第三十三話「突貫! 鎧一族の砦」・1
時は満ちた。ついに、この日がやってきたのである。
朝日を迎え、日差しが夜の間に冷え切った荒地を熱していく。今はまだ耐えられるが、昇ったばかりの太陽がはるか上空のてっぺんに到着した時にはジリジリと蒸し殺しにしてくる温度になっているに違いない。
そうなってしまう前に早いとここの場所から移動したいところではある。
ここ、ディトゥナーヴへとやってきている伝説の戦士三十一人は未だにスースーと気持ちよさそうな寝息を立てて熟睡していた。だが、そろそろ目覚めてもらわなければ敵方もそろそろ動きを本格的に入れてくるだろうから、多少危険性が生まれてくる。
すると――。
「う、う~ん。ふぁ~、よく寝た」
上半身を起こし、腕を伸ばして欠伸をするのは、伝説の戦士の一人で陽属性を持つ光陽斑希だ。
「あっ、そうだ。皆を起こさないと」
自分の周囲でまだ寝ている伝説の戦士を見てそう呟く斑希は近場の戦士から順に起こしていった。
――△▼△――
「妃愛・・・・・・、折り入って相談があるのだが訊いてもらえないか?」
「・・・・・・相談とは、何だ?」
物静かな口調で妃愛がそう尋ねる。すると、白衣を来た男――レイヴォルが口元に不気味な笑みを浮かべて言う。
「ああ、妃愛の持つその七つの秘宝・・・・・・それを少々貸してほしいのだ」
「何? 妃愛のこの七つの秘宝を貸せ・・・・・・だと? 無茶な頼みだ。それに、今やこれは妃愛の一部も同然。貸すわけにはいかぬ」
そう言ってレイヴォルに背を向ける幼女――神王族二代目の神崎妃愛。だが、それでもレイヴォルは諦めず交渉する。
「ならば、私のこの白衣を貸してやる。これでどうだ?」
「レイヴォルの・・・・・・白衣?」
「そうだ。これで手を打とう」
どうにも対価が安すぎるような気もするが、妃愛はその条件に驚きの行動に出た。
「分かった。いいだろう、それで手を打ってやる。ただし、妃愛の七つの秘宝の一つにでも傷をつけてみろ? その命・・・・・・容易く打ち砕くぞ?」
「フッ、なるほど。拝借してもらっている間は、私の命は風前の灯というわけだ」
瞑目して白衣に手を突っ込んだまま鼻で笑ったレイヴォルは、了承したと言って妃愛から七つの秘宝を受け取った。
七つの秘宝を全てレイヴォルに手渡した妃愛は産まれたままの姿となってしまった。それを見てレイヴォルが言う。
「ああ、そう言えば七つの秘宝の下に服を着ていなかったのだったな。全く、服くらい着ればいいものを」
まだ幼く未成熟の体とはいえ、異性の裸だというのに少しも動じないレイヴォルに少々ムッとしながら妃愛が開口する。
「ならば、早くその白衣をよこせ。妃愛は服など持たぬ。だが、はなから服など所望するつもりもない。妃愛は常に動きやすい格好を好むのだ」
「それが裸・・・・・・か。その成りでその格好は少々残念な趣味をお持ちの者共に襲われそうな気もするが、まぁいいだろう」
顎に手をやりふと考え込むが、すぐにその考えを払拭し白衣を脱ぐと妃愛に手渡した。妃愛はそれを手に取り、サイズが違う白衣の袖に腕を通す。袖も少し長いため小さな指が袖の裾から少し覗くくらいで、まるで真っ白なタオルケットを纏っているようだった。薄い桜色に近い髪の毛も櫛などで梳いていないため、少々ボサついていた。
レイヴォルは目的の物を受け取るや否やその場から姿を消してどこかへと向かった。
――△▼△――
「ん? 何用だ、レイヴォル。それよりも、準備は整ったのか?」
「もちろんだ、ジジイ。それと、こいつを用意した」
そう言って鎧を身にまとうガタイのデカい老人、オルガルト帝に何かを差し出すレイヴォル。それは、先程妃愛に条件を出した上で借りることが出来た七つの秘宝だった。ただ、少し異なるのはその七つの秘宝の色が黄金色から白銀色に変色していることにあった。
「ふん・・・・・・ようやく手に入ったか、七つの秘宝。これで駒が揃ったも同然だな」
「ああ、計画はすぐにでも始められる。この七つの秘宝の一つ、黄金の自由武器を使えば、不死身になるための成人の儀を終えた神族を殺す事が出来る武器が創造出来る。後は、それを使うための準備だな。そのためにはまず――」
「あのはぐれを殺さねばな」
口の端を吊り上げ不気味な笑みを浮かべるオルガルト帝。
その一方でレイヴォルは高笑いをしているオルガルト帝の背中を見ながらあることを思案していた。
――全ての準備は整いつつある。ゴウストのDNAサンプルは既に手に入れてあるから問題はない。それに、残すはヒューマドロイドの性能の確認・・・・・・それが完了すればあのジジイを完全に利用しきれるのも時間の問題だ。くく・・・・・・全ては俺の計画通りに事が運んでいる。さぁ、来い伝説の戦士。貴様らの力、ヒューマドロイドの性能確認に使用させてもらおう!
怪しい計画を密かに企てているレイヴォルはそう心の中で伝説の戦士の到着を今か今かと待ち詫びた。
――△▼△――
「ご馳走様でした!」
俺――塁陰月牙は両手をパンと音を立てて重ね、最後の晩餐とは思っていないが一応それほどの覚悟を持って挨拶する。他の皆も武器の手入れを済ませ、乱火が汚れた皿を水恋の出現させた水を利用して洗い終えた所でディトゥナーヴを発った。
道中砂嵐が酷く、強い強風が吹けば視界が一気に悪くなってしまう。それを風属性戦士である風浮が防ぎつつ俺達はさらに先へと進み、ようやく敵の本拠地である鎧一族の砦が地平線の彼方に少しずつその全貌を露わにし始めた。
「ヒヒッ、見えてきたねぇ」
猛辣が不気味な笑い声をあげて俺に言う。
「そうだな。皆、覚悟は出来てるよな?」
コクリと首を縦に振り、意思表示するメンバー。全く持って頼もしい限りだ。俺のすぐ近くには斑希が立っていて、俺と視線が合うと大丈夫だよ!と言わんばかりにガッツポーズを見せてくる。そのやる気に満ちた笑顔に俺も勇気をもらいつつその足を先へと進めた。
そして、ついに鎧一族の砦の入口へとたどり着いた。
門から壁まで何もかもが鋼で出来ているこの砦。さすがは鎧一族だけはある。防御性では右に出るものはないとはよく言ったものだ。その噂もこの砦の頑丈さを見れば一目瞭然、文句一つ言えない。
「よし、入る――」
「頼もぉぉおおおおおおおおおおッ!!!」
覇気の篭った腹からの叫び声に俺を含めた一部のメンバーがビクッと体を震わせる。その声の主に顔を向ければそこには腰に手を当てやる気に満ちたオーラを放つ彪岩の姿があった。そのすぐ後ろには従兄弟である砕狼と鋼鉄が仁王立ちしている。
「ち、ちょっと彪岩さん! そんな道場破りじゃないんですから・・・・・・」
と、慌てて斑希が宥めていると大きな物音が一つしてゆっくり轟音を立てて金属の分厚い扉が開いた。
どうやら俺達を歓迎している・・・・・・らしい。
「うおっしゃぁあああああああああ!!」
いの一番に掛け声をあげて猪突猛進で突っ込んでいく彪岩と他二名。はぁ、全くこいつらをコントロールするのは至難の業だ。でも、それを斑希はリーダーとして努めてたんだよな。やっぱ凄いな・・・・・・。
と、斑希を尊敬しつつ三人の後をついていく。他のメンバーもその後に続いた。
中に入ると、そこは薄暗くジメジメした空気が漂っていた。周囲の壁は鋼――ではなく、石のレンガを噛み合わせて出来ており、等間隔で青白い炎を灯している燭台が通路を淡く照らしていた。
ゴクッ、と唾液を飲み下し先へと恐る恐る歩を進める。すると、急に俺の腕に誰かがしがみついてきた。見ればそれはいつもはツンツンしている凛だった。
「お、おい・・・・・・そんなにくっつくなよ。暑苦しいな~」
「な、何よ! ど、どうせ怖いんでしょ? ほら、あたしがついててあげるから早く先に行きなさいよ!」
などと強気で言う凛だが、その焦り様で理解してしまう。とどのつまり、怖いのだ凛は。やっぱり強気なやつにも弱点はあるものだ。それに、こいつはいつも強気に出ていてふとその強さを付き崩されるとすぐに弱々しい小動物に成り下がってしまうことをよく知っている。それは、こいつのいた王国で嫌というほど見ている。家族の様に大事な衛兵を全て失ってこいつの精神はもうボロボロなんだ。これ以上こいつの大切な人間を失わせるわけにはいかない。そう、少なくとも従姉妹関係にあたる水恋と霧矛だけは。
「分かったよ」
「ち、ちょっと月牙! な、何年下の女の子に抱きつかれてるのよ!」
と、言って反対側の俺の腕にしがみつくのは斑希だった。
「んなっ、お前は別に暗いところは平気だろ? むしろズンズン進んでく方だろうに・・・・・・」
「へぇ~、そうなんですか? さすがは斑希さんです! 憧れます!」
俺の言葉に雷落が目を爛々と輝かせて斑希への憧れ度数を上昇させる。
「もう、そんなんじゃないって! それに、私だって怖い時は怖いんだから・・・・・・。あれは先にあるものが分かってたからでしょ? でも、今回は違う。先にあるものが分かってたとしても、その歴然とした差が怖いのよ」
上目遣いで潤んだ瞳を見せつける斑希に思わずどきっとしてしまう俺。いかんいかん、決着の前にこんなところでだらけてしまってはいけない。これではリーダーとしてメンバーに示しがつかない。
「あ、あの・・・・・・お楽しみのところ悪いのですが、早く先へ進まないと三人が・・・・・・」
と、苦笑しながら水恋が俺に三人が既に見えないところまで進んでしまっていることを教える。そして、慌てて俺は足早に三人を追いかけた。
暗がりの通路を抜けると、今度は大きな広間に出た。どうやらこの砦、外見は頑丈そうだが中はそんなに凝った造りはしていないらしい。単純な構造をしている。だが、油断は禁物だ。もしかすると、何かしらのトラップをしかけているのかもしれない。
だが、そこから先にもロクにトラップ一つありはしなかった。鎧一族の手下が出てくるのではと警戒もしていたが、それもない。何だか拍子抜けだった。だが、気を抜くわけにはいかない。油断を誘っているのかもしれない。そういう事も思慮に入れた上で動かなければならないのだ。敵の本拠地に乗り込んだら最後、全てを終わらせるまで緊張感を失ってはいけない。これは勝負事に置いては大事な事だ。
「しけてやがりますね。これじゃあせっかく気合いれて来たってのにやる気が削がれちまうです!」
「まぁまぁ、仕方ないよ翡翠ちゃん。それに、奥から不吉なオーラを感じるし・・・・・・もしかしたらこの奥に親玉がいるのかもしれないよ?」
苛立ちを抑えられない様子の翡翠をどうにか抑え込む親友のハーフ天使、天照。彼女が言うように確かにこの奥から嫌な雰囲気を感じるには感じる。だが、それが本当に敵の親玉――オメガ=アーマー=オルガルト帝なのかどうかは定かではない。しかし、道は一本道。引換えそうにもここまで来たからには奥に行きたい。
メンバーを一瞥するが皆何も言わず俺に一任を任せている。リーダーとしてここはビシッと覚悟の程を改めて気を引き締めよう。
「よし、行くぞ!」
『おおおおおっ!』
俺の掛け声に皆も手を振り上げ駆け出す。視界が開けてくるまで前に向かって走り続けようやく俺達は広間よりもさらに大きな空間へとやってきた。そこには既に彪岩達三人がいて、俺達もその横にずらりと並び三十一人が揃う。そして、目の前の敵を視認するや否や各々武器を構えた。
そう、そこにいたのは数段の段の上に置かれた黄金色の玉座とそれに座っている一人の鎧をまとった老人と、その周りに立っている四人の鎧の騎士と、いつもと少し違う白衣を身に纏っている一人の博士と、首輪に繋がれたボロボロの巫女服を着ている赤髪の少女だった。
というわけで、三十三話です。ついに第二章に突入です。第一章に比べて第二章はほぼバトルメインです。まぁ、敵のラスボスと戦うわけですからね。まぁ、その前に四天王と対戦ですが。そして、ますます明らかになっていく計画というか陰謀の影。
果たして伝説の戦士三十一人は、オルガルト帝――もとい、デュオルグスの企む陰謀を阻止できるのか! てなわけで、三十三話は久しぶりの二部構成でお送りします。