第四ゲーム 『ジャッジ』 その4
純也たちが『審判の間』へ到着する三十分前――
拓哉は階上のコンソールルームから最後の調整を行いつつ、画面に映る純也の姿に深い感銘を受けていた。
かつて第四ゲームに、これほどのプレイヤーが挑んだことがあっただろうか。ほとんどは第四ゲームにたどり着く前に全滅するか、たどり着けたとしてもせいぜいが二名ほど。そしてその誰もが、第四ゲームを乗り越えることは出来なかった。
観客は気付いていないだろうが、予想以上に生存者が多かったため、こちらで手を回す羽目になってしまった。次回以降はそのあたりのことも考慮に入れるべきか。
最後のゲームの準備は着々と終わりつつあった。必要な資料を揃え、そして審判を下す道具を用意する。審判員の配置も終わった。あとはプレイヤーの到着を待つのみとなっていた。
「ん?」
胸ポケットに入れている携帯が鳴動する。この場所にいる拓哉に電話をかけてくる存在は限られていた。
拓哉は発信者の名前を見て、一度目を見張ると、薄くその口元に笑みを浮かべてみせる。
「はい」
通話ボタンを押す。
「ゲームは盛り上がっているようだな」
聞くものを委縮させる、張りのある男の声。もうすぐ八十を超えようかという彼の声は、いまだに覇気に満ち溢れている。
「ええ、やはり弟を介入させたことが大きかったようです」
「くくっ、まさかあれほど溺愛していた弟を、ゲームの生贄に使うとはなかなかに面白い。一体どういう風の吹き回しなのだ」
神原幹雄。神原グループの総帥にして、拓哉の養父。
電話の主はその神原幹雄だった。
拓哉は自身の感情の起伏を悟られまいと、淡々と言葉を紡いでいく。
「彼がこのゲームの存在に気付いたのですよ。まだ、このゲームを失うわけにはいきません」
「なるほど、それで口封じか」
スピーカーの向こうからはくぐもった笑い声が聞こえてくる。
不快だ。拓哉は唾棄したくなる思いを必死で抑え込んだ。
「それにしても突然のお電話に驚かされました。何かありましたか?」
今までのゲームで、幹雄が拓哉に電話をかけてきたことは一度もなかった。そればかりか会場に足を運ぶことさえなかったのだ。
幹雄ではないが、一体どういう風の吹き回しなのだと、拓哉は眉をひそめる。
「一つ、面白い趣向を思いついたのでな」
ゲームへの介入。
ついに来た。このときが。
拓哉は瞳を閉じ、余計な一切の感情を切り捨てる。
「趣向、ですか?」
「次は第四ゲームだったな」
「ええ、今準備が終わったところです」
「審判者の中にお前も入れ」
「私が、ですか?」
「お前自身の手で弟を裁いてやれ。だが逆にお前が弟に裁かれるかもしれん。どうだ、これも賭けの一つとして使えると思わんか?」
つまり拓哉自身もゲームの盤上に上がれというのだ。
観客は大いに喜ぶだろう。そして幹雄の言葉に、拓哉は決して逆らうことが出来ない。
「……あなたのお望みとあらば、そうしましょう」
そして一拍。
「良ければ、父上もこちらへいらっしゃり、直接ゲームの結末をご覧になってはいかがですか?」
何気ない誘い。これ以上は押さない。
聡い彼のことだ。下手にこちらが言葉を重ねれば、こちらの思惑に気付かれる可能性がある。
ゆえに拓哉はこれ以上何も語らず、相手の出方を見ることにした。
幹雄は考え込んでいるのか、もしくは拓哉の考えを読もうとしているのか。受話器の向こうからは重苦しい空気だけが伝わってくる。
「良かろう」
やがて返ってきた言葉に、拓哉はほっと安堵の息を漏らす。それは演技でもなく、彼の偽らざる気持ちだった。
「それではお待ちしております」
通話を切り、拓哉はコンソール室に控えている部下たちを見回した。
「神原幹雄様が来られるそうだ。お前たち、くれぐれも粗相のないように、丁重に歓迎するんだぞ」
部下たちの中で一気に緊張が走るのが拓哉には見て取れた。
「それと、幹雄様のご要望だ。三笠純也の審判者は俺がやる。審判者には連絡を」
部下に指示を出しながら、拓哉はいつしか笑っている自分に気付いた。
愉快だ。楽しかった。恐らくこれほどまでに心躍らせた日などなかっただろう。
ついに来たのだ、この日が。
拓哉は画面の向こうにいる純也へと視線を向ける。
彼は頭を抱え、膝をついていた。苦痛に歪んだ顔。しかしどこにも怪我をしている様子はなく。
「暗示が解けたか」
弟はすべてを思い出すだろう。自分がこのゲームに関わっていたこと。そしてゲームを開催しているのが拓哉であること。
第四ゲーム『ジャッジ』。
弟は果たしてどういう答えを導き出すのか。
「ああ、楽しみだな……」
今、ようやく本当のブレインキラーが始まろうとしていた。