第三十七話「暴走! ゴウスト・シェルの脅威」・1
「げ、月牙・・・・・・!」
私、光陽斑希は突然不意打ちの如く攻撃して壁にめり込んでしまっている月牙の名前を今にも泣き出しそうな声音で呼んだ。しかし、返事はない。やはり気絶してしまっているのだろうか。それとも、考えたくはないが息をしていないのかもしれない。とにかく、駆けつけなければ。
ゴウストと呼ばれる謎の騎士にして最後の四天王の攻撃を回避しながら私は何とか月牙の元にたどり着いた。しかし、そこで敵が声を発する。
【オマエ・・・・・・同ジ、臭イスル。オマエモ・・・・・・俺ノ、力・・・・・・持ッテル。返セェェ!】
意味不明な言葉を発し、手を伸ばすゴウスト。同時に彼の腕に纏わりついている禍々しいオーラが触手の様に伸びてきて私の体を捕らえる。
「い、いやっ! は、放してっ!!」
何とか体を捻り、抜け出そうとするがガッチリと固定されて抜け出すに抜け出せない。このままでは他の皆の様に殺られてしまう。だが、一足遅かった。ゴウストから伸びる触手が私の口目掛けて突っ込んできたのだ。口内を蹂躙し喉奥へと先端部分が達すると同時に何かが体内へと流し込まれる。
刹那――、私は体内からの異変を瞬時に察知すると同時に激しく咳き込み、何かを吐き出した。見るとそれは血反吐だった。何が起こったのか理解出来なかった。もしかすると、皆も同じようにこれでやられたのかもしれない。
と、その時、今度は体から力が急激に抜けていくのが分かった。もしかしたら魔力を奪われたのかもしれない。
「くっ・・・・・・!」
私がゴウストを睨めつけると、彼はまるで用がなくなったかのように私の体を地面へと叩きつけた。それから何か構えを取り私へと向ける。
――ま、まずい! や、殺られる! げ、月牙っ!!
心の中で以前私を助けてくれた時の事を思い出したあまりその名を叫ぶ。すると、私とゴウストとの間に何者かが割って入った。それは――。
「斑希に手を出すなぁぁあああ!!」
ガキィィィィィンッ!!!
名前を呼ばれ、ハッとする私。目の前にいたのは忘れもしない、あの時と同じく私をいじめっ子から助けてくれた月牙だった。
「げ、月牙・・・・・・。月牙ぁ!」
思わず感傷的になってしまった私は、深手を負って触れられるのも痛いであろう状態の月牙に抱きついて泣きじゃくった。それこそ子供の様に・・・・・・。だが、月牙はそんな私の頭を優しく撫でてくれた。月牙の大きな手、優しい手。撫でられて安心するこの感じ。
「だ、大丈夫か斑希?」
「そっちこそ、だ、大丈夫なの?」
鼻をすすりながら尋ねると、少し辛そうにしながらも月牙は笑みを浮かべて頷いた。でも、それはあくまで私に心配をかけないためであって本当の事を言ってはいない。だけど、私もそんな彼の気遣いを分かっているためそれ以上は追求しなかった。それよりも、問題は目の前の敵にある。
ゴウストはユラユラと左右に体を揺らしながら、こちらにその獣の双眸を見せる。黒々としたオーラが体を覆っているためその姿自体はよく見えないが、動きが明らかに人間の物とはかけ離れていた。
すると、突然ゴウストは体勢を低くして四つん這いの状態になると、口をあんぐりと大きく開けてこちらに照準を合わせた。どうやら何かするつもりらしい。
「げ、月牙! に、逃げて!」
動けない状態にある私は、せめて月牙にだけでも逃げてもらおうと彼にそう言った。しかし、月牙は私を強く睨みつけて「お前を置いて逃げられるか!」と叱咤し、目の前の敵に向き直り刀の刀身に月の光を纏わせた。
「ま、まさか・・・・・・それで受け止めるつもり?」
「もう、これしか・・・・・・ねぇ!」
恐らく月牙も限界が近いのだろう。それでも私を助けるために・・・・・・。言葉が出なかった。でも、私は何も出来ない。もしかしたらここで私達も終わりかもしれない。だったらせめて、この気持ちだけでも・・・・・・。
「月牙!」
「ん?」
「その・・・・・・ありがとう」
「何だ、改まって?」
「ファントムと最初に戦った時、私を守ろうとしてくれて・・・・・・その後も下に落ちた時私を迎えに来てくれたんでしょ? 嬉しかった」
「あ、ああ・・・・・・」
私が頬を染めて俯くと、月牙も照れたように頬をかき目を逸らした。
そうこうしている内に準備が整ったのだろう。一層大きな唸り声をあげてゴウストが口元に溜めた魔力砲を放った。
――はぁ、結局この気持ちは伝えられないままか・・・・・・。でも、死ぬ時一緒なんて・・・・・・ある意味、ロマンチックよね。
などと思って私は瞑目した。
ビーム状に伸びる砲撃が一直線になって私達へ向かって飛来する。瞬間、月牙の握っていた刀の刀身にそれが直撃し、真っ二つになって避けていく。
――え、た・・・・・・助かった?
てっきり助かると思っていなかった私はきょとんとなってしまった。同時、月牙が膝をつき体を刀にもたれ、柄の部分に額をつけて息をする。その呼吸も少々荒い。さすがにもうこれ以上は防げないだろう。
そんな私達に対して、ゴウストは標的がまだ死んでいない事を確認するや否や第二撃の準備を整える。
そして、準備が整い砲撃を放つ――。
ドゴォォォォォォォンッ!!!
刹那――突如響き渡る大轟音。天井から何か人影が墜落し、そのまま真上からゴウストへと落下する。舞い上がる砂煙に私達は咳き込みながら煙が晴れるのを待つ。
そして、目の前の光景に私達は絶句した。そこには、白衣を身にまとった坊主頭の老人が少々豪腕な腕の片方であのゴウストの首根っこを掴み、地面に押さえつけている姿があった。
「ど、どうなっているの?」
老人は鼻から耳にアクセサリーのチェーンをつけ、鼻にちょび髭を蓄えているのがチャームポイントだった。しかも、その白衣・・・・・・それはどう見てもクロノスのものだった。しかし、おかしい。クロノスは無属性者の集まりのはず、なのにどうしてゴウストを生身で取り押さえることが出来るのだろう。
そんなことを思っていると、月牙が限界を迎えたらしく地面に顔面から崩れ落ちた。
「げ、月牙!」
「どうやら、若造はここまでのようだな。にしても全く、お前さんはもう少し力の加減というものを覚えるべきだのぅ。しかし、これで準備は整ったわぃ」
その鋭い双眸で私を睨みつけた坊主頭の老人博士は、ゴウストを取り押さえているのとは逆の手で指を鳴らした。
刹那――ガララララ!と大きな音を立てて頭上から真っ黒な漆黒の檻が落下して私と月牙の二人を捕らえた。
「し、しまった!」
「さて・・・・・・儂の仕事もここまでだのぅ!」
言って老人は暴れるゴウストの首根っこを掴んだまま漆黒の檻の中心部分の柱にゴウストをぶつけた。すると、そこに突き出ていた返りのついた刺にゴウストの体が刺さり動けなくなる。
【ウゥゥゥゥッ!】
悲痛な唸り声をあげるゴウストに私も居た堪れなくなるが、その一方で月牙をこんな風にした報いだと内心で思っている自分もいた。すると、急に別の場所から声が聞こえてくる。
「やれやれ、準備が遅れたな。計画の進行が少々滞り気味だ、急ごう」
そう言ってその姿を現したのはレンズが小さくフレームの代わりにビーズを耳にかけるタイプのお婆ちゃんとかがつけていそうな眼鏡をかけた、白衣を身に纏った人物だった。
「あ、あなたは?」
「くく・・・・・・お初にお目にかかる。いや、実際は最初に突撃してきた時にあっているのだがな? 俺の名はレイヴォル。レイヴォル=カオス=フィグニルト・・・・・・。ここ鎧一族の砦の地下にてあらゆる研究を行っているクロノスの二代目所長だ。くく・・・・・・いやはや、ここまでご足労頂き誠に嬉しい限りだ光陽斑希」
「ど、どうして私の名前を?」
「くく・・・・・・いや何、君の名前を知っていない方がモグリと言っても過言ではないだろう。何せ君は神族の一人なのだから」
その言葉に私は耳を疑った。
「な、何を言っているの? 私が神族? ふ、ふざけないで! どうしてそうなるの? 第一、神族ならこんなところにはいないはずでしょ?」
「君が狼狽するのも無理ない事だ。だが、本当の事なのだよ? その証拠は君の母親が神族であることが意味している」
「私のお母さんは確かに、太陽の神だって聞いたことがあるけれど・・・・・・だからって」
「それに、君はお父さんを見たことがあるのかい?」
「――っ! そういえば、お父さんの事を訊くと頑なに首を振って・・・・・・」
私が昔の事を思い出し、だんだんとそうなのかもしれないと思っているとレイヴォルがさらに言った。
「神族は子供を作るタイプと分身として産み分ける二パターンがあるからね。君は後者だったのだろう。だから顔が酷似している」
なるほどと私はすっかり納得してしまっていた。何よりも否定出来る部分がないのだ。どれも確信をついていて疑いの余地がない。
「さて、今回は別に君を神族として祭り上げようというわけではない。協力してほしいのだ」
「協力?」
首を傾げいていると、突然私は何かに掴まれ檻の端にあった円筒型の檻に閉じ込められた。
「な、何のつもりよ!」
檻に掴みかかり目の前にいる二人の博士を睨みつける私。すると、レイヴォルはニタリと笑い私に言った。
「君の中にはある物が入っている。心の欠片がね・・・・・・」
「心の、欠片?」
「そう、心の欠片だ。そこにいる怪物・・・・・・惨殺の騎士ゴウストはな、君と同じく元神族だったのだがとある諸事情により心を破壊されてしまってね。その際に、君達伝説の戦士三十一人の体内に入り込んでしまったのだよ。そして、同時に何かの影響で特別な力が出現してしまった。何かのきっかけでね」
それを聞いて私は納得した。突然出現した特別な力の持ち主。そして伝説上のみのおとぎ話として語り継がれてきていた伝説の戦士が、どうして現実の世界にいるのかのその真実が。原因は全て神族側にあったということだ。
つまり、この男――ゴウスト・・・・・・いや、元神族のその人の心が破壊されてしまった事によって私達は力を得たということだ。
「それじゃあ、ここに捕らえられたということは力を取り除くってこと?」
「ほぉ、察しがいいな。さすがは太陽の神の娘、頭がいい」
レイヴォルが素直に私のことを褒めてくる。何だかむず痒い感じだ。
「でも、心の欠片を取り除いたら私達はどうなるの?」
「くく・・・・・・何、簡単な事だ。力を失い元の無属性者になるだけだ。そもそも、本来帝族である霧霊霜水恋や嵐暗冷が力を得ている事自体が間違いなのだ。それを全て正すだけのこと・・・・・・問題はさしてあるまい?」
確かにレイヴォルの言っていることは何一つ間違ってはいない。本来帝族は民族と違い、多大な力を得ることが禁じられている。今回は特別にまだ二人共若かったために討伐されずに済んでいただけだ。現に、大昔皇族が多大な力を神族に与えられた事によって暗殺されて滅びてしまったという話がある。
今を思えばこの事件も発端は神族だ。だんだんと罪悪感を感じてきてしまう。
と、そこで私はふと思った。太陽の神である私のお母さん、フィーレ。彼女は月牙のお母さんであるルナーさんとは姉妹の関係にあるはず・・・・・・。つまり、月牙も神族?
「さて・・・・・・納得はしてもらえたかな? まぁ、どちらにせよ君達伝説の戦士に選択権はない」
選択権・・・・・・その言葉を聴くと、ふとあの男のことを思い出す。何だか嫌な感じだ。
すると、頭上から何かがぶら下がってきた。電撃を帯びた球体だ。それは淡い光を放ち、次の瞬間私に電撃を浴びせた。
「ぐぁあああああああ!!」
私は悲痛の叫び声をあげた。しかし、それが私だけからではないことに気づいた。ふと目を横にやると周囲の檻にも誰かが捕まっていた。目を凝らすと、そこには月牙だけではなく瀕死状態だったはずの伝説の戦士の姿があった。
「ど、・・・・・・どういう、ことっ!?」
「くく・・・・・・幻影だ。君達を覚醒させようと思ったんだが、ギリギリだめだった。やはり本物でないと無理のようだ」
「か、覚醒・・・・・・? うくっ!」
電撃が体中を駆け巡り会話を所々遮ってくる。そして、一気に浴びせられた電撃が一時的に私の意識を奪い去り私は目の前が真っ暗になった・・・・・・。
というわけで、意味深な言葉を発するレイヴォル。そして、何故か神族よりもパワーがあるゴルキス。でも、ここで伝説の戦士が全員死んでいなくてよかったです。でないと、斑希と月牙のみヘタをすると、斑希だけになってしまうという可能性もあったからです。
今回は三部構成でお送りします。