第三十六話「滅殺の騎士の最期と惨殺の騎士」・1
ガキンッ! カンッ! ズリリリッ!!
金属と金属がぶつかりあう効果音が暗がりの広間に木霊す。
俺――塁陰月牙は、幼馴染であり従兄妹でもある斑希と共に目の前の敵――鎧一族最強四天王の一人、滅殺の騎士ファントムと最後の戦いを繰り広げていた。
力は、互角。互の刃と刃がぶつかりあい、火花を散らす。
「ふっ、少しはやるようになったか・・・・・・。しかし、それでもまだ隙だらけだッ!」
まるで俺の力量を見定めているかのようにファントムは魔神剣ゴドヴィシルンを力押しで押し付けてくる。別段筋力があるわけでもなく、かといって見た目がガッチリしていて筋肉質な体型をしているわけでもないファントムに、一体何故これほどまでの力があるのか俺には理解出来なかった。何よりも俺が心配していたのは別の事にある。
「ぐッ! 斑希、今だッ!!」
「了解、くらえっ!」
俺の合図で斑希が背後からファントムが握っている魔神剣めがけて特殊攻撃を放つ。
「不意打ちを狙ったか・・・・・・だが、それも――」
と鼻で笑い、軽く斑希の技をあしらおうと動くファントムだったが、
ジュバンッ!
と、奇っ怪な音を立てて真っ赤な血しぶきが上がった。無論、俺でも斑希の物でもない・・・・・・とすれば残るは一人、そうファントムだ。
理由は至極単純。ファントムの片腕がやや半身も含めて消滅したからだ。これが斑希の技、炎熱系魔法の一種で凄まじい高温で標的物の温度を急上昇させて物質の僅かな水分もろとも蒸発させてしまう、敵としては悪魔の様に恐ろしく、味方としては心強いとも言える、扱い様によっては良くも悪くもなる厄介な代物だ。
「う・・・・・・くっ、ほうこれほどの力を持っていたとは意外だな。お前の事を少々見くびり過ぎていたようだ、斑希」
片腕を押さえ、吹き出す鮮血を浴びて甲冑を汚すファントム。その側には魔神剣がどす黒いオーラを放ったまま横たわっている。
それを憎々し気に見つめる斑希。自分の力でも八魔剣の一振りを破壊することが出来なかったのが悔しいのだろう。だが、相手に深手を負わせただけで上出来だと俺は思った。ただ、今は斑希を褒めてはあげない。こいつは褒めたら調子に乗って一気に相手に隙を与えてしまう悪い癖があるからだ。
「これでお終いよ、ファントム! あの時の恨み、ここで晴らしてあげるっ!」
斑希が太陽の杖を握っているのとは反対の手を目の前に突き出して標準をファントムに合わせる。
「この炎熱系魔法で吹っ飛びなさいっ!」
そう言った斑希はまっすぐに伸ばした片手の指を何かを握り潰すかのようにギュウッとパーからグーの形に変えた。同時に斑希の拳から炎熱系魔法が発動する。
と、その時、突然ファントムがクツクツと笑い出した。不気味さを感じさせるその笑い声に斑希が炎熱系魔法の発動をキャンセルする。
「な、何がおかしいの!?」
「・・・・・・はぁ、いや何・・・・・・お前達がここまで強くなってくれたことに感謝しているんだ。待った甲斐はあったのだな」
「待った甲斐? 何を言ってるんだ」
訝しげな表情を浮かべて俺が訊くと、ファントムはフンッ!と体に力を入れ魔力を向上させると同時に、新たに二本の腕を形成した。今現在やつの腕は合計三本ということになる。何とも気味の悪い姿だ。
ファントムはその二本の腕でそれぞれ新たに魔剣を二振り腰から抜き取って魔皇剣ペルエテオンと共に構えた。
「ふっ、魔無剣インフィニティンと魔幻剣オートゥンも交えさせてくれ・・・・・・」
ニタリ笑い、まるで仲間に入れてくれとでもいうかのように八魔剣の内の二本の名称を述べた後片足を後ろに引く。
――来るッ!
心の中でそう判断し、俺も得物を構えた。
刹那――やつはさっきとは桁違いの速度で俺の目の前にその姿を現した。瞬きしただけでこれほどまでに一瞬の時が過ぎるのを感じたことはない。やはり、間違いない。ファントムは今までにあったやつの中で一番強い。
だが、そうなるとこいつが言う惨殺の騎士ことゴウストの最強とは一体どうなるのだ? その力量が計り知れない。ファントムの全力が二個分と考えればいいのだろうか? それとも、それ以上か・・・・・・ダメだ、考えれば考える程思考回路が焼き切れたかのようにショートして脳内が真っ白になる。でも、今はその方が都合がいいかもしれない。変な事を考えて戦いに集中しきれず敵に殺られるよりかはずっとマシだ。
幾らか時が過ぎた。体力は半分程減って呼吸も荒い。ふと視線を横に流すと、隣で太陽の杖を構えて特殊攻撃を放っている斑希がいた。こいつも随分と体力が減っているはずだ。魔力の消費も激しいはず。
少しは休ませてやりたいのだが、目の前の敵の強さを前にしてはそうは言えなかった。いや、どちらにせよ斑希の事だ。俺が後ろに下がっててくれと言っても首を縦には振らないだろう。斑希はそういうやつだ、付き合いが長いからこそ分かる。
「ハァ・・・・・・ハァ、月牙・・・・・・どうしたの? 攻撃、止まってるわよ?」
「あ、ああ・・・・・・悪い。ちょっと考え事してた」
「・・・・・・ほぅ、考え事とはまだまだ余裕の様だな、月牙。ならば、まだまだ本気を出しても良さそうだ。では、次は十分の五程力を開放させてもらおうか?」
「くそ・・・・・・どうせなら、ジワジワ本気出さずに最初から全力でかかってこいよッ!!」
俺は熱さと披露で思考がおかしくなっていたのだろうか、ここであろうことか相手を挑発するような発言をしてしまった。それを耳にした斑希とファントムが目を丸くする。
「ち、ちょっと月牙何言ってんの!」
「ふ、やはりお前は面白い月牙。だが、俺は楽しみたいんだ。それに、その方がお前も目的意識が高まるのではないか? ゴウストに今にも殺されようとしている仲間を助けるために俺を殺すという意識がな・・・・・・」
それを聴いた瞬間、俺は奥歯をギリと噛み締めた。
「てんめぇえええええ!!」
ガキィンッ!!!
一際大きな金属のぶつかり合う音が響き渡る。俺の怒りがその音量をあげたのだろう。だが、その音量以上に俺の怒りは凄まじい。こいつは恐らく、俺を煽っているんだ。心の中では分かっている・・・・・・しかしどうしても抑えられない。
昔からそうだった。まだ俺と斑希が一緒に風呂に入っていた頃の話、当時まだ魔法をうまく使えなかった斑希は夢鏡王国の城下町に住んでいる近所の子供達にいじめられていた。それを偶然にも目撃した俺はカッとなって斑希をいじめていたガキ――子供達をボコ殴りにして追い返してしまった。当時の俺はまだ若く、精神操作が上手く出来ずに弱い者虐めしているやつが特に許せなかった。無論、その後俺は母さん――ルナーによってこっぴどく叱られた。
だが、それよりも俺の印象に一番根強く残っているのはその後の斑希の行動だった。
あいつは叱られて半べそをかいている俺の元に寄って来て俺に静かな笑顔を浮かべてハンカチを手渡した後、不意打ちの様に俺に向かってキスをしてきたのだ。――唇に。その時の感触とまさに太陽の様に暖かい満面の笑みは俺の心を一気に火照らせた。鏡を見れば赤面を浮かべていたに違いない。
そんな昔の思い出を振り返りながら、そんな事はとうに忘れているだろうなと思いつつも淡い期待を抱いてチラリ斑希の方を見やると、視線に気づいたのか俺の方に顔を向けてきた。
「ん? どうかした? 私の顔ジロジロ見て・・・・・・」
少し頬を染めて俺から視線を逸らす斑希。
――い、いかんいかん! 俺は何を考えているんだ! 今は目の前の敵だ! この想いはその内伝えりゃいい!
俺はそう内心で決意し、一層強く得物の柄を握り締める。
「何か覚悟を決めたようだな・・・・・・決意したか? 俺に殺られるということをッ!」
「ああ、決心したさ! だが、お前に殺られるなんてありえない決意じゃねぇえええ!!」
ファントムが放つ衝撃波を慎重に躱しつつ、重そうな魔幻剣オートゥンを振り上げた隙を突いてその腕を切断した。
「うぐぅッ!?」
悲痛な叫び声はあげないものの、多少の傷みを訴えるような苦痛の表情を見せるファントム。
「く・・・・・・やってくれたな、月牙ッ!! ぬるぁああああああッ!!!」
青筋を立て血走った目をこちらに向けたファントム。まさに怪物の目だった。慌てた俺は脚を掬われながらも敵の領域から逃れようと顔は相手に向けたまま距離を取った。しかし、ファントムは何かを企んでいるかのような怪しい笑みを浮かべると、魔無剣と魔幻剣を地面に突き立て両手を背中に伸ばした。
――な、何をする気だ?
怪訝な表情で相手の動向を探っていると、背中に背負っていた一番巨大な得物を取り出した。恐らく、あれが最も巨大な八魔剣の一振りだろう。
「ふ、魔覇剣ウェルヴデン・・・・・・。こいつは振っただけでその場にあるものを全て薙ぎ倒す。覚えているか? あの海底神殿の時の悲劇を」
「てめぇ」
俺は嫌な物を思い出させられて眉間にシワを寄せた。
「月牙・・・・・・」
心配そうに斑希が声をかけるが、俺はその声に反応を示すことも出来ない。それほどまでにこいつのやった事は許せないのだ。凛の大事な家族を奪ったこいつを!
「あの場で用いたのがこの魔覇剣だ。いやはや、全力を出し切ってないとはいえあれほどの威力とは思わなんだ。やはり、八魔剣は素晴らしい。スパイダーに持たせておくには最初からもったいなかったのだ。さぁ、この一撃で終わらせてくれよう。お前達には生きる時間を十分に与え過ぎた。そろそろ、先に冥府へ落ちて仲間の出現を待ち詫びるがいい・・・・・・」
そう言って両手で握った魔覇剣を天高く振り上げるファントム。そのオーラは尋常ではなく、立っているのがやっとなほど威圧感を放っていた。これが魔覇剣ウェルヴデンの力・・・・・・。こいつの一振りがあの海底神殿のあれを作り出したというのなら、それ相応の覚悟を持って立ち向かわなければならなかった。
だが、こちらもそう安々とやられるつもりはない。
「ねぇ、いつになったらあの子達を使うの?」
「ああ・・・・・・そろそろ頃合だな」
「ん?」
俺たちの会話が聞こえたのだろう。ファントムが魔覇剣に魔力を送り込むのを中断する。
「ほぅ、まだ奥の手があるのか?」
「なぁに、陰暦十二使徒を使うのを失念していただけだ」
「ああ、あの使えぬ小娘達か・・・・・・。確かあの場では二、三人程相手にしたはずだったが・・・・・・どれもただの役立たずであったな」
鼻で笑い、陰暦十二使徒を馬鹿にするファントム。
「ハンッ! そう言ってられるのも今の内だぜ! うらぁああああああああああああああああああ!!!」
俺は得物を両手で構えると、体中の全魔力を陰暦十二使徒に譲渡した。そして、叫ぶ。
「陰暦十二使徒、睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走・・・・・・召喚ッ!!」
刹那――俺を取り囲むように小さな版が回転して、そこから光を放って人型の光が十二個出現する。
「くッ!?」
眩い光にファントムが一瞬視力を奪われる。
「む~、個人的に私はこの人に恨みがあるからね。今回は頑張るよ!」
「あっれ~? 私も呼ばれたの? しかも、いつか会った時の男がいるし・・・・・・」
「んー? わたしも呼ばれたのね。ていうか、初登場がこんなに後半だなんて」
「お久しぶりです、ご主人様・・・・・・」
「やっはー、元気してるかい? ゲツー」
「こんな何もない所で召喚させるとは思わなかったんだけどー。てか、ちょージメってるし」
「今回、わたしが・・・・・・活躍する場面は、あまり・・・・・・ないような気がします」
「ひゅ~、ふれあちゃんお久しぶりー! げつがくんと楽しくやってるー?」
「ぼくの棒使いの上達ぶり、是非とも拝見してもらいたいな」
「うふふ、また呼び出されてしまいましたね・・・・・・」
「あぅー、私なんかが呼ばれていいんでしょーか?」
「はぁ・・・・・・、どうして十二日経ったその次の日に呼び出されるんですか? 使い魔使いが荒い人です」
睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走の十二人が各々登場と同時に声を発する。
さすがに全員同時に召喚というのはゴッソリ体力と魔力が持っていかれる。初めての試みではあったが、ここまでの疲労感とは。既に得物の柄にもたれかかっていなければ足腰立たない状態だ。
「だ、大丈夫ですかご主人様? どうして一斉に召喚を・・・・・・」
心配そうに駆け寄って俺に肩を貸してくれる卯月。さすがは使い魔、やはり一番面倒見がいいだけのことはある。すると、陰暦十二使徒全員を呼び出した事に師走が眉根を寄せて俺に尋ねる。
「まさかマスター、あれを行うつもりで?」
「ああ・・・・・・第一段階をすっ飛ばしての第二段階、この時点で掟破りみたいな感じだが後には引けない・・・・・・」
「はぁ、分かりました。今回の私達の役目はそれなんですね」
嘆息して優しい表情を浮かべる師走。さすがは俺のよき理解者でもある彼女だ。俺の考えている事は全てお見通しと来た。
「使い捨てみたいな扱いになっちまって悪いな・・・・・・」
「いえ、皆も分かってくれるはず――」
「えー、何だかわたしは納得いかないんだけどー?」
「はぁ、如月」
「ほい来たーっ!!」
駄々をこねる弥生の言葉に、額に手をやり頭を左右に振った師走はそう如月に命令する。すると、同時に如月が弥生に飛びかかり彼女を押し倒すとそのまま唇を奪った。
「ちょっ! わたし、そういう趣味は――いやぁああああっ!!」
激しいキスプレイに俺は思わず目を逸らす。
「はぁ、どうせならもっと制するのに相応しいやつをだな・・・・・・」
「以後、気をつけます。それで、どうなさるのですか?」
「覚悟は出来てる。どうせ、敵はあいつだしな」
俺の言葉にふと首を回してファントムを見る師走。そして、何を思ったのか瞑目して鼻で笑うと俺に言った。
「分かりました。少々時間をください、皆さんに説明してきますので」
そう言って師走が陰暦十二使徒全員を集めると説明を始めた。
というわけで、三十六話です。今回は二部構成でお送りします。とうとう始まったファントムとの戦い。果たして勝つのはどちらなのか。