表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレインキラー  作者:
50/80

第三ゲーム 『ロール』 その14

 合流地点であるF4にたどり着いた伊月を出迎えたのは、【妖精】の留美だった。


「やぁ、久しぶり」


 伊月の姿を認めた留美は口元を微かに綻ばせ、片手を上げてみせた。


「やはりお前だったか」


「おや、気付いていたのかい?」


「なんとなくな」


 そう言って、吐息と共に伊月は肩をすくめてみせた。

 それから伊月は留美と互いの情報を交換し合った。ニマス以内ならばメール機能が使えること。各光点がどの役職なのかということ。そして互いの端末の情報。

 留美が見せてくれた端末には、こう表示されていた。



  第三ゲーム ロール


  あなたの役職は【妖精】です。


  詳細 古の時代から生きる種族。

     かつての戦争で多くの仲間が殺されたことで、人間を恨んでいる。


  スキル 悪戯

      指定した役職を一度だけ入れ替える


  勝利条件 一 三人以上の人間の死亡



  残りターン  二十五



  次へ                                 』



「三人、か」


「まったく困ったものだよ。しかも先ほどの放送を聞くと余計に気が重くなる」


 妖精による追加ルール説明により、役職での死はプレイヤーの死と同義であることが明確になった。

 つまり【妖精】がこのゲームに勝利するには三人以上のプレイヤーの死が必要となる。


「さて、次のターンで全員とメールでのやり取りが可能になるわけだが、どうしたらいいのだろうね」


 現在、伊月たちのいるF4を中心に各光点は集まってきている。【魔物】と同室するわけにはいかないので、【魔物】には一マス離れてもらう措置が必要になるが、それ以外のメンバーとは顔を突き合わせて討論しておきたい、というのが留美の希望だった。全員の勝利条件を明確にしたうえで、対応を練るのだ。


「おかしいな」


 伊月がぽつりと呟く。


「どうかしたのかい?」


 留美が問いかけると、伊月は南の扉を指差し、


「G4にいる奴がこっちへ来ない」


 言われて、留美もハッとなったように光点の位置を確認した。

 確かにG4の光点は移動していない。待機を選択したのか。しかし、何故?


『全員の行動が終了しました。スキルを使用しますか?』


 伊月たちの疑問を裏付けるように、妖精が五ターン目の終了を宣告する。


『スキルの使用はなし。六ターン目に入ります。各プレイヤーは行動を開始してください』


 そして始まる六ターン目。


「どうする? メールを送るべきか」


「いや、そんなことをする必要はないだろう。隣にいるんだ。扉を開けて、直接問いかければいい」


「伊月君の言うことも分かるが、罠という可能性はないだろうか?」


 移動のために開ける扉。だがこの扉の開閉にはいくつか利点があった。

 両者が隣接している場合、片方が待機を選択するとしよう。待機には、扉を開けて閉めるというアクションが必要になる。この扉が開けられている間、隣り合った二つの部屋は一つの部屋へと変わる。

 両者の移動はおろか、メールではなく直接会話をすることも出来るのだ。

 しかしこの行為にはデメリットも存在する。隣接する状況。様子を知るために待機を選択し、扉の開閉を行うということは、相手がスキルを使う絶好のチャンスなのだ。

 もしかしたらG4にいる誰かは、何らかの手段で伊月たちを攻撃しようとしているのではないか。留美はそう警告したのだ。


「G4にいるのは誰だ?」


「確か、荻野氏と美耶子君のはずだよ」


 五ターン目に留美はG3にいた美耶子にメールを送っていたという。メールの文面から美耶子だと判断した留美は自分の正体を明かし、G4にいるのが荻野であることを聞き出していた。


「荻野か……」


 伊月の記憶にあるのは作業着を着た屈強な体つきをした男だった。田嶋や間宮のように悪意を感じさせる風貌ではなかったはずだ。しかし分からない。このゲームは人の醜い内面を浮き彫りにさせるのだから。


「まずは俺が扉を開けよう。向こうで何か起きているなら移動すればいい。何もなければ、向こうの二人をこちらへ招き入れ、扉を閉めればいいさ」


 何が起きているかを確認するためにも、やはり扉は開ける必要があった。

 伊月は腰のナイフを再確認してから、南のバルブを回す。

 女性の腕力を考慮しているのだろう。バルブはすんなりと回り、伊月は扉を開け放った。


「よぅ、お二人さん」


 荻野と視線がかち合う。荻野はG4の室内の中央に佇んでいる。その手にはナイフが握られ、抱き寄せられた美耶子の首筋にあてがわれている。美耶子は恐怖に顔色を青くしながら、悔いるような表情を浮かべている。これ以上の無様は見せまいと、唇を強く噛みしめる姿は逆に痛々しく伊月の目に映った。

 伊月は思わずG4へ踏み込もうとし、


「おっと動くなよ。動くと、これがプスリと行っちゃうぜ?」


 ナイフを強調するように、美耶子の首筋をその刃筋がなぞりあげる。

 伊月は歯噛みすると、足を止め、荻野を睨みつけた。


「誤解すんなよ。ワシは別にあんたらと敵対したいわけじゃねぇんだ。ただみんなで協力したくてね」


「ふん、自分のしていることを差し置いて、よくもそんな言葉が出るものだね」


 留美が吐き捨てるように言うが、荻野はさして気に留めた様子もなく、


「仕方ないだろう。ワシは騎士で、嬢ちゃんは王女だ。なら、スキルを使わせないためにこうするしかないだろうよ」


「何が、望みだ」


 苦々しい口調の伊月に、荻野は口元を釣り上げる。

 その笑みはまるで田嶋のようだ、と伊月は思った。自己のため、他者を顧みないものの笑み。悪魔の笑みだ。


「あんたらの役職は?」


「魔女と妖精だ」


 荻野はその言葉に少し考え込む素振りを見せる。


「妖精か。なら、そのスキルでワシの役職を好きに変更出来るんだよな」


「ああ、端末にはそう書いてあるな。ただし一度だけだが」


「なら、ワシを王子に変えてもらおうか」


 【王子】。隣接するエリアーの人間を殺害する、謀殺スキルの持ち主だ。


「……何故王子に?」


 留美の問いに、荻野はしたり顔で答える。


「王女と騎士の変更でもいいんだがよ、それだと身を守れるのは一度までだ。だが、王子は違う。王子のスキルは何度でも使える。ならば、どちらを選択すればいいかなんて、すぐ分かるだろう」


 確かに謀殺スキルに回数制限はない。それは周囲へのプレッシャーと成り得るだろう。


「で、嬢ちゃんを救うためにスキルを使うのか? それとも見捨てるのか、どっちだ?」


 ここは荻野の言うとおりに、留美にスキルを使用させるしかないのか。


「伊月君」


 そのとき伊月の背後にいた留美が、伊月にだけ聞こえる声量で囁いた。


「少し時間を稼いでくれ」


 この状況を打開する手を思いついたというのか。

 ならばそれを信じよう。伊月は荻野に向かって、指を二本立ててみせた。


「二つ疑問がある。いいか?」


「疑問? 今更何も聞こうってんだ」


「それを聞かなければ、こちらも安心してスキルを使うことが出来ない。だから答えてもらいたい」


「ふむ……まぁ、いいぜ。答えられることなら答えてやるよ」


 荻野の言葉に伊月は頷き、


「一つ目。役職の変更後に人質が無事に解放される保証は?」


「王女に騎士のスキルを使われると困るんでな。王女の端末は預からせてもらうが、嬢ちゃんは解放しよう」


 確かに攻撃スキルに優れた【王子】はその分守りが薄い。対象指定型の【騎士】のスキルを使われれば、防ぎようがないだろう。ゆえに【王女】を封じる荻野の選択は間違ってはいない。


「二つ目。このターンにお前が俺たちを攻撃してくる可能性は?」


「ん~、まぁそういうこともあるかもしれねぇよな。でもそっちには魔女のスキルがあるじゃねぇか。一度防げるんだから、その間にワシのそばから離れればいいだろう?」


「それは出来ない。魔女の俺は今、扉を開けてしまっている。選べる行動はここに留まるか、そちらへ移動するかの二つしかない。当然、お前は俺たちがそっちへ移動するのを嫌がるだろう」


「まぁ、そうだな。あんたは強そうだし、一緒の部屋になるのは勘弁してもたいないな」


「そして妖精の桃山もスキルを使うことでこのターンの行動が終了してしまう。お前のスキルを防ぐ手立てが俺たちにはない」


「ふむ……ならばこのターンは何もしないと誓おう」


「本当だな?」


「ああ、ワシも出来るならば敵は作りたくない。穏便に済むのなら、それに越したことはないよ」


 まだだろうか。そろそろ時間を引き延ばすのも限界だ。

 そんな伊月の気持ちが伝わったのか、留美が横に並ぶ。


「分かった。ならば、スキルを使おう。そして役職の変更後、美耶子君をこちらに引き渡してもらおう。それでいいかな」


「おう、早くしてくれねぇか。さすがにワシもこの態勢は疲れてくる」


「桃山……」


「大丈夫。あたしを信じて欲しい」


 留美はそう言って、頷くと端末を操作し始める。


『【妖精】のスキル発動を確認。【王子】と【騎士】を入れ替えます』


 スピーカーからスキル発動のアナウンスが流れる。他のプレイヤーによる妨害はなかった。

 ピッピッと荻野の端末が連続した電子音を発し続ける。書き換えが始まったのか。


『入れ替えが完了しました。これに伴い、【王子】と【騎士】のスキルを初期化します』


 電子音が止まり、静寂がG4に漂う。役職の変更が完了したようだ。


「さぁ、約束だ。美耶子君を返してもらおう」


「ああ、約束は約束だからな。じゃあな、嬢ちゃん」


 荻野が美耶子を放し、そして突き飛ばす。

 その直後、荻野の背後のドアが勢いよく開け放たれた。


「っ!?」


 荻野は慌てて後ろを振り向き、


「今だ、伊月君!」


 留美が叫ぶと同時に、伊月は駆け出していた。

 美耶子を通り過ぎ、こちらに気付き慌ててナイフを構えようとする荻野の手をひねり上げる。


「がぁっ!」


 ひねりあげた腕に膝蹴りを食らわせ、ナイフを取り落とさせる。落ちたナイフをすかさず足で払い、部屋の隅に吹き飛ばすと、関節を極め、荻野をその場に押し倒した。


「大丈夫ですか!?」


「純也……」


 H4の扉を開け放ち、荻野の気を逸らせたのは純也だった。純也に続いて、美里もG4へとやって来る。


「彼らがH4に移動したのが分かったから、メールを送ったんだよ。こちらの合図でG4への扉を開けてほしいとね」


「そういうことか」


「貴様ら、ワシを謀ったな!?」


 組み敷いた荻野が罵声を上げる。


「黙れ」


 伊月が腕に力を込めると、荻野が苦痛の悲鳴をあげる。

 留美は何が起きたか分からず放心している美耶子に端末を差し出した。


「これでもう大丈夫だ。よく頑張ったね」


「桃山さん……」


 美耶子はたまらず、留美に抱きつき、その肩に顔をうずめたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ