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ブレインキラー  作者:
79/80

外伝  第五ゲーム 『ラビリンス』 その4

 残り時間は三十分を切った。

 神原幹雄は動かない。迷路を進んでいる彼の部下たちはいまやパニックを引き起こしていた。毒ガスの噴霧という脅迫があり、視界も悪く、空気の淀んだ密閉空間を延々と歩かされるのだ。気が狂ったとしても何らおかしくはない。

 そんな中、拓哉は微睡んでいた。どうせならば最後の瞬間は幸せな夢を見ていたい。

 夢には純也がいた。玲子もいた。彼らが自分を待っていた。それはおそらく現実では手に入らないであろう理想郷。

 二人は笑っている。夢の中の拓哉もまた、自然と笑みを浮かべていた。

 ああ、幸せだ。こんな夢の中で死ねるのなら、それで十分ではないか。

 拓哉は彼らの元へ一歩足を踏み出そうとし、

 ドンッと足元が揺れた。鼓膜を襲う破壊音。夢の風景は彼方へと消し飛び、拓哉の意識は再びコンソールルームへと引き戻される。


「何が……?」


 音のした方、シャッターが下りたコンソールルームの入り口へと視線を向ける。粉塵が舞っていた。周辺の床にはシャッターやコンクリートの破片が転がっている。

 何が起きているのか。粉塵の向こうを見ようと、目を凝らす。

 人影が見えた。細いシルエット。

 いや、まさか。そんなはずはない。拓哉は浮かんできた考えを否定した。彼女がここにいるわけがない。いてはならないのだ。

 だが粉塵の向こうから飛び込んできた女性は部屋の状況を確認すると、すぐに拓哉の元へと駆け寄ってきた。


「拓哉、無事?!」


 月村玲子。拓哉の目の前にいるのは、彼のパートナーの姿だった。


「何故……逃げるよう言っていたはずだ」


「細かい話は後よ。さぁ、ここから出るわよ」


 迷宮へ続く階段から、神原幹雄の部下が飛び出してくる。玲子は懐から取り出した拳銃を発砲。男は後ろに倒れ、階段を転がり落ちていった。


「止せ。俺はここで神原幹雄と共に死ぬ。俺の邪魔はするな」


 肩へと回される彼女の手を振り払い、拓哉は階段を見据える。

 爆発音は地下にまで伝わっているだろう。奴が上がってくる。ここで奴を逃せば、もう次の機会はないのだ。


「銃を貸せ。俺は奴を殺す。お前は早くここから脱出するんだ」


「貴方を置いて逃げられるわけないでしょ。ほら、肩を貸して」


「ダメだ、奴をここで殺さないと」


 例えここから生きて出られたとしても、神原幹雄が生存していれば、自分や玲子はすぐに殺されるだろう。玲子の無事を確保するためにも、やはりここで神原幹雄を殺しておかないといけないのだ。

 拓哉の意思は固いと理解した玲子はため息を一つ落とす。そして拳銃を拓哉へと手渡した。


「そんなことよりも、もっと手っ取り早い方法があるわよ」


 そう言って、玲子は階段に向かって走り出す。


「玲子! 何をしているっ! お前は早くここから脱出するんだ!」


 画面には神原幹雄とその部下たちが階段を駆け上がってくる姿が映し出されている。

 もう時間はない。拓哉は立ち上がろうとし、しかし撃ち抜かれた足に力が入らず、その場に投げ出された。


「くそっ」


 どうする。どうすればいい。

 玲子は何をしようとしている。唯一の武器である拳銃を拓哉に渡し、徒手空拳で彼らに立ち向かおうと言うのか。

 いや、そうじゃない。彼女はどうやってこの部屋へとやって来た。

 玲子がしようとしていることを拓哉は理解する。

 玲子はいつ取り出したのか、手に持っている粘土状の固形物を階段横の壁へと取り付け始めた。


「C‐4か!」


 拓哉は叫んだ。C‐4(爆薬)。この施設を爆破するために用意していた爆弾だ。そのほとんどは神原幹雄の手で無効化されたはずだが、無事なものもあったらしい。それを入手した玲子は拓哉を救出すべく戻ってきたのだ。


「拓哉っ!」


 玲子が叫ぶ。階段を駆け上がってきた黒服の男が懐に手を入れる。

 拓哉はすかさず発砲。男が悲鳴と共に倒れ伏す。続けて発射。

 弾はもう一人の男の胸に命中し、そのまま後ろに転がり落ちていった。

 玲子がC-4の設置を終える。あとは起爆させるだけだ。玲子が設置場所から離れようとした瞬間、ついに神原幹雄が階段から姿を現した。

 彼の手には部下が取り落としたと思われる銃が握られている。その銃口を拓哉へと向け、神原幹雄は獲物を狙う鷹のように目を細めてみせた。

 彼はまだ玲子に気付いていない。どうにかして彼に隙を作り、玲子に起爆スイッチを押させなければならない。


「終わりだな」


 神原幹雄は低く笑う。笑いながら、階段を一歩、また一歩と上がってくる。

 拓哉もまた銃口を神原幹雄へと向け、互いに銃を向けあう形となった。神原幹雄が足を止める。大丈夫、まだ玲子には気付いていない。

 彼の意識を逸らせるために、拓哉は彼に話しかけた。


「……迷宮に向かわなかったのですか?」


「ふん、貴様の考えなどお見通しよ」


 玲子の方へ視線を向けることは出来ない。彼に気取られてはならないのだ。


「さぁ、共に脱出しようではないか。なぁに、貴様はまだ殺しはせぬよ。貴様にはワシに逆らったことを後悔しながら死んでもらいたいのでな。さぁ、どうしてくれようか。まずは、貴様の弟を――」


「ふっ、相手を追い詰めると、じわじわいたぶろうとする。貴方の悪い癖ですな」


「言っておれ。その足では動くこともままなるまい。生き残りたければ、ワシと来るがいい」


「それはどうですかな? 玲子っ!」


 拓哉が叫び、視線を向けた。

 玲子とは逆の方向へと。


「っ!?」


 神原幹雄がそちらへと意識を向けた瞬間。玲子は飛び退くように後退。そのまま起爆スイッチを入れる。

 直後に爆発。瓦礫とコンクリートが飛び交い、辺りは粉塵に覆われる。

 階段は瓦礫によって完全に塞がれた。爆破の直撃は避けたらしい神原幹雄だが、倒れ伏したその体の上には多数の瓦礫が降り積もっており、身動きが取れない様子だった。

 

「貴様っ!」


 初めて聞く怨敵の怒号。彼は目を剥き、忌々しげに野次を飛ばしている。


「最後まで油断してはいけませんよ。窮鼠猫を噛むという言葉をご存じですかな?」


 玲子に支えられ、拓哉は立ち上がる。


「私もここで貴方と死ぬつもりでしたが、どうやら彼女がそれを許してくれないらしい。お別れですね、義父さん」


 神原幹雄を見下ろし、拓哉は笑った。そして背を向ける。


「待てっ! ワシを助けろ! あの地獄から救い上げた恩を忘れたのかっ!」


「……地獄と言いましたか」


 足を止めることなく、拓哉は後ろを振り返る。


「それを作ったのは貴方でしょう。因果応報。罪は返ってくるのですよ」


 そう、それはいずれ自分にも返ってくる。だが、今はまだその時ではないらしい。


「拓哉ぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 爆弾で空いた穴を潜り、拓哉はコンソールルームを出ていく。

 背後で聞こえる怒号。それを耳にする拓哉の心には、達成感と同時に空しさのようなものがこみ上げてきた。

 彼はここで死ぬ。彼を殺すことだけが生きる目的だった。だが、彼が死んだ今、自分は何を生きる目的にすればいいのか。

 先の見えない不安が拓哉の心を襲ってくる。


「大丈夫よ」


 そんな拓哉の内心を汲み取ったかのように、玲子が声をかけてくる。


「私がそばにいるわ。だから大丈夫」


 玲子の言葉に拓哉は、思わず声に出して笑った。


「そうか。お前は俺のパートナーだったな」


「そうよ。貴方の命は貴方だけのものじゃない。だから私のためにも生きなさい」


「……そうだな、お前のために残りの人生を費やすというのも悪くはなさそうだ」


 残り時間は十分を切っていた。

 しかし、それでも拓哉は歩いていく。生に向かって、一歩ずつ。


「玲子」


「何?」


「お前はいい女だな」


 拓哉の言葉に、玲子はきょとんとした目で拓哉を見下ろし、次いでくすりと笑った。


「今頃分かったの?」


「ああ、今回のことで嫌というほど思い知らされたよ。やはり俺にはお前が必要だ」


 先のことは分からない。生きて戻れたとして、やらなければならないことは山積みのはずだ。

だが、まず最初にやらねばならぬことがある。

それは、ここから生きて脱出することだ。


「戻ったら覚悟しておけよ。処理しなければならない案件が山積みだからな」


「それは嫌な話ね……」


 互いに笑い合い、歩いていく。生へ向かって。明日に向かって。

 もう神原幹雄の声は聞こえなくなっていた。


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