第三ゲーム 『ロール』 その20
純也は美耶子たちをD3へと移動させた後、すべての端末を回収していった。
田嶋の言うとおり、E4では池沢が眉間を撃ち抜かれて死んでいた。驚きと恐怖が入り混じった彼の死に顔は、死ぬ直前の彼の感情を表しているようで居た堪れない気持ちになる。
池沢の目を閉ざしてやり、彼の冥福を祈る。
池沢とは最後まで和解できなかった。もし彼と和解出来ていれば、彼の死は防げたのだろうか。
いや、今更そんなことを考えても意味のないことだ。
純也は池沢の端末を回収し、D4への扉を開いた。
「あんたもか……」
D4では池沢と同じく、間宮もまた頭を撃ち抜かれ物言わぬ肉塊となっていた。
間宮に純也は良いイメージを持っていなかった。田嶋と同じく警戒していた人物でもあったのだ。
しかしこうして死体となっている彼を見ると、空しさのようなものがこみ上げてくる。
田嶋の死で一つ分かったことがある。
それはプレイヤーの死が役職の死と繋がってはいないということだ。つまり端末が無事ならば、プレイヤーの生死は関係ないのだ。
ゆえにいまだD4には【魔物】が健在している。純也は彼を弔ってやることさえ出来ない。
「すまない」
純也は間宮の死体に頭を下げると、D4への扉をそのまま閉ざした。
そしてD3へと戻った純也は、自分たちを除く全プレイヤーの死を確認してきたことを告げた。
部屋の中は重い空気に包まれるが、いつまでも落ち込んではいられない。
憔悴した顔の美耶子や、目を赤く充血させた留美や美里を、この死の空気が充溢した空間から早く脱出させなければならない。
「みんな、聞いてほしい。このゲームをクリアーする方法が分かった」
純也の言葉に、全員の視線が集まる。純也は一つ頷き、このゲームをクリアーするための手順を美耶子たちに説明した。
「重要なのは、妖精のスキルです」
純也は留美の端末を操作し、スキルの画面を表示させる。
「だが、あたしはもうスキルを使ってしまっている。使うことは……」
「いえ、大丈夫です。この文章をよく読んでください」
『
スキル 悪戯
指定した役職を一度だけ入れ替える
』
「おかしなところがあるのか?」
首を傾げる留美に、純也はある一部分を指差した。
「放送では、強力なスキルは一度しか使えないと言っていました。これは確かに事実です。俺の王のスキルは一度しか使えないでしょう。でも妖精に限って言えば、そうでもないんです」
「どういうことかな?」
「この文章、こういう風に訳せませんか? 指定した役職同士の交換を一度だけ行える、と」
「…………確かに、そうも取れるね。もしそうなのだとしたら、指定していない役職同士の入れ替えはまだ可能ということか」
「ええ、それで合ってると思います。そしてこの妖精のスキルを使って、このゲームを終わらせます。留美さん、今から言う役職の入れ替えをお願いします」
純也の指示通り、留美は端末を操作する。
『【妖精】のスキル発動を確認。【王】と【平民】を入れ替えます』
予想通り、アナウンスは妖精のスキルの使用を宣言した。
そして純也の端末が【平民】のものへと書き換えられる。【王】の端末は池沢の端末へと書き換えられたはずだ。
「次は美耶子さん。その端末を貸してくれるかな」
「は、はいっ」
美耶子から【王女】の端末を受け取り、そしてスキルを使用する。
『【騎士】のスキルを確認。【騎士】の命を消費し、【王】を殺害します』
「純也さん?!」
驚きに目を見張る美耶子だが、純也は動じない。
そのための覚悟は伊月の意思を継いだときに済ませてある。
スキルが実行されたのだろう。池沢の端末の電源が落ちる。
(池沢、ごめん)
心の中で池沢に謝り、純也は池沢の端末を地面に置いた。
「あ……」
カチリとロックの外れる音がしたかと思えば、留美の首から首輪が外れて落ちた。
【王】【王子】【騎士】の三人の死亡を満たしたため、【妖精】の勝利条件が達成されたのだ。
留美は呆然と自分の首元をさすっている。
「まずは一人」
そして美耶子の端末に変化が起きた。
ソフトが勝手にアップデートされ、王の証という項目が追加された。
なるほど、王位継承権を持つ三人の内、二人が倒れれば自然と残った一人が王になるのは当然の理屈だ。つまり王の証とは自分以外の王族を殺害することで入手出来る仕組みになっていたらしい。
そうなれば、玉座とは、【王】のいる場所。つまりゲーム開始時、【王】である純也がいた部屋が玉座の間ということになる。あとは部屋を移動するだけで、美耶子の勝利条件も達成される。
「これで二人」
次に、純也は美里の端末を受け取った。
美里は【狩人】だ。その勝利条件に【魔女】と【魔物】の殺害が挙げられている。
美里の端末を操作し、スキルを使用する。
【狩人】のスキルは狩猟。【魔物】を葬り去るスキルだ。
『【狩人】のスキルを確認。【魔物】を殺害します』
続けて、純也は自分の端末を操作。
【平民】のスキルは【魔女狩り】。【魔女】と同エリアーになったとき、【魔女】を殺害することが出来る。
「行ってくる」
その結果として、純也は伊月の首輪を爆発させなければならない。
『分かっているな?』
伊月の言葉の意味。
(ええ、分かっています。自分が死んだら、その後の処理を頼む。そういう意味ですよね、伊月さん)
美里が生存するには、伊月の死が必要となる。だから伊月は美里を救うために、【魔女】を殺せと、そう言ったのだ。
「っ……」
バルブを回そうとする純也の腕を掴んだのは留美だった。
聡い留美ならば、今から純也のしようとしていることも理解しているだろう。
留美は一度目を瞑ると、掴んでいた手をそっと放した。
「頼む……彼を眠らせてやってくれ」
「ああ」
短く頷き、純也はD4へと再び足を踏み入れる。
田嶋と重なるように、伊月が死んでいる。
純也は伊月の腕を胸の前で組ませると、最後にもう一度だけ黙祷を捧げる。
「伊月さん、あなたとの約束は絶対に守ります。これ以上誰も死なせない。だから安心して眠ってください……」
伊月に背を向け、純也は端末を操作する。
『【平民】のスキルを確認。【魔女】を殺害します』
背後で起こる爆発に振り返ることはしなかった。
D3へと戻ると、美里と純也の首輪が外れた。
美里は【魔物】と【魔女】を。純也は【王】【王子】【魔女】を殺害し、勝利条件を満たしたのだ。
「美耶子さん……あとは君だけだ。でも大丈夫。あとはI2へと移動すれば、それで首輪は外れるから」
純也は美耶子を安心させるように、笑ってみせた。
しかしそれを見る美耶子は、何故か泣いていた。
助かったことへの安堵? いや、そうじゃない。では、みんなの首輪が外れるから? いや、そうでもない。
その涙には嬉しいという感情はなく、ただ悼むようなそんな気持ちが込められている気がした。
「美耶子さん?」
戸惑う純也に美耶子は血に汚れた手で、純也の手を包み込むように握った。
その手は柔らかく、そして温かかった。
美耶子は何も言わない。ただ涙をこぼし続ける。
そして純也は唐突に理解した。
美耶子は自分のために泣いてくれているのだと。
覚悟は決めた。スキルを使い、遺体を吹き飛ばす決意だ。ボタンを押すのに、すさまじい抵抗感があった。相手が死んでいるとはいえ、相手の体を破壊することに吐き気さえ覚える。自分のこれからやろうとすることは死者の尊厳さえ奪う行為なのだ。
だがそういった感情をすべて抑え込み、残されたメンバーの生還のためにやり通す。そう覚悟したのだ。ゆえに、純也が彼らのために涙を流すことは許されない。
そしてそんな純也の決意を知っているからこそ、美耶子は純也の代わりに泣いてくれている。
(あぁ……)
美耶子の涙が、純也の心を少しだけ軽くしてくれた気がした。
「ありがとう、美耶子さん」
純也は小さくそう呟いた。