。その暗雲は雷鳴を轟かせていたが、しばらくしてそれも収まり、空を覆っていた暗雲は完全に消えてなくなった。
一方オドゥルヴィアは、天高くまで砲撃によって放り上げられたかと思うと、役目を終えて砲撃が消滅したため、重力に引っ張られて荒れ果てた大地に激突した。
「が――ぅ、く!」
言葉を発したくとも体中のあちこちがズタボロになっていたため、オドゥルヴィアは声を発することが出来なかった。
でも、再びその肉体を再生して伝説の戦士に襲いかかってくるだろう。
そう思った俺は、焦燥感に駆られるような形相で急いで斑希の元に駆けつけた。
「斑希、斑希ッ! しっかりしろ!!」
うつ伏せに倒れて地面や服を真っ赤な血で汚してしまっている斑希を見る。その姿は痛々しく、背中は何発もの銃弾と手刀による貫通によって直視しづらい。でも、これも全ては本来自分が受けなければならなかったもの。そう思えばこれくらいの事、何ら気にする必用はなかった。
「斑希! 頼む、目を開けてくれッ!!」
月牙は必死に大切な人――斑希に声をかけ続けた。すると、その思いが通じたのか斑希がゆっくりと重い瞼を開けた。
「うっ……げつ――が」
「ああ、俺だ! しっかりしろ! すぐにフィーレさん達が来る! それまでの辛抱だ! だから死ぬなッ!! 頼む、死なないでくれッ!! くそ、俺のせいだ。俺があいつに油断していたから……。あの時、是が非でも鎮静せし神聖の鼓動を使わせるんじゃなかったッ!! 悪かった、俺が悪いんだ」
「そん、なに……自分を――責め、ないで? わ、たし……が、自分でしたこと、だから。はぁ……はぁ、うっ! ごめん、ね? でも、嬉しかった……」
「え?」
斑希の体を抱き起こし、とめどなく涙を流し続ける月牙は、斑希の発したある一言に疑問符を浮かべた。
「私……ね? 小さい時、から……月牙に、いっぱい迷惑かけてた、から……少しでも、力になりたかった……の。だから、これは今まで私を……助けてくれた、お礼だと……思って?」
「いやだッ!! こんな形でお礼なんて受け取れねぇよ! 何でわざわざ命を賭してまで俺なんかを守ったんだ! 俺なんかよりもお前の方がこの先必要になる存在じゃねぇか!! 太陽は皆を導く大切な光なんだぞ? それに引き換え、俺ときたら何の役にも立たずただ闇を照らしているだけじゃねぇか!! そんな意味のない役目を担うくらいなら……俺がお前の代わりに――」
「月牙っ! はぁ、はぁ……。あ、のね? 月牙……人には、それぞれ……役目があると思うの。それを、自分で見出すことは……とても大事。……でも、それは難しくて……出来ない人も……多いと思うわ。だからこそ、導く事が必要……なの――んくっ!? うぐ! はぁ、はぁ……でね? 私は、月牙も……必要な存在だと思うのよ」
「何で? 俺なんかが何の役に――」
「月牙は……ね? 私の……アシストなの。太陽には照らせる限界がある……だから、その分……代わりに、照らしてあげる……のが必要、なの。それが、月……という、存在。はぁ……うっ! ぁ、分かった? だからこそ、失う……わけには、いかなかった――。で、も……ダメね。私が死んだら……意味、ない――よね? ホント……ごめん。……怒ってる?」
優しい柔和な笑みを見せてくれる斑希。最期の最期まで彼女は俺に癒しをくれるのか。しかも、俺の存在が重要な役だったなんて……それなのに俺は勘違いして今まで皮肉に考えて悪い方向に考えて――。
笑っちまう……今なら誰に馬鹿にされても嘲られてもコケにされてもしょうがないと思ってしまうだろう。それほどまでに俺は浅はかな考えしか持っていなかった。それに比べて斑希は俺よりも数倍先の未来まで見据えてた。でも、その未来が……命が、失われる。
「くそっ! でもやっぱり……耐えられないッ! なんで、何でお前なんだよ! 斑希が何をしたっていうんだッ!! 後三年で、あと三年で不死身に……不死身になれたってのにッ! うぅ……ぐす! くっ、何で……! 何でだよぉッ!!」
「月牙……、ねぇ……もう私、長く……ないみた――うっ! 自分の体の、ことは……自分がよく分かってる――は、ホント……みたいね。そ……う、だわ。最期に、これだけ……言わせて?」
「最期なんて言うなッ! 望みを捨てるんじゃないッ!! 頑張れ! 頑張るんだよ! 僅かな可能性も希望に変えられるッ!! だから諦めるんじゃないッ!! それでも太陽の神の――フィーレさんの娘なのか!!」
必死になって声を張り上げる。まだ完全に治っていない傷が声を張り上げたためにズキリと痛むが、そんなことお構いなしに俺は声を発し続けた。
「……死にたく、ない。それは、私も……思うわ。だって――――――たのに。こんな、酷い……ゴホッ! 結末って……ない、よね。だから、……死ぬ前にこれだけは、これは――絶対、伝えて……おかないと、いけない。訊いて、くれる?」
精一杯体を動かし、ゆっくり小首を傾げて潤んだ瞳で俺を見上げる斑希。目尻には涙が溜まっていて、別れるのが辛いという気持ちがよくわかる。それは俺も同じだった。
「……なんだ?」
ゴクリと生唾を飲み下して心の準備を整える。今の傷つきまくった俺の心で斑希の気持ちを受け止められるかは、正直分からないが頑張る所存だ。
「私……ね? もう、あなたと――月牙と出逢った時から……多分そうなんだと、思うの。ゴホッ! はぁ、はぁ……わ、わたし……月牙の、月牙のことが――――」
耳を澄ませてその大事な部分を聞こうと顔を近づける。すると、頬から涙の滴を流しながら一層顔を紅潮させて斑希は言った。
「――――すき」
「……ほ、ホントなのか?」
自分でも少し期待してはいた。でも、高い期待を抱いてもし勘違いだったら、そのショックは俺の心を破壊してしまうだろう。そう考えていたため、敢えてその可能性を否定していた。しかし、それは真実だった。
斑希は恥ずかしそうに俺から視線を逸らして言った。
「もう、……何度も、言わせないでよ。…………好き、大好きなの! 月牙の事が、小さい時から……好きだったの」
何度も聞かずとも分かった。斑希が俺のことを好き。俺はこれ以上と言えないほど嬉しかった。でも、その分悲しみもあった。なにせ、俺の事が好きだということが判明した幼馴染であり従妹である女の子がもうすぐ死んでしまうのだから。
こんな結末……信じたくなかった。もしも過去を変えられるのならば今すぐにでも過去に行ってオドゥルヴィアが生まれる前にその研究者を殺したいくらいだ。でも、そんなことは不可能だ、そんなの分かってる。だが、分かっててもそうしたいほど俺は斑希の事が大好きだった。それが失われる。もう二度とあの優しい笑顔が、俺の心を癒してくれるあの表情が声が、消えてしまう。
「ねぇ、……ゴホッ! 返事、……聞かせ――うっ! はぁ……聞かせて、くれない?」
辛そうにしながらも俺の返事をワクワクしながら待ち望む斑希。無論、俺の返事は決まっていた。ここで嘘をついてまで言うつもりは毛頭ない。それに、どうせなら幸せな気持ちで逝って欲しいから。
というわけで、何だかファンタジーでバトルのはずなのに最終話になって恋愛ものに発展してしまったⅣの最終話。
みなさん、お疲れ様でした。この話でⅣが完結です。あとはエピローグと登場人物設定資料だけです。
にしても、つくづくオドゥルヴィアがうぜぇだとか死ねだとか思う人いるんじゃないでしょうか。まぁ、当人は先にⅢで死んでるんですが。もしも死んでほしいと持ったらもう一度Ⅲを読めばその気持ちを味わえるかと。
とまぁ、そんなわけで今回も四部構成です。果たして月牙の返事は!?
まぁ、決まっていると思いますが。