第三十七話「暴走! ゴウスト・シェルの脅威」・3
「葡豊ッ!」
叫ぶ癒宇だが、例によってゴウスト・シェルの触手に捕らわれていた葡豊は逃げる事も出来ず身を屈めるだけで、その上から容赦なく落石が激突した。その光景に皆が絶句した。氷雨もせっかく助けるはずだったのに逆効果になり、思わず自害しようと氷の剣を生成し、それを義妹の雪羅に止められた。
「そ、そんな・・・・・・嘘でございます。あの葡豊が、・・・・・・一体・・・・・・どうして?」
「癒宇・・・・・・」
月牙が押し殺したような声で癒宇の名を呼ぶ。彼はおぼつかない様な千鳥足でその場に崩折れた。膝を折り、両手を血に着ける。すると、葡豊が先程までいた場所にある落石の隙間から真っ赤な血がタラ~ッと流れ出した。
それを見た皆が目を見開かせ衝撃を受ける。皆が悔しそうにゴウスト・シェルを睨めつけた。だが、敵は何とも思っていないようで氷雨が放った氷の槍を肩に刺したまま宙を舞っている。それを見た癒宇はギリッと奥歯を噛み締めギュウッと拳を強く握った。
すると、岩から物音がした。何やら女の子のうめき声が聞こえてくる。その声に聞き覚えがあった伝説の戦士は慌てて岩に駆け寄った。
と、その時、嫌な効果音が鳴り響いた。
ブチブチッ!という何かが引きちぎれる効果音と、ぎゃぁああっ!という悲痛な叫び声。その声で確信がいった。その声は葡豊のものだった。そうなると、今の効果音は一体何が引きちぎれた音で、一体何に対しての悲痛な叫び声かと思うと、皆は顔面蒼白となった。
癒宇はその声にまだ葡豊が生きていると確信し、慌てて落石をどかそうと手を伸ばした。皆もそれに加勢する。氷雪系と水系統の属性者がなるべく衝撃を与えないようにしながら岩を破壊していく。他の者は慎重に岩をどかした。すると、緑色の髪の毛とあの髪飾りが見えた。葡豊だ。僅かながら体を動かしていて呼吸もしているため、死んではいないようだった。だが、問題はそれ以外にあった。岩に隠れてはいるが、右腕の二の腕の半分より先端が真っ暗で見えないのだ。また、足も同様に左足の膝より下が見えない。
刹那――癒宇が叫び声をあげる。
「うわぁああああああああああああああ!!! 嘘だ、嘘だぁああああああッ!!」
目を見開き、信じられない、信じたくないと頭を覆いその場に蹲る癒宇。何事かと葡豊の体を確認する。そして、瞬間それを理解した月牙と氷雨がバッと両手を広げ葡豊に近寄らないよう女性陣を妨害した。
「ちょっ、何すんのよ駄犬! 邪魔よ、どきなさい!」
「ダメだ! お前らは見るな!!」
「ど、どういうこと? 葡豊に何かあったの?」
月牙の異様な様子に心配そうな顔をする斑希。まだ他のメンバーよりは歳が上だということで、斑希には一応伝えることにした。斑希が葡豊を仲間にした張本人でもあったからだ。
「・・・・・・落ち着いて聞いてくれ。葡豊は、息はしてるんだが・・・・・・その、右腕と左足が、それぞれ二の腕の半分より先と、膝より先が千切れてる・・・・・・」
それを聞いて斑希は口元を手で覆った。
「そ、そんな・・・・・・嘘っ!」
「・・・・・・」
嘘であってほしいと月牙を再度見るが、顔を俯かせ何も言わないことから本当なのだと嫌でも理解させられる斑希。他の女性メンバーは訳が分からず疑問符を浮かべていた。しかし、これで斑希も納得した。月牙が彼女達に見せないのか。それは彼女達に自分も同じ目に遭うかもしれないという恐怖感と、葡豊を通してトラウマになってほしくなかったからだ。
「どうするの?」
「くそ・・・・・・せめて起きてくれたらな」
月牙はまだ何か手があるらしく、その方法を思案して顎に手をやる。
と、その時、何やら禍々しいオーラをゴウスト・シェルから――ではなく、別の所から感じとった。見ると、そこには蹲ったままの癒宇が何やら黒々とした物を纏っている姿があった。
「ゆ、癒宇?」
「まさか、これって・・・・・・」
月牙が名を呼び、斑希がその現象に何やら見覚えがあるように首を捻る。すると、癒宇のいる地面に亀裂が入り彼が顔をあげた。その形相は凄まじかった。まるで、獣というように歯をむき出しにし、口の端から涎を垂れ流している。
「ゆ、癒宇しっかりしろ!」
「癒宇さん、落ち着いてください!」
【許さない・・・・・・許さない! 許セナイッ!!】
癒宇は完全に心を失っていた。いや、自我を失っているといった方が正しいかもしれない。その現象にようやく月牙も気づいたのか斑希を見やる。すると、斑希が頷きその言葉を口にした。
「これは・・・・・・『神力の暴走』だわ!」
その言葉にこの場にいる十人が首を傾げた。
「神力の暴走・・・・・・って何だい、月牙くん?」
刻暗の質問だ。その問いに月牙が後ろを振り返り説明した。
神力の暴走。それは、神の力を持つ者達が一時的に精神状態が不安定になったり死に近づいた時に偶発的に発生する所謂発作的なもので、その力は異常なまでに強く自我を保てないために常に放つ技が加減のない全力だという。さらに、限界がない上に自身の体内にある全ての魔力を使い果たすまで止まらないためこれがきっかけで死んでしまう者も少なくないらしい。それがまさか伝説の戦士に表れるとは二人も思っていなかった。
その説明を聞いていた十人は息を飲んだ。まさか自分達も精神状態が不安定になったりするとあんなことになってしまうのかと・・・・・・そう危惧した。
「それで、どうすればいいの? 月牙さん」
「ああ、これを止めるには二つしか方法がない。一つは魔力が枯渇するまで戦わせること」
「も、もう一つは?」
雪羅が恐る恐る尋ねる。その言葉に月牙はゆっくりと口を開き答えを出す。
「俺と斑希が持っている『鎮静せし神聖の鼓動』・・・・・・。これしかない」
その言葉に斑希が驚愕して目を丸くした。
「ち、ちょっと本気なの月牙? あの技は相当魔力を消費しちゃうのよ? それに、一人相手にだなんて・・・・・・」
「どういうことですか?」
雷落の質問だ。さすがに気になったのだろう。“一人”という言葉に。
「えと、・・・・・・実はこの技、複数人に対して有効なのよ。でも一人だけだとあまりにも勿体無いじゃない? だから、あまり使うのは控えていたの」
斑希の回答に皆が黙った。確かに今回の暴走は一人だ。だが、それに対してこれを使うのはあまりにも有効な手段とは思えなかった。何せ、この先にもまだ敵はいる。少なくとも一番厄介だと思われる相手――オルガルト帝が。
そのために一応とフィーレ、ルナーに手渡されていたこれをここで早くも使うことになるとは月牙も斑希も予想だにしていなかった。さらに、斑希が心の中で思った。
――そうか、レイヴォルという男が言っていた私達の覚醒というのはこのことだったのね? だから魔力をありったけ与えて神力の暴走の時間を増やしたんだわ。くっ、あの男・・・・・・!
だが、今更悔やんだところで後には引けない。起きてしまったものは変えられない。
「ねぇ、あれを見て!」
その声に反応して光蘭の指差す方を見ると、そこには形態を変えているヒューマドロイドのゴウスト・シェルがいた。体中の鎧を外し、体を軽くしているらしい。オーラだけになったそれは、抜け殻を脱いだ――謂わばゴウスト・オーラと呼べるものだった。
「くっ! 敵も本気ってことか!」
月牙が歯噛みする。しかし、時間がない。葡豊の止血も終わっていない上、他のメンバーの傷の手当及び生死の確認もしないといけない。
と、その時、そのゴウスト・オーラに向かって癒宇が攻撃した。鎮静緑癒に禍々しいオーラを纏わせて放つ。その力は強大でゴウスト・オーラの邪悪なそれを引っペがす。同時に何かがキラリと光った。そして、それを地上で見ていた十二人の伝説の戦士は見逃さなかった。
「あれは、コアだわ!」
「そうか・・・・・・所詮は機械なんだから、動力コアを破壊してしまえば」
「破壊出来ますね!」
口々に歓喜の言葉を口にする伝説の戦士。そして、作戦を立てた。内容はこうだ。まず、水系の属性を持つ靄花、凛、霧矛の三人がこの場に大量の水を用意する。それを氷雪系属性である氷雨と雪羅で凝縮させて超合金の様に硬くした氷の槍を作り出す。さらに、そこに雷落の雷と光蘭の光と風浮の風を纏わせさらに斑希と月牙の持つ力も付与させる。そして、時属性を持つ刻暗の世界の時を止める技を借りて敵の動きを止めた所に、影明が忍者の俊敏な力で氷の槍を放つ・・・・・・というまさに連携プレーを駆使したものだった。成功する確率は物凄く低い。だが、やるしかない。
「よし、作戦開始だ! 刻暗、頼む!!」
「了解だよ!」
月牙の合図で刻暗が時を止める。刻暗が触れた者はその時を解除する事が出来る。まさにチート技だ。なので、それにより動くことの出来る十二人の伝説の戦士はそれぞれの役目を果たした。そして、完成した氷の槍・いろんな技MIX.Verを放った。ギュルルル!と回転がかかったそれは見事ゴウスト・オーラの動力コアに突き刺さった。瞬間、刻暗が片眼鏡をかけ時が動き出す。
刹那――ゴウスト・オーラはゴォォォォッ!と風の様な不気味なうめき声をあげ完全に消え去った。動力コアの破片が地上に降り注ぎ、その場に脅威を振るった敵が死んだ証拠を残す。
『や、やったぁああああ!』
十二人の伝説の戦士は互いに歓喜して手を叩きあった。だが、完全に喜べるものではなかった。倒したはいいものの、その犠牲は大きすぎる。しかも、まだ解決していないことがあった。
「刻暗、とりあえず葡豊の止血頼めるか?」
「ぼ、僕がかい?」
女性恐怖症である刻暗に頼むのはあまりにも酷であることは月牙も百も承知だ。だが、彼の持つ時を止める力を応用すれば血を仮止めさせることもできるのではないかと考えたのだ。
その説明を受けた刻暗は勇気を振り絞り「や、やってみるよ」と請け負ってくれた。この内容は無論小声で行われたため、周囲の属性戦士には気づかれてはいない。
「さて、俺達はこいつを止めるか!」
目の前にいる癒宇を見て十一人の伝説の戦士が身構える。
【ヨクモ・・・・・・ヨクモ葡豊ヲォォォッ!!】
「落ち着け癒宇! 葡豊は死んでいない! お前の力があれば彼女を助けられるんだ!」
事実そうだった。回復系属性を持っているのは葡豊と癒宇の二人。後は一応光蘭も数に含まれるが、まだ幼いため力の使い方が上手くなく、期待は薄い。そのため、二人にしか頼めないのだ。だが、よりにもよってその二人が今回変な事態に陥っている。やはり、鎮静せし神聖の鼓動を使わなければならないのかと月牙は内心で思った。しかし、あれは月牙と斑希しか持っていない。即ち、使える回数は二回だけ。おまけに使えば多大な魔力を失い、もう戦えなくなる可能性もある。選択肢を間違えればピンチになるのは自分の方だった。
【ソンナコト信ジラレルカァァァァァ!!】
大音量の叫び声と共にその音が衝撃波となって十一人の伝説の戦士に襲いかかる。
「ぐうっ!」
「げ、月牙・・・・・・やっぱりあれを使うしか!」
「くそ、仕方ねぇ! 皆、援護を頼む! 俺が使う! 斑希はいざという時に取っておいてくれ! 詠唱には時間がかかるから絶対に俺に攻撃させるなよ?」
「分かったわ! 皆やるわよ!」
『はい!』
斑希の指示に皆が頷き行動に出る。その一方で月牙が詠唱を始めた。
【ウゥァアア・・・・・・】
唸り声をあげて瞳を不気味に光らせる癒宇。その声に竦むメンバーもいたが、ここで食い止めなければ癒宇の魔力が尽き、その上助かる葡豊の命も助からない。そう思うと、俄然やる気が満ちてきた。
「止まれ、癒宇!」
「止まってください、癒宇さん!」
それぞれ癒宇を止めようとする言葉を口にするが、依然相手は止まるつもりなどないようで、攻撃を続けている。それほどまでに従妹の右腕と左足を失わせた恨みは深いのだろう。まぁ、当然と言えば当然とも言える。月牙の方は座禅を組み、詠唱を続けていた。
「くっ・・・・・・どうすればいいの? 何とか、しないと!」
力の限りを尽くす斑希だが、もう手がなくなりつつある。
と、その時、月牙の詠唱が完了した。
「皆下がれ、いくぞ癒宇! 限られし神の力、その力を止めんためにその荒ぶる魔力を鎮静させよ! 『鎮静せし神聖の鼓動』!!」
両手を目の前に突き出し、月牙が叫ぶと同時に両手から眩い光が放たれる。その光は癒宇に向かって直進し、癒宇を囲う。
【ウゥ?】
謎の現象に警戒する癒宇。だが、もう逃げられない。他のメンバーが月牙の下に駆け寄る。
「ねぇ、あれがそうなの?」
「あ、ああ・・・・・・。ハァ、ハァ・・・・・・うく、やっぱキツいな。でも、これで・・・・・・あいつは元に戻る」
そう月牙が口にした瞬間、癒宇を囲んでいた光が彼を包み込み中の者の荒ぶる魂を鎮静させた。すると、役目を果たした光が消失し中にいた癒宇が地面に墜落した。その体からは既に禍々しいオーラが消え去っていた。
「ゆ、癒宇さん!」
慌てて駆けつける十一人の伝説の戦士。すると、名前を呼ばれる声に気づいたのか癒宇がゆっくりと目を開けた。そこには自分のことを心配そうに見つめる十一人の伝説の戦士の姿があった。
「み、皆さん・・・・・・。こ、ここはいった――うぐっ!」
「だ、大丈夫?」
光蘭が心配そうに癒宇に触れる。
「え、ええ・・・・・・。どうやらわたくしは、とんでもないことをしでかしたようでございますね。皆さんには大変ご迷惑をおかけ致しました。それで、葡豊は?」
ただ一つ気がかりな事をみんなに尋ねる。しかし、他のメンバーは顔を俯かせるばかりだった。
「そ、そんな・・・・・・」
意気消沈する癒宇。すると、月牙が口を開いた。
「唯一救える方法があるんだ。そのためには癒宇・・・・・・お前の力が必要だ」
「わ、わたくしの・・・・・・力?」
癒宇は自身の手を見ながらそう呟いた・・・・・・。
葡豊ぉぉぉぉぉぉ!
というわけで、落石にはさまれ腕と足の片方ずつを失ってしまった葡豊。死にはしなかったからまだよかったものの、あの悲鳴は相当痛かったに違いありません。
そして、ゴウスト・シェルはゴウスト・オーラとかしてさらに伝説の戦士を攻撃しようとしていましたが、神力の暴走に至った癒宇によってコアを発見され、そこを残りの伝説の戦士によって破壊され倒されました。これで残る敵はオルガルト帝だけです。まぁ、実際にはまだいるっちゃあいるんですが。
そして、神力の暴走を止めるための道具がここで登場しました。神族の中でも一部のものが持つとされる鎮静せし神聖の鼓動。まぁ使っちゃいましたから残るは斑希が持つものだけとなりましたが。さぁ、これを使う時がくるのか。
てなわけで、次回三十八話はオルガルト帝と同じく四帝族の水恋、暗冷が戦います。葡豊がどうなるのかも三十八話で。
ちなみに、三十八話と次の回辺りで書き溜めていたものがなくなるので、更新が遅れることになります。
それではまた次回。