第三ゲーム 『ロール』 その16
【王子】の死を放送で聞いた池沢は盛大な舌打ちと共に、D5へと続く扉を睨みつけた。
池沢が現在いるのはE5だ。F4、G4で何か起こっているらしく、池沢は六ターン目はE5にいる誰かにメールで待機を命じ、自身もまた待機を選択していた。
池沢は眼鏡の位置を直しながら、自身の端末を操作する。
『
第三ゲーム ロール
あなたの役職は【平民】です。
詳細 【王】の圧政に苦しむ民。王家に対する憎しみは強い。
個々の力はないが、集団としての力は大きい。
スキル 魔女狩り
【魔女】が同エリアに存在するとき【魔女】を殺害出来る
勝利条件 一 【魔女】の殺害
一 【王】と【王子】の殺害
残りターン 二十四
次へ 』
池沢の役職は【平民】だった。【王子】のように強力な攻撃スキルを有しているわけではなく、【王女】のように盾を有しているわけでもない。池沢は焦った。このままでは、自分は他の役職に殺されるだけではないのか、と。
ゲーム開始直後、池沢はD9にいた。B9にいる誰かとメールでのやり取りが可能だと気付いた池沢は、相手に自分が【狩人】であると偽りのメールを送った。
すると、向こうは自分が【魔物】であることを明かし、【狩人】のスキルを使わないことを条件に協力を申し出てきた。
【魔物】の殺害スキルは非常に強力だ。勝利するために【魔女】【王】【王子】の三人を殺害しなければならない池沢からすれば、【魔物】という存在は非常に便利な駒だった。
【魔物】の協力を得ることが出来た幸運にほくそえみながら、池沢は今後の戦略を練っていた。
まずは自身の標的の現在位置を知ることだ。
池沢は三ターン目にD5にいる光点へメールを送り、その正体を探ろうとした。
相手は【魔女】だった。自身の標的の一人だ。ここで池沢は考えた。すぐに【魔女】を殺すべきか否か。【魔女】には一度だけ相手のスキルを無効にするスキルがある。自分のスキルを防がれたときのことを考慮しなければならない。
そして池沢が考え付いた戦略は見事なものだった。まず、相手と協力関係を結ぶ。こちらは【魔物】を従えていることを教え、攻撃の意思がないことを示す。だが突如【魔物】が裏切り、【魔女】を攻撃。そしてこちらを【狩人】と信じ込んでいる【魔女】が自分のエリアーへと避難し、そこを【平民】のスキルで仕留める。そうだ、これがいい。この戦略で行こう。
頭の中で迅速に必要な行程を思い描き、池沢は戦略を実行に移した。
【魔女】はこちらを信用したようだ。ではすぐにでもこちらと合流させようと、メールを打っている最中、【魔女】からメールが送られてきた。
どうやら他のメンバーとも合流するらしく、一度F4へと集まろうと言うのだ。
ここで拒否をすれば怪しまれる。池沢は了承のメールを送り、【魔女】を殺す機会を慎重に窺うことにした。
しかし第六ターン。E4にいた光点がF4へと移動し、【魔物】のスキルにより【王子】が殺された。
これは池沢にとって想定外の事態だった。
戦略の破綻。池沢は混乱した。
まさか自分が【魔物】だと信じていたD5が嘘をついていたというのか。相手を利用していたつもりが、相手に利用されていた?
プライドの塊である池沢にとって、それはとても許容されることではなかった。
では、どうする。F4にいる【魔物】にメールを送り、また自分を【狩人】と偽って脅すか。
だが、それは今の状況では得策ではない気がする。G4にいる五つの光点。恐らくは純也たちだろう。
仲間と群れなければ何も出来ない劣等種。奴らの中に【狩人】がいたらどうだ。自分のように【魔物】を脅し、こちらへけしかけてくるかもしれない。
手詰まり。どの役職が誰なのか、情報が足りない。唯一はっきりしているのは、F4にいるのが【魔物】であり、【王子】が死んだことだ。
どう動けばいい。何をすればいい。
池沢の額にはびっしりと球のような汗が浮かんでいた。
こんなところで死にたくない。自分はこんなところで死ぬはずがない。
混迷する思考は意味のないことばかりを浮かび上がらせる。
そして放送は第七ターンの開始を告げた。
ピピッ
「…………え?」
放送が切れるや否や、池沢の端末にメールが届いた。
相手は【魔物】と偽っていたD5からだった。
『合流しないか?』
何をいまさら!
池沢はそう打ち込もうとし、寸でのところでその指を止めた。
気付いた。気付いてしまった。この状況を打開する方法を。
D5にいる人物は【魔物】ではない。それは第六ターンで明らかになった。だがこちらはどうだ。こちらが【平民】であることは、まだばれていないのだ。
向こうは池沢を【狩人】と信じている。そして【魔物】は池沢のニマス以内に存在している。つまりメールで接触を図ることは可能なのだ。だからD5は慌てた。今度こそ【魔物】を従えて、自分に報復に来るかもしれないと。ゆえに友好の意を示すように、メールで合流を示唆してきた。
思考が澄み渡る。次の取るべき戦略が明確に脳裏に映し出される。
池沢は眼鏡の位置を直し、口元を釣り上げて笑った。
まず池沢は【魔物】に脅しのメールを送った。自分は【狩人】で、【魔物】をいつでも殺せること。それが嫌ならば、自分に協力しろ、といった内容のメールだ。
【魔物】からの返事はすぐにあった。了承。予想通りの返事だ。
次に、池沢はD5にいる光点へとメールを送る。
『了解した。こっちに合流するといい』
自分が優勢であることから来る強気。しかし相手はそれを拒否した。【魔物】の位置が近すぎるというのだ。なるほど、怯えてしまうのは仕方ない。
『こちらの指示に従わないのならば協力はしない』
だがここで譲歩するつもりはなかった。こちらには【魔物】という切り札があるのだから。
『分かった。そちらへ行く』
了承のメールに、池沢はこれ以上ないという優越感を感じた。誰もが自分の思うがままに動くのだ。このゲームの支配者であるという事実に、池沢は恍惚となった。
だがいつまでも呆けてはいられない。ここからが重要なのだ。
【魔物】にF5へと移動するよう指示を出す。これは純也たちの牽制にもなるはずだ。まずはD5を罠にはめ、殺害する。破綻したと思われた当初の戦略はここにきて、再び修復されたのだ。
だが正確に言えば、このとき池沢は慢心していた。ゲームにばかり頭を取られ、最も警戒しなければならないことを失念していたのだ。
光点が移動する。D5へと続く扉のバルブが回され、ゆっくりと扉が開いていく。
さぁ、どんな顔をして出迎えてやろう。
池沢はD5にいるであろう人物を確認しようと視線を上げ、こちらへ向けられる銃口に気付いた。
パンッ――
そんな乾いた銃声が部屋に鳴り響く。
「あ……」
思考が断絶する寸前、池沢が最期に見たのは、愉悦の笑みを浮かべ、蔑んだ視線を向けてくる田嶋の姿だった。