第三十九話「大惨事! 第二次神人戦争」・3
【あ――くっ! こ、……これは、雷――属性? な、ぜ、鬼神族が……そんな、ものを――】
「知りたいか? ならば、冥土の土産に教えてやろう」
そう言ってデュオルグスはうつ伏せになって倒れているメリアに近づくと、その水の槍を奪おうとした。しかし、取られまいとしてメリアも必死に力を込めて抵抗する。だが、それが誤りだった。
「はぁ、離す気がないのならばしょうがない。その腕もろとも奪ってやる!」
【へ? な、何を――】
刹那――デュオルグスはメリアが水の槍を握っている方の腕の肩に足を添えて押さえつけると、メリアの手首を掴んでそのまま力いっぱい引っ張った。
ブチッ! ブチブチブチブチッ!! ブシャァアアアアアアアアアッ!!!
【ぎゃぁああああああああああああああああああ!!! い、痛い痛い痛いッ! や、やめっ、あがぁあぁあああああああっ!!!】
水の妖精は片手を失った。その傷口からは未だにドクドクと真っ赤な血が噴きでている。
【う、くっ! ひ、ひどい……よくも、わたしの腕を……】
「貴様が大人しくこれを寄越さぬからだ。当然の報いであろう?」
【それは、元々わたしの物です! ぐっ!】
メリアは何とかその場に立ち上がった。しかし、出血の量が思いのほか多く、水を固めて傷口に詰め込むことで止血は済んだものの、血を結構失ってフラフラの貧血状態に陥っていた。
「無理はせぬ方がいい。貴様の負けだ、諦めろメリア」
【軽々しくわたしの名前を呼ばないでください! 反吐が出ますっ!】
涙目でメリアは自分の腕を見る。すると、その視線に気づいたデュオルグスがさらに非道な行動に打って出た。
メリアの腕をその場に落とすと、その足で踏み潰したのだ。何度も何度も繰り返し踏みつけてグチャグヤになっていくメリアの腕。それを見て、またしても嘔吐感がこみ上げてくるメリア。しかも、それが自分の腕なのだ。もう、メリアのプライドは限界だった。ここまで辱められる上に、自身の腕をもぎ取られる。挙句の果てにはその腕さえも見るも無残な姿にされたのだ。あれが元々自分の下にあったかと思うと、怖気がした。
【くっ! わたしの腕ぇえええええ!!!】
メリアはもう気が狂っていた。冷静な判断力を失い、もう相手の術中にはまっている。
「フッ、終わりだな」
そう言ってデュオルグスは目の前に迫ってくるメリアに向かって水の槍を構えるとこう言い放った。
「ほれ、返してやろう! 受け取れるものならなッ!!」
同時、放たれる水の槍は猛スピードでメリアの腹部を貫通した。それから瞬時に貫通した後の穴から大量の血しぶきがあがる。
【ぐあぁあああああああ! が、あぁああぁっ! ぐうぅぅっ!】
さらなる激痛が腹部に走り、その場に蹲るメリア。だが、デュオルグスの猛攻はまだ終わらない。蹲るメリアに近づくと、その背中から出ている水の羽をむんずと掴み、それを思いきり空中に向けて放り投げたのだ。
【や、やめて! やめてぇえええ!! ごめんなさい、ごめんなさい! わたしが悪かった! 謝りますから、殺さないでぇええっ!】
「貴様の相手が我であることは知っていたはずだ。しかも、貴様は我の正体に気づいておったのだからな。その上で貴様は攻撃してきた。それが貴様の汚点だ。せいぜい、自身の身でその罪を受けるがいいッ!!」
そう言うと、デュオルグスはその場からジャンプして放り上げたメリアよりも高く跳ぶと、そこから飛び膝蹴りを繰り出した。膝小僧がちょうどメリアの胸部に直撃し胸骨が砕け散りそのまま肺へと突き刺さる。
【があっ!】
ドゴォォォンッ!!
それがメリアの最期だった。水の妖精は地面に叩きつけられて体中の骨を折っていた。変な方向に曲がっている四肢。まぁ、腕は一本失っているが。
デュオルグスは地面に広がる赤黒い血など気にも留めず、メリアの死体に近づくともう再生を始めているメリアの心臓部に神滅剣を突き刺した。
すると、再生がストップし完全にメリアが死亡する。
「これで三人目か。クックック、まだまだだが、三人の力を得ただけでもこれほどの力とは……。さすがは神族。同じ神族である我にも勝るかもしれんな。だが、まだだ。我はまだ力を蓄えねばならん! 天使九階級を倒さねばならんからなッ!!」
デュオルグスは拳を握り天を仰いだ。どんよりとした鉛色の空に、ゴロゴロと稲光が鳴る。
「また新たに二人来たか……。フッ、せいぜいこの神滅剣のサビにしてくれるわ! グフフ、ガハハハハハハハ!」
握り締める神滅剣を見つめ、高らかにデュオルグスは笑い声をあげた。
ここは同じくディトゥナーヴ。そこには神界から下界へと降りてきた二人の少女がいた。神々しい光を放ち、その場に立ち上がる二人の周囲に、荒れ果てた大地には決してありえないような草木が生える。
【あらやだぁ~、あたしったら思わず力を垂れ流してたわぁ】
【大丈夫、おねえちゃん】
【ええ、大丈夫よぉ。それよりぃ、ミレアスちゃんは大丈夫ぅ?】
【うん、レイネスおねえちゃんが出してくれた草木のおかげでそれがクッションがわりになったんだよ】
姉のレイネスに笑顔で言う妹のミレアス。すると、会話に花を咲かせていた二人にビリビリとした邪悪なオーラが漂ってきた。それに反応して、突然柔らかい表情を引き締める二人。気配のする方へ顔を向ければ、そこには鎧を身に纏った老人の姿があった。背部からは禍々しい八本の蜘蛛の足がつきでている。
【なるほど、どうやらこれがあの鬼蜘蛛デュオルグスみたいねぇ。にしても不思議だわぁ。先にバゴリスターとヒュオルドが行ったと思うんだけどぉ】
【おねえちゃん、くるよ!】
【へぇ?】
ミレアスに言われてふとそちらを見やれば、もう眼前にデュオルグスが迫ってきていた。
【ひゃあっ!】
慌てて躱すものの、先程までレイネスがいた場所にはクレーターができていた。
「ほぅ、躱したか。しかし、風神雷神、水の妖精の次は、森の妖精レイネスと花の妖精ミレアスの姉妹がやってこようとはな。だが、今の我は無敵。貴様らの攻撃など効かんぞ?」
【あらぁ、言ってくれるじゃな~い。そう言われちゃぁ、やらないわけにはいかないわよねぇ、ミレアスちゃ~ん?】
【うん。おねえちゃんの言うとおりだよ! バゴリスターさんとヒュオルドさんとメリアさんの仇だし、絶対に二人で倒そう!】
姉に言われて妹もコクリ頷いて気合十分という顔をする。すると、デュオルグスが口を開いた。
「無駄なことを……所詮貴様らも我に殺されるのだ。せいぜい、ちんけな神罰くらいしか出来ないのが関の山。諦めるんだな」
デュオルグスは黄金の光聖槍を手にした。その武器に二人は驚愕する。
【あら~、どこかで見たことあると思ったら、それって七つの秘宝じゃな~い?】
「左様……貴様らを葬るための道具よ。これで貴様らを屠ってくれるわッ!」
【お、おねえちゃん。あれって確か封印されてたんじゃ……?】
【ええ、あたしもそう聞いてたんだけどぉ。どうやら、封印を解いたみたいねぇ。これは少し厄介になりそうだわぁ】
そう言って構えるミレアスとレイネス。
「フンッ、御託を並べるのは冥霊界でやるがいいッ! 行くぞッ! うおぉぉぉぉぉッ!!」
デュオルグスはその場から駆け出し目の前の二人の妖精に攻撃した。凄まじい槍捌きで二人に攻撃するが、二人は妖精で羽もあるため飛行が可能。そのため、軽くその攻撃も躱されていた。
【あらぁ? どうしたのかしらぁ。随分と動きが鈍いわねぇ。それであの三人を殺せたのぉ? お笑いだわぁ】
【おねえちゃん、気を抜いたらダメだよ。もしかしたら何かを狙っているのかもしれないし】
余裕の表情を浮かべるレイネスにミレアスがそう言った。すると、その的確な判断にデュオルグスは小さく舌打ちした。ミレアスが言っていたことが当たっているからだ。これは厄介だと思ったデュオルグスは作戦を変更した。先に妹を片付けようと思ったのだ。そのためには、姉が邪魔だと判断し、まずは飛行できなくしてしまおうと先手を打った。
【全然攻撃してこないわねぇ。つまらないわぁ、やるきあるのぉ? 来ないならぁ、こっちから行くわよぉ?】
「フンッ、そのゆったり口調……実に苛立つ。その上、ハエの様にブンブンと五月蝿い。二度と飛べぬようにその羽、毟り取ってくれるわッ!!」
そう言ってその場から姿を消したデュオルグスは、瞬時にレイネスの背後を取った。
【後ろぉ!?】
焦っているのだろうが、その口調は相変わらずゆったりとしていた。しかし、動きはそれに反するかのように早い。だが、さすがにデュオルグスの速度に適うはずもなく、再び背後を取られ、羽をその大きな手で強く掴まれた。
【いやぁ!】
「もう遅いッ!!」
【おねえちゃんっ!】
妹のミレアスが駆けつけようとするももう時既に遅し。
ブチブチブチッ!!
【いぎゃぁあああああああぁ!】
レイネスの羽は背中からもぎ取られてしまい、そのまま地面へと墜落した。その姿を見たミレアスは激情して背後からデュオルグスに攻撃する。が――。
ガシッ!
【あぐぅ!】
「我に攻撃する度胸は認めよう。だがな……気配がダダ漏れだ。そんなことではこの我に勝つことなど出来はせんッ! しかし、まぁその判断力は褒めてやろう。立派な洞察力だ。よもやこの我の作戦を読まれるとは思わなんだ。だから貴様から先に片付けてくれるッ!」
デュオルグスはミレアスの首根っこを鷲掴みにし、片手でギュウッと締め付け始めた。
【あ――がぁっ! や、やめ……助け――おね、えちゃん!】
【み、ミレアス……ちゃ、ん】
助けてあげたいのは山々だが、なかなかその場から動けないレイネス。そして、悲劇は起こった。
【非情な姉だ、妹を助けることもままならんとはな。まぁいい、せいぜい姉を恨み死に絶えるがいいッ!】
そう言ってデュオルグスはもう片方に持っていた黄金の光聖槍でミレアスの胸部を貫いた。
【あぐぅっ!? がぁっ!】
ミレアスは体中に走る激痛に悲痛な声をあげた。だが、逆にデュオルグスはその反応を楽しむかのようにグリグリと貫いたままその得物を右に左に捻った。その度に傷口が広げられ、ミレアスはついに耐えられなくなった。
ジョロロロ……。
「ああ? クックック、ガッハッハッハッハ! 貴様正気か? まさか傷口を抉られて痛みのあまりお漏らしとは、傑作だな。おまけに飛沫をこの我にかけようとはいい度胸だ。楽には死なせてやらんぞ……花の妖精ミレアスッ!! 貴様のような小便臭い小娘には悲惨な最期がお似合いだッ!!」
そう言ってデュオルグスはミレアスの心臓部に神滅剣を突き刺した。
【が――ぐ、ぁ……ごぽっ!】
ミレアスは口から大量の血をこぼした。こみあげる血がとめどなく溢れ、傷口と口の端から垂れ流す。
【や、やめてぇ! い、妹にぃ、ミレアスちゃんに手を出さないでぇ!】
「ハッ、妹も助けられぬような貴様に指図される筋合いはないッ!! せいぜい、その特等席で見ているがいい! この幼女が死ぬ様をなッ!!」
デュオルグスは足元にいるレイネスに紅蓮の双眸を向けると、再びミレアスに向き直りそして言った。
「貴様の神罰はありがたくこの我がいただくッ! 死ねッ!!」
目をカッと見開くデュオルグス。すると、それが合図かのようにミレアスを貫いていた槍が光り輝いた。
【お、おねえちゃ――】
ドバシャッ!!
あっという間の出来事だった。ミレアスが姉を呼び終える前にその体は五体微塵にバラバラに砕け散った。肉片が真っ赤な血しぶきと共に地上に降り注ぐ。
【ハ、ハハ――素晴らしいッ! 傑作だ、ガハハハハハハ! どうだ、美しい最期ではないかッ! 貴様の妹は五体微塵になってあの世に行ったぞ? しかも、この神滅剣によって既に神の力は奪い取ってある。もう復活することもないッ!! ギャハハハハハハハ! 清々しい気分だッ! 貴様にも味あわせてやろうか? ん? どうだ、レイネス】
【くっ! よくもぉ、よくもミレアスをっ!】
レイネスは妹のミレアスをやられてすっかり口調を改めていた。その双眸には明らかに怒りの色が見受けられる。だが、その目力もデュオルグスを怯ませるには至らなかった。むしろ、相手を興奮させるだけでしかない。
「フンッ、悔しいか? 憎いか? 殺したいか? ならばやってみろッ! やれるものならばなッ!! だが、その前にこれを見てみるがいい」
ニヤッとした下劣な笑みを浮かべると、デュオルグスはレイネスのすぐ目の前に降り立ち、あるものを見せた。
【そ、それは――】
「そう、ミレアスが着けていた花の髪飾りだ。これは所謂やつの形見だ……貴様に見せてやろう。これをミレアスだと思って見ていろ?」
【な、何をするつもり?】
訝しげにデュオルグスを見るレイネス。
刹那――。
ザシュザシュ!
【――っ!】
本当にこの男には人情というものがないようだった。情け容赦無いとはよく言ったもので、その言葉通りデュオルグスはレイネスのすぐ目の前でその形見の花飾りを木っ端微塵に切り刻んだ。
「ガハハハハハハ! どうだ? 同じであろう? この花飾りも貴様の馬鹿な妹もッ! ハハハハハハハハ! 愉快だ、傑作だ! これほどまでに清々しく気分のいい日は無いッ! ギャハハハハハハハ!!」
【くぅっ! デュオルグス、貴様ぁあぁぁああああああああああああああっ!!!】
レイネスは完全にキレていた。眼前の男を殺さねば抑えられないほどの負の感情が溢れる。
「ほぅ、森の妖精でもそのような顔ができるのだな。まぁ、それも無駄なことだがな――」
そう言い放った直後、血しぶきが噴き出す。無論それはレイネスの物だった。目の前から突貫してきたレイネスに、無情にもデュオルグスは神滅剣を薙いだ。
決着は一瞬にしてついた。そもそもデュオルグスは武器を持っているのにレイネスは武器を持っていない時点で勝負はついているも同じだった。それでも無謀に駆けていったのは、せめてものあがきだったのかもしれない。まぁ、それも今になっては無意味に等しいが。
「馬鹿な娘だ。貴様も妹の後を追って冥霊界へと誘われるがいいッ!」
ザシュンッ!!
非道な物だった。最初の一撃で既に首を落とした時点で決着はついているというのに、フラついている残りの体に対して神滅剣を振るい、肩口から両腕を切り落とし、股関節から綺麗に両足を切断した挙句、上半身と下半身を分断したのだから。
その場には血生臭い腐臭が漂った。周囲に広がる真っ赤な血。その血の量がどれほど無残で悲惨な出来事がこの場で繰り広げられたのかを物語る。
「これで、五人……か。まだだ、まだ足りぬ! 貴様らッ! 何をやっている! もっとだ、もっと暴れるのだッ!! それほどまでに力が足りぬのならば我が貸し与えようぞッ!!」
神滅剣を振り上げ宙に高々と掲げるデュオルグス。
「さぁ、偉大なるこの我に付き従え! 我が駒共よッ!! 精神支配!!」
言い放つと同時、オーラが波紋のように波打ち円形に広がっていく。そして、それを浴びた不死身の鎧兵は何かの意思を持ったかのようにその瞳をデュオルグス同様の紅蓮の双眸へと変化させると、一気に神族へ向かって猛攻撃を開始し始めた。大砲を放つもの、剣と魔法で戦うものといろいろいた。対する神族も神罰や魔法陣で迎撃していた。
「クックック、これだ。これこそが我の求めていた神人戦争……。神族と人族の戦いだ。今度こそ我が頂点に君臨するッ! そして肉体の封印をセイラに解かせ、必ず我が肉体を取り戻すッ!! その時こそ、我がこの世界を手に入れる時ッ!!」
デュオルグスは拳を握り目の前からやってくる神族を神滅剣で切り捨てた。
「グハハハハハ! 無駄無駄無駄ッ! 貴様らに我を殺すことは出来んッ!!」
完全に自信に満ち満ちている様子のデュオルグス。するとそこへ、一つの砲撃が放たれた。
というわけで三部めです。いやはや非人道的ですねデュオルグス。神族の五人が全員無残な死を迎えました。しかも、なぜか男よりも女の方が無残な死に方をしているような。しかも、年が若ければ若いほど。ミリアスに至っては愛らしい幼女姿であるにも関わらず五体微塵ってェ……。
この場に斑希がいたら錯乱していたことでしょう。
しかし、そんなデュオルグスのところへ一つの砲撃が……一体誰がこいつに砲撃を放ったのか。四部めで明らかになります。