第四十一話「大切な人」・3
「クックック、……鎖神刻暗。貴様はなぜ戦う?」
「何?」
「貴様は弱い……それは自身でも理解しているはずだ。なのに、何故戦う? そこまでして戦う理由が貴様にあるのか?」
オドゥルヴィアの言葉に刻暗は顔を俯かせて悩んだ。確かにそうだ。今まで自分は何気なく月牙達の仲間になって戦うという覚悟をしていたが、今思えばどうして自分が戦わなければならないのだろう? 奏翠の時は単純に幼馴染であり従妹である彼女を助けたいという強い気持ちだけで乗り切っていた。だが、今回は違う。今回は別に奏翠が危険な目に遭っているわけでも肉親が捕らわれて大変なことになっているわけでもない。
では、なぜ自分は戦っているのか? そうなってくると、軽い戦意喪失に見舞われた。思わず構えていた武器を下ろし意気消沈してしまう刻暗の姿に、背後から迫っていたオドゥルヴィアは不敵な笑みを浮かべた。
「くっ、僕は……一体何のために?」
「そうだ。貴様に戦う意思などない。貴様はただ肉親が死ぬのが嫌なだけだ。それを守るためだけに戦っていた。もう鎖神奏翠を襲う者はどこにもいない。であるなら、戦う必要がどこにある?」
オドゥルヴィアはさらに刻暗を追い詰めた。背後から忍び寄り耳元で囁く。すると、ある部分を耳にして刻暗が目を見開きオドゥルヴィアを睨んだ。
「――ッ! なんで奏翠のことを知っているんだ!」
「ああ、そのことか。なぁに、我が片割れの父――デュオルグスが殺した神族の一人に記憶を覗く神罰を持つ者がいてな? それを使ったまでのことだ。即ち――貴様の過去から現在まで、貴様のことについてあらゆる情報を掴んだということだ。だから、貴様が女性恐怖症であることも知っている。そして、貴様が幼馴染であり従妹である鎖神奏翠のことをす――」
「やめろッ! それ以上言うなッ!! くっ……」
オドゥルヴィアがある一言を告げようとした途端、突然激昂した刻暗は今までにない声をあげたかと思うと、はぁはぁと呼吸を乱した。そして呼吸を整えると、キッと自分の後ろにいるオドゥルヴィアを強く睨んだ。
「ほぅ、貴様にもそのような顔ができたか……。だが、何も怖くはない。それに、貴様が弱いことに変わりはない。なにせ、女などに畏怖しておるのだからな。そのようなことでこの我に勝とうとは――舐めるなッ!!」
そう言って口から発せられた言葉が衝撃波となって刻暗に襲いかかった。
「ぐぅッ!!」
「貴様は弱い、そして貴様は助けられてばかりだ。鎖神奏翠を助ける時もそうだ。一人では何も出来ない無能の貴様は、懇願して仲間にすがることしか出来ん哀れな小僧――否、小童同然……。フンッ、男が聞いて呆れるわッ!! 貴様のような女々しい小童は、ただの玉無しだな」
言い返せなかった。何も言い返す言葉が見つからない。はっきり言ってオドゥルヴィアの言っていることは全てあっていたからだ。正論では、その言葉を覆すことも適わなかった。
刻暗は悔しかった。女性恐怖症であることを馬鹿にされ女々しいとまで言われた。そして、そこに付け加えるようにオドゥルヴィアはトドメの一言を吐き捨てる。
「この――役立たずめッ!!」
グサッ!!
「――な」
心の奥底に響き渡るような低い声音でそう一言言ったオドゥルヴィアは、同時に刻暗の背後から一本の短剣を背中側から腹部へ向けて刺した。
ボタボタと真っ赤な血が滴り落ちてその場に蹲る刻暗。
「やはり貴様はそうやって我の様な強敵の囮をさせられている方が適役だ。クク……まぁ、所詮は使い捨ての塵芥であることには変わりないだろうがな? グハハハハハハハハハハハハハ!!!」
高らかに笑い声をあげるオドゥルヴィア。
刻暗はその場に蹲ったまま一筋の涙を流した。悔しい、弱い自分が憎い。どうして自分はこんなにも弱いのか。どうして女の人に畏怖しているのか、分からなかった。変わりたい、もっと強くなりたい。自分を変えたい――そう思った。
刹那――、周囲に渦巻いていた闇のオーラが刻暗の傷口から内部へと侵入し、内側から刻暗の心を闇へと染めた。
「ぐ、がぁ!? あ、がぁあぁああああああああ!!!」
その絶叫に仲間に囲まれていた伝説の戦士十九人が視線を向ける。そこには禍々しいオーラに覆われた刻暗の姿があった。十人目の神力の暴走。月牙達は奥歯をギリと噛んだ。
「くそッ! またか!!」
「グフフ、グハハハハハハハハハハ!!! 貴様が神力の暴走を引き起こした所でなんに――――ぶごぉぉッ!?」
ドゴォォォォォンッ!!!
突如違和感を感じたかと思うと、次の瞬間にはオドゥルヴィアは地面をズリズリと滑って背中側の肉を削がれている状態にあった。
「が……ぁ。き、貴様ァ……一体何をしたァ!?」
口から血を垂れ流すオドゥルヴィア。その目つきはヒクついていて完全に怒り心頭と言った状態だ。
【僕ヲォ馬鹿ニシタ罪ィィィ! ソノ身デ償エェェェェェエェェェェェェェェェッ!!!】
そう言い放つと同時に刻暗がオッドアイの片方、片眼鏡をしている方のガーネットの瞳を妖しく光らせた。
刹那――刻暗の姿が瞬時に消えて、次の瞬間にはオドゥルヴィアのテリトリー内に存在していた。
「な、何故……そこにィッ!?」
【ウガラァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!】
ビュボォォォォォォッ!!!
絶大な魔力砲。それはオドゥルヴィアの腹部に直撃して彼をやや透明の壁に激突させた。
「ぐぼぁあぁッ!?」
壁に背中を強打し、そこからズルズルと重力に引っ張られて臀部を地面につけるオドゥルヴィア。ガックリと頭を垂れて倒したかと一瞬思われるが、すぐにそこからくつくつと笑い声が聞こえてきた。
「イィィィィィッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒ!! ヒヘァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! やってくれたなァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ、小童ァァァァァァァッ!! よくもォ、この我をここまでェ……ただでは殺さんッ! 五体満足に帰れると思うなよォォォォッ!? 貴様だけではないッ!! この場にいる全員を道連れにしてこの世界を破壊し尽くすッ!! そう、この八体目の魔豪鬼神――オドゥルヴィア様がナァアァァァアァァァァァッ!!! くたばれェ、愚かな塵芥共ォォォォォォォォッ!!!!」
突如狂ったような狂気を増幅させ、周囲に闇のオーラを漂わせ始めたオドゥルヴィアは、目玉が飛び出んばかりに目を見開き、血走った鋭い眼光で伝説の戦士全員に威圧感をぶつけた。
「うぐぐぅッ!?」
妙な力の直後、すぐにその場に跪かされる伝説の戦士。無論、そこに神力の暴走を引き起こしているか引き起こしていないかなどは関係ない。
そして、オドゥルヴィアがついに動き出した。拳の関節をボキボキと鳴らしたかと思うと、瞬時に移動して最初に目についた獲物に手をあげる。
「ひっ!?」
「まずは貴様からだァァッ!!!」
そう言って拳を振るう葡豊。顔を殴られそうになり、防御本能が不意に顔の前にクロスされて防ごうとする。が、それによってある事実を知られる事になる。
「ん? この感触はァ……そうか、貴様ァ。イィィィヒヒヒヒ」
スーッと霊のように葡豊の隣を横切ったオドゥルヴィア。
刹那――葡豊が何を聞いたのか、突然悲鳴をあげて耳を塞いで顔を天に向けたかと思うと、禍々しいオーラを迸らせた。十一人目の神力の暴走を起こし、また一人犠牲者が増えた。
「くっ! 葡豊まで……」
「あの男……よくもわたくしの従妹をッ!」
歯軋りして拳を強く握り締める癒宇。普段のあの柔和な笑みが消え、憎しみに彩られた表情となる。このままでは再び神力の暴走を引き起こしかねないと踏んだ月牙は、瞬時に癒宇の肩に手を置き言った。
「待て早まるな、癒宇! また神力の暴走を引き起こして仲間を傷つけるつもりか?」
「そ、それは……左様ですね。わたくしとした事がまたしても大変な事を引き起こすところでございました。月牙さん、ありがとうございます。わたくしは神力の暴走を一度とはいえ引き起こした――謂わば経験者です。その立場として言わせてもらえば、あれは暴走から開放されると同時に凄まじい激痛に見舞われます。あのまま激しく動きすぎれば、暴走しているみなさんも同様の結末を迎えることになるかと……。その前に何とかしなければなりません」
癒宇が淡々とそう意見を口にした。それを聞いてふぅむと月牙は唸った。このままでは暴走を引き起こしていないメンバーの方が暴走しているメンバーを下回ることになってしまう。少ない人数では覚醒して狂乱しているオドゥルヴィアを倒せるとは思えない。暴走しているメンバーの協力を仰ごうにも、この人数では少し難しいだろう。
こうなれば、後は全員の暴走を解いて戦うという選択肢しかないが、それでは魔力がからっきしになるので、余計にこちらが窮地に追い込まれることになる。
「駄犬、作戦なんかちまちま考えている暇ないわよ?」
「わかってるって! でも、考えを一応まとめとかないと後でこんがらがるだろ?」
「そ、そうかもしれないけど。でも、三十一人中、無事なのは私達十八人だけなのよ? このままじゃ――」
「ヒヒッ、消極的になるのもよくないねぇ~。そこはポジティブにいこうじゃあないかい」
猛辣が珍しくいいことを言ったが、やはりこの笑い方ではあまり勇気づけられない。
「ケッ、オレ達の力だけじゃ不安だってのか? おい、月牙! てめぇはディトゥナーヴのあの日の夜に言っただろ? 作戦なんか考えても無駄だってよ! だったらその言葉をちゃんと貫き通せ! 作戦は考えねぇ! 真っ向勝負だッ!!」
「珍しいじゃないか、暗冷。あんたがそんなことを言うたぁねぇ。少しは成長したってことでいいのかね?」
「うっせぇ!」
暗冷が月牙を元気づけるなどということは今までになかったケースなので、思わず紫音も驚いた様な表情を浮かべていた。無論、当人の月牙も面食らったような顔つきになる。
「月牙くん、わたし達の未来は確かにお先真っ暗だけど、未来は変えられないことはない。変えようと思えばいつでも変えられるんだよ? 未来への可能性はいくらでもある。そのためにパラレルワールドは存在して、それぞれのルートごとに一つ一つの世界があるんだから!」
何やら未來がおかしな事を言って月牙を励ました。
「そうよ、月牙。私達はあんな男には決して負けないわ! そうでしょう? ディトゥナーヴで結束を固めたあの時から……私たち三十一人は伝説の戦士として最高の絆を得てる! 暴走を引き起こしたって私達は屈しない! 例え魔力が尽きても最期の最期までやりきる! それが私たちの覚悟よ!」
従妹の言葉を聞いて月牙は目頭が熱くなった。だが、ここで涙を見せるわけにはいかない。まだ全てが終わったわけではない。ハッピーエンドになっていないのだ。物語はハッピーエンドに終わってこそ意味がある。だからこそ、まだ戦わなくてはならない。
「フゥゥゥゥゥゥ、戦士ゴッコは済んだかァ? 貴様が今更足掻いた所でもう遅いッ!! この我がこの世界に誕生した瞬間、もう未来など存在はしないッ!! 世界を全て破壊し尽くし、貴様らを含めたあらゆる存在を抹消するッ!! グフフゥ、グフヘハハハハハハハハハ!!!」
オドゥルヴィアは歪な手の動きを見せたかと思うと、再び姿を消して十八人の伝説の戦士の背後に回った。
「く、後ろだッ!!」
「遅いッ!!」
ガシッ!!
「がぁあッ!?」
一瞬にして乱火を捕らえたオドゥルヴィアは、こめかみ付近を片手の指で押さえつけ、持ち上げた。
「く、そッ! は、放せッ! 放せェッ!!」
「乱火に手ぇ出すなぁぁあ!!」
ドゴッ!!
従弟が危険なのを察知して慌てて駆けつける妖燕。そして、すぐさま乱火を捕らえている豪腕な腕に向かって鋭い拳打をくらわせるが――。
「フンッ、マッサージにもならん……なァッ!!」
最期の言葉に覇気を込めて妖燕にぶつける。すると、その大きな巨躯は宙を放物線を描き地面を転がった。
「ぐ、ふッ! く、……ら、乱火ぁ!」
痛む体を無理やり奮い起こし、その場に立ち上がる妖燕。そして、拳に業火の炎を纏わせると獣のような声をあげて駆け出し、オドゥルヴィアに向けてぶつけた。
「効かんと言っているのが―――分からんかァッ!!!」
ジュボァ!!
「ぐわぁああああああ!!!」
刹那――真っ赤な煮えたぎる炎がオドゥルヴィアの口から放射され、妖燕は顔面を焼かれてその場でのたうちまわった。
「グハハハハハハハ!! 愉快だ! 余興にしては実に面白いが、やはりつまらんッ!! せいぜいそこで見ているがいいッ!! 本当の余興はこちらだッ!!!」
そう言って片手で掴んでいた乱火の頭を両手で鷲掴みにする。それから位置を首へと回し、一気に締め上げた。
「ぐぅッ! く、苦し……ッ!!! ぁ……お、やかた――ぁ!」
ゴキュ! ドサッ!
鈍い音が木霊し、次の瞬間首の骨を折られた乱火がその場に横たわった。
「イヒヒヒヒィ……ヒヒヘハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! 分かったかァ! これが、これこそが最高の余興だァ!! 素晴らしいッ!! 安心しろォ、貴様らもすぐに最高傑作に作り上げてくれようッ!!」
完全にもう狂ってしまっているオドゥルヴィアがその紅蓮の双眸を燃え尽きてしまいそうなくらい燃やして踵を返す。しかし、そこで後ろから声をかけられた。
【オィ……待てよォ。オ前サン……今、誰ヲやった?】
「あぁ? フンッ、ただの玩具だ。精巧に作られた……な」
【ホゥ、命ハイラナイ……ソウ取ッテイイヨウダナ。イイダロウ、貴様ハ……骨ヲ一本残ラズ燃ヤシ尽クスッ!!】
そう言って灼熱の炎を体中に纏った妖燕。その炎はどこか黒ずんでいて、邪悪な色に染まっていた。十二人目の神力の暴走だ。
「面白いッ、だが……その力は逆に利用させてもらう!」
何を企んでいるのかそう口にするオドゥルヴィア。が、妖燕はもう止まらない。
【喰ラエェェェェェェェッ!!!】
巨大な炎が放射されてオドゥルヴィアへと向かう。
だが、次の瞬間その場所から聞こえてきたのは幼い女の子の声だった。
「きゃあぁあああああああああっ!!!」
その声に一番敏感に反応したのは氷雨だった。
「んなッ―――! ま、まさか……ゆきッ!?」
即座にその場に駆けつける氷雨。すると、そこには案の定体中に大火傷を負った雪羅が横たわっていた。目尻から涙を流しているが、死んではいない。しかし、傷跡が痛々しく、早く治療しなければ跡が残りそうな具合だった。
無論、それを目にした氷雨は――。
【オォォォォォォォドゥルヴィアァアアアァァァァァァァァァアァァアァァァッ!!!!】
ウノーファル・ティークル町のUTサブミットで覚醒した軽い神力の暴走とは比べ物にならないくらいの気迫。これで十三人目の神力の暴走。
凄まじい魔力が迸り、周囲が凍りつく。尋常じゃない気温の低下に残った十四人の伝説の戦士は体を震わせた。この中にはもう炎熱系属性を使えるのは斑希しかいない。
現在この場に残っていて神力の暴走を引き起こしていない伝説の戦士は、月牙、斑希、砕狼、砂唯、慧、癒宇、聖龍、俊龍、凛、猛辣、暗冷、紫音、未來、影明のみ。他のメンバーは多くが神力の暴走を引き起こし残りの数人が瀕死状態にある。
「随分と数も減ったな……もうそろそろケリがつきそうだ。クク……グフフフフフ。さァ、死ぬ覚悟は出来ているかァ? ん?」
【ゆきィィィィィィィィィィィッッ!!!】
ガキィィィンンッ!!!
暴走した氷雨が口から冷気を吐き出し、そこに霧矛と靄花の水系統の属性が偶然にも混ざり合い、巨大な氷柱を形成する。
【死ねェェエエ!!!】
ヒュゥゥンッ!!!
巨大な氷柱は回転をつけてオドゥルヴィアの頭上から降ってきた。
「くぅッ!?」
何とかそれを受け止めて歯を食いしばり耐えるオドゥルヴィア。が、そこに他の暴走した戦士が攻撃を加えてきた。雷落も拘束されていながら電撃攻撃を放っている。
「おのれェ……雑魚共がァァアァァァアッ!!!」
オドゥルヴィアは調子に乗るなと言わんばかりに咆哮をあげて周囲の戦士を円状の衝撃波で吹き飛ばした。
神力の暴走に見舞われている伝説の戦士は唸り声をあげながら、尚も攻撃を続けていた。何がそこまで彼らを動かすのか、オドゥルヴィアはもちろん正常状態にある伝説の戦士にも理解出来なかった。ただ分かるのは、全員オドゥルヴィアに対して何かしらの負の感情を抱いているということだけだ。まぁ、瀕死の重傷を負わされたり心を闇に転じる程酷い言葉を吐き捨てられればそうなるのも無理からぬことだった。
「……はぁ、はぁ。まだ歯向かうか……貴様らもしつこいやつらよ。大人しく倒れ伏していればいいものをォ」
肩で息をして猫背になるオドゥルヴィア。ユラユラと体を揺らす度にブランブランと、神経が通っていない状態の腕のような動きを見せる。
というわけで、三部めでいよいよオドゥルヴィアが暴走しだしました。笑い方もすっかり変わり、さらに激しさを増す暴走している伝説の戦士。
正常状態にある伝説の戦士もすっかり少なくなってしまいました。
てなわけで、次回とんでもない事が起こります。