第三ゲーム 『ロール』 その4
小部屋の中は物置になっていた。
いくつもの段ボール箱が積み上げられた部屋。空調が効いているのか、どこかひんやりとしていた。
純也は積まれている段ボール箱の一つを持ち上げようとした。
「ん……重いな、これ」
意外な重さを感じ、純也は段ボール箱の一つをそっと地面に下す。
「何が入ってるんでしょうか?」
上から覗き込む美耶子に、
「爆弾だったりして」
「も、もう、そんな冗談止めてくださいよ!」
慌てて後ろに下がる美耶子に、純也は軽く笑いながら、段ボール箱を開けた。
「…………え?」
そして息を呑む。
「ば、爆弾じゃないですよね……?」
恐る恐る段ボール箱の中身を覗いた美耶子もまた動きを止め、青ざめた表情で箱の中に入っていたものを見下ろした。
ざらざらとした黒光りする柄。そして同じく黒い光沢を放つ革製の鞘。
純也は震える手で、そっと鞘から柄を少しだけ引き抜いた。
そこから覗いたのは冷たく鋭利な光を放つ刀身。刀身には青ざめた純也の顔が映りこんでいた。
何も語ることなく、ただ箱の中で静かに鎮座するそれは、この部屋にいた全員の心胆を冷やすには十分すぎるほどで。
「サバイバルナイフ、か」
伊月が箱の中に収められていたナイフを手に取り、鞘から抜き放つ。
刃渡り二十センチはあるだろうか。伊月は刃の部分を何度か指でなぞるように触り、その場で軽く振ってみせた。
伊月がナイフを振るたびに、空気を裂く重量感のある音が部屋に響き渡る。
「……本物だな」
鞘に収めたナイフを箱に戻すと、伊月は小さく息を吐き出した。
純也の開けた段ボール箱にはこのナイフと同じ種類のものがいくつも納められている。
「ま、まさか、ここにある箱全部……?」
怯えた視線を積まれた段ボール箱に向ける美耶子。
誰でも分かる。このナイフは人を傷つけるために、用意されたものなのだと。
そしてもし他の小部屋にもこのナイフのような殺傷能力のある凶器が用意されていたとしたら。
ゲームの主催者はプレイヤーたちに殺し合いでもさせようとでもいうのか。それともこのナイフが次のゲームに必要になるとでもいうのだろうか。
「ど、どうします……?」
美里の言葉に、純也も言葉を詰まらせる。
このナイフは明らかに人を殺傷せしめる武器だ。これを持つということは、今後の展開でこれを使わなければならないこともあるということ。つまり人を傷つけ、ないしは死に至らしめることもあるわけで。
当然、純也たちにそういった行為の免疫があるわけではなく、誰もが目の前の凶器に当惑していた。ただ一人を除いて。
「俺が持とう。お前たちは持たなくてもいい」
そう言って、伊月がナイフを再び手に取った。
「あ……」
純也は思わず声を出していた。
伊月が純也へと視線を向けてくる。
しかし純也自身、何を言おうとしたのか自分でも分かっていなかった。
だが、純也にはナイフを振っていたときの伊月の瞳に暗く、強い炎のような意思が垣間見えたような気がした。果たして、伊月にナイフを預けてもいいのだろうか。伊月が自分たちにこのナイフを向けてくることがあったら。
(いや、何を考えてるんだ。俺たちは協力して、このゲームから生きて帰るって決めたんじゃないか)
伊月が自分たちを裏切るのではないか、そんな自分の浅はかな考えを恥じ、純也は伊月にナイフを預けることを決めた。
「何でもありません。えっと、ナイフは伊月さん預けますね」
「ああ」
伊月は素早く、ナイフが邪魔にならないように腰に固定する。
「俺は自衛官だ。刃物の扱いにも慣れている。まぁ、使わないに越したことはないんだがな」
そう言い、肩をすくめる伊月に、しかし純也の不安は消えることはなかった。
そして小部屋を出た純也たちはもう一つの小部屋へと移動した。
最初の小部屋にはナイフがあった。では、この部屋にもナイフ――あるいは何らかの凶器が用意されているのだろうか。
「開けますよ」
そう言って、純也はドアを開けた。
部屋の中は最初の小部屋と同じく、空調の効いた部屋に段ボール箱が山積みとなっていた。
先ほどのナイフの冷たいイメージがまだ脳裏に残っている女性陣たちはどこか段ボール箱に恐怖にも似た視線を向けている。
純也は慎重に段ボール箱の一つを下し、箱を開けた。
「…………筆記用具?」
箱の中には鉛筆やメモ帳といった筆記用具が収められていた。
「こっちは携帯用の食糧だな」
純也とは別の段ボール箱を調べていた伊月が、見慣れたメーカーの携帯用ソフトクッキーの箱を手に取って、こちらへと見せてくれた。
「食料は分かるけど、筆記用具……?」
なぜ、ここで筆記用具が出てくるのか。間違いない。きっと次のゲームで必要になるからだろう。
「たぶん、次のゲームで使うことになるはずです。えっと、留美さん、筆記用具を持ってもらってもいいかな」
「ああ」
留美が手帳と鉛筆を制服の胸ポケットへ入れる。
「食料も持っていった方がいいだろう。この先にも食料があるとは限らないしな」
「そうですね。ここにナップサックもありました。ここへ入れられるだけ入れていきましょう」
「あ、じゃあ私が入れますね!」
美里にナップサックを渡し、純也は端末から時間を確認した。
ゲームはまだ始まっていない。だけど、そろそろ移動しなくては刻限の三十分に間に合わない。
「そろそろ時間が迫ってきてる。行こう」
美里が食料を詰め込み終えるのを確認してから、純也はそう言った。それに全員が頷き、部屋を出ていく。
「あ、美耶子さん」
部屋を出ようとしていた美耶子を、純也は小声で呼び止めた。
「何ですか?」
小首を傾げる美耶子に、純也は段ボール箱の中で見つけたある物をそっと手渡した。
「……これは?」
美耶子の手には、手のひらにすっぽり収まるぐらいの黒い筒状のものがあった。
底が押し込めるようになっており、試しに押し込んでみると筒の先端から短い刃が突きだされた。
「っ!?」
びっくりして落としそうになる美耶子に、純也は慌てて説明する。
「これ、鉛筆を削るためのカッターナイフだと思う。これだったら持っていても気付かれないはずだから。護身のために美耶子さんに持っていて欲しいんだ」
「で、でも……」
その小さなナイフでは人を殺すことは到底できない。しかし、人を傷つけることは容易にできる。
そんなものを持つことに抵抗を覚える美耶子に、しかし純也は真剣な表情のまま続けた。
「使わなくてもいい。ただ持っていてくれるだけでいいんだ。お守りみたいなもの、じゃダメかな?」
「…………分かりました」
こくりと頷き、美耶子は簡易ナイフの刃を引っ込めると、制服のポケットへと仕舞った。
部屋を出ていく美耶子の背中をじっと見つめ、純也は思った。
もし何らかのトラップで今いるメンバーがバラバラになったとき、田嶋や間宮といった人間から身を守るための武器になってくれれば。
そういう思いから純也は美耶子に簡易ナイフを渡したのだった。
「でも……使わせちゃダメだよな」
美耶子に――そして伊月に人を傷つけさせてはいけない。これ以上、この馬鹿げたゲームで犠牲者を出させはしない。
「しっかりしろよ、俺……」
自分にだけ聞こえるように呟き、純也は心の中で気合を入れなおした。