第二ゲーム 『フラッグ』 その22
ドアが閉まり、ロックのかかる音がする。
ドアにもたれかかるようにして座り込み、玲子は大きく息を吐いた。
「これで、よかったのよね?」
だがその言葉に返してくれる者はもうここにはいない。
今この場所にいるのは玲子一人だけなのだから。
後悔は、していない。
これが最善の答えだったのだと胸を張ることも出来る。
誰かがあの子供たちを守らなければならないのだ。
田嶋、間宮――
危険な大人たちから子供たちを。そしてそれが自分に出来るとは、残念ながら玲子には思えなかった。
暴力には負ける。そしてゲームを勝ち進むための思考力も純也には及ばない。
何も出来ない自分。ならば、少しでも子供たちを守ってあげられる方を生き残らせるのが最善ではないか。
だから後悔はしていない。
玲子は膝を抱えながらうなだれる。
かたかたとどこかで音が聞こえた。
違う、それは自分の体から発せられる音だった。
膝を抱える腕は傍目から見ても分かるぐらいに震えている。
後悔はしていないが、怖かった。
死ぬのが怖かった!
思い出せないが、きっと昔は『死』という言葉はどこか遠い場所にあるものなのだと思っていたのだろう。
テレビで見る誰かが殺されたとか、誰が死んだというニュース。
それらはただの情報でしかなく、だからこそ何も感じなかった。
自分には無縁なもの。そう思っていたはずだった。
それが今では自分のすぐ隣に在る。
そっと恋人を抱くかのように、優しく包み込もうとしている。
死の実感。
怖い、逃げ出したい。
それでも――自分のしたことに後悔はなかった。
玲子は自分の首輪へと手をかける。外れる気配はない。
残り時間はどれだけだろうか。自分はあとどれだけ生きられるのだろうか。
死の直前、思い出が走馬灯のように蘇ると言うが、
「何も、思い出せないじゃない……」
頭に浮かぶことと言えば、ここでの出来事ばかり。
(純也君は凄いわね。何だかみんなのリーダーみたい。あの子ならきっとみんなをこの悪夢のようなゲームから解放してくれるに違いないわ。美耶子ちゃん、強くなったわね。それに、純也君のことが好きなの、端から見てて丸分かりよ。気付いてないのは当人たちだけかしら。上手くいくといいけどな)
ここで出会った一人ひとりを思い返しながら、端末に表示される残り時間を見つめる。いつしか大好きになっていた子供たち。彼らとの記憶を思い返していると、不思議と恐怖はあまり感じなくなった。
(美里ちゃんは元気一杯よね。あの明るさにみんなが助けられてる。そういえば、伊月君によく絡んでたけど、美里ちゃんは伊月君のことが好きなのかしら? あ、でも留美ちゃんも伊月君のこと意識してそうだったから三角関係になるのかな? 留美ちゃん、いつも冷静で頼れるお姉ちゃんって感じだったな。私もああいう風になれれば良かったのに)
いつからか――ぽろぽろと、頬を涙が伝っていた。
ロックの解除される音。
伊月もクリアーしたようだった。
(伊月君、ごめんね。でも、私が生き残るよりは貴方が生き残った方が、きっとあの子たちを守れる力になれる。あの子たちをお願いね)
残り時間は三十秒を切っていた。
ぎゅっと目を瞑り、全身に力を込める。
「お母さん……」
顔も思い出せない誰かの名前を呼んだとき、端末の残り時間は0を示した。