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ブレインキラー  作者:
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第四ゲーム 『ジャッジ』 その5

 木の扉を開け放った先は、刑事もののドラマなどでよく見る面会室のような作りになっていた。壁は黒一色に染められ、天井にはランタンが一つかけられ、儚い明かりを部屋の中に落としている。

 部屋の中央は透明なガラス板で仕切られており、ガラスの前には一つの机と椅子が設置されていた。机には引き出しが三段ついてあり、すべてに鍵がかかっているようだった。

 それ以外には何もない。ガラスの向こう側には純也が入ってきたものと同じ木の扉があり、どこかへと通じているようだが、こちら側からでは確認のしようもない。

 次にガラスを超える方法はないかと色々調べ回ってみたが、机が置いてある部分のガラスの一部が十センチ四方のスライド式になっている以外に、おかしなところは見つからなかった。スライド式の穴も、さすがにこの大きさでは人が出入りするのは不可能だろう。


「まだゲームは始まらないのか?」


 さすがに調べ疲れた純也は椅子に腰かけると、天井を仰いだ。

 この部屋に来て、どれだけの時間が過ぎただろうか。部屋に入ると同時に、入口はロックされ、部屋の外に出ることが出来なくなっていた。美耶子たちはどうしているだろうか、それを知ろうにも壁は厚く、向こうの部屋の様子を窺い知ることはできない。

 こうして狭い部屋に閉じ込められ、じっとしていると、まるで自分が死刑囚にでもなった気分になってくる。暗鬱としてくる心を切り替えるように、純也はこのゲームについて思い返すことにした。

 第四ゲーム、『ジャッジ』。

 かつて拓哉に見せてもらった企画書では、運営側がプレイヤーに救済措置があることを告げ、もう一度彼ら自身に、自分が望んでいるのは生と死のどちらなのかを問いかけるというものだった。

 おそらく手は加えられているのだろうが、このゲームは気をしっかり保ち、生への渇望を絶やさなければ必ず勝てるゲームだ。ゆえに勝率は限りなく百に近い。

 しかし気になるのは、この設置されている机だ。企画書にこんなものは書かれていなかった。

 そして鍵のかかっている引き出しの中身も気になる。


『やぁ、待たせたね』


 天井の隅に備えられているスピーカーから妖精が語りかけてくる。純也は思わず立ち上がり、スピーカーへ厳しい視線を向ける。


『さぁ、ではそろそろ審判の時を迎えようか』


 ガチャリとドアノブの回る音。

 ガラスの向こうにある扉がゆっくりと開いていく。

 そして姿を現したのは、グレーのスーツをきっちりと着こなした若い男だった。髪はしっかりと後ろに撫でつけ、穏やかな目元を隠すようにアンダーフレームの眼鏡をかけている。

 久しぶりに見るはずの彼の姿は、純也の記憶にあるものとまったく変わっていない。それが今、この状況で、自分の目の前に存在している。そのことが純也には何故か滑稽に思えてならなかった。

 純也は目の前にいる男を睨みつけ、その名前を口にする。


「拓哉、兄さん……」


「久しぶりだな、純也」


 拓哉はその顔に何の色も浮かべることもなく、淡々と純也を見つめ返してきた。


「……やっぱり兄さんがこのゲームを」


「その様子だと、記憶は取り戻したようだな」


 純也が口を開こうとした瞬間を見計らったかのように、拓哉は向かいの椅子に座る。


「まぁ、お前も座れ。色々聞きたいことがあるんだろう?」


 拓哉に言われるままに、純也は椅子に座り直した。


「さて、久しぶりに会ったんだ。ゆっくりとお前の話を聞いてやりたいところだが、まずはこのゲームのルールを説明する」


 そう言って、拓哉はスライド式の穴から鍵を一つ机の上に置いた。


「そこの机の引き出しを開ける鍵だ。まずは一番上を開けるといい。」


 純也は鍵を受け取り、怪しいところはないかをざっと調べる。それを見て、拓哉は初めてその口元に笑みを浮かべ、


「ただの鍵だよ。開けた途端、爆弾がドカンということもない。そこは安心していい」


 そこは、と拓哉は言った。つまりこの引き出しには何かがあるということだ。

 純也の推理を読んだのだろう。拓哉は満足げに頷く。


「そうだ、ここで油断してはいけない。確かに首輪の爆弾はなくなった。しかし、だからといって死がなくなったわけではない」


 拓哉は何を言いたいのだ。

 訝しげに思いつつ、純也はそっと一番上の引き出しの鍵を解除した。

 引き出しの中には大判の封筒が一枚入っていた。それを手に取ってみる。

 軽い。音からして、中には何かの書類が入っているようだ。


「このゲームは、すべての引き出しを開けた者に裁定権が与えられる。つまり引き出しを全部開けたプレイヤーが自身で、自身の望むものが生なのか死なのかを選択するのさ。だが、お前にこのゲームは意味がないだろう。死にたがっているわけでもないしな。そこで特別措置として、少し趣向を凝らしてみた」


「随分回りくどい言い方をするんだな」


「まぁ、そう言わないでくれ。これも観客を盛り上げるために必要な措置なんだよ」


 拓哉の発言に、純也の心の中で暗い炎が燃え上がった。


「やっぱり、このゲームを見物している奴らがいるんだな」


「ああ。お前たちの生死が賭けの対象となっている。会場は今、大いに盛り上がっているだろうな。かつてここまでのプレイヤーが第四ゲームにたどり着いたことなどなかったのだからな」


 純也は奥歯を噛みしめ、視線で射殺さんばかりに目の前の兄を睨みつけた。

 しかし拓哉は意に介した風もなく、肩をすくめてみせるのみ。


「お前の気持ちも分からなくはない。無駄な命などどこにもなく、命を弄ぶことなど許されない、とでも言いたいのだろう」


 まさにその通りだったが、拓哉の飄々とした言い方が妙に癪に障った。


「確かにお前の言うとおりだ。無駄な命などどこにも存在しない。俺たちがしていることは生への冒涜さ。だが、よく考えろ。ここにいるプレイヤーは何だ? 現実世界で生きることを放棄し、自ら死を選ぼうとする奴らだ。奴らの行為こそが、生を冒涜している。そうは思わないか?」


 確かに自殺という行為は悲しくも愚かしい行為だ。その行為に憤る拓哉の気持ちも、純也には少し理解できる。しかし、それでも許せないことがある。


「このゲームは、生を冒涜している者たちに生の正しいあり方を指し示すためのものだ。純也、生を一番実感するのはどういうときだと思う?」


「…………」


 いくつかの答えが脳裏を通り過ぎたが、どれも正しい答えではない気がする。

 沈黙する純也に、拓哉は一つ頷き、


「それはな、死と隣り合わせのときだ。死を意識した瞬間こそ、最も強く生を実感するのさ」


「そのための、爆弾だっていうのかよ」


 首につけられた首輪型の爆弾。誰もが、あの首輪に恐怖し、怯えていた。

 なるほど、確かにあの首輪があったからこそ、みんなは生きようとしたのかもしれない。

 しかし、それは同時に争いを生む火種になる。

 誰もが自分の生に固執するあまり、他人の命に無頓着になる。そうなることで争いが起き、それが殺し合いにまで発展する。まさにこのゲームで起きたことだ。


「兄さんの言っているのは、都合のいい理屈だよ。首輪の存在は、みんなを争わせるためのものだ。クラブの連中の賭けを成り立たせるためのものだ。違うか?」


「まったくもって、その通りだ」


 純也の指摘に、拓哉は否認するどころか、それをあっさりと認めた。


「純也よ、一つ疑問に思わないか? ここに集められるプレイヤーはどういう基準を持って、選ばれているのかと。裏サイトにたどり着いた者を片っ端から集めているとでも思うか?」


 プレイヤーに共通している事実。それは自らの死を望んでいた人物。

 それ以外にも何か共通項があるというのか。


「ここに集められているプレイヤーはな、救いようのない窮地に立たされている者たちなんだよ。これ以上生きていくことが出来ない状態。それが困窮であったり、家庭の事情であったり、理由は様々だが、ここにいる者たち全員は自身がどれだけ生きたいと願っても、それが叶わない。死ぬことでしか救われない。そういう者たちなんだよ」


 拓哉の言葉は衝撃となって、純也を襲った。

 拓哉の言葉が真実なのだとしたら、美耶子や留美たちも死を救済としていたということになる。

 あれほどの優しさを持った子が、どういう理由で自ら死を選ぼうとするのか。

 純也の表情を見て取った拓哉は、純也が手にしている封筒へと指を向け、


「そこにお前を除く全プレイヤーがどうしてここへ来ることになったのか、その事情が子細に書かれているよ。目を通してみるといい。どの子もなかなかに悲惨なものだよ」


 純也は思わず手元の封筒を凝視した。


「こんなものを俺に見せてもいいのかよ」


「ああ、これもゲームを盛り上げるための措置だ」


 気に入らない。拓哉の態度は気に入らないが、しかしこれを読まないことには先に進まないのだろう。

 純也は呼吸を整えると、封筒を開封し、中の書類を取り出した。

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