第三十九話「大惨事! 第二次神人戦争」・1
暗雲が世界を包む。かつて一度、この惑星ウロボロスは闇に染まり多大なる被害をもたらした。それは人族にも神族にも打撃を与え、両者の間に産まれた者を束ねる一人の英雄によって終止符を打たれた。
――神崎王都。小七カ国の一つである夢鏡王国の上に浮かぶ空中帝国としてその名を馳せていた隠されし第五の帝国。それが、神王族が住む『ハルムルクヘヴン帝国』だ。ここを治めるのが先程も言った黄金の鎧を纏った神崎王都という男。伝説の戦士と呼ばれ、『神王十二騎士』を束ねるリーダーであり神王族初代帝王でもあった。
だが、この男はある日を境にその姿をこの世から消した。いや、存在自体がなくなったと言ってもいいだろう。つまり英雄は死んだのだ。厳密的にいえば暗殺されたらしい。噂によればそうなっているが、その真実を知る者は誰一人としておらず、唯一その身辺にいたとされる神王十二騎士もだんまりを決め込んでいるとのこと。
結局真実は闇に葬られ、神崎王都はその名と伝説を轟かせ続けた。
そして、その伝説の英雄が、今復活しようとしている。神崎王都の父親である神族の男――神崎斬覇が心を破壊され、三十一人の戦士に渡ったその力。その特別な力は属性を持ち、普通ならばありえない者達に力を与えた。
それが彼ら――三十一人の伝説の戦士である。
今彼らは地獄絵図が繰り広げられる戦場に趣いていた。その眼前に広がるとてつもない光景に開いている口が閉じれない。それほどまでに衝撃的な何かが脳裏をよぎった。警鐘をやかましく鳴らして危険を知らせているが、体が動かせない。緊張によるものなどではない。戦慄、いや恐怖にも勝る畏れ。今すぐにでも逃げ出したいと誰もが思うこの場所に三十一人――もとい、三十人はいた。
この場には一人戦士が欠けている。その戦士は未だに鎧一族の砦内で四帝族の一人でもある鳳凰鈴華を救出に向かっているのだ。無事この場へ帰還することを祈りつつ、目の前の光景を焼き付ける。
「ひどい、これがあの美しいとされる惑星ウロボロスなの?」
太陽にも似たオレンジ色の髪の毛に同様の双眸を持つ少女、光陽斑希が、得物の太陽の杖を強く握り締めながらもう片方の手を胸元に添えた。
「これも全てはあの男の筋書き通りってことですか?」
そういうのは、金髪に金色の瞳を持つ額にゴーグルをつけ白衣を身につける少女、鳴崎雷落だ。そのすぐ隣にいる同じく金髪に金色の瞳を持ち、長い髪の毛をツインテールにしている九歳の幼女、明見光蘭もその手を脂汗で滲ませている。
「おねえちゃん、あたし達、これからどうなるの?」
不安な気持ちを抑えられず、面をあげて潤んだ瞳で義理の姉の雷落を見つめる。雷落は柔らかい笑みを浮かべて義妹の頭に手を添えた。
「心配することないわ光蘭。私達は伝説の戦士……私達には特別な力があるんだもの。この力を存分に使って敵を打ち倒せばいいだけのことよ!」
そう言って強く意気込んだ雷落は、斑希に声をかけた。
「そうですよね、斑希さん!」
「え、ええ。そうね」
急に声をかけられたため、拍子抜けな顔をする斑希。すると、それに続くかのように他の戦士も声をあげはじめた。
「そうだとも、ここで漢を見せねば男が廃るというものだ! うおぉぉぉぉぉぉ! 俄然やる気が出てきたぁああああああ!」
豪腕な拳を強く握り締め気合を込めて叫び声をあげるのは、脳筋馬鹿三人組の一人でもある豪地彪岩だ。そのやる気はメラメラと瞳に火を灯らせるほどだ。無論、実際に燃えているわけではないが。
さらに、それにつられて他の二人も声をあげた。
「ああ、そうだ! 兄貴の言うとおりだぜ! オレも相棒も気合は十分だッ! とっととおっぱじめようぜ!」
「俺も彪兄ぃと鋼兄ぃに賛成だぜ!」
髪の毛の一部をトサカの様に立たせて、相棒――鋼鉄球をブンブン振り回す男、金井鋼鉄。その荒々しさを表現するかのように空を斬る鋼鉄球の迫力に、側にいた戦士が慌てて屈み被害を避ける。
その隣にいるのが、鋼鉄や彪岩と同じく筋肉馬鹿三人組の一人である少年、崖淵砕狼だ。彼も同様に鋼鉄球の攻撃を避けていた。
「ふぅ、危ない危ない。ったく、お前らを押さえんのは相変わらず骨が折れそうだなぁおい」
ようやく落ち着いた鋼鉄が鋼鉄球を地面に置くのを見てその場に立ち上がった男が声をあげる。三十人いるこの場で頭に炎を灯して揺らめかせている者が二人いるが、その片方二十代の真ん中くらいの男、この人物が親方とも呼び慕われている炎燿燐妖燕だ。ちなみに、もう一人がその従弟である炎燿燐乱火だ。
「親方の言うとおりだ。鋼鉄、少しは加減を知っとけよな?」
「わりぃわりぃ。つい興奮しちまってよ。腕が疼くんだよ! おら、斑希あんな野郎は置いといてオレたちだけでも動こうぜ?」
鋼鉄が言うあんな野郎というのが残りの一人の戦士だ。神族の血を引くものであり、斑希の従兄妹ならびに幼馴染でもある青年。塁陰月牙、それが青年の名である。が、今現在鈴華を助けに行ったまま、戻ってきていない。鈴華の安否も気遣われるが、月牙は残り一人の伝説の戦士でもあるため、より一層心配していた。
すると、真っ黒な黒髪に赤い瞳を持つ少年、嵐暗冷が声をあげた。
「ったく、だからオレらで助けりゃよかったんだよ。てめぇのせいだかんな、デカ乳!」
「だから、いい加減その呼び方やめてくださいって言っているではないですか!」
暗冷に嫌な呼び方をされた青髪に青目の少女、霧霊霜水恋。暗冷と同じく帝族の一人である水恋は、不機嫌そうに頬を膨らませて文句を言うとそっぽを向いた。
「暗冷、女の子にはもう少し優しくしてやらないかい!」
「ケッ、こんなやつに優しくしてやる必要なんかねぇよ! それよりも、さっきからくっついてくるコイツを何とかしろッ!」
暗冷がこういうのには理由があった。それは――。
「ああん、そんなつれないこと言わないでよ~暗冷くぅ~ん。うちは暗冷くんの側近なんだから、常に側にいないといけないのよ? だからこれは、しょうがないってことなのよ!」
自分の従うべき相手である暗冷の腕に自分の腕を絡め、その腕に頬ずりをする少女、五十嵐青嵐。元はちゃんとした役立つ側近だったのだが、某一件により変貌。Mへの扉を開けてしまい、このように残念な人物に成り下がってしまっていた。
「二人は相変わらず仲良しさんだねぇ~、そう思うでしょ~、ひすいちゃ~ん」
「ですね。まったく、こんな大事な時にイチャコラやってる人がよもや自分達の村をどうこうできる力の持ち主だなんて、フツーなら思わねぇですよ」
いやにのんびり喋る純白の羽を生やした少女、天垣天照と、肩を竦ませやれやれという仕草をするドーナカイ村の教会のシスター、空西翡翠。
「はぁ。月牙がいないとこれを収拾出来るほどのツッコミを炸裂させる人がいないわ。まったく、あいつったらどこで何をしてるんだか……」
腰に手を当て少しふくれっ面をする斑希は、どこにいるかも分からない月牙を見つけようと周囲を見渡しもう一度目の前の惨状を見て奥歯をギリと噛んだ。
――▽▲▽――
「おいおい、どうなってんだよこりゃ」
俺――塁陰月牙は、何とか命からがら鎧一族の砦から脱出することに成功していた。ちゃんと目的である鈴華とミーミルも連れてきている。未だに気を失っている鈴華はおんぶ、起きてはいるものの、衰弱して自身で歩けないミーミルは抱っこという状態だ。そのため、今俺は実に十四歳の赤髪巫女と、十二歳になったばかりのロリ姫にサンドイッチされているという図が完成しているわけだ。なんとも言えない。腹部と背部に感じるぬくもり。密着する肢体。
「あら、月牙。さっきから心臓がドクドク言っているけれど、何をそんなにコーフンしているのかしら? まさかとは思うけれど、この可憐なロリっ子に劣情を抱いているわけじゃあないわよね?」
「あ、あああ当たり前だ! だ、誰がお前みたいなちんちくりんのお姫様に劣情なんか抱くかッ!」
言葉カミカミでオロオロして、冷や汗ダラダラ状態で言われてもはっきり言って説得力の欠片もないことは一目瞭然だった。
案の定ミーミルは嘆息混じりに俺に言う。
「月牙、確かに思春期真っ盛りのあなたが、わたしみたいな可憐でとびきりの美幼女に見とれてしまうのも無理からぬことだわ。けれど、それは決してやってはいけないことなのよ? わかっているの?」
「だから違うつってんだろーが! いい加減にしねぇと振り落とすぞ?」
俺は軽く脅すつもりでミーミルに強気で言った。すると、それが案外効きすぎたのか、突然ブルッと体を震わせて涙目になる。
「ご、ごめんなさい。少し言いすぎたわ。だから、だから置いていかないで」
「え、あ、わ、分かればいいんだよ分かれば。俺も少し言いすぎたし。てか、これどうすりゃいいんだ? お前らをどっかに置いていかないと、俺戦えねぇぞ?」
参ったなぁと頭をかきながら周囲を見渡す。人っ子一人いない。いや、恐らくこの辺りにいる人間は全員少し離れたあの荒れ果てた大地で戦っているんだろう。武器同士がぶつかりあい火花が散っているのがここからでもどうにか確認出来る。
と、その時だった。
「う、う~ん。あれ、ここは?」
そう言って眠り眼をこする少女。そう、赤髪巫女の鳳凰鈴華だ。水恋や暗冷、そして倒すべき敵であるオルガルト帝と同じ帝族の娘だ。鳳凰一族の現当主をしていて、並びにこの星に存在する五大帝国の内の一つ、フレムヴァルト帝国を治める初代帝王だ。
水恋達の話によれば、七歳の時に鎧一族に鳳凰一族が襲撃を受けその際に連れ去られたのだとか。つまり、この鈴華という子は七年間もの間あの暗くてジメジメした陰気な奴が好みそうな場所に捉えられていたということだ。その上、相当ひどい目にあっていたのだろう。体中傷だらけで着ている服も殆ど服の機能を果たしておらず、あちこちから若い肢体がチラチラ見えていた。しかも、あの変態ジジイの趣味かは知らないが下着もつけていない。はっきり言って目のやり場に困っていた。
そんな鈴華がここに来てようやく目を覚ましてくれたのである。
「やぁ、こんにちは。いや、おはようかな? えと、俺は塁陰月牙っていうんだ。君の名前は鳳凰鈴華……で合ってるよな?」
「え、は……はい」
少しオドオドした様子で応える鈴華。どうやら初対面の俺に対して緊張しているか警戒心を抱いているのだろう。まぁ無理ないことだ。
「あの、私どうして?」
「君の幼馴染に助けるよう頼まれてな。その約束を果たしに。んでもって、こっちは――」
「ミーミル=S=リスマードよ。よろしくね、鈴華さん」
一応目上の相手ではあるのだが、なぜだろう。ミーミルがしゃべると、どうも年上が年下に対して言っているように聞こえてしまう。口調の問題だろうか?
「何か言ったかしら? 今、とてつもなく失礼なことを言われたようなきがするのだけれど」
「き、気のせいだって、ははは」
俺は苦笑いしながら話題を切り替えた。
「それで、これからどうするかなんだが――」
「――っ! ご、ご主人様ぁぁあああああっ!」
ガバッ!
「え?」
ドサッ!
俺は何故か鈴華に飛びつかれてそのまま押し倒されて背中を地面に打ち付けた。慌てて鈴華を抱きとめたはいいものの、一体突然どうしたというのだ?」
「な、なぁどうしたんだよ鈴華!」
「わ、わたし……私、はぁ、はぁ……私の次のご主人様ぁ」
何やら目をトロンとさせてふやけた表情で俺ににじり寄る鈴華。首筋に垂れる汗がなんとも艶かしく、とても十四歳とは思えない。一歳違いの水恋とはまた別の雰囲気を感じる。てか、ホントに一体どうしたんだ?
俺はわけがわからなかった。あるとすれば、この首輪の先についている鎖だが……。
ふと手元の鎖を見る俺。すると、そこからは何やら淡い紫色の光が出ていた。その光は俺の手元から鎖を伝って鈴華の首元についている奴隷の首輪へと向かった。そして、光が首輪全体に伝わったかと思うと輝きを増してそれからスウッと一気に光は消えた。何が起こったのだろう。
刹那――。
「何でもお申し付けください、ご主人様ぁ~!」
「ぬわぁああああああ!」
再び俺の首に腕を巻きつけ、ぎゅうっと抱きしめてくる鈴華。四帝族の四人の現当主の内の一人がこんなことしていいのか? と思いながらもなぜかその腕を振りほどけない俺。なんでだ?
「ちょっ、待ってくれよ! おい、ミーミルも引き剥がすの手伝ってくれよ!」
「え~? 面倒ごとはちょっと……。一人でやりなさい月牙。それに、ご主人様なら命令の一つでもしてあげたら? 何でも言うことをきくみたいだし、旅の癒しを癒すという名目でご奉仕してもらえば? 滅多に味わえない巫女さんよ? そそるでしょ?」
「な、何の話をしてんだてめぇは! お前本当に十二歳か!」
「あら、失礼ね。列記とした十二歳よ? もうロリロリよ?」
「自分でロリロリとか言うんじゃねぇよ」
半眼の眼差しでそう言う俺に、ミーミルは鼻で笑うだけだった。
それからもミーミルは手伝ってくれる気配を微塵も見せない。仕方ない、こうなったら……。
「分かった、じゃあ命じる! 鈴華、命令だ!」
「はい、ご主人様! はぁ、はぁ」
語尾の怪しい吐息はともかくとして、俺はゴクリと息を呑む。
奴隷の首輪。本来は手綱を操ることが難しい相手などに半ば強制的に取り付けて無理やり操るのが使用方法なのだろうが、なぜか今俺はこんなことに陥っている。もしかすると、これ単品では使い物にならないのかもしれない。そういえば、鈴華の体中に何か電撃でも浴びせられたような跡があったな。ミミズ腫れの跡もあったし。だが、これにそんな便利機能がついているかどうかは不明。物は試しとか言ってうっかり鈴華を殺しでもしたらそれこそ水恋と暗冷から大目玉をくらうことは必至。
握りこぶしを一層強く握り締める俺。覚悟を決めた。
「ミーミルを連れて夢鏡王国に行ってくれ! そんで、ついでに俺の母さんと斑希の母さんを呼んできてくれ! 分かったか?」
「はいっ! はっきり言ってあのクソジジイにいたぶられて体力も殆ど残っていない上に足も痛くて歩くのも辛いんですが、ご主人様のためなら不詳、鳳凰鈴華! 例え命に変えてでもご主人様の命を果たします!」
「え、いや……怪我してるんなら無理しなくても。やっぱ俺が――」
「いいえ! これはせっかくご主人様から貰い受けた初めての、命令なんです! やらせてください!」
何かとても必死に頼み込んでいる鈴華。こんな最終決戦を前にこんなコントみたいなコメディをしていていいのだろうか? とさえ思えてくる。だが、ここまで言ってくれているんだ。それに、時間稼ぎくらいは出来る。母さん達が神族なら何とかなるはずだ!
そう俺は思い、コクリ頷き了承した。
「……分かった。そこまで言うなら頼む。ミーミルを頼んだぞ?」
「はい、ミーミル姫は必ず王国に届けてみせます!」
「あら、王子様の次は巫女様? まぁ、それもいいかもしれないわね」
そんな呑気なことを口にしながらミーミルはその小柄な体躯を鈴華にお姫様抱っこされていた。少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしているが、文句は言っていない。
そして、俺は二人を見送った後、踵を返して戦場となる荒れ果てた大地を丘から見下ろした。一歩ずつ歩みを進めてその戦場に近づいていく。
「待ってろよ、オルガルト帝……いや、鬼蜘蛛デュオルグス!」
俺は得物の鍔に親指をあてがい、唇をキュッと一文字に結んだ。
――▽▲▽――
ここは神界。神族の者が集まる世界。そして、その一角のホールにて五人の神族が何やら会話をしていた。
【これは……、あの蜘蛛野郎か?】
瞑目していた男が口を開く。同時にその口からビリビリと静電気が走った。どうやら、歯が金属で出来ているようだ。
【どうやら、そのようだな。まさかあの封印が解かれたとは思えんが】
腕組をして唸る一人の男。その周囲には風が渦巻いている。
【しかし、この魔力は間違いなくあの男かと。でも信じられませんね。天使九階級の皆様が総力をあげて封印を施しになったというのに……。封印力が弱まっていた?】
顎に手をやり水の槍を持った女性が思案する。すると、その言葉に対して緑色の髪の毛をした少し童顔の少女が反対の声をあげた。
【それはないと思うわぁ、だってぇ、あのセイラ様がいるのよぉ? 倒せないわけないわぁ】
【おねえちゃんの言うとおりだよ。多分気のせいじゃないかな?】
ゆったりとした口調が特徴の少女に、その妹と思われる少女が明るくそう言う。すると、再び雷の力を纏う男が口を開いた。
【だとすれば、確かめる必要があるな】
【作用、全ては確認しなければ始まらない】
【そうですね】
【そうねぇ】
【うん】
風を纏う男の言葉に他の女性陣三人が首肯する。
五人は神界から姿を消した。
というわけでお待たせしました。今回三十九話は四部構成でお送りします。
今回は書き下ろしでアットノベルスに載せる前に載せました。
さていよいよ始まってしまった第二次神人戦争。伝説の戦士はオルガルト帝もとい、デュオルグスの陰謀を阻止することができるのか?
さらに、ここで神族も本格的に動き出しました。五人の神族が登場しましたがこの人たちは一体どうなるのか? そこらへんにも注目してごらんください。ちなみに、今日の昼から書き上げて夜頃に終わりました。今日は学校が休みだったので投稿できます。