第三十五「リベンジ! 滅殺の騎士」・1
「オラオラオラァ! どうしたぁ~? もっと攻撃してこいよぉ~!」
ビュンビュンと空中を旋回しながら刀身の先に作った火球をぶつけてくるフェニックス。属性的にはこちらが優勢のはずであったが、向こうの攻撃が止まない以上攻撃の隙はなかった。このままではマズイと思っている凛も苦虫を噛み潰したかのようにしながら悔しさを堪える。
「おねえちゃん、何かいいアイデアないかな?」
従妹の霧矛が敵の攻撃を弾き返しながら凛に訊くが、当人もどうしていいのか分からず困惑していた。こんな時、月牙ならどんな作戦を立てるだろうかとさえ思った。だが、今この場にその月牙はいない。先に行け、と言ってしまった以上今更引換してもらうわけにはいかなかった。何よりもそんな事を凛のプライドが許すはずもない。
結果、戦況は滞り、打つ手なし――文字通り詰んでしまった。
「お兄ちゃん、何とかならないかな?」
この場にいる四人の伝説の戦士中一番最年少である雪羅が義理の兄である氷雨に首を傾げて尋ねるが、氷雨自身もどうしていいか分かっていなかった。経験上、こんな事は初めてだったからだ。何よりも、今まで孤独な生活を送ってきている彼にとって、この戦況を打破出来るような名案を思いつくほど冴え渡った脳は持ち合わせてはいなかった。
「へっへっへ、どうやら諦めちまったみたいだなぁ~! いやぁ、実に残念だぜ~。ここまで頑張ってきたってのによ! だが、それでも別にオレは構わねぇぜ? だって、テメェらを殺ったらボスに褒美がもらえるからよぉ~! だからぁ~、とっとと死んでくれやぁああああああああッ!!」
甲高い声をあげて空中から地上にいる凛達四人の伝説の戦士に向かって魔王剣と魔帝剣をそれぞれ右手と左手に握り突っ込んでくるフェニックス。その体の周りには灼熱の炎を纏わせている。
「くぅ!」
凛は両手を前に突き出し、他の三人を守るように水のバリアを張る。
「ケッ! そんなもんでオレのこの炎を鎮火出来ると思ってんのかぁ~? そう思ってんだったら、とんだアホだぜテメェはよぉぉぉッ!!」
ブンッ! と二本の魔剣をクロスさせその刀身に炎を纏わせる。炎の翼を大きく羽ばたかせさらにスピードをつけたフェニックスは口の端を吊り上げ不敵な笑みを浮かべていた。
そして――。
ジュドォオオオオオオオンッ!!
大きな轟音と何かが蒸発する音が大きな暗闇の空間に木霊する。霧矛が恐る恐る目を開けると、自分達を守ってくれていた凛の二の腕から鮮血が吹き出すのが見えた。その飛沫が自身の頬にかかり、目を白黒させる。
「・・・・・・ゃ。いやぁああああああ!」
「し、しっかりしろ! おい!」
「凛おねえちゃん!」
霧矛が腰を抜かして後退し、氷雨と雪羅が焦り顔で凛に駆け寄り容態を確認する。
すると、上空からけたたましい笑い声が聞こえてきた。上を見上げれば、そこにはフェニックスが魔王剣から滴る赤い血をその舌で舐めとっている姿があった。恐らく、その血は凛の物であろう。
「くッ! この野郎ッ!」
「イヒヒヒヒ・・・・・・ッ! いんやぁ~、やっぱし王族の血ってのは格別だねぇ~! そんじょそこらの民族やゴミ虫共とは味が違う! 何つぅの? まろやかさってゆ~か? キャハハハハハハ!」
ケラケラと笑うフェニックスは恐らく、最初に出会った時とはその様子を変貌させていることだろう。この場にフェニックスと初めて会った戦士はいないが、雰囲気で分かる。明らかにこの男は何かが変わったと。
「・・・・・・うっ、やってくれたわね! こうなったら、倍返しよっ!」
痛む二の腕を押さえつつ下唇を噛み締めた凛は、その標的の位置を今一度確認して片方の腕を標的に向かって突き出した。
「へっへっへ、何をしようとしてんのかは理解出来ねぇが、どちらにせよ無駄だぜぇ? オレのこの熱っつ~い炎で黒焦げにしてやんよ!」
肩から新たに炎の腕をそれぞれ二本生やしたフェニックスは、超巨大な火球を生み出した。その燃え盛る炎は中心に向かって渦巻いており、周囲に生み出すその熱気は凄まじく、大きな広間だというのにあっという間に広間全体がサウナ状態になる。そして、それはまず始めにある二人の人物に多大な影響を及ぼした。
「う、うぅ~お・・・・・・お兄ちゃん、頭が割れそうなくらい痛いよぉ~!」
「くッ、あの火球のせいで体温が・・・・・・ッ!」
雪羅と氷雨の二人が激しい頭痛を訴えその場に膝をつく。無理もない、氷雪系属性を持つこの二人にとって炎熱系属性の攻撃や効果は最大の天敵なのである。そして、敵であるフェニックスは文字通り不死鳥である以前に火の鳥。炎を使うのは当然の事である。そのため、そのことをはなから知っていた凛は二人がこの場に残る事に強い疑問と不安を抱いていた。
「だから言ったでしょ無理するなって! もう! 霧矛、ちょっといい?」
「なぁに?」
凛の声とこっちへ来いという手の動きを見て、霧矛が不思議そうな顔で駆け寄る。
「ねぇ、霧矛の属性って幻・・・・・・よね?」
「うん、まぁ、霧とかもだけど」
「霧? まぁどっちでもいいけど、幻ってどんなことが出来るワケ?」
腰に手を当てそう尋ねる凛にキョトンとなる霧矛。実際、自分でも考えたことがなかった。今までちゃんと戦う機会がそうそうなかったからである。
「う~ん、よく分からないけど・・・・・・月牙さんに会った時には霧とか出してたような」
曖昧な記憶を頼りに呟く霧矛。その言葉を聞いていた凛は顎に手をやり「ふぅむ」と唸った。
「よし、霧矛! 霧を出して!」
顔の前で手を合わせてウィンクし懇願する従姉の凛の滅多に見ない行動に一瞬気味悪がった霧矛だが、このままではどちらにせよ氷雨と雪羅が危ないため、イチかバチか賭けてみることにした。
「『散布せし濃霧』!!」
バッ! と両腕を真っ直ぐ上に掲げてそう叫ぶ霧矛。次の瞬間、霧矛の周りから真っ白な霧が大量発生し、一気に地上を覆って伝説の戦士の姿を隠した。それを見たフェニックスは大きく舌打ちして火球生成を中止した。
「くそッ! んだよ、この霧は!」
気に入らないといった不機嫌な顔をして地上を覆っている濃霧が晴れるのを待つフェニックス。
その一方で、濃霧に隠れていた伝説の戦士四人は皆で固まって行動していた。この濃霧は敵にだけ効くわけではなくこちらにも効力があるのだ。そのため、離れてしまうと居場所が分からなくなってしまう恐れがあった。
「それで、具合はどう?」
少し心配そうに氷雨と雪羅に訊く凛。その問いに二人はコクリと首肯した。どうやら、この濃霧の湿気が熱気を奪い少し気温を下げてくれたようだ。そして、この濃霧がうまい具合に使えないかと氷雨が三人に持ちかけた。
それを聞いて、興味深そうに顎に手をやった凛が訊いた。
「この濃霧は霧矛が作ってるって言ってたな。だったら、こいつを自由自在に操れねぇか?」
「う~ん・・・・・・あまり使った事ないからよく分からないけど、多分出来ると思う」
曖昧な返事を返す霧矛だが、出来ないときっぱり言ったわけではないため僅かな可能性に賭けてみようということで氷雨が作戦を説明しだした。
「作戦はこうだ。まず、凛がこの場に大量の水を撒き散らす」
「何よ、その雑務みたいな作業!」
あまりパッとしない役割に意義申し立てをする凛だが、氷雨は表情一つ変えず言い返す。
「敵は厄介だ。それに、不死身・・・・・・そんなやつを長い間相手になんかしてたらこっちの体力が尽きてしまう。この戦いは時間との勝負でもあるんだ。だとしたら、例えそんな役回りだったとしてもちゃんとその役目を果たしてくれ」
「くっ・・・・・・正論だから言い返せない!」
悔しそうに拳を握る凛。その二人のやり取りを見て雪羅がくすっと小さく笑う。
「どうした?」
「何がおかしいの?」
「ううん、ごめん。何だか二人のやりとりが面白くて」
「ふんっ! もういいわ。それで私は水を撒けばいいのね?」
「ああ。そして、今回の作戦の要はお前だ・・・・・・霧矛」
「え、わたし?」
思わずキョトンとしてしまう霧矛に、静かに首肯した氷雨は続ける。
「この濃霧をもう一度発生させるんだ。ただし、今度は上空に向かってな」
「え?」
氷雨の説明がイマイチピンと来ない霧矛は頭上に疑問符を浮かべる。
「敵は上空を飛んでる。だったら、飛行をやめさせないと空中で戦えないオレ達にはあまりにも不利だ。だから、敵の炎の羽根を消す!」
「そんなことできるの?」
信じられないという顔をする楓に氷雨が自身の手を見せる。
「オレと雪の氷技でやつの自慢の羽根を氷漬けにする。オレと雪のコンボ技で凍らせた物体はそう簡単に溶けはしない。それが、例え天敵である炎熱系属性の技だったとしても・・・・・・な!」
「そうだね。ゆきとお兄ちゃんなら大丈夫だよ!」
自信たっぷりにいう二人に凛と霧矛は顔を見合わせた。
「でも、それにどうして霧矛の濃霧が必要なの?」
「湿気が必要なんだ。あの熱気ではすぐに水分が蒸発して氷が出来ない。それじゃあ氷漬けにする事も出来ないんだよ。だからミスト状の霧でもあれば、後はプラスで床に撒かれた水の水分と合体させてやつの羽根を氷漬けに出来るって寸法だ。どうだ? 我ながらいいアイデアだと思うんだが?」
氷雨の完璧とも呼べるかもしれない名案にこの場にいるメンバー全員が表情を和らげた。いける、そんな感じがした。
というわけで、フェニックスとの戦闘です。今回も三部構成でお送りします。氷雨にしては珍しく活躍している今回の話。いつもお菓子を食べてばかりのぐうたら野郎ではないのです。