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ブレインキラー  作者:
73/80

第四ゲーム 『ジャッジ』 その12

 純也とのゲームを終え、コンソールルームへと戻った拓哉を出迎えたのは、自分の部下――ではなく、見知らぬスーツの男たちだった。

 彼の腹心とも呼べる部下たちの姿はコンソールルームにない。どういうことだ、と周囲を見回す拓哉に歩み寄る人影があった。


「こうして顔を合わすのも、久しぶりだな」


 話しかけてきた人物に、拓哉は目を見張る。

 もうすぐ齢八十を越えるというのに、豊かに生えそろった白髪。そして彼の意思の強さを体現するかのような太い眉。顔は細い。しかし痩せているというわけではなく、鋭いカミソリの刃のような印象を見る者に与えてくる。鬚はきっちりと剃られており、精悍でいて清潔な雰囲気を放っている。

 艶やかな黒の紋付袴に身を包んだ、その老人。彼は、


「神原、幹雄様……」


 神原グループ総帥、神原幹雄その人だった。


「ふっ、親に向かってなんと他人行儀な呼び方だ」


 神原幹雄は口角を微かに上げ、声もなく笑う。

 拓哉の背中に汗がびっしりと浮かび上がった。対峙しただけで、これほどのプレッシャーをかけてくる相手など拓哉は彼以外に見たことがない。

 拓哉は決して気圧されまいと、腹に力を込め、背筋を伸ばした。


「義父さん、お久しぶりです。本日はよくいらっしゃいました」


 親子。彼はそう言うが、拓哉は一度たりとてそう思ったことはない。

 彼に情などというものはない。価値があるか、ないか。彼にはそれだけなのだ。

 拓哉はまだ彼にとって価値のある人間とされている。だから生かされている。

 神原幹雄が拓哉より前に引き取ったとされる孤児たち。拓哉が独自に調べたところ、彼らのほとんどが今や行方不明となっていた。

 彼が殺したのか、または名前を変えて別のところで働いているのか。

 だが彼の力を持ってすれば、人を殺し、その事実を闇に消すことなど造作もないはずだ。

 下手を打つわけにはいかない。ここからが正念場なのだ。


「立ち見などせずとも、こちらにお座りください。ここまでのゲームはご覧に?」


「ああ、ライブカメラで見させてもらったよ。第四ゲームも直接眺めさせてもらったが、実に下らん展開になったな。こんな茶番を見させるために、ワシを呼んだのか?」


 神原幹雄の視線が拓哉に突き刺さる。彼は明らかに不機嫌だった。

 画面を見ると、純也が福山美里の説得に成功し、彼女を『審判の間』から連れ出しているところだった。

 もう一つの部屋。桃山留美もまた、佐古下美耶子の必死な説得に、心動かされているようだ。この調子ならば、彼女たちは全員、生きることを選択するだろう。

 そして、それが神原幹雄には面白くないらしい。


「これは公平なルールに則ったゲームです。彼らが生きることを選択したというのならば、残念ですが今回は我らの負けということになります」


 彼らに支払われる賞金は、すべて観客たちの参加費から支払われている。その膨大な額は彼ら四人の生活を一新させるには十分すぎるほどだろう。


「お前の弟。あれはお前が仕込んだか?」


 画面に映る純也へと視線を落とし、神原幹雄は低く囁く。


「確かに、このゲームを考え出したのは彼です。記憶の操作で、それらの事実は忘れさせましたが、偶然ゲームの攻略法を思い出したとしてもおかしくはありません」


 純也にかけた暗示は本物だった。彼の記憶を一切封じ、他のプレイヤーと同じ条件の元、送り出したのだ。だが、彼は見事にゲームをクリアーしてみせた。記憶を完全に消すことなど出来なかったか、もしくは彼そのものの素養か。


「ゲームが終わったようだな」


 ふん、と神原幹雄は大きく鼻息を吐く。

 画面には純也や美里も加わった説得で、ついにガラス板を銃で撃ち抜いた留美の姿が映っていた。

 これで彼らのブレインキラーは終わる。あとは廊下を進み、階段を上がれば、地上へと出ることが出来るはずだ。


「今回の損失は?」


「彼らへの報酬金を差し引いたとしても、十分すぎるだけの収益はあります。損失は出しておりませんよ」


「そうか」


 彼は退屈そうに、人の消えた舞台場を見つめている。


「失礼します」


 一言謝罪し、純也は懐から携帯電話を取り出した。

 さぁ、ここからだ、拓哉。肚を据えろ。

 お前の戦いはここからなのだ。

 自分で自分を激励し、拓哉は携帯で合図を送る。


「…………」


「…………」


 神原幹雄は拓哉のことなど歯牙にもかけぬ様子で、画面を見つめていた。

 合図は送った。あとは、自分の部下が必要な手引きを――


「下らん」


 吐き捨てるように言ったのは神原幹雄だった。


「お前が何かを企んでいるのは知っておったよ。ワシを殺そうとでも思っていたか」


「……っ、ご冗談を」


 かまかけだ。証拠となるものは出していない。

 顔に出すな。冷静になれ。平静を装え。


「ブレインキラー。おかしな名前だとは思っておったよ。脳を破壊する、と言うが、しかし実際のゲームでそんな場面があったか?」


「ゲームの名前は私が考えたものではありません。ならば次からは名前を変えさせましょう。何がいいですかな……?」


「名前は大事だ。名前には魂がこもっておる。お前は何を思い、このゲームにそんな名前を付けたか。知れたことよな。ブレインキラー。頭脳を殺す。ここで言う、ブレインとは指導者のことを差す。つまり、神原グループへの復讐として、このワシを殺す。それが貴様の願いではないのか」


「ははっ、面白い推理ですな。しかし、私にあなたを害する気など」


 部下は何をしているのだ。ここに来るまでに必要な準備は念入りにしてきた。決して外には漏れていない。そして作業を行ったのは、彼自身が選定し、育てた腹心の部下たちだ。

 だが、今この場に彼らの姿はない。


「貴様の企みなど、とうに気付いておったよ。貴様が児童養護施設のことを調べていたことも知っておる。あの施設を作ったワシが憎いか? 殺したくて仕方ないか?」


「…………」


 拓哉はついに言葉を発することを止めた。

 認めるしかない。彼の方が一枚上手だったということを。

 だが、もう遅い。ここに来た時点で、神原幹雄の死は確定した。


「何かを待っているようだな。この施設に仕掛けられた爆弾のことか?」


「……どうして、それを」


 さすがに拓哉も驚きを隠せなかった。

 この施設には彼ごと施設を爆破するための多量の爆弾が設置されている。

 拓哉は純也たちの生還を見届けた後、神原幹雄と共にここで死ぬつもりだった。

 時限式の爆弾。その起動を部下に任せてあった。

 しかし部下からの応答はない。そしてコンソールルームは神原幹雄の私兵となる男たちが取り囲んでいる。


「なるほど」


 携帯で連絡を取るが、反応はない。恐らく彼らに制圧されたか、もしくは既に殺されたか。


「実を言うとな、このゲームそのものにさほど興味はなかったよ。ワシはただ、貴様の絶望する顔を拝みに来たのだ。さぁ、どうする。頼みの部下はいない。貴様一人でこの状況をどう乗り切る?」


 拓哉を見る神原幹雄の顔にこれといった感情の色はない。いや、あるとするならば、それは観察者の目だ。薬を投与されたモルモットがどういう変化を示すか、それをただ観察する研究者の目。


「そうか……気付いていましたか」


 追い詰められているというにも関わらず、拓哉は妙に愉快な気分になっていた。

 ああ、楽しい。愉しかった。

 なるほど、自分の目論みなどお見通しだったというわけか。

 部下はない。仕掛けた爆弾も無効化された。

 多くの敵に囲まれ、自分はもはや絶体絶命。この状況を回避する方法などない。

 拓哉には足掻くことなど出来やしないのだ。

 それを十分に理解しているからこその、神原幹雄の態度だ。

 だが、


「ふっ、ははははははは」


 ついには堪えきれず、拓哉は声に出して笑い出した。

 それを気が狂ったかと思ったか、神原幹雄はつまらなげにため息を落とし、


「所詮ここまでか」


 指を上げる。すると、コンソールルームを取り囲んでいた男たちが一斉に銃を拓哉へと突きつけた。


「貴様には選択肢が二つある。ここで死ぬか、それともただの駒となって今後もこのゲームを開催し続けるか」


 拓哉は笑い続ける。

 神原幹雄は勝利を確信している。それが滑稽でたまらない。


「勘が鈍りましたな」


「ほぅ」


 拓哉の瞳がまだ生きていることに、神原幹雄は関心を持ったようだ。片眉を微かに跳ね上げてみせた。


「貴方の言った通りですよ。確かに私は貴方を憎んでいる。あの施設で死んで行った子供たちの無念を晴らしたい。そしてあの地獄のような日々に私たちを叩き落した貴方を殺したい。それだけをずっと願って生きてきた」


「それで?」


「だが、そう簡単に貴方の首を取れるとは思いませんでしたよ。貴方の元に行き、直接目で見て分かりました。貴方を殺すのならば、こちらも命を捨てなければならないと」


「だが、その策も失敗に終わったな」


「……本当にそうでしょうか? 最初から死ぬつもりだった者が、果たして罠を一つだけしか用意していなかったとでもお思いですか?」


 ここにきて、初めて神原幹雄の顔に、ある感情がよぎった。

 それは不審。この状況で目の前の男に何が出来るというのか。自分の合図一つで、彼は何もすることなくハチの巣になるというのに。何故、笑っていられるのか。


「爆弾はカモフラージュですよ。貴方ならば見破ってくると思っていた。そのためのカモフラージュ。それに貴方は見事に引っかかりましたな。まぁ、気付かなければ、そのまま私と一緒に爆死してもらうつもりでしたが」


 拓哉とて、ただ意味もなく、神原幹雄の元にいたわけではない。彼はずっと怨敵の性格、行動を観察し続けてきた。彼ならば、こちらの手を読んでくる。ならば、こちらはさらにその裏をかく。それも読まれれば、さらに裏を。

 そうして仕掛けられた、拓哉と協力者にしか分からないトラップがこの施設にはいくつも隠されている。

 そして、その協力者には拓哉から連絡がなければ、トラップを発動するよう命令してある。

 今頃彼女はトラップを発動させている最中だろう。

 それが発動すれば、そこで終わる。つまり今ここで拓哉が死んだところで、何の支障もないのだ。


「そろそろ始まる頃か」


 拓哉がそう言うと同時に、コンソールルームの入り口がシャッターによって閉ざされる。次いで部屋の証明が落ち、天井に設置された赤いランプが点滅する。


「貴様……何をした」


「ゲームですよ」


 ぶつりと放送の入る音。


『やぁ、僕は妖精。今からゲームのルール説明をするね』


 機械合成されたアナウンス。第五のゲームの始まり。

 そしてこれこそが、本当の『ブレインキラー』。

 さぁ、始めよう。本当のブレインキラーを。

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