第三十四話「抹殺の騎士と虐殺の騎士」・2
当時まだ魔神族として生きていた彼はその頃名前はなく魔界で猛者として一躍有名になっていた。そんなある日の事である。一人の鎧を身につけた男が現れた。その男はあらゆる負の感情に塗れ、この世に絶望している様子だった。その男が今の主であるオメガ=アーマー=オルガルトである。
《貴様、相当な手練だそうだな・・・・・・。どうだ? わしに協力する気はないか? 魔神族である貴様の力が欲しい。鎧一族の一人としてわしを補佐する手伝いをするのだ。わしと共にこの世界を破壊し、新たな世界を構築するのだ!!》
《世界を構築・・・・・・? 分からんな、そのような事吾はせん。吾はただ最強を名乗り続けられればそれでいい。帰れ、貴様の相手などしてられん。吾はこれから新たな旅に出るのだ!》
それが不味かった。誘いを断った猛者に、オルガルト帝は憤怒の形相を浮かべ腕に何かを纏わりつかせた。蜘蛛の様な不気味な出で立ち。その怪物はスイカ程の大きさで女の子なら絶叫をあげた後即座に失神ものだろう。
怪物はオルガルト帝の腕からギロリと八つの眼を妖しく光らせると猛者の顔面に飛びついた。
《ぐッ、下劣な! この吾に飛びつこうなどとッ!!》
スパイダーは怪物をむしり取ると、地面に叩きつけその中心に向かって一本の魔剣を突き刺した。
刺し貫かれた怪物は奇妙な声をあげて息絶えた。
《ほぅ、八魔剣の内のひと振りか・・・・・・。やはり、貴様はわしの下僕に相応しい》
《下僕・・・・・・だと? ほざくな下郎ッ! 貴様の下僕など吾は務めはせぬ!!》
《はぁ、惜しい。実に惜しい・・・・・・だが、わしに逆らう事は出来んッ!!》
オルガルト帝は紅蓮の双眸を兜の中から覗かせ妖しくそれを光らせた。同時に身動きが取れなくなる猛者。
《くッ、何をした!?》
《誓いだ。貴様は今日から魔神族ではなく、四帝族の鎧一族が一人として生きるのだ。そうだな、貴様はスパイダー。ライゴルト=スパイダーだ》
そう言ってオルガルト帝は不気味に口元に笑みを浮かべると、手をかざし猛者――スパイダーの右眼に二本の指を躊躇なく突っ込んだ。
《ぐがぁァアぁあぁあァあああッ!!!》
悲痛の叫び声をあげるスパイダー。しかし、オルガルト帝は不気味に笑うのみでその行為をやめない。二本の指を右眼の中で蠢かせ、その眼球を抉り出す。
《貴様に両目など必要ない。猛者なのだろう? であれば、隻眼であろうとその努めを果たせ。この右眼は貴様がわしに最強を示す成果をあげた時、証として贈呈しよう。それまではわしが預かる。その間貴様にはわしの眼をやろう》
そう言ってオルガルト帝はスパイダーの右眼から眼球を抉り取り、血しぶきをあげるそこに不気味に蠢く卵の様な物を突っ込んだ。
《ぐうッ! ぐあッ! き、貴様ァ~な、何をした・・・・・・ッ!》
《なぁに、ちょっとしたプレゼントだよ。有り難く受け取るがいい》
こうして猛者はライゴルト=スパイダーという名を与えられ、強制的に鎧一族の一人として最強四天王の一人としてオルガルト帝の下僕にさせられた。
「これが吾とあの男の出会いだ。ふん、今思い出しても腹立たしい・・・・・・。この片目も今では卵が孵化し、この様な獣となる始末。許しておけん、あの男を! だが、あの男をあんなにした貴様らはもっと許してはおけんッ!! あれから吾の持つ八魔剣の殆どをやつに奪われ他の四天王に渡されてしまった。吾の魔剣は吾の物、そして吾が右眼は吾の物だッ!!」
邪悪な気を周囲に振りまき、スパイダーはその豪力を持ってゴーズルドンを振り回す。振り方も何もかもが殆どめちゃくちゃだった。これが猛者だとは思えない。余程追い詰められているのだろう。
「君の抱く感情はよく分かった。でも、それでも僕は君を許してはおけない! 大事な幼馴染を悲しませたんだ、傷つけたんだ。絶対に許さないッ!!」
「ほざけッ! 貴様の様な若造に吾の苦しみが分かるはずもない、否ッ! 分かって・・・・・・たまるかぁあああぁあッ!!」
ゴーズルドンを真上に振り上げそれを力任せに思い切り地面に叩きつける。地面が抉れ、それが衝撃波となって一直線に四人に向かって突っ込んでくる。
「兄さん、まずいよ!」
「ど、どうしよう!」
「くっ、鎖神刻暗よ。例の奥の手は出さんのか?」
「そ、そうだった!」
聖龍に言われ、ようやくその事を思い出す刻暗。彼は向かってくる衝撃波に怯えることなく深呼吸すると、片方の眼につけている片眼鏡を取り外した。彼のその瞳の色はもう片方の碧眼とは違い、真っ赤な色をしていた。
それが妖しく光り輝いたかと思うと、刻暗が叫ぶ。
「停止せよ、『世界・停止』!」
刹那――刻暗の瞳から何かが出現し真っ白な光が世界を包んだ。
「な、何だッ!?」
その光に視界を奪われるスパイダー。途端、動きが停止する。それは刻暗の後ろにいた聖龍、俊龍、慧の三人も同様だった。
「ふぅ、この力は世界そのものを止める力だよ。全てが停止する・・・・・・僕以外ね。まぁ、チートだからあまり使いたくはなかったんだけど、決着をつけるためだ仕方ないよね――って誰も聞いてないか」
苦笑しながら目の前の衝撃波を見る。そして、自身の得物を取り出すと瞬時にその衝撃波を切りつけ動作を終了する。まるで、それだけで全てが終わったかのように。
そして、片眼鏡で再びその赤い瞳を隠すと世界が時間を取り戻す。同時に、衝撃波がガラスの様にバラバラに砕け散り、霧散した。
「ば、馬鹿なッ! こんな事・・・・・・有り得るはずがないッ!!」
焦燥感に駆られ、焦りの色を見せるスパイダー。この隙が好機。
「今だぁぁぁぁッ!!」
ザシュンッ!!
脇腹から肩にかけて得物を振り上げる。その数秒後、真っ赤な鮮血が飛び散りスパイダーが切りつけられた。
「ぐ・・・・・・うッ! な、何故・・・・・・そこにッ!!」
「秘密だよ」
爽やかな笑みを浮かべて再び得物を振り下ろす刻暗。だが、同じ手は二度も通じはしない。刻暗の得物をゴーズルドンで防ぐと、気迫で彼の体を吹き飛ばす。
「うわぁッ!」
宙に飛ばされるが、体を捻りちゃんと地に着地する刻暗。
「おい、鎖神刻暗よ。一体何がどうなっているのだ? 何故突然衝撃波が壊れたのだ? 説明を求める!」
「僕もだ! 何が何だか訳が分からないよ。龍竜族としてこれは許しがたいことだ!」
「ぼくも、ついでに教えてもらえないかな?」
三人が刻暗の素早い動きについていけずにキョトンとしている。が、今説明をしている暇がない刻暗は――。
「すまないが、後にしてくれ!」
そう言って再びスパイダーに向かっていく刻暗。それを見た三人は互いに顔を見合わせると自分達も何かしようと頷きあい、スパイダーに回り込もうと動き出した。
「邪魔な若造共め! 吾の邪魔をするなァァアアアア!!」
咆哮をあげゴーズルドンを構え直すスパイダー。すると、彼の叫び声に呼応するかのように魔豪剣がその姿を少し変化させ邪気を纏わせた。
「何かが・・・・・・変わった?」
「死ねぇえええええ、鎖神刻暗ァァアアアアアア!!」
完全に我を忘れているスパイダーは、リーチの長い魔豪剣ゴーズルドンを地面すれすれ滑空させて振り上げた。だが、いくらリーチが長いといってもまだ刻暗とは距離があり当てようにもまだ当たらない。が、そう思っていた刻暗に殺気を感じさせる。
刹那――
ジュゥゥゥウ!!
自分の真横を何かが通り過ぎた。あまりにもの速さに理解出来なかったが自分の横髪が僅かに焼き切れている事に何かを感じた刻暗は目の前の敵を見た。魔豪剣に纏う邪気は熱を持っていた。その証拠に上からパラついている砂埃が魔豪剣の刀身に当たると同時にその姿が消えてしまうのだ。完全に塵芥になっているのがよく分かる。
ゴクリ。
喉を鳴らし、乾く口内を湿らせる。ふと周囲を見渡すと刻暗のいる場所から右斜め前と左斜め前とスパイダーを挟んで反対側にもう一人それぞれ聖龍、俊龍、慧がいた。
「な、何をやっているんだ!」
「ふ、貴様だけにいい格好はさせんぞ鎖神刻暗よ! 我々は出番を稼がなければならんのだ!」
「兄さんの言うとおりだ! 僕らにもやらせたまえ!」
「えと、ぼくを仲間はずれにしないで!」
三人の言葉に半ば嬉しい物を感じながらも、目の前の敵の異様なオーラがその考えを惑わせる。本当に協力を仰いでいいのかを。
「くっ、囲んだ所でこの吾を倒せはせんぞ若造がッ!! 唸れぇええ魔豪剣!!」
真上に高々とゴーズルドンを掲げるスパイダー。再び呼応するそれが形状を少し変化させて邪気を周囲に振りまく。そしてその場に高くジャンプしたスパイダーは魔豪剣をブンブン回転させた。すると、そこから邪気がスパイダーの魔力を媒介にして特殊攻撃となり刻暗達四人を襲った。
「何のこれしきッ!」
「効かんッ!」
「うわぁッ!」
「くッ!」
何とか四人ともそれを弾くか切り落として難を逃れるが、敵は刻暗の不意打ち攻撃をくらっても尚動き続けている。ピンピンといった状態だ。
「貴様らにこの吾を倒すことは不可能ッ! 残念であったな、貴様ら伝説の戦士は三十一人揃って初めてその効力を発揮する・・・・・・。それなのに、四人だけとは吾もなめられたものよ! その甘い考えを持ったのが運の尽きッ!! 恨むのであれば己の甘さを恨むのだなッ!! さらばだ伝説の戦士ッ!!!」
そう言って地上にいる四人に向かって魔豪剣ゴーズルドンの剣先を向けた。同時に奇怪な音を立てて邪悪なオーラが剣先に集中していく。
というわけで、今回は三部構成でお送りします。また、サブタイには二人の騎士が書かれていますが、長くなってしまいほぼ一人の戦いしか乗せられていません。なので、残りのもうひとりは三十五話まで伸びるかと。