第三ゲーム 『ロール』 その13
移動しない荻野。そのことに不審を感じたのは純也だけではない。最も強く不審を抱いたのは、荻野と同エリアーになった美耶子だった。
美耶子は荻野の後を追いかけるように部屋を移動していた。だがG4へと移動した美耶子はそこにいまだ残っている荻野と出くわした。
荻野と関わるのは初めてのことで、緊張や怯えがないと言えば嘘になる。しかし純也からは良い人そうだと聞いており、美耶子は荻野自身ではなく、純也の言葉を信じた。
だから美耶子は不安を押し隠し、笑みを浮かべて、荻野のところへと向かった。
「どうかしたんですか?」
何か伝言でも預かっているのだろうか。
荻野はにこやかな笑みを浮かべ、美耶子へと一歩踏み出し、
「え……?」
そのまま美耶子の腕を掴んだ。
「あ、あの……痛っ」
荻野の手が腕に食い込む。締め付けられる腕の痛みに、たまらず顔をしかめる。
「嬢ちゃん、ちょっとワシの頼みを聞いてくれんか?」
荻野はまるで仮面をはめているかのように笑顔を崩すことなく、美耶子の腕を掴むその手にさらに力を込めていく。
ここに来て、ようやく置き去りにしてきた恐怖が美耶子の心に追いついた。
「いやっ、放してくださいっ!」
振りほどこうとするが、美耶子の力では荻野を振り払うことなど出来るはずもなく。
「ワシの言うとおりにしてくれれば、何もせんよ。だが、言うことを聞かないと」
頬に衝撃。美耶子は自由な方の手で自分の頬に手を当てる。
カッと頬が熱くなったと思えば、次第にそれはじんじんと疼きにも似た痛みを発し始める。
「嬢ちゃんも痛いのは嫌だろ? だからワシの言うとおりにしてくれんか?」
荻野は相変わらず笑っている。その笑顔に一切の邪気はなく、それが逆に頬に広がる痛みとのギャップとなり、美耶子の思考は混乱する。
荻野は美耶子に抵抗の意思が消えたことを見て取ると、掴んでいる手の力を少しだけ緩めた。
「まさか嬢ちゃんが王女だったとはなぁ……」
そう言って、荻野は自分の端末を片手で器用に操作し、表示された画面を美耶子に見せた。
『
第三ゲーム ロール
あなたの役職は【騎士】です。
詳細 王国に仕える騎士。
【王女】に好意を寄せており、【王女】の盾となり戦う。
【王】と【王子】を倒さずして、【王女】の平穏は訪れない。
スキル 忠誠
【王女】が指定した役職を自身の命を代償に殺害する
勝利条件 一 【王】と【王子】の殺害
一 【王女】の生存
残りターン 二十六
次へ 』
端末には【騎士】と表示されている。それが荻野の役職だった。
「お、荻野さんが騎士だったのなら、どうして私にこんなこと……」
「こんなこと? 嬢ちゃん、スキルのとこをよぉく見てみなよ」
荻野の言葉に、美耶子は【騎士】のスキルに目を凝らす。
忠誠。【王女】の指定した役職を――
「あっ」
美耶子は思わず息を呑んだ。
そう、【騎士】の生殺与奪剣は【王女】が持っているのだ。美耶子は勘違いしていた。すべての役職に一つのスキルが用意されているのだと。しかし現実は違った。【騎士】のスキルの発動権は【女王】が有していた。慈愛の精神で他者の死を引き受ける聖女、そして自身の敵を他者の命を持って忠する血塗られた聖女。【王女】には二つの顔があった。
荻野は美耶子にスキルを使われることを恐れた。だからこうして美耶子を自分の支配下に置こうとしているのだ。
「私、スキルなんて使いませんよっ」
「信用出来るわけないだろう! いざとなったら、使うに決まってる! しょせん、人の命だからなっ!」
「そんな……」
先ほどの妖精の説明に、被害妄想を肥大化させすぎたのか。荻野は美耶子の言葉に耳を貸そうとしない。
「どうすれば、信じてくれるんですか……?」
思わず口から出た言葉に、荻野は空いている手を美耶子へと突き出し、
「あんたの端末を渡してもらおうか。そうすれば、あんたはスキルを使えないだろ?」
と口にした。
その提案に美耶子は言葉を詰まらせる。
このゲームにおける端末とは、自分の命そのものだ。それを純也ならまだしも、荻野に預けることに対する強い抵抗感。
視線を逸らす美耶子に、荻野は舌打ちをし、無理やり美耶子の持つ端末を奪い取った。
「あ……」
奪われた端末を視線で追いかけるが、既にそれは荻野の手の中だ。
腕を放され、美耶子は放心するようにその場に崩れ落ちた。