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ブレインキラー  作者:
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第四ゲーム 『ジャッジ』 その9

 書類には全プレイヤーの、このゲームに参加するまでの経歴が詳細に記されていた。

 誰もが死を望んでいた。この世界に居場所を失い、生きる意味を見出せなくなっていた。

 そんな彼らに自分はどんな顔をして、生きろと言えるのか。その言葉は同情ではないと言い切れるのか。

 純也の葛藤を見て取ったか、拓哉は口元に不敵な笑みを浮かべ、


「理解したようだな。このゲームに参加するプレイヤーがどういう人間なのか。彼らは死にたがっている。だから我々はその舞台を用意した。そこに少しの利益を求めたとしても、罰は当たらないだろう」


 彼らの望みを叶えるための舞台装置。それがブレインキラー。

 ならば、どうして。


「一つ確認したいことがある」


 純也は目の前の拓哉を静かに見据え、


「どうしてこのゲームに『調整役』がいたんだ」


 途中から気付いていた事実を、突きつける。


「ほぅ」


 拓哉は微かに眉を上げると、難問を解いた生徒の説明を聞く教師のような顔で、純也を見返してきた。


「途中でおかしいと思ったんだ。第三ゲームのロール。あのゲームでは九つの役職が用意されていた。扉の数は九つ。だから役職は九つだ」


「続けてくれ」


「このゲームに参加しているプレイヤーは十三人ということになっていた。なら、どうして役職は九つしか用意されていなかった。第三ゲームにたどり着いたのが九人以下だったならば、それはいい。でも十人以上が第三ゲームに勝ち上がれば、第三ゲームは成立していなかった」


 『王国の門』に入ったときに感じた違和感。それは扉の数だったのだ。

 あのときは『扉の数=プレイヤーの人数』だったため、気にはならなかったが、後になって考えてみるとおかしいことに気付いた。扉の数を超えるプレイヤーが参加した場合、役職が足りなくなる。そうすると、ロールはゲームとして成り立たなくなるのだ。


「それだけじゃない。間宮の死だ」


 純也はロールで死んだ間宮のことを思い返した。


「あれは、本当に田嶋が殺したのか?」


 そんな疑問を感じたのは、やはり第四ゲームに上がってからだ。

 扉の数は四つあった。つまり参加できるのは四人までだ。もし、五人以上が勝ち残ればどうなる。

 間宮の勝利条件は分からなかったが、仮に彼も生存出来る可能性があったとしたならばどうなる。

 そう考えたときに、純也の中で一つの仮説が浮かんだ。

 このゲームには、クラブ側の人間が紛れ込んでいて、ゲームのバランス調整をしているのではないか、と。

 純也の推論を聞き、拓哉は満足げに頷いてみせた。


「なるほどなるほど、確かに面白い意見だ。つまり、こう言いたいのだな。各ゲームには人数の制限がかけられている。調整役と呼ばれる人間が、ゲームの成立する人数以下になるように、プレイヤーを間引いていると」


 そして一拍置き、


「だがおかしくはないか。こちらはプレイヤーの生死を賭けているのだ。何故、こちら側がそのような操作をしなければならない。それこそ観客の不満も出るというものだろう?」


「なら、こういう仮説はどうだ。調整役の人間もまた、プレイヤーとしてゲームに参加していた。暗示をかけて記憶を消していたのかどうかは分からない。だが、これならばプレイヤー同士の殺し合いで誤魔化すことが出来る。どうだ?」


「…………確かに、それならば筋は通るな。では、聞こうか。プレイヤーの誰が、調整役だったのだ?」


 調整役は誰だったのか。

 純也が直接その死を確認したのは、羽山、庄之助、田嶋、池沢、間宮、伊月の六人だ。

 そして死亡したことになっているが、その確認が取れていないのは、玲子、荻野、渡辺の三人。

 この中で怪しいとされる人物、それは――


「…………玲子さんだ」


 純也の言葉と同時に、背後の扉が開く。

 振り返ると、やはりそこには首輪を外した月村玲子が立っていた。その手には黒光りする拳銃が握られ、それを純也の頭に押し付けてくる。


「どうして分かったのかしら?」


「玲子、よせっ」


 拓哉の制止の声に、玲子は静かに首を振る。


「ごめんなさい。幹雄様から新しい命令が届いたの。ルールを追加するそうよ。第四ゲームで一人でも死者が出た場合、この子も殺すことになったわ」


 幹雄。その名前には聞き覚えがある。

 拓哉の養父で、神原グループの総帥。そしてあの施設の創設者。


「あの爺が、黒幕か……」


 思わず歯ぎしりする純也に、拓哉はわずかに顔を歪め、


「いや、彼はこのゲームには関わっていない。すべて俺が……俺の目的のために行ったことだ」


「兄さん!?」


 庇っているわけではなさそうだ。

 では、兄の目的とは何なのだ。

 このゲームで多大な利益を得ることか。それを足掛かりに、さらなる地位を目指そうというのか。


「そういうわけで、動かないでね、純也君。私だって、あなたを撃ちたいわけじゃないのよ。ゲームが終わるまで、静かに待っていてちょうだい」


 純也は押しつけられた拳銃の感触を頭から追い出し、心を落ち着かせる。

 取り乱せば、相手の思うツボなのだ。冷静にならなければならない。


「その拳銃、本物ですか?」


「ええ、間宮を撃ち殺したのは私よ。ロールでの【魔物】の勝利条件はすべての役職の死だった。どのみち彼は生き残れなかったわ。そしてあなたたちは彼を殺すなんて出来なかったでしょ? だから私が代わりにやってあげたのよ」


 なるほど。これで一つ納得した。

 ロールで、田嶋は間宮を本当に殺したのか。

 間宮を殺すには、扉を開けるか、相手に開けさせ、部屋を連結させた状態で撃ち殺さなければならない。だがもし一撃で殺せなかったら、それは逆に田嶋が死ぬことになる。

 【魔物】は同室した相手を殺害するスキルを保有していた。間宮の端末が田嶋のいる部屋に入れば、それで終わりなのだ。そんな危険を冒してまで、本当に田嶋は間宮を殺したのか。

 【狩人】を偽り、間宮の動きを封じておけばそれで良かったはずだ。あとはこちらから奪った、本物の【狩人】の端末で、彼を殺せば片が付く。

 つまり、田嶋は間宮を殺していなかった。殺したのは、首輪を外し、静かに背後から忍び寄った玲子の弾丸だったのだ。

 

「私からも質問いいかしら? どうして私が死んでいないって分かったの?」


「消去法ですよ。人数の制限が行われたのは第三ゲームからだ。調整役はプレイヤーの人数を九人にまで減らす必要があった。そして第三ゲームではプレイヤーの人数を四人以下にまで減らさなければならない。そこであなたは第二ゲームで舞台から去ったことにし、舞台裏から人数の間引きを行うことにした」


 純也の言葉に、玲子はくすりと笑みをこぼした。


「やっぱりあなたは聡明ね。ええ、その通り。でもね、調整役としての仕事を思い出したのは、第二ゲーム終了時なの。私もみんなと同じく記憶は消されていたのよ」


「それはおかしいですよ。記憶を消されて、どうして調整役なんて出来るんですか」


「みんなとは別に、もう一つ暗示をかけられていたのさ。第二ゲームに九人以下の生存者を出すこと、というな。ゆえに、玲子は無意識に人数の管理しやすいよう集団を作ろうとした。そこでお前たちに目を付けたんだろう」


 それを引き継ぎ、玲子。


「全てを思い出したのは、第二ゲームのタイムリミットがゼロになったときよ。爆発するはずの首輪が外れ、端末に情報が追加されたわ。それを見て、すべて思い出したの」


「……俺たちを騙していたのか」


 苦い表情で呟く純也に、玲子は一瞬視線を逸らせ、


「騙してなんかはいなかったわ。あなたたちのことは好きだった。あなたたちに死んでほしくなかった。信じてくれないかもしれないけど、これは本当のことよ」


「なら、どうして、俺に銃を突き付けてるんですか」


「そういう命令なのよ……ごめんね。あなたたちのことは好きだけど、命令には逆らえないわ」


 玲子からは悪意というものが感じられない。むしろ銃口を通して、悲しさとやるせなさが伝わってくる。

 おそらく、本人の言葉通りなのだろう。クラブに弱みでも握られているのか、または脅迫されているのか。


「まだゲームが終わるには時間がある。銃を下せ、玲子」


 拓哉は玲子と顔見知りのようだ。拓哉の言葉に玲子はゆっくりと銃を下す。

 押し付けられていた銃の感触が消えたことに、安堵する。やはり頭に銃口を押し付けられるのは、精神衛生的によろしくない。


「さて、まだ聞きたいことはあるんじゃないか?」


 拓哉は悠然とした態度を崩さない。彼の考えが読めない。


「あと二つ、聞きたいことがある」


「ああ、何でも聞いてくれ」


 純也はずっと心に残っていた質問を拓哉にぶつけることにした。


「……どうしてプレイヤーの記憶を消したんだ」


 拓哉の言うように、このゲームが自殺志願者のための舞台なのだとしたら、記憶を消す必要なんてなかったはずだ。それこそ無用の混乱を生みかねない。自分のことを何も思い出せない恐怖。それを経験した純也からすれば、何故プレイヤーの記憶を消したのかが理解できない。


「ああ、そのことか。最初はな、そのまま記憶の操作を行わずにゲームに参加してもらったんだよ。だが彼らは生きる気力のない、まるで人形のようなものだった。誰もゲームをクリアーしようとはせず、そのまま死んで行った。これでは観客の不満が募ってしまう」


 純也は拳を強く握りしめ、拓哉へ強い視線を向ける。


「俺たちはお前らを喜ばせるための玩具というわけか」


「まぁ、そう言うな。それに記憶を操作するのは、何も悪いことばかりではないのだぞ。考えてもみろ。このゲームが始まって、誰か一人でも自ら死のうとした連中はいたか? 誰もが生きようとあがいたはずだ。ならば、そこで経験した強い生への渇望が、記憶を取り戻したそのときにもまだ持続していたならば、彼らは生きようとするだろう。そのための資金も賞金という形で用意してある」


 ロールの開始時にスクリーンに映された札束の山。

 あれがこのゲームの賞金。いや、それだけではないだろう。きっと口止め料も含まれているに違いない。


「なら、他のみんなもこうして書類を?」


「ああ、見ているだろうな。そしてそれが暗示を解くキーになっている。今頃、彼女たちはすべての記憶を取り戻している頃だろう。知っているか? 記憶を取り戻した人間の変化はまさに千差万別だ。取り乱す者もいれば、泣き喚く者もいる。放心する者もいれば、すぐにでも自傷行為を始める者もいる。彼女たちはどうだろうな?」


 純也は立ち上がると、ガラスがあるにもかかわらず、拓哉めがけて拳を突き出した。

 鈍い音が部屋に響き、拳にジンとした衝撃が走る。


「止めておけ。人の拳程度では、この壁は壊せんよ」


「――っ!」


 拳を抑え、うずくまりながら、純也は拓哉を睨み返す。


「聞きたいことはそれだけか?」


「もう一つ……羽山さんを殺したのは誰だ」


 第二ゲームが始まってすぐに殺されていた羽山。その犯人は誰だったのか。

 純也ははじめ、羽山のことをフラッグにおいて端末を奪われた哀れな被害者だと思っていた。

 しかしゲームを進めていっても、田嶋以外に複数の端末を所持している人物は見つけられなかった。

 もしくは羽山を殺害したプレイヤーが、その端末を使うことなく死亡したという説も考えられるが。


「羽山、か」


「彼もまた、このゲームの調整役だったのよ」


 代わりに答えのは玲子だった。


「このゲームには調整役が二人いたの。調整役が一人だと不慮の事故に対応できなくなる。そのための保険ね。それが彼だった」


 確かに田嶋のようなプレイヤーに序盤で調整役が殺されてしまっては、ゲームの運営に支障をきたすだろう。そのための保険として、調整役が二人いるというのは理解できる。


「じゃあ、なんで彼は殺されたんだ」


 ロープで首を絞められ、死んでいた彼の死体を思い出す。

 死体を見るのは初めてではなかったが、この世の全てを呪って死んで行ったかのような彼の死に顔だけは、今も脳裏に深く刻み込まれている。


「殺さざるを得なかったのだよ。思い出してみろ。お前たちの首には何がはめられていた」


「爆弾のついた首輪だ」


「彼は首輪をしていたか?」


「……え?」


 そうだ。おかしい。言われてみると、彼の死体はおかしかった。

 あのとき、純也たちの首には爆弾機能のついた首輪がはめられていた。

 首輪がはめられている人間を、ロープで絞殺出来るのか。

 答えは否だ。首輪のない部分を絞めれば、殺害することも可能かもしれないが、それを動く相手に大して行うのは至難の業だ。

 まして相手は必死に抵抗するだろう。そんな相手を絞殺できるのか。

 純也は彼の死体をもう一度思い出した。

 彼に首輪はあっただろうか。


「首輪は……なかった」


 死体の惨状に気を取られ、大事なことに気付いていなかった。羽山は首輪をしていなかったのだ。

 だが、確かにゲーム前の自己紹介をしたときには、彼の首に首輪は付いていたはずだ。


「あの首輪も完璧なものではなかったのさ。羽山はあの倉庫で道具を使い、首輪の破壊に成功したのだ」


 そのやり方は分からない。だが偶然にも彼は首輪の解除に力ずくで成功してしまった。

 そしてこれが全プレイヤーに知られてしまえば、ゲームは破綻する。


「故にこちら側で彼を殺すことになった。そしてゲームを盛り上げるために、彼の端末を回収させてもらった。それにしても、まったく想定外の出来事だったよ。次からは首輪の強度を上げるべきだろうな」


 羽山はクラブ側の人間だった。しかしクラブによって殺された。

 彼はさぞや無念だっただろう。首輪が外れ、死を回避したと思った矢先に、理不尽に殺されたのだから。


「さて、このままおしゃべりに時間を費やしてもいいが、そろそろゲームを先に進めるとしようか」


 そう言い、拓哉は机を指差し、


「二番目の引き出しを開けるがいい。そこで審判が下る」


 そう言った。

 二番目の引き出し。

 一番目の引き出しには欠損した記憶が入っていた。では次の引き出しには何が入っているのか。

 そして最後の引き出しには何が。

 きっと今こうしている間にも、美耶子たちは絶望と恐怖に襲われている。

 助けなければならない。彼女たちを死なせるわけにはいかない。

 生きろと軽々しく口には出来ない。だが、それでも彼女たちはこんなところで死ぬべき人間ではないのだ。

 純也は鍵を使って、二番目の引き出しを開けた。

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