第三ゲーム 『ロール』 その9
純也の姿を見つけた美耶子は、こちらの胸が痛くなるほどの安堵の微笑みを浮かべて純也のところへと駆け寄ってきた。
「良かった……純也さんだったんですね」
状況としては最悪だった。美耶子といち早く合流出来たのは幸いだったが、しかし彼女の役職は純也とは決定的に相いれないものだ。
純也は暗鬱となる気持ちを顔に出さないように気を付けながら、自身も笑みを返した。
「美耶子さんも無事で良かったよ」
「他のみんなも早く合流出来るといいんですけど……」
端末を見る美耶子に倣い、純也もまた端末の光点の位置を確認する。
光点はさらに変化を続けていた。
現在の光点位置は、B7、C3、C5、D7、E3、H3、I3、I7になる。純也と荻野を除けば、全員が一ターン目と同じ動きをしたことになる。やはり先の光点四つは合流することなく進行を続けている。
それが何を意味するのか。
(隣接することを嫌っている? ということは、これらの光点の中の二つ以上は殺害スキルを有した役職ということか)
思考に没頭していたからだろうか、
「そういえば、純也さんの役職って何なんですか?」
ふとした美耶子の疑問に、純也はドキリとした。
「純也さん?」
不思議そうに首をかしげる美耶子に、純也は内心の焦りを悟らせまいと、さっと端末に目を落とす。
「へ、平民だよ」
純也の口から出た言葉は、そんな言葉だった。美耶子に嘘をついたことへの罪悪感を感じながら、純也は端末にスキル一覧を表示させた。
【平民】のスキルは魔女狩り。【魔女】と同エリアーになったとき、【魔女】を殺害することが出来るという。そして【魔女】のスキルは身代わりだ。対象のキャラの死を一度だけ無効化出来る。
【魔女】を味方に引き込むことが出来れば、これ以上ないほどに心強いだろう。【魔女】のスキルは一度だけとはいえ、絶対的な防御力を持っている。では【平民】の役割とは何なのか。
何かの本でちらりと読んだだけだが、魔女狩りの時代は悲惨なものだったらしい。隣人同士が疑い合い、何かの弾みでその歪みが爆発し、次々と無実の人々を冤罪の名のもとに処刑していったという。
その歴史に則るのならば、【平民】とは疑心を象徴しているのか。
「そういえば美耶子さんは【王女】なんだって?」
「ええ、端末には【王女】って書かれてました」
【王女】のスキルは聖女。対象の死を自身で引き受けるとある。つまり誰かの身代わりになるスキル。なるほど、確かにそれは聖女だ。犠牲の精神。慈愛の心。だが、このスキルを美耶子に使わせる気は純也にはなかった。
誰も死ぬことなくクリアーする。その誓いはいまだに純也の心に根付いている。
「【王女】の勝利条件ってどうなってた?」
各々に設定された勝利条件。【王】である純也は【王子】と【王女】を殺害し、王の証を持って玉座へ至ることだと設定されている。
では、慈愛の聖女の勝利条件とは何なのか。
美耶子は端末に目を落とし、何かを操作し、端末を純也へと差し出した。
「えっ、いいの?」
「はい。純也さんを信頼してますから」
にこやかに笑う美耶子に、純也は胸の痛みを強くさせながら、美耶子の端末を受け取った。
『
第三ゲーム ロール
あなたの役職は【王女】です。
詳細 慈愛の精神を持つ王女。
民からの信頼は厚く、それ故に王や王子からは敵視されている。
国の困窮を嘆いた王女は騎士と共に、王と王子の殺害を目論む。
スキル 聖女
指定した役職の死を自身が引き受ける。
勝利条件 一 【王】と【王子】の殺害
一 王の証を所持し、玉座への到達
残りターン 二十八
次へ 』
美耶子の端末にはそう表示されていた。
美耶子の勝利条件は、【王】と【王子】の殺害。なるほど王族同士で殺し合うゲームということなのか。そうなると、まだ見ぬ【王子】もまた【王】と【王女】の殺害を勝利条件としているに違いない。
そしてもう一つ気になるのが、王の証というものだ。王の証を所持し、玉座へと至ることがもう一つの勝利条件となっている。しかしMAPには王の証も玉座も記されてはいない。
自分で探し出すものなのだろうか。
『全員の行動が終了しました。スキルを使用しますか?』
スピーカーから妖精の声。
やはりこのターンでもスキルを使う者はいないだろう。
純也は美耶子に端末を返し、次の動きについて考えを巡らせる。
『スキルの使用はなし。三ターン目に入ります。各プレイヤーは行動を開始してください』
「これからどうしましょう?」
「そう、だな……」
ここから純也が取れる選択肢は三つある。
一つ目はI7にいる光点と接触を図るというものだ。相手が次のターンも左へ移動するのならば、純也たちが右へ移動すればメールでの接触が可能になる。
二つ目は北上した荻野を追いかけるというものだ。上には東進し続けるE3と、南下し続けるC3、C5がいる。一度に多くの情報を得ようとするのならば、北上するのがいいのかもしれない。だがこの中の誰かは間違いなく殺害スキルを有している。もしくは【魔物】が潜んでいるのかもしれない。
そして最後の三つ目は、上記のものを純也と美耶子で分担して行うということだ。そちらの方がターンの節約にはなるだろう。だがどちらがどのルートを行くのかという問題もある。
「よし」
純也は小さく頷き、次の動きを決定した。
「俺は一つ右隣へ行って、I7と接触を図るよ。美耶子さんはここから北上して、H3にいる荻野さんを追いかけてくれ」
「別行動、ですか?」
不安そうな美耶子に、純也は微笑みかけ、
「今は情報を集めるのが先なんだ。それに離れるわけじゃない。隣にいるから何かあったら、メールで連絡してくれればいいよ」
「分かりました」
こくりと頷く美耶子に、純也もまた頷き返す。
「じゃあ行こう」
そして純也は東のバルブを回すのだった。