第三ゲーム 『ロール』 その18
ゲームは八ターン目に入ったいた。
七ターン目、純也たちはE5にいる二つの光点に接触しようとD3まで移動していた。
F5にいるのが【魔物】なので、必然的にE5にいるのは【平民】と【騎士】の二人になる。
だが純也を除く面々はそこにいるのが【王】と【騎士】だと思っているはずだ。
嘘を告白するには今しかないのかもしれない。最初は美耶子を気遣って吐いた嘘だったが、その歪みは次第に大きくなり、どこかで致命的な傷を産みだすかもしれない。
「みんな、ちょっと聞いてほしい」
純也は皆を呼び止めると、一度大きく深呼吸する。
「実は、みんなに謝らなければいけないことがあるんだ」
純也は端末を操作し、自分の役職ページを表示する。そして表示されたそれを皆に見えるように差し出した。
「俺の本当の役職は王なんだ。嘘を吐いててごめん!」
頭を深く下げ、謝罪する。
誰もが驚きに言葉を失っているのか、シンとした静寂が場を包んだ。
純也は自分が役職を偽った理由を一つずつ語っていく。
【王女】である美耶子にいらぬ不安を与えぬため。序盤で合流した荻野を信用しきれず、本当の役職を教えることに抵抗を覚えたため。しかし言葉にすればするほど、自分は仲間を信じ切れていなかったのだという深い後悔の念が浮かび上がってくる。
語る言葉が尽き、純也もついには黙り込んでしまう。
「頭を上げろ、純也」
そんな純也の肩に伊月が手を置いた。
「お前の判断は間違ってはいない。俺だってお前の立場だったならば、そうしただろう」
「それに美耶子君のことを想っての嘘だったのだろう? それならば仕方ないさ」
「そうですよ! それにちゃんと本当のことを話してくれたんですから!」
次々とかけられる仲間たちの温かい言葉に純也は胸が詰まる。
顔を上げた純也は美耶子へと視線を向ける。美耶子は微笑んでいた。
純也の手を取り、
「ありがとうございます。私のためだったんですね。確かに純也さんが王だったのはショックですけど、きっとみんな無事にゲームをクリアーする方法だってありますよ。だから頑張りましょう」
「……そうだな。誰も死ぬことなく、このゲームをクリアーするんだ」
美耶子の言葉に、純也は力強く頷き返す。しかしその心の中ではこのゲームの行く末を冷静に予測している自分がいた。今のこの流れでは、恐らく全員の生還は不可能だろう。誰かを救おうとすれば、誰かが犠牲になる。このゲームの図式を打ち崩す方法は今の純也には思い浮かばなかった。
「ちょっと今の状況をまとめたい。桃山さん、メモ帳と鉛筆を貸してくれるかな」
留美から筆記用具を受け取り、現在判明している全員の役職の情報を書き込んでいく。それが終わると、そこから既に死亡している【王子】に関連する部分を消していった。そうして残った情報をまとめ、全員の勝利条件を改めて確認する。
そして気付いてしまう。思わず伊月の方へと視線を向けると、伊月はすべてを理解しているという風に頷きを返してきた。
伊月の役職である【魔女】の勝利条件は【王子】が生存した状態で、【王女】を殺すことだ。【王子】が死亡している今、【魔女】がこのゲームに勝ち残る術は残されていない。恐らく純也と伊月以外のメンバーはまだ気付いていないだろう。
「伊月さん……」
「気にするな。おかげで俺も覚悟が出来た」
そう言って、伊月は薄く笑う。それはまるで死地に赴くことを決意した兵士のようで。
「覚悟……?」
純也は不安な気持ちに襲われ、思わず尋ね返していた。
しかし伊月は腕を組み、目を閉じることによって、純也の追及を拒む姿勢を作る。恐らく何を聞いても、これ以上伊月が何かを語ることはないだろう。
「光点に動きがありました!」
端末を見ていた美里が声を上げ、純也は慌てて美里の元へと向かった。
「さっきここが動いたんです」
美里が指差したのは、E5にいた二つの光点の内の一つだ。この二つの光点――【騎士】と【平民】のどちらかは一つ北のE4へと移動していた。
ピピッ
純也の端末にメールが受信される。
送り主は今移動したばかりのE4からだ。
メールを開く。そこには【平民】である自分が【狩人】と称し、【魔物】を支配下に置いていること。そして【騎士】のプレイヤーを身動きの取れない状況にしてあること。【騎士】を【魔物】に殺させたくなければ、こちらの指示に従えという内容の文が書かれていた。
「どう思う?」
伊月の問いに、純也は首を振った。
「罠の可能性が高い」
【騎士】の勝利条件は【王】と【王子】の殺害だったはずだ。そして【王子】が死んだ今、【騎士】はなんとしてでも残った【王】を殺害しようと狙ってくるだろう。
そして【平民】だ。勝利条件は明らかでないが、スキルの特徴から見て、【魔女】の討伐を目的としている可能性が高い。
ならば、この両者は互いの勝利のために組んでいるかもしれない。
もしそうなのだとしたら、この脅迫は罠であり、そこに飛び込んでいくのは自殺行為と言える。
「でも本当に助けを求めてるのかも」
美里の言葉を否定出来ないのが痛いところだった。
もしここで純也たちが【騎士】を見捨てればどうなるだろうか。戦況に大した変化はないだろう。むしろ相手が協力する相手を失い、不利になるはずだ。
こちらに【騎士】を助けるメリットは何もないのだ。だから見捨てればいい。それが正しい答えだ。
「でも……」
損得感情で助けを求める人を見捨てることが出来るのか。それこそまさに田嶋のような人間の所業ではないのか。
「くっ……」
自分の良心は助けに行けと叫んでいる。しかし倫理的思考はこれを罠だと勧告している。
ピピッ
再びメールが届く。
『こちらの指示に従うのならば、D4へと移動し、全員待機を選択しろ。従わなければ、騎士は殺す』
「ど、どうするんですか……?」
全員が純也を見ていた。純也が今、この瞬間に、決めるしかない。
「…………向こうの指示に従おう」
純也の選択を、倫理的思考は愚かな行為だと嗤っている。
だがそれでも構わない。たとえこれが罠だったとしても、切り抜けてみせる。
純也たちはD4へと移動した。