第四十話「魔豪鬼神オドゥルヴィアの覚醒」・3
「おい、俺の名前で争うな。面倒だ、どちらでも構わんと言っているだろう! まったく、アホらしい……。やれ、オドゥルヴィア。この茶番を終わらせて更なる高みを目指すのだッ!」
「ああ」
オドゥルヴィアは短くそう返事をすると、拳を構えて神々しい雰囲気を醸し出している二人の神族に肉薄した。
「お母さん!」
「母さんッ!」
娘のフィーレと息子の月牙が互いに自分の母親を呼ぶ。すると、二人は同時に真横から迫ってくる白衣姿の魔豪鬼神を感知し、即座に攻撃に打って出た。
「はぁっ!」
「やぁっ!」
二人はほぼ同じタイミングで攻撃を繰り出す。フィーレは娘と少し装飾の異なる太陽の杖で、ルナーはキラキラ光り輝く銀色の縁にハメてある鏡で。
「ぐっ!」
オドゥルヴィアは初めて攻撃を受けた。そのダメージを受けた部分を押さえ不思議な顔をした。産まれて初めて攻撃を受けて何が起こったのかハプニングに陥っているのである。
「くく……さすがは世界四大神の二人。あの魔豪鬼神――オドゥルヴィアに打撃を与えるとはな。恐れ入った……だが、ますます面白くなりそうだ。これは戦いの結果が楽しみだ」
そう言ってレイヴォルは再び観戦し始めた。
「残念だけど」
「私達の戦いを見たいのであれば、鑑賞料をもらいます!」
「おいおい、わざわざ金を払わねばならないのか? 面倒なことだ。くく、まぁいい……。そのような戯言もすぐ言えなくしてくれよう」
レイヴォルが再びあのニヤついた笑みを浮かべた次の瞬間。
ドゴッ!!
鈍い効果音が木霊した。それを目の前で見ていた伝説の戦士全員が驚愕の表情を浮かべて目を見開く。
フィーレとルナーの腹部にはオドゥルヴィアの拳が片方ずつ右と左それぞれがめり込んでいた。
「がはっ!」
「うぷっ!」
二人は酷い吐き気に見舞われたが何とか堪えて後退した。まさに予想外の一撃。今の瞬間だけ動きが全くと言っていいほど見えなかったのだ。それにより攻撃を受けてしまった。想定外の事態。
フィーレとルナーの二人はどちらも具合悪そうに顔面蒼白になってお腹を押さえた。さすがに膝をつくまでのことではなかったが、それでも激痛が酷い。
「やって、くれたわね!」
「少しばかりお痛が過ぎましたね。私達を怒らせるとどうなるか、教えてあげます」
そう言ってルナーはその双眸を強く光り輝かせた。
刹那――。
「本当はこれを使うつもりなんてなかったんですが……『輝ける星々の月光鏡』!!」
叫ぶと同時、ルナーの持つ鏡が回転しながら光り輝き、眩い光を天空へ向かって放った。すると、暗雲の一部の分厚い雲が払われて、美しい夜空に満天の星空が映えた。煌く星々の数に思わずその場にいた誰もが美しさにうっとりして目を奪われてしまう。
「隙だらけです!」
ルナーはすかさずオドゥルヴィアに攻撃を繰り出す。天から振り注ぐ星の光がオドゥルヴィアの頭上めがけて落下してくる。それを瞬時に躱すものの、全ては躱しきれずいくらか手傷を負う。そして、よろめいた所でルナーが鏡から月の光を反射してオドゥルヴィアへ向かって放った。
「ぐあぁあああああ!!!」
月から届く淡い明かりが優しい光を浴びせてくる。その光は邪悪な心の闇を振り払い、光に満ち溢れさせていく。無論、それは邪悪な心の持ち主にはとても効果抜群でオドゥルヴィアにも当然効いていた。
「うぐぅぅぅぅぅぅ! な、何だこれは! 妙に温かい……やめろ! 我に優しくするなぁッ!!!」
何もいない周囲を手で振り払い、まるでその場に虫がいてそれを追い払っているかのような仕草をするオドゥルヴィア。どうやら、相当効いているらしい。
「あれは?」
「ああ、あれは神罰よ。神族がそれぞれ一人一つずつ持つとされる物でね。でも、あれを使っちゃうなんて、ルナーったらせっかちね」
「し、仕方ないじゃないですか! 早く終わらせたかったんです! 手っ取り早い方がいいって、お姉さまも言っていたじゃないですか!」
後方から聞こえてくる聞き捨てならない台詞にムッとしたルナーがフィーレに文句を言った。
「くっ! まさかオドゥルヴィアが押されている……だと!? ありえん! そんなこと断じてありえん!! オドゥルヴィアどうした! お前の力はそんなものではないはずだ!! もっと力を解放しろ!! お前にはあらゆる力があるんだ!! それを全て駆使して戦えッ!! そうだ、神罰には……神罰をくれてやればいいッ!!」
「……う、ぐっ、わ――かった」
偏頭痛を訴える人のように頭を押さえつつ、何とか正気を取り戻したオドゥルヴィアは次の手に打って出た。そう、神罰には神罰。お返しとばかりにオドゥルヴィアも神罰を使うつもりだった。
「気をつけてください! オドゥルヴィアは五人の神族の力を手に入れているんです!!」
「ええ、どうやらそのようね。さっきから魔力を感じるもの。あの子達の仇討ち……してあげないとね」
そう言って今度はフィーレが前に進み出た。ルナーはとりあえず先程神罰を使ってバテたので後方へ下がる。
「くく、情けなどかけるな! 全力でやれッ!!」
「ああ! くらえ、『咲き誇りし大輪の花』!!」
直後、地面がボコッと盛り上がりオドゥルヴィアとフィーレとの間に巨大な蕾が出現した。そして、蕾が開き満開の巨大花が咲き乱れる。
刹那――パラパラと地上に何か粉末状の何かが降り注いだ。
「はっ! そうだ、これは花の妖精ミレアスの神罰っ! みんな、この花粉を吸っちゃダメよ! ゴホゴホッ!! しま――」
注意を促したはいいものの、肝心な自分がその術中にはまってしまった。花粉を吸い込んでしまい、体の自由がきかなくなる。関節が痛み、無理に動かそうとすれば骨が折れてしまいそうな感じだ。
「さすがは花の妖精だけあって神罰も素晴らしいものだ。植物を武器に使用するとはな。さて、動けない今がチャンスだ! やれ、オドゥルヴィア!」
ここぞとばかりに命じるレイヴォル。すると、コクリと頷いたオドゥルヴィアが神滅剣を手にとった。これで心臓部を刺されれば不死身とはいえ、フィーレ達も死んでしまう。そして、挙げ句の果てには所持している神罰までも奪われて悪用されてしまう。それだけは死んでも嫌だった。だが、もがいても動けない。
「死んでもらうぞ……太陽の神ッ!!」
神滅剣を構えて柄の部分に手のひらを押し当て、剣先をフィーレの心臓部に向ける。斑希が急いで機転を効かせようと思考回路をフル回転させるが、なかなか名案が思いつかない。
そうこうしている内にとうとうオドゥルヴィアが動き出してしまった。勢いをつけるためか、少し離れたところから猛スピードでフィーレの心臓部に剣先を持っていく。
「や、やめてぇええええええ!!」
斑希が叫んだ次の瞬間。
ズキュゥゥンッ!! カキィィィンッ!!
一発の銃声。そしてそれに弾かれ宙を回転する神滅剣。弾丸が撃った人物の方を見れば、そこには銃口に口を近づけふぅ~と煙を吹いて人差し指で銀色の拳銃を回転させているシスター、翡翠の姿があった。そう、間一髪の所で助けてくれたのだ。
「ありがとう、翡翠!」
「か、勘違いしやがらねぇでください? わたしはただ神を崇める者なので、神族の人に死なれたら困るってだけです! わかったらとっとと秘策か何か出しやがるですよ! じゃないと、あなたの母親が殺されちまいますよ?」
「え、ええ」
年下の翡翠にそう言われ、少し拍子抜けな顔になる斑希。しかし、一旦気が楽になったからだろうか? ふと脳裏にいい考えが浮かんだ。すぐさまそれをメンバーに伝える。
「――どうかしら?」
「うむ、確かによさそうだ」
「うん、風なら僕に任せて!」
「打撃ならオレの出番だぜ! さっきレイヴォルのヤローにコケにされたかんな。腹いせにオドゥルヴィアとかいうヤツに八つ当たりしてやるッ!!」
彪岩さんが腕組みをした格好で大きく首を縦に動かし、風浮もやる気まんまんと言った風に答える。鋼鉄も攻撃していいと聞いて、俄然やる気に満ち溢れていた。ただ暴走しすぎないかどうかが斑希は少し心配だったが。
そして作戦が開始された。風浮がここぞとばかりに旋風を巻き起こし、未だに降り注ぐ花粉を全て追い払った。さらに、そのまま勢いを緩めることなく旋風は鎌鼬を纏って巨大な花を細切れに切り刻んだ。少々葡豊が悲しげな表情を浮かべていたが、そこは我慢してもらう他ない。
「霧矛、霧をお願いっ!」
「はい!」
斑希の合図で霧矛が精一杯持てる力全てを使ってオドゥルヴィアに届くまでの霧を発生させた。濃霧が荒れ果てた大地に充満し、足元に白い霧が立ち込め、どんどん上昇していきやがて全身を包み込む。
濃霧のせいで、一気に視界は悪くなった。オドゥルヴィアもキョロキョロと周囲を見渡して状況確認を急いだ。
「くっ! おのれ、幻宮霧矛……。これでは的確な指示が出せ――んぐっ!?」
「静かになさい、バルトゥアス!!」
「お、お前は……太陽の神!?」
突如背後から首に腕を回され締め上げて拘束されるレイヴォル。迂闊だった。濃霧に気を取られて完全に油断しきっていたのだ。
「ふふ、斑希には感謝しないとね。花粉もさっきの旋風で消えたし、体も動く。おかげさまで隙だらけのあなたを捕らえることができたわ!」
「チッ、……俺としたことが。だが、俺を捕まえたところで何になる? 言っておくが、脅しなど効かんぞ? それに、俺を倒した所で魔豪鬼神は止まらん。……諦めるんだな!」
「何ですってぇ~?」
ググッ!!
さらに強く腕を首に食い込ませるフィーレ。
「うぐぅっ!! くそ、こんなところで俺が死ぬわけにはいかんのだ!! 離せ! 離せぇッ!!」
「分かった」
「なっ――」
ドシャッ!!
「イテッ!! お、お前……突然放すとは何事だ!! くそ、鼻が曲がったらどうしてくれるんだ!! くそ……くそっ!」
拘束を解いては欲しかったものの、あまりにも突然拘束を解かれたので不意を突かれたレイヴォルは、そのまま反射神経で地面に手を突いて防御するということもできず、顔面から地面に打ち付けてしまった。それにより、鼻が真っ赤になりそれを涙目で押さえるという何とも情けない姿を晒してしまうハメになった。
と、その時――。
ガチャリ。
「ぬ!? ば、馬鹿な! 何だこれは!!」
「神族の間で使用されている拘束器具です。本当は束縛魔法を使いたい所だったんですが、なにぶん先程の神罰で魔力を使ってしまったので」
「お望みなら私が縛り上げてもいいわよ?」
今までずっとニヤついたレイヴォルに対してお返しと言わんばかりにフィーレがニヤついた笑みを見せる。その表情にレイヴォルは歯軋りして体をよじった。しかし、拘束は解けずさらに、レイヴォルは地面に這い蹲る状態になってその上からルナーが馬乗りになる状態になった。
「なっ! 何のつもりだ!!」
「あなたにこれ以上邪魔されたらあの魔豪鬼神とかいうのが何をするか分かったもんじゃないので、こうして動けないようにしているんです」
「くっ! どけ、誰の上に乗っていると思っているんだ!! 俺はバルトゥアス=オヴァハラン! 最強の魔神族だぞ!?」
「そんなことは関係ないです」
「くそ、どけ! 重いッ!!」
その一言がルナーの顔の影を濃くした。
「今、なんと?」
「どけって言ったんだよ! くそ、何を食ったらこんなに重くなるんだ!! このデブ!!」
「お姉さま、私……少しやることが増えたようです」
「どうぞ、お好きなように」
顔を俯かせたルナーが少し声音を低くしてそう呟く。すると、その言葉に満面の笑みを浮かべてフィーレはどうぞどうぞという仕草をした。何がなんだか分からないレイヴォルは、疑問符をただ頭上に浮かべるだけだった。
「では、覚悟はいいですね?」
「な、な――」
一方、伝説の戦士三十一人はオドゥルヴィアと戦闘を続けていた。
「くらいなっ!!」
「拙者もっ!」
所属は違えど同じ暗殺者である紫音と影明がオドゥルヴィアに攻撃をしかける。まだ濃霧は残っているので問題はない。相手の視界だけでなくこちらの視界も奪われてはいるものの、向こうからのただならぬ殺気が位置を知らせてくれる。それがせめてもの救いだった。これで敵が殺気を消してしまったらもうどうしようもない。
「どこにいる……出てこい」
オドゥルヴィアの声だ。濃霧の中から響き渡るように聞こえるその声に、まだ幼い光蘭が震えて雷落の白衣にギュッとしがみついた。
「大丈夫よ、光蘭」
「敵はこっちの位置を把握できていない。濃霧が晴れない内に――」
そう口にした次の瞬間。
ビュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
凄まじい竜巻が突如発生し、霧矛の出した濃霧が綺麗さっぱり消滅してしまった。
「くっ!?」
「見つけたぞ。伝説の戦士……我の殺すべき相手」
そう言うオドゥルヴィアは、体に風を纏っていた。まさか、あれも神罰の一つなのかと思い警戒を強める。すると、眼前にオドゥルヴィアが迫ってきた。
「くらえッ!!」
そう言ってオドゥルヴィアは手を月牙の顔面に伸ばしてきた。
咄嗟の反射神経でそれを躱す月牙。
「躱した……か」
危なかった。あと少し判断が遅れていたら何をされていたか分からない。想像するだけで身震いものだ。
「なら貴様は後回しだ。先に雑魚から片付ける」
まるで品定めするかのように抑揚のない声で三十一人の伝説の戦士を一瞥していくオドゥルヴィア。すると、その目に止まったのは水恋だった。
「次は貴様だ」
「逃げろ、水恋ッ!!」
月牙は力の限り叫んだ。その声にハッとなって水恋が踵を返してその場から遠ざかるように走っていくが、そう簡単に魔豪鬼神と恐れられる怪物に追いつけないはずもなく、案の定すぐに水恋の目の前に瞬間移動した。
「きゃっ!」
慌てて後ろに飛び退いたために尻餅をついて腰をさする水恋。
「うぅ……。あっ……い、いや。た、助けて」
「まずは貴様からか。確か、霧霊霜一族の……水恋、だったか?水には――雷だ」
そう言ってオドゥルヴィアは月牙に伸ばした方とは逆の手を水恋の顔面に近づけていった。さっさと逃げればいいのに逃げることができない水恋。腰が抜けて立ちたくとも立てないのだ。
というわけで、しょっぱなからツッコミを炸裂するレイヴォル。そして、ルナーが神罰を使いました。もう出し惜しみなしですね。さらに、フィーレがやられそうになったところに翡翠が活躍! いやぁ、まさかの人物がおいしい役をとりましたね。
そして、レイヴォルはルナーに拘束されて何をされるのか。
てなわけで、四部めはいよいよ伝説の戦士VSオドゥルヴィアです。