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ブレインキラー  作者:
33/80

インターバル2 『休息』 その2

 料理、といっても缶詰の中身を炒めたりしたものだけれど、それらを紙皿に分けてみんなへと配っていく。

 温かな食事は張り詰めていた緊張を和らげるのに効果的だった。

 みんなが少しずつ笑顔を取り戻していく姿を見て、美耶子はホッと胸を撫で下ろした。

 神経を張り詰めたままでは体力が持たない。だからこそ休めるときは休んでおかなければならないのだ。

 だけど、


「あ、あの……」


 扉の前で一人、黙々と食べる純也へと美耶子は話しかけた。


「……ああ、美耶子さん。どうかした?」


 疲れきった顔。しかしその目だけがギラギラと野生じみた光を放っている。

 怖い。

 美耶子はそう思った。しかしそれ以上に、

 危ない。

 そう感じた。性格のことを言っているのではない。精神のギリギリまで張り詰めた緊張の糸がいつ切れてもおかしくない、一種の儚さを感じさせる危なさが純也からは感じられた。


「隣、いいですか?」


「別に構わないけど、俺のことは気にしなくていいよ。みんなのところで休んでたら?」


「こ、ここがいいんです!」


 そう言って、無理やり純也の隣へと座る。

 純也は不思議そうに美耶子を見やったが、すぐに意識を扉の向こうへと向けた。

 美耶子はそんな純也の横顔を淋しげに見つめながら、小さく呟いた。


「純也さんのせいじゃ、ないですよ……」


「えっ?」


 純也が視線を向ける。美耶子は口に出そうか逡巡したが、純也を今のままにしておきたくはなかった。だから胸の痛みを我慢しつつ、続きを話す。


「金本さんや、玲子さんが死んだことです。その、それは凄く悲しいけど、でも純也さんのせいじゃないです」


「気休めはよしてくれ……」


 しかし返ってきた言葉は暗く沈んだ声だった。


「俺のせいなんだ。俺がもっとちゃんとしていたら……フラッグで隠されたルールにもっと早く気付けていれば……金本さんも、月村さんも死なずに済んだかもしれない……」


「で、でも純也さんは凄く頑張っていました! みんなを引っ張って、誰よりも真剣に考えていました! だから」


「でも、死んだんだよ。救えなかった」


「だから、それは純也さんのせいじゃ……」


「いや、俺のせいだよ……」


 純也は小さく首を振った。

 考えてみれば、純也も美耶子と歳は変わらないのだ。まだ大人にもなっていない彼の心に、相次ぐ身近な人の死は到底受け入れられるものではなかった。

 ゲームの最中はゲームをクリアーするという目的があったから、その重みを誤魔化すことが出来た。しかしゲームの始まっていない今、彼の心に『死』という重責が一気にのしかかってきた。

 自分に出来ることは何だろうか?

 美耶子は必死に考えた。金本や玲子が死んだのは決して純也のせいではない。それはこの場にいる全員が知っていることだ。

 だが純也はそれらを全て自分の責任としている。みんなを引っ張る存在になっていたからこそ、死者が出たことは自分の責任だと。

 でも、それはおかしい。

 だって彼の言い分を認めるのならば――


「純也さんは、間違っています」


「え?」


「確かにもっと上手に出来たかもしれません。でも考えが至らなかったことが罪だというのなら、それは純也さん『だけ』のせいじゃないはずです。それは私たち全員の罪のはずです」


 美耶子は自分の心の底から湧き上がってくる感情に、自身が戸惑っていた。でも一度口に出した言葉は止まることなどなかった。

 次から次へと湧き上がってくる感情を言葉と共に吐き出していく。


「私たちは協力して、このゲームをクリアーするって決めましたよね。なら、私たちはチームです。それなのにどうして一人で背負い込もうとするんですか。私たちはお荷物ですか? 相談する価値もありませんか? 信じられませんか?」


「そ、それは…………」


「悲しいのはみんな同じです。みんな辛いんです。それなのにどうして、どうして純也さんは……一人で背負い込もうとするんですか。どうして私たちにも背負わせてくれないんですか……」


「美耶子さん……泣いて……」


 言われて気付く。自分の頬を熱い何かがこぼれていくことに。

 美耶子の心から湧き上がってくる感情、それは怒りにも似た悲しみだった。

 純也の言い分を認めれば、彼は一人でこのゲームに挑んでいたことになる。美耶子は純也と共にゲームに挑んでいるつもりでいた。思考や感情を共有しているつもりでいた。しかし純也は美耶子たちと何も共有していなかった。純也の言い分を認めるとは、そういうこと。だからそれが無性に悲しくなったのだ。


「……ごめん」


 純也は囁くように、そう呟いた。

 美耶子は涙を拭いながら、純也を見る。彼は相変わらず悲しみに沈んだ顔で、それでも小さく微笑んでいた。


「そう、だよな。悲しいのはみんな同じなんだ。俺だけが悲しいんじゃない」


 純也は両手で自分の頬を力の限りに叩いた。そして髪をわしゃわしゃと掻いた。


「ごめん、少し弱気になってたみたいだ。美耶子さんの言う通りだよ」


「純也さん……」


「俺はもう大丈夫。ありがとう、美耶子さん」


 そう言って微笑む純也の顔はいつもの彼と同じもので、それを見た途端美耶子はまた涙が溢れてくるのを止められなかった。


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