第六話「風の鬼ごっこ」・1
俺と水恋の二人は大浴場を後にして寝室へとやってきていた。
「さてと、そろそろ寝るか……」
「そうですね」
ふと洩らす俺の呟きに、いちいち笑顔で水恋が返してくる。そして、水恋の部屋の前へと送り部屋で数分を過ごすと、そろそろお暇するかとその場に立ち上がり俺は水恋に別れの挨拶をしようと口を開いた。
「んじゃあ、俺隣の部屋だから。明日は早いから夜更かしとかするなよ?」
まずそんなことはしまいと思いながらも俺は一応水恋に忠告しておいた。そして俺が部屋から出て行こうとしたその時、自室で座っていた水恋が急に俺の足を掴んできた。
「ま、待ってください月牙さん!」
「ええっ? いや、あの……早く寝ないと明日、あの風浮とかいう子供探す際の体力が温存出来ないんだけど」
俺は後ろを振り向き、頬をかきながら言った。しかし、対して水恋は顔を俯かせたまま一言も喋らない。
「どうしたんだよ、水恋?」
「月牙さん……。じ、実はその……私、一人だと寝れないのです!」
――ま、まさかのカミングアウト来たぁああああッ!!!?
「えッ!? う、嘘だろ? だって、じゃあ今までどうしてきたんだ?」
「今までは、水兎や他の妹達に頼んで寝てもらっていました」
「普通、立場逆なんじゃないのか?」
「うぅ、言い返す言葉もありません」
嘆息交じりに言う俺の態度に、水恋はすっかり縮こまってしまっていた。
「でも、どうして一人で寝れないんだ? 暗い所が苦手……とか?」
「いいえ、そういうのではないのです。何て言えばいいのでしょう……。私は、ウォータルト帝国の王にして霧霊霜一族の長を務めている身です。そうともなれば、命を狙われるのは必然。そのため、恐怖のあまりよく寝れなかったのです。そこで取り入れたのが、護衛を務める者と一緒に就寝を共にするという方法です。これを使えば、私は安心して眠ることが出来たのです。それにより、以降この方法を続けてきました。だから、私はもう一人では寝れない体質になってしまったのです。――分かりましたか?」
長い説明の後、水恋は俺に理解したかを訊いてきた。
「いや、分かりましたか? って、まぁ分かったのは分かったけど……。でも、お前はそれでいいのか? 俺と一緒に寝るって……。一応、俺も健全な男子なわけで」
「何か問題があるのですか?」
きょとんとした眼差しでそう訊いてくる水恋。ホントに何も分かっていないのだろう。
「ありまくりだろ! 何を真顔で訊いてんだ!」
「そ、そうですか……。でも、でしたらどうすればいいのですか?」
「えっ、う……う~ん」
「どうしてもダメなのですか?」
考えに考えるが、なかなかいいアイデアが思いつかない俺は、ヤケクソになった。
「うっ、あ~もう分かったよ! 一緒に寝ればいいんだろ一緒に寝れば!!」
「ありがとうございます、月牙さん!」
「し、しまった!」
了承してから冷静になった時にはもう時すでに遅しだった。
「では、体も温まっているうちに早く寝ましょう!」
「寝ると決まったら急に行動が速くなったな……」
行動の転換が素早い水恋に俺は呆れ顔で呟いた。俺はとりあえず、一緒に寝ることになってしまったので自分の寝室からベッドを持ってくることにした。さっそく移動しようとする俺。しかし、そんな俺の行動を水恋がまたしても止めてきた。
「ちょっ、何すんだよ!」
「どこに行くのですか?」
目をウルウルさせて水恋が訊く。
「いや、ベッド持ってこないと俺のがないし……」
「このベッド、丁度二人入っても大丈夫程度の大きさですよ?」
「いやいやいや、さすがにそれはマズイって!!」
ブンブンと首を振って俺は拒否した。さすがに、年が然程離れていない男女二人が一つのベッドで一緒に寝ると言うのはヤバイだろう。そう思った俺は、何とか水恋を説得しようとした。しかし、帝族育ちの彼女は何も知らない。まず、男という生き物をちゃんと理解していないに違いない。まぁ、女しかいない一族では当たり前のことかもしれないが、それでもさすがにこの無防備さはマズイ。そんなことを考える俺だが、その一方で水恋はなかなか放してくれない。
「はぁ~、もう分かったよ!」
眠気も重なってか、俺はだんだんと反発するのが面倒になってきた。そのため俺は、水恋の言うとおりに従った。
結局俺は、水恋と同じベッドに入って寝る事になってしまった。掛け布団をどかして敷布団の上に乗った俺は、ふかふかの布団の中に入り、掛け布団を上からかけた。すぐ隣には水恋がいる。横を向いているため、背中越しに体温を感じる。風呂に入ったばかりで自分の体温も上がったままだ。しかし、こういう状況ということも影響してか、俺的にはもっと体温が高くなっている感じがした。
――▽▲▽――
俺はガタガタと襖が激しく揺れる音で目が覚めた。
「何だうるさいな」
寝覚めが悪かった俺は、少し不機嫌な口調で言い体を反転させた。すると、ふと鼻孔を何かいい香りがついてきたので、ふと俺は目を開けた。
「――ッ!?」
すっかり忘れていた。そう、今俺は水恋と一緒に寝ているのだ。そして、俺は背中を相手に見せて自分は反対を向いて寝ていた。そのため、体を反転させれば当然反対側には水恋がいるのだ。しかも、物凄く間近に――。
――や、やべぇ。
俺は急いでもう一度体を反転させようとした。しかし、俺が少し焦って、思いのほか大きな動きをしてしまったせいだろう。水恋が目を開けてその綺麗な青眼の双眸で俺を見てきた。
思わず目が合う俺と水恋。
「ど、どうした?」
出会ってまだほんの数時間しか経っていない相手――しかも、異性が目の前にいる。そのせいか、俺は思わず水恋から視線を逸らしてしまった。だが、視線の先が思わずはだけて見えそうになっている胸の谷間へと行ってしまったので再び視線を別の方向にやる。
「いえ。ただ、月牙さんの手が私の――その、ある部分に触れてきたので」
俺の視線に気づいたのか、急に顔を俯かせて頬を赤くした水恋がそう口にする。
「うえッ!? わ、悪い……」
「くすっ、冗談ですよ!」
「て、てめぇ……今は夜だからそんなに騒ぎはしないが、朝になったら覚えてろよ?」
年下の水恋にからかわれ、俺は拳をプルプルと震わせた。
「でも、体に触れたのは本当ですよ?」
「仕方ねぇだろ! そもそも、一緒に寝てくれって言ったのはそっちだろ?」
「それだと少しばかり語弊があります! それだと、まるで私が変態みたいではないですか!! せめてそこは、一人だと寝れないから付き合ってくれと言うべきです」
「あんまり変わんないだろ!!」
俺は嘆息しながら言った。
「くすっ」
「ん、どうかしたか?」
「いえ。なんだかこういうのって楽しいですね」
「そうか?」
小声で小さく笑いながら言う水恋に俺は首を傾げる。
「はい。今まで王としての態度を取っていなければならなかったので、こういう風に自然に振舞えるのがとても嬉しいのです」
「そうか、そいつはよかった」
少し遠くを見つめるかのような表情を浮かべる水恋を見て、俺はただ一言そう呟いた。そして、俺は再び体を反転させてもとの向きに戻り、体を丸めて寝た。すると、またしても襖がガタガタと揺れた。しかも、さっきよりも激しく――。
さすがに堪忍袋の緒が切れた俺は、掛け布団を思いっきりどけてその場に立ちあがった。隣にいる水恋が「寒い」と言って寝言の様に呟いて掛け布団を自分の体にくるませる。
俺はその間、傍の壁に立てかけておいた剣を手に取った。
刹那――バンッ!! と大きな音を立てて襖が吹き飛び、風が寝室に吹きこんできた。
「な、何事ですか!?」
水恋がようやく起きて今起きている状況を確認する。
「どうかしたのですか?」
「どうやら、向こうもいい加減痺れを切らしてやってきたみたいだぜ?」
俺は剣の鍔に親指をあてがいながら口元に笑みを浮かべた。そんな俺の横顔を見つめている水恋は、首を傾げて俺の目線の先を見た。そこには、フワフワと宙に浮かび水色のマフラーやそれに似た色をした髪の毛を風で靡かせている一人の幼き少年がいた。片方の目を閉じ、水恋よりも薄いもう片方の瞳の色でこちらを見たその少年は、口元に笑みを浮かべると小さく笑いながら話しかけてきた。
「ふふふ……。ねぇ、お兄ちゃんお姉ちゃん。僕と一緒に遊ぼう?」
「お前が旋斬風浮か?」
その言葉に、少年は片方の眉をピクッと動かし言った。
「そうだよ? 良く知ってるねお兄ちゃん。でも、だったらどうなの?」
開き直る風浮。
「お前を捕らえることになった」
鞘から剣を抜き取りながら俺は言った。
「ふぅん。じいちゃんの命令かな?」
「ああそうだ」
「じいちゃんの命令なら仕方ないね。でも、あいにく僕はじいちゃんの言う事を聴くつもりはないよ? だから今から僕の出す条件を満たしてくれたら言う事を聴いてあげる」
人差し指を宙でクルクルと回転させながら風浮は言った。
「じ、条件?」
「そう。今から僕と一緒に鬼ごっこをしてもらう。三十分間僕に捕まらずに逃げ切れたら、僕はおとなしくじいちゃんの元に戻る。僕に捕まってしまったら、その時はお兄ちゃんとお姉ちゃんの命は――僕の物だよ!」
風浮の条件内容に水恋は少し納得がいかないのか「ちょ……そんな勝手に――」と、否定しようと前に進み出た。しかし、俺はそんな水恋の邪魔をした。
「それでいい」
自分でも何でこんなこと口にしたのかは分からない。だが、なんとなくこの条件でも別に勝てないことはないと思ったのだ。
「ちょっと月牙さん! いいのですか?」
少し困惑したような顔で水恋が俺に訊いた。
「安心しろ! 俺達はこんなガキに捕まったりしない――だろ?」
「それはそうかもしれませんが」
「じゃあ決定だね。僕が今から十秒数えるから、その間に逃げてね? じゃあいくよ、い~ち! に~い! さ~ん――」
風浮が勝手にカウントダウンを開始する。俺達二人は、向こうが目を瞑ってカウントしている間に急いでその場から移動し別々の方向に逃げた。
「じゃあ、俺はこっちに行くからお前はそっちに行ってくれ! いいか? 絶対に捕まるなよ?」
俺は真剣な目で水恋に忠告した。
「もちろんです!!」
俺の言葉に水恋は元気よく返事すると同時にコクリと頷いた。
――▽▲▽――
「じゅーう! ……ふふふっ、十秒経ったよ? じゃあこれから鬼ごっこを始めるね? もちろん鬼はこの僕。せいぜい頑張ってね、お兄ちゃんお姉ちゃん?」
風浮はそう言ってその場から姿を消した。
「さてと。お兄ちゃんとお姉ちゃんはどこに逃げたのかな~?」
フワフワと宙に浮いたままキョロキョロと辺りを見回す風浮。すると、そんな彼の目の前に月牙が姿を現した。
「あっ、お兄ちゃん見っけ~!」
そう言って風浮は嬉しそうな声をあげ、月牙にタッチしようと小さな手を伸ばした。
「おっと! 残念だが、そう簡単に捕まるわけにはいかないんだよ!!」
月牙はサッとその手を躱し、逆に自分も風浮を捕まえようと手を伸ばした。しかし、その瞬間風浮は姿を消した。
「ちっ! 何処に行きやがった?」
「ふふふ、お兄ちゃん。鬼ごっこのルール分かってる? 逃げる側が追いかける側を捕まえたらダメなんだよ? ちゃんとそこんとこ分かってくれなきゃ……」
「三十分間も逃げ続けてられっか!!」
「ふぅ~ん、逃げるのに自信がないんだ。まぁそりゃそうだよね~! 何せ、この僕はもう既に里の住人全員と鬼ごっこをして勝ってるんだ! 無論、大の大人にも……ね」
風浮の言葉に月牙は言った。
「そんなんじゃねぇ! こっちだってこんなお遊びに付き合ってるられるほど暇じゃないんだ!! おとなしく出て来い!!」
グルグルと向きを変えながら、何処から風浮が来ても大丈夫なように態勢を整える月牙。
「そ、そんなに……僕と鬼ごっこするのが嫌なの、お兄ちゃん?」
「ああ嫌だね!」
だんだんと涙声になる風浮に罪悪感を抱かないこともなかったが、今はこんなところでお遊びにつきあっていられるほど月牙は暇ではなかった。早く伝説の戦士を探し出し、必ず生きてる斑希に会うんだと、そう意気込んでいるのだ。
「うぅ、ぐすっ! ……だったら、もうお兄ちゃんはいいや。あのお姉ちゃんなら遊んでくれると思うから、お姉ちゃんと遊んでもらうことにするよ。それに、あのお姉ちゃんはお兄ちゃんよりも僕と年がそんなに離れていないからね。じゃあねお兄ちゃん? せいぜい逃げてるといいよ、僕の分身からね……。あ~言っておくけど、その分身に捕まってもゲームオーバーだからね、お兄ちゃん? ふふふ……」
何処からともなく聞こえてくる風浮の声は、水恋を探しに行ったのかだんだんと聞こえなくなり、ついには静寂の空間となってしまった。
「くそ……ッ!」
――頼む水恋、無事でいてくれ!!
月牙はただただそう心の中で願った。すると、目の前に風浮の言っていた通り、分身が姿を現した。
「ふんっ……おもしれぇ。かかって来いよ! ちゃっちゃか終わらせて水恋を助けにいかねぇとなんねぇからな!!」
武器の剣の剣先を風浮の分身に向けながら月牙は言った。
というわけで、就寝シーンです。一つ屋根の下で思春期の男女、十五歳と十七歳が同じベッドで就寝を共にするわけです。しかもまさかの女の子の方から一緒に寝てくれと頼まれるという。いやはやいくら帝族といえど、ここまでとは。恐れ入ります。しかし、それに耐えうる月牙の理性も強いですね。
そして、そんな二人を邪魔するようにやってきた風属性をお持ちの十歳の少年風浮。持ちかけられる勝負――鬼ごっこ。てか、今時鬼ごっこで勝負とは。さすがは十歳。二分の一成人式を迎えても遊び心は満載ですね。
後半は風浮が水恋に襲いかかります。