第四ゲーム 『ジャッジ』 その2
エレベーターの稼働する音。そして重力に逆らい、上昇していく感覚。
美耶子はちらりちらりと隣に立つ純也の様子を盗み見た。純也は何か考え事をしているかのように難しい顔をして、天井を見つめている。
次が最後のゲームとなる。何か話をしたいと思った。何でもいい。彼と二人で話がしたい。
そう思うものの、いざ口を開こうとすると言葉が出てこない。金魚のように口をパクパクと開閉させ、やがて自身の意気地のなさにため息を吐く。
「美耶子さん」
と、そこへ純也が話しかけてきた。思わずドキリとしながら、美耶子は返事を返す。
声は上ずってなかっただろうか。顔は赤くなってないだろうか。変なことばかりが気になってしまう。
そしてそれと同時に、自分にとって彼の存在がいかに大きいものなのかを再確認させられてしまう。
これが好意なのか尊敬なのかは美耶子自身にも分からない。ただ、純也の姿は美耶子にとって、とても眩しく見えるのだった。
(私も……少しは彼に近づけたのだろうか)
フラッグで美耶子は彼のように強くなりたいと願った。今の自分はあのときよりも強くなれたのだろうか。彼と同じ目線で同じ風景を見れているのだろうか。
そう思いながら見上げた純也の顔は、どこか困ったような表情をしていた。
何か自分が彼を困らせるようなことでもしたのだろうか。美耶子が不安に思っていると、純也は髪をかきむしり、大きくため息を吐いた。
そしてその視線が自分へと向けられ、
「今だから言うけど、美耶子さんは俺の心の支えだったんだよ」
「……え?」
彼の言葉の意味が理解できず、美耶子は今の彼の言葉を心の中で復唱する。
(私が……支えに?)
驚き、固まる美耶子に、純也は肩をすくめてみせ、
「美耶子さんがいたから、俺はここまで来れたのかもしれない。俺一人だったら、とっくの昔にすべてを諦めていたかも」
「そんなこと……」
きっと彼は自分の存在の有無に限らず、多くの人を救おうとしたに違いない。
だが純也は首を振ると、穏やかに笑った。
「美耶子さんの優しさや、思いやりが、俺に人として大事なものを忘れずにいさせてくれたんだと思う。だからきっと俺が今こうしてみんなと一緒にいられるのも、美耶子さんのおかげなんだよ」
「そう、なんでしょうか……?」
むしろ足を引っ張っていたのではないか、そう思ってしまう。
「うん。そんな美耶子さんだから、俺は君を守りたいと思った。君を死なせてはいけないと思ったんだ」
「それは、その……」
どういう意味なんだろうか。
上手く言葉が出てこない。彼の言葉に期待して、心臓は今にも破裂しそうなぐらいに高鳴っている。
「わ、私も……純也さんと会えてよかったです」
どうにか返せた言葉は、しかしどこか的外れなもので。
「私は、少しでもあなたの強さに近づけたんでしょうか? 強く、なれたんでしょうか?」
「強さの意味は、きっと人によって違うんだと思う。俺は美耶子さんのその変わらない優しさが、君の強さなんだと思うよ。それはきっと美耶子さんだけの強さだ」
「私だけの……」
自分だけの強さ。その言葉は美耶子の心の中に力強く根付いた。
心が熱くなる。不思議な昂揚感。
「美耶子さんは現実に戻ったら、何かしたいことってある?」
純也は話題を変えてきた。
美耶子は少しばかり考えを巡らせて、
「ここで亡くなった人の供養をしたいです」
そう答えた。世間では行方不明扱いになっているのかもしれない。人知れず死んで行った彼らの死を悔やめるのはきっと自分たちだけだろうから。だから残された自分たちで彼らの死を弔ってやりたい。
「そっか……うん、そうだな。このゲームを終わらせたら、みんなで集まって、伊月さんたちの供養をしよう」
「はい」
まだ先のことは分からない。でもきっとこの人がそばにいてくれれば、自分は大丈夫。
次のゲームも乗り越えることが出来る。
そしてエレベーターが止まる。
ここから最後のゲームが始まる。でももう何も怖くはなかった。