第四十話「魔豪鬼神オドゥルヴィアの覚醒」・4
「お姉ちゃん逃げて!」
「おねえちゃん!」
従妹である凛と霧矛が声をあげるが、恐怖のあまり水恋には聞こえていない様子。その顔は真っ青になっていて、歯をカチカチと鳴らして震えていた。小さい子なら漏らしてしまっても仕方のないくらいの恐怖なのだろう。それほどまでにあの男――オドゥルヴィアは強く恐ろしい相手なのだ。
「くらえッ!!」
水恋の顔面は不思議とオドゥルヴィアの手にすっぽりとはまり、そのまま体を持ち上げられた。異常なパワーだ。十五歳の少女の体をあんなにも軽々と、しかも頭を掴んだだけで持ち上げるなど普通なら無理だ。
だが、それだけでは終わらない。
「あ――がっ! や、やめ……放してくだ――さいっ!!」
必死にジタバタと足を動かし、体をよじったり頭を掴んでいるオドゥルヴィアの手を剥がそうとするが、逆に力を入れられて頭蓋が割れそうな激痛に襲われる。
「あぐぅ! あがっ! い、いたっ! 痛いです!! や、やめて――ださい!!」
水恋は涙声でそう訴えた。俺たちもさっさと助けに行こうとしているのだが、何故か体が動かない。ふと足元を見ると、そこには何やら植物の蔓のようなものが、足に巻きついていて動けなくしていた。
「月牙っ! それは森の妖精レイネスの神罰の力です! 気をつけてください! 無理に動けばさらに強く締め付けられて最終的には足がなくなってしまいます!!」
「そ、そんなッ!!」
ルナーからの情報に月牙がいやなことを想像してしまう。危なかった。でも、これで完全に動けなくなった。
しかも、周囲をぐるっと見渡すと何やら真っ白なやや透明の壁によって囲われていた。四方八方を囲まれて外に出ることができない状態……。とどのつまり、伝説の戦士はオドゥルヴィアと一緒に閉じ込められてしまったのだ。
「これは奇っ怪だねぇ~ヒヒッ。私も見たことがないよ」
猛辣が相変わらずの不気味な笑い声をあげながら物珍しそうな物を見るような眼差しを向ける。すると、今度はフィーレが声をあげた。
「それも神罰よ! デュオルグス、よほどたくさんの神族を殺してくれたみたい」
悔しそうにフィーレが歯噛みする。だが、唯一動ける状態にあるフィーレとルナーはやや透明の白い壁の外。これでは助けてもらうに助けてもらえない。
と、その時、とうとう水恋に悲劇が起こった。
ビシャァアアアアアアアッ!!!!
「あがぁああっ! ぐあぁあ、あぁあああああああああっ!!?」
「水恋――っ!!」
「水恋さ~んっ!!」
「お姉ちゃーん!!」
動けない状態の伝説の戦士はただ、水恋を呼ぶことしか出来なかった。何も出来ない、あまりにも無力だった。
「あ、が……ぐっ、う!」
ドサッ。
水恋は体から静電気をバチバチ! と鳴らしながら体を痙攣させ、失神していた。服もボロボロになっていてひどい状態だ。死んではいないのが唯一の救いと言える。しかし、もう我慢の限界だった。すると、鋼鉄がいの一番に動き出した。
「てんめぇええええええええええ!!! うらぁあああああ!!」
鋼鉄はご自慢の鋼鉄球をぶん回し、オドゥルヴィアに向かって投げつけた。しかし、的が大きい分動きも見やすい。案の定その攻撃は容易く躱されてしまった。だが、おかげで鋼鉄は蔓から脱出することに成功した。どうやら、普通に切断すれば簡単のようだ。しかし、それをこの蔓も判断したのだろう。すぐさま身動きがとれないようにするために足だけでなく腕にまで絡みついてきた。
動きを封じられ、完全に伝説の戦士は動けなくなった。
「くそッ! ちょこまかと動きやがってッ!! 何で当たんねぇんだ!?」
なかなか攻撃が思い通りに当たらないことに、鋼鉄はだんだんと苛立ちを覚え始めていた。だが、怒りで強くなることはできない。
「無駄な動きが多いな、貴様は。それでは我には勝てん。まぁいい。次の相手は貴様でいいだろう」
そう言ってオドゥルヴィアは身を屈めて拳を握った。その動きに鋼鉄も身構える。すると、先にオドゥルヴィアが動き出した。突貫し、目の前に迫り来る敵に鋼鉄球を容赦なく叩きつけようとする鋼鉄だが、既の所でその腕を片手で止められた。あのパワーだけは目を見張るものがあるあの鋼鉄の豪腕な腕を片手で。それが何を意味するのかは鋼鉄にもよく分かった。敗北だ。
鋼鉄は大人しく観念したのか、鼻で笑うと瞑目した。それに気づいたのだろう。オドゥルヴィアが片眉を動かし驚いたような声をあげる。
「諦めがいいな。観念したか?」
「ああ、オレの腕を止められる時点でもうてめぇの勝ちは決まってるも同然だかんな」
悔しそうにする鋼鉄に、オドゥルヴィアはニヤッと笑みを浮かべて手刀を作る。そして、それを鋼鉄の胸部へと突き刺し――と、そこで。
ヒュンッ!!
「ん!?」
危機一髪鋼鉄は一命を取り留めた。オドゥルヴィアは突如飛来した何かに気を取られて不思議そうな顔をした。
「今のは……」
言って飛来してきた方を向くオドゥルヴィア。
そこには、手から光の剣を放ったままのポーズでいる光蘭の姿があった。
「き、キラチビ!?」
「お兄ちゃん! 死んじゃダメだよ!」
「……ぁ」
鋼鉄はまさか自分のことを思ってくれる人間が親戚以外にもいたのかと思い、感動した。思わず男泣きしてしまいそうになり目頭が熱くなるがグッとそれを堪える。
「しゃしゃり出てくるか……。まぁいい、先に貴様から屠ってくれよう。明見……光蘭」
紅蓮の双眸をカッと見開くと、オドゥルヴィアは鋼鉄から鋼鉄球を奪い取り、それをハンマー投げの要領でぶん回し、光蘭の小柄な体に向かって巨大な鉄球を放り投げた。直線で向かってくる鋼鉄球に、光蘭は目を見開いて恐怖した。逃げたくても足がすくんで逃げられない。
すると、目の前に白衣が見えた。
刹那――。
ドゴンッ!!
「ぐあっ!? ぐ、うぅ……だ、大丈夫? こ、光蘭」
「お、おねえちゃん!? ど、どうして? どうしてあたしを助けたの? あたしは一人でも大丈夫だったのに……」
そう、光蘭を身を挺して庇ってくれたのは、義理の姉である雷落だった。肩甲骨から後頭部付近に鋼鉄球が当たったのだろう。頭部からは血を流し、背中に届く範囲で、手を伸ばし痛む箇所を押さえていた。
「ばか……。お姉ちゃんなんだから、妹を助けるのは当たり前でしょ?」
「うぅ……ぐすっ! お、ねぇちゃん」
弱々しい声で雷落の身を案じる光蘭。するとそこへ、オドゥルヴィアが歩み寄ってきた。
「ふん、バカバカしい。何が姉妹だ。何が姉だから妹を助けるだ。実に不愉快だ。不愉快極まりない。そんなことをやったところで所詮はただの偽善者気取りよ。貴様は我に敗れ我に殺される。それでよいではないか。どちらにせよ貴様らはこの我、魔豪鬼神オドゥルヴィア=オルカルト=ベラスに殺られるのだ。諦めてそこの男のように――」
「うらぁあああ!!」
ドゴォッ!!
鈍い音が木霊し、その場が静まり返る。
「何の真似だ?」
鋼鉄は目を見開いて狼狽えた。理由は単純。思い切り全魔力を込めて拳を振るい顔面を殴ったはずなのに、敵は普通に喋っていたからだ。まず、これほど力を込めたのに体が吹っ飛ばない時点でおかしい。一体どうなっているのだ、そう鋼鉄は思った。
すると、もう一度オドゥルヴィアが同じ言葉を口にする。
「何の真似だ?」
「くっ! てめぇ……何で倒れねぇ?」
「そのような事を聞こうとは笑止千万ッ!! この我が魔豪鬼神であることを忘れたか? 魔豪鬼神はこの世で最強の存在!! そして、最狂の力を持つ者ッ!! その我が貴様らのような伝説の戦士に殺せるはずがなかろうッ!!」
はっきりとそう言い切るオドゥルヴィア。紅蓮の双眸もその眼光の強さを増していた。
「貴様は先に寝ていろッ!!」
カッと目を見開いたオドゥルヴィア。同時、鋼鉄の体がゴーゴンに睨まれて石になったかのように動かなくなる。
「朽ち果てよッ!!」
オドゥルヴィアは闇のオーラを拳に纏わせると瞬時に姿を消して即座に、鋼鉄の腹部に大打撃を与えた。
「ふごぉッ!?」
血反吐に混じった体液を口から吐き出す鋼鉄。しかし、攻撃はそれだけでは終わらない。オドゥルヴィアは鋼鉄の体を振り回して空中に放り投げると、空中へと自分も瞬間移動して蹴り上げを行った。
鋼鉄の体はやや透明の白い壁の天井に激突し、そこに追撃するかのようにオドゥルヴィアが容赦ない拳撃を与える。
「かっはッ!!」
鋼鉄はもうその時点で気を失っていた。だがオドゥルヴィアの攻撃は終わっていない。それから彼は鋼鉄の体を地面に向かっておもいきり叩きつけた。地面にクレーターが出来上がり、荒れ果てた大地に亀裂が入る。
「め、鋼鉄……」
「鋼兄ぃ」
従兄弟である彪岩と砕狼がいつもの元気な声でなく、弱った声で言った。
「おにいちゃん!」
「うるさいな、貴様は。そんなに後を追いたいのならば望み通りにしてくれようッ!!」
ギロッと鋭い視線を光蘭に向けたオドゥルヴィアは再び鋼鉄球を振り回して同じ用法で光蘭に放り投げた。その飛来してくる物体にギュッと瞑目して光の防御壁を張ろうとする光蘭。
そして――。
ズゥゥゥゥン!!
大きな音を立てて浮かんでいた鋼鉄球が重力に引っ張られるように地面に落ちる。
「はあっ、はぁっ」
光蘭は呼吸を荒くはしているものの、無傷だった。体のあちこちに血が付着しているが、それは雷落の物だ。
「なるほど、光属性……か。面倒な相手だ。だが、強き者程我が相手に相応しいッ!! 行くぞ、くらえッ!!」
鋼鉄球は攻撃を止めたかのように思えた。が、それが油断だった。猛スピードで鋼鉄球に向かって突っ込んでいくオドゥルヴィア。それに光蘭が気づくが、もう遅かった。
チュドォォォォォォンッ!! グシャッ!!
何かの衝突音と何かが潰れるようなグロテスクな効果音が響き渡る。その場に光蘭と雷落の姿はなく、あるのは鋼鉄球とやや透明な白い壁との間から広がってくる真っ赤な血のみだった。
「光蘭―――――――!!!」
「雷落―――――――!!!」
斑希と月牙が互いに気遣われる状態にあるであろう二人の名前を力いっぱい叫ぶ。が、残念ながら応答はなかった。
「そ、そんな……嘘でしょ?」
凛が信じられないという顔で狼狽する。隣にいた霧矛も恐怖のあまり声を出せずにいた。
「だから言っただろう。所詮貴様らは我には勝てん――」
パァンッ!!
再び鳴り響く一発の銃声。その弾丸はオドゥルヴィアの声を遮り、敵の顔面のど真ん中に向かって放たれた。
「あんたはどうにも腹立たしくさせやがるです。わたしを怒らせた罪は命で償ってもらうですよ?」
「ふ――フッフッフッフ……代償は命か。そうしてやりたいのは山々だが、残念ながら我は不死身の肉体を持つ魔豪鬼神。その我が貴様如きに払う必要のある代償など存在するはずもないし、ましてや命をやるなどもってのほかだ。貴様は誰に向かって物を言っている」
直撃のはずだった。一発の銃弾を撃ち、一発で仕留めるはずだった。だが、目の前には敵が仁王立ちで立っていて、翡翠が放った弾丸を人差し指と中指の二本で止めていた。よくあるやつではあるが、それ以上に敵は思いもよらぬ行動に出てきた。
「一つマジックを見せてやろう」
そう言ってもう片方の手で弾丸をスッと一瞬だけ隠す。すると、次の瞬間弾丸の数が増えて七発の弾丸へと変化した。一つは親指と人差し指の間、残りは二つずつそれぞれの指の間に挟まっている状態になっている。
「な、何しやがったですか!? 全然見えなかったですよ」
「わたしもだよ~翡翠ちゃ~ん。一体何をやったんだろー」
「ならば、種明かしだ。せいぜい美しい真っ赤な花を咲かせるがいいッ!!」
そう言ってニヤッと不気味な笑みを浮かべたオドゥルヴィアは、デコピンをする構えを作り弾丸へ向かって指を弾いた。
刹那――。
パンパンパンパンパンパンパンッ!!
リズムよくオドゥルヴィアの指の間から発射された七発の弾丸。それは軌道上をまっすぐ進んでいき、目の前にいる翡翠の体の中心に命中した。
「がっ!?」
ブシャァアアアアアッ!!!
七発も弾丸を打ち込まれたことにより翡翠の体から真っ赤な血が吹き出し、背中側から噴きでた血が後ろのやや透明の白い壁に付着し広がる。その様相は先程オドゥルヴィアが言っていた通り真っ赤な真紅の薔薇のようで、少し不気味に見えた。
「うっ、……このわたしが、やられるとはしくじりやがりましたね。へ、へへ……うっ」
ガクッと頭を垂れてそれ以降全く動かなくなった翡翠。まさか、死んでしまったのか?
慌てて駆け寄ろうとするメンバーだが体を拘束されたままなので動くに動けない。本当は翡翠も避けようとすれば避けられたのだろうが、拘束されているためにそれも無理だったのだろう。
と、その時、まだ無事である伝説の戦士にただならぬ威圧感がのしかかってきた。てっきりオドゥルヴィアだと思っていたが、どうやら違うらしい。その証拠にオドゥルヴィア自身も少し怪訝な表情を浮かべている。だとすれば、一体誰なのであろうか?
すると、視界に禍々しいオーラが入った。そちらを見やれば、そこには純白の羽を大きく広げ、天使の輪っかを煌々と光り輝かせている天照の姿があった。そう、今攻撃を受けてやられてしまったのは大親友である空西翡翠だ。だとすれば、天照が怒るのも無理ないことだった。歯を食いしばり、ガルルルと大きく威嚇し出す天照の姿を見て、月牙と斑希を含めた一部の戦士がふと癒宇が暴走した時の事を彷彿と思い出す。
そう、つまりこれは――。
「じ、神力の……暴走だ」
「う、嘘でしょ?」
「そんな……」
月牙の言葉に斑希と葡豊が声をあげる。実際にそれに至った癒宇も何やら深刻そうな面持ちで天照を見つめた。
「なるほど……これが、そうなのか。フッフッフ、覚醒するとはレイヴォルから聞いてはいたが、よもやここまでとは。これは実に楽しみだ。しかも、それに至れる戦士が三十一人もいる。これは退屈しなさそうだ。せいぜい楽しませてもらうとしよう!!」
手首をゴキゴキと鳴らして目を細めるオドゥルヴィア。すると、対する天照が拘束されている植物から逃れようと力み始めた。しかし、ルナーたちが言っていた。あの蔓はもがけばもがくほど、ギュウギュウに締め付けてくると。だが、さすがの神力の暴走には蔓も勝てるはずもなく、ブチブチッ!! と音を立ててちぎれた。それを見た葡豊がサッと自身の腕を押さえた。恐らく、自分に起きた惨劇を引きずっているのだろうと月牙たちは思った。
【ヨクモォ……ヨクモ翡翠チャンヲ~!! 許サナイ、許セナイッ!】
「フンッ! ならば、その怒りを我にぶつけてみせろッ!!」
オドゥルヴィアはその状況をひどく楽しんでいた。暴走状態にある翡翠をむしろ挑発しているのだ。余程自分の力に自信があるのかは分からないが、はっきり言ってどういう風に戦いのケリがつくかが分からなかった。
「くっ! いいかげんこの蔓枯れねぇのかよ!!」
「あぁんっ! でも、この蔓結構きつめに縛ってくれるからいい、かも……」
「キモい声出すんじゃねぇ!! 力が抜けんだろうがッ!!」
暗冷が必死に力を込めて蔓から逃れようとするが、青嵐のあげる色っぽい声にどうも調子を狂わされてしまっていた。
そうこうしている間に既に神力の暴走を引き起こした天照が攻撃を開始していた。
オドゥルヴィア同様に手に何も武器を持たず拳だけで戦っている。翼を羽ばたかせて羽をクナイのように飛ばしてくる天照だが、オドゥルヴィアはそれを余裕といった風な様子で躱していった。
「遅いな。神力の暴走とやらでもここまでしか力はあがらんのか……落胆だ」
大きく溜息をつき、やれやれと言った顔で首を左右に振るオドゥルヴィア。その馬鹿にしたような舐めきった態度に完全にタガが外れてしまったのだろう。
【許サナイ! オ前ダケハァァアアアアアァァァァアァァァァァアアアァアッ!!!】
天照は絶叫にも似た声を張り上げて空中から地上にいるオドゥルヴィアに向かって突貫した。だが、その時伝説の戦士は気づいていなかった。神力の暴走に至ったのが、何も天照一人だけではないことに……。
というわけで何やら意味深な言葉を残して四十一話に続きます。とうとう始まった伝説の戦士VSオドゥルヴィアですが、水恋や鋼鉄、そして光蘭、雷落、翡翠とどんどんやられていく伝説の戦士。
さて、一体神力の暴走に至ってオドゥルヴィアに勝てるのか?
てなわけで次回四十一話は更に何人かの伝説の戦士が神力の暴走に至って暴れまくります。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのか? 学校などで更新が遅れるやもしれませんが、なるべく早く更新するように心がけたいと思います。ではまた次回。