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ブレインキラー  作者:
55/80

第三ゲーム 『ロール』 その19

 純也たちが移動した後、【魔物】も待機を選択したらしく、八ターン目は何も起こることなく終了した。そして九ターン目。

 ピピッ

 メールが届く。


『おかしな動きをすれば、魔物が動く。忘れるな』


 こちらを牽制するメールだった。【魔物】にE4が【狩人】でないことを伝えたかった。

 しかし【魔物】の位置は純也たちからニマス以上離れており、メールを送る手段はない。

 しばらくすると、端末に向こうからの要求が送られてきた。


『魔女は一人でD5まで来い』


 やはり最初に【魔女】を狙ってきた。純也は伊月へと視線を送る。

 伊月はただ頷くと、自身の端末で了承の返事を相手に送った。


「やすやすと殺されはしないさ。隙を突いて、騎士を助けてみせる」


 腰のナイフにポンと手を置き、伊月は言う。

 その瞬間、純也は強烈な焦燥感に駆られた。何か自分は大事なことを見落としているのではないか。それはこのゲームを開始して、幾度となく覚えた感覚だった。

 しかしそれが言葉になるより早く、伊月はバルブへと手を伸ばした。


「待って、扉は俺が開けます。向こうで何があるか分からない。伊月さんは行動権を残しておいた方がいいです」


「分かった。頼む」


 D5へと続くバルブを回し、扉を開け放つ。

 部屋の中央には田嶋が立っていた。伊月が部屋の中へと足を踏み入れる。


「よぅ、魔女は伊月さんか。おっと変な気は起こすなよ」


 下卑た笑みを浮かべながら、田嶋が手を差し出す。


「スキルを使われると厄介だ。あんたの端末をこっちへよこしな」


 伊月は頷き、自分の持っている端末を床に滑らせた。

 しかしそれは伊月と田嶋の中間の位置で止まる。これで田嶋は端末を拾わなければならなくなった。

 その隙を突いて、田嶋を取り押さえようというのだろう。


「ちっ、めんどくせぇな」


 ぼやきながら、田嶋は端末まで近づき、手を伸ばす。

 その瞬間、伊月は走り出そうとし――


「お見通しだよ、ばーか」


 田嶋が懐から取り出した拳銃で撃ち抜かれた。

 どっと伊月が地面に倒れ伏す。その体から真っ赤な血が次々と溢れ出し、血だまりを広げていく。

 美里と美耶子が悲鳴をあげ、留美は唖然と目の前で起きた現実を見つめていた。

 伊月は動かない。田嶋が嗤っている。

 空薬莢が床に跳ね返る甲高い音を聞きながら、純也はようやく自分が危惧していたものの正体に思い至った。

 ゲーム開始前、純也たちはナイフという凶器を見せつけられた。そのとき純也は感じていたはずだ。もしナイフ以上に危険な凶器が用意されていたら、と。

 しかしゲームのルールに囚われるあまり、そのことを失念していた。

 本当に危険なのはスキルや役職などではなく、武器を持った人間自身だということを。


「さて、お前らも動くなよ」


 銃口をこちらへと向けながら、田嶋は伊月の端末を拾い上げる。


「次は王の端末だ。魔女を殺すときにスキルカウンターを使われたくないんでな。王は誰だ?」


 奥歯を噛みしめながら、純也はD5の部屋へ入る。


「おぅ、今度は純也ちゃんか。まったく因果なもんだな。最後まで俺とお前は争い合う運命らしい」


 肩をすくめる田嶋に純也は鋭い眼光を向けながら、


「騎士の人は?」


「もう分かってるだろ?」


 パンッと銃声を真似た声を上げて、銃口をわずかに上下に振ってみせる。

 そして田嶋は何かを思いついたかのように片眉を跳ね上げた。


「おっ、いいこと思いついたぜ」


 銃口は横にスライドし、美耶子に向けられる。


「美耶子ちゃん、あんたの役職は?」


「お、王女、です……」


 恐怖に震えた声。怯えた瞳。

 田嶋はその反応を楽しむように瞳を細めると、口笛を吹いてみせる。


「ははっ、そいつぁ、ラッキーだぜ。俺が勝利条件を満たすためには、王女に生きていてもらわないといけないみたいでな。よし、美耶子ちゃん。そこにいる全員の端末を持って、こっちに来な。美耶子ちゃんだけは助けてやるよ。俺とよろしくしようぜ」


 その言葉に純也の怒りが膨れ上がる。しかし銃口に晒されている今、うかつに動くことは出来ない。


「純也さん……」


 どうすればいいか分からず、美耶子は純也へと視線を向ける。


「ほらほら、早くしないと指に余計な力が入って、誰かを撃っちゃうかもよ?」


 田嶋は今の状況を楽しんでいる。しかし純也にこの状況をひっくり返す手段はない。


(せめて田嶋が銃を手放せば……)


「美耶子さん、田嶋の言う通りに」


 と言うが、端末が向こうの手に渡れば、純也たちの命はないだろう。そして生き残った美耶子がどういう目に遭うか。何も出来ない自分が腹立たしい。


「美耶子ちゃん、まだかなー。撃っちゃうよ? 誰から撃つ? やっぱ純也ちゃんかな?」


 銃口がこちらに向けられる。純也はごくりと生唾を呑み込んだ。


「止めてっ! 持っていくから……端末を持っていくから、みんなを撃たないでっ!」


 涙声で美耶子が叫ぶ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 何度も謝りながら、美耶子が純也たちの端末を回収していく。そして全ての端末を持った美耶子は、最後に一度だけ純也へと視線を向けた。

 その涙に濡れた瞳を純也は美しいと思った。

 フラッグで足の手当てをしてから、美耶子は少しずつ変わっていった。彼女はいつも誰かのために一生懸命だった。自分ではなく、他人を思い遣るその姿は、純也にはとても眩しく見えていた。彼女を守らなければならない。純也がそう決意したのも、この美しさを曇らせないためだ。

 ああ、なるほど。

 そして純也は理解した。自分はいつしか彼女の輝きに惹かれていたのだと。美耶子が大事な存在なのだと、そう自覚した。

 その涙を止めてやりたい。誰かのために、いつも泣く彼女の、その涙を笑顔に変えてあげたい。


「……え?」


 と、そこで自分の考えにおかしな部分があったことに気付いた。

 彼女はいつも誰かのために泣く。それは今この状況でも変わらない。

 だがここで流れる涙は――


「っ」


 その瞬間、美耶子のこれからやろうとしていることに純也は気付いた。

 待て。馬鹿なことはするな。そう呼び止めたい。

 しかし美耶子はもう純也の手の届かない場所まで移動していた。


「よし、ちゃんと持ってきたようだな。その端末を俺の後ろにまとめて置いておいてくれや」


 田嶋の視線が美耶子から逸れる。

 その瞬間、美耶子は端末を床に落とし、懐から黒い筒状の物体を取り出した。


『これ、鉛筆を削るためのカッターナイフだと思う。これだったら持っていても気付かれないはずだから。護身のために美耶子さんに持っていて欲しいんだ』


『で、でも……』


『使わなくてもいい。ただ持っていてくれるだけでいいんだ。お守りみたいなもの、じゃダメかな?』


『…………分かりました』


 倉庫での会話がフラッシュバックする。そうだ、あれはあのとき純也が渡したカッターナイフだ。

 美耶子が底を押し込むと、筒の先端から短い刀身が飛び出した。

 それを美耶子は田嶋の腹部へと勢いよく突き刺した。


「…………あ?」


 田嶋はきょとんとした顔で、自分の腹部に刺さっているナイフを見つめる。

 その視線はゆっくりとそれを握る美耶子へと向けられ、


「いてぇ……いてぇじゃねぇか、この甘ぁ!」


 怒りの形相で美耶子を殴り倒した。

 そしてナイフを引き抜く。その短い刃では人を刺し殺すことは到底できないが、相応の痛さはあるのだろう。食いしばった歯から荒い息を吐き出しながら、伊月は地面に倒れ伏す美耶子を睨みつける。


「上等だ。調子こいてんじゃねぇぞ! いいぜ、このナイフでお前の顔を切り刻んでやるよ」


 田嶋がナイフを振り上げる。

 純也は思わず駆け出そうとし、


「っ!」


 それよりも早く、倒れていた伊月が跳ね起き様に腰のナイフを抜き、田嶋の喉を切り払った。


「て、てめぇ……死んでなかっ――」


 田嶋の喉から血が噴き出し、部屋を赤く染めた。血が気管に入り、呼吸が出来なくなった田嶋はもがき苦しんだ挙句、やがてその動きを止めた。


 伊月もまた田嶋に重なるように倒れ伏す。


「伊月君っ!」


 留美が血相を変えて、伊月のところへと駆け寄る。 

 純也は放心している美耶子を抱きしめ、伊月へと視線を向けた。

 伊月の呼吸は弱弱しかった。田嶋の放った弾丸は伊月の胸を撃ち抜いていた。血が止まらない。動脈を傷つけているのか。

 医学の知識がない純也には伊月の状態が危険なものなのかは分からない。だが、伊月という存在が徐々に消えていくような、そんな恐怖を感じていた。


「伊月さん……」


「田嶋は……死んだか?」


 純也は田嶋の死体に一瞥向け、頷いた。


「そうか……なら、約束は、守れたな」


「伊月君、もうしゃべるなっ」


 留美の悲痛な叫び。しかし伊月は首を振ると、


「いや、俺はもう、助からないだろう」


「そんなことない! そんなことないからっ! 一緒にこのゲームを抜け出すって、約束したじゃないか……っ」


 留美はいつしか泣いていた。いつも冷静だった留美が感情を振り乱すところを、純也は初めて見たかもしれない。


「すまないな、桃山、福山……約束は、守れそうにない」


 苦笑する伊月に留美はただ泣きじゃくる。見れば美里もまた、泣き崩れていた。

 純也が美耶子たちと行動を共にしていたように、留美や美里もまた伊月とずっと行動を共にしていたのだ。そこには純也の知らない三人だけの感情の共有があったのだろう。


「純也」


 伊月の視線が純也に向けられる。

 その瞳には強い意志の光が宿ってるような気がした。

 純也は姿勢を正し、彼の最後の意思を受け取ろうとする。


「分かっているな?」


 その言葉の意味を理解し、純也は頷く。


「あとは、任せた。みんなを、無事に……」


 それが伊月の最期の言葉となった。

 もう伊月が何かをしゃべることはない。薄く開いた瞳は天井を見つめ、その口元はどこか満足げに笑っているようにも見えた。

 純也は伊月の瞳をそっと閉じてやると、彼のために黙祷を捧げ、そして立ち上がった。

 伊月に託された最後の意思。これ以上の犠牲を出させるわけにはいかない。美耶子たちを無事に元の世界に帰す。


「みんな、俺の言うとおりにしてほしい」


 そのための覚悟は出来た。

 さぁ、この下らない戦争ゲームを終わらせよう。

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