第三ゲーム 『ロール』 その21
『ゲームクリアー、おめでとうございます!』
E2へとたどり着き、美耶子の首輪を解除した純也たちを出迎えたのは、スピーカーから流れてくる陽気なファンファーレと、機会音声だった。
『暴君は倒れ、これで王国は平和と繁栄を約束されました。お疲れ様でした』
第三ゲームは終わった。しかし純也たちの心には安堵や生への喜びといった感情はない。
あまりにも多くのものを失いすぎ、感情が摩耗してしまったかのように、純也たちの心を占めるのはどこまでも空虚な気持ちだ。
当初十三人いたはずのプレイヤーは今や四人にまで減っていた。ゲームが進むごとに少しずつその数が減っていく。命が消えていく。果たして次のゲームでは何人が生き残るのか。
『さぁ、最後のゲームが貴方を待ってますよ。エレベーターにお乗りください』
純也は自分がこのフロアーへ来るために使ったエレベーターを見る。
次で最後だ。しかし最後のゲームとは何なのか。
だがその答えを純也は知っているような気がした。
夢の残滓。既知感。
(そうだ、俺はこのゲームを知っている)
だからここまで生き抜くことが出来た。考えてみればおかしな話だった。
何故このような極限状態の中で、自分は落ち着いているのだ。どうして『都合よく』ゲームのクリアー方法を閃くのだ。
それは最初から自分がこのゲームのことを知っていたからではないのか。閃きだと思っていたものが全て、実は既存の知識をひっぱり出してきただけなのではないのか。
(いや、そんなはずはない……そんなはずは……)
しかし否定する言葉は次第に弱くなる。自分自身への疑心暗鬼。
もし、自分がこのゲームについて知っているのだとしたら、自分も主催者側の人間なのか。
いや、そんなはずはない。もしそうなのだとしたら、どうして記憶を消されて、自身もゲームに参加している。仮に自分が主催者側の人間ならば、このようなことはしない。それこそ記憶を消されたふりをして、このゲームの調整役にでも――
「っ!」
純也の心の中を電撃が走り抜けた。
第三ゲームが始まるときに感じた違和感の正体に、ようやく気付いたのだ。
だが、今更そんなことに気付いたところでもう遅い。ゲームは最後まで来てしまったのだから。
「純也さん……」
美耶子がどうするのかと純也とエレベーターを見比べている。
だが、まだだ。もう少し記憶の残滓を掘り起こしたい。
「ごめん、もうちょっと待って欲しい」
本当は今すぐにでもこのフロアーから抜け出したい。だが、エレベーターに入れば、そこからは先は次のゲーム舞台となる。どこで最後のゲームが始まるのかも分からないのだ。ならば、今ここで純也はすべてを思い出しておく必要がある。
夢。どんな夢を見た。
不明瞭な風景。自分はどこかのビルにいた。隣に立つ男性、それは純也のよく知る人物で、そして誇りに思っていたはずの人物。
「拓哉……」
そうだ。純也には兄がいた。純也は兄と二人で暮らしていたはずだ。
記憶が像を結び、純也の脳裏にある映像が浮かび上がってくる。
それはどこかの部屋だった。テレビを見る自分。そして写真立てを手に取る兄の姿。
ここで何か大事なことがあった。今の状況に繋がる大事なことが。
写真を眺める兄の表情にはどこか暗いものがあった。悲しんでいるのではない。憤っているわけでもない。それはまるで自嘲しているかのような、そんな自虐に満ちた暗い表情。
『兄さん、何かあったの?』
過去の自分は兄にそう尋ねていた。兄は写真立てを倒すと、こちらへと視線を投げ、こう言ってきた。
『なぁ、純也。一つ頼まれてくれないか?』
その言葉はトリガーだった。記憶という空気を限界まで注入し、膨張した風船。その風船を撃ち抜く弾丸。記憶の中の兄の言葉は、まさにその弾丸だった。
衝撃に耐えきれず、風船が破裂する。そして溢れ出した様々な記憶。その情報量は凄まじく、脳が悲鳴を上げる。
「あぐっ」
頭を抱え、思わず膝をつく純也に、美耶子たちが慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫ですか! 純也さん!」
こちらを心配げに見つめてくる美耶子の顔が揺らぐ。美里も留美も、そして自分がいるこの部屋でさえも波の中を揺蕩うかのように揺らいでいる。
現実と記憶がごちゃ混ぜになる感覚。
純也は覚醒しながらにして、記憶の中に落ちていった。