第三ゲーム 『ロール』 その10
伊月は考えていた。
このゲームは今までのゲームとは違う。今までのゲームは全員が同じ条件下で、同じ目的のために動いていた。だが、このゲームは違う。
役職という枠にはめ込まれたプレイヤーたちには、恐らく各々の勝利条件がある。そうなれば、今までのように皆で協力してクリアーを目指すということは難しくなる。
伊月は端末を操作し、自分の情報を表示させる。
『
第三ゲーム ロール
あなたの役職は【魔女】です。
詳細 呪術を得意とする魔術師の老婆。
その呪術の強さに目を止めた王子が密かに自分の配下とした。
かつて夫だった男を呪術で【魔物】へと変貌させたことがある。
その心の醜さゆえか清廉な存在を許さない。
内乱に応じて、【王女】の殺害を企む。
スキル 身代わり
指定した役職の死を一度だけ無効化出来る。
勝利条件 一 【王女】の殺害
一 【王子】が生存した状態で、三十ターンを迎える
残りターン 二十八
次へ 』
伊月に与えられた役職は【魔女】だった。
与えられた目的は【王女】の殺害と、【王子】の生存だ。
しかし伊月にとって、このような目的はもはやどうでもよかった。このゲームで純也たちに害が及ぶ前に田嶋を殺す。その決意の証として、伊月はサバイバルナイフを手に取ったのだ。
フラッグで伊月は死の決意を固めた。だが玲子が自分の身代わりとなり、自分は今こうして息を吸うことを許されている。ならば自分は玲子の願い、そして自分の願いでもある純也たち全員の帰還を達成するために動く。その結果、自分が死ぬことになろうと構わない。
「さて、どう動くか」
伊月はこの第三ターンでいまだに何のアクションも起こしていない。
当初、伊月は誰かと接触を図ろうとA3にいる何者かにメールを送った。しかし返事が返ってくることはなく、伊月は最初の行動を迫られた。
伊月の初期位置はA5だった。ここで取れた選択肢はA4へと移動するか、B5へと南下するかだ。A4へと移動すれば、A3にいる相手も同じエリアへ移動することで合流出来るのかもしれない。しかし返事の来なかったメールが妙に気になったのだ。
情報が欲しいのは向こうも同じはずだ。しかし向こうは接触を持とうとはしなかった。
だから伊月は一ターン目は様子を見るために南下することを決めた。相手がこちらに向かってくるかどうかで、相手の意図を探ろうとしたのだ。
しかし相手もまた伊月と同じく南下を選択した。
第二ターン。B8にいる光点と接触を取ろうとした。しかしメールが送れるのはB3の光点のみだった。メールには有効範囲というものが存在するのかもしれない。
そしてもう一つ気になったのはI2とI4の二つの光点だ。
この二人は二ターン目にI3で合流を果たした。そのことにより、二人は【魔物】ではないということが証明された。ならばこの二人と接触を図るのも手かもしれない。
そして伊月は第二ターンも南下を選択した。そんな伊月の行動を待っていたのか、伊月が移動するとすぐにB3の光点もまた南下を選択する。常に一定の距離を置きつつ、絡みついてくるB3の存在が不気味だった。
光点の変化は続いている。第三ターン。I3で合流した二人の内、一人は北上をはじめ、一人はその場で待機を選択したようだ。恐らくI4にいる誰かとの接触を図ろうとしているのだろう。
「この動き方……I3にいるのは純也か?」
みんなと協力してゲームにあたる。その純也の精神がI3に重なって見えた。ならば、やはり純也との合流を果たすのが先決だろう。伊月は南下を選択する。
バルブを回し、次の部屋へと入る。端末を見ると、B7の光点は伊月を追うようにC7へと南下していた。D7にいる光点はそのままD6へと移動し、E2の光点もまたE3へと東進している。これにより、バラバラに配置されていた北部の光点が一つの地域に群集することとなった。
ピピッと音が鳴り、伊月の端末にメールが受信される。送り主は隣にいるD6からだった。
『お前の役職は何だ』
メールにはそれだけが書かれていた。この文面からは事務的な響きしか伝わってこない。
純也たちではない。そうなると、池沢か田嶋か間宮か。この三人の中の誰かということになる。
「田嶋……ではないな」
少なくとも田嶋ならば、こんな直接的な言い方はしないだろう。
『こちらは魔女だ。そちらは?』
【魔女】は殺害スキルを有していない。ゆえに相手に与えるプレッシャーというものもまだ少ないはずだ。伊月は正直に自分の役職を明かす。
そしてしばしの沈黙ののち、相手から返信が来る。
『こちらは狩人だ。C7にいるのは魔物だが、こちらに従っている。合流しないか』
この文面に伊月は考え込む。相手が本当のことを言っているかは分からない。しかし信憑性はあった。
一見、誰とも相容れないと思われる【魔物】だが、実は【狩人】とは協力体制を作れるのだ。
【狩人】のスキルは【魔物】をエリアーに関係なく殺すころが出来るというものだ。ゆえに【魔物】は【狩人】が生きている限り、喉元に常に刃を突き付けられた状態ということになる。
このことを逆手に取れば、【狩人】は【魔物】と同エリアーになることだけを避ければ、【魔物】を自分の思うままに操ることが出来るということになる。
確かに辻褄は合う。あとは相手を信用出来るかどうかだ。
と、そこで新たなメールが受信される。送り主はE4。伊月の左斜め下にいる光点からだった。
『こちらは妖精だ。三人で協力出来ないだろうか?』
文面にはそう書かれていた。三人で――つまり向こうはD3にも同じメールを送っているということになる。
現在、明らかになっているのは、C7=【魔物】、D6=【狩人】、E4=【妖精】となる。
残った役職は【王】、【王子】、【王女】、【騎士】、【平民】の五つ。
この中で伊月が気を付けなければいけないのは、【王子】と【平民】の二人だ。E4が【妖精】だというのなら協力は可能だ。だがD3が気になる。いまだに明かされていないD3の役職。それが【平民】だった場合、伊月は殺害される。
『こちらは魔女だ。協力は可能だ。D3は?』
と【妖精】に送り返した。
返事は迅速だった。
『合流しよう。D3からも返事があった。向こうは【王子】だ』
【王子】。その単語にドキリとする。
しかし【王子】の殺害スキルは可否の選択権がある。そして【魔女】の身代わりを使うことで一度までなら、そのスキルを無効化できる。それならば――
『了解した』
伊月は【妖精】と【王子】と合流することを決めた。合流地点はF4。そこで南側に配置された光点とも接触を図ることになる。
伊月はそのあと【狩人】へ全員で協力する体制を作ることになったことを告げ、もし協力してゲームをクリアーするつもりならばF4まで来るように伝えた。
そして迎えた第四ターン。伊月はさらに南下することになった。