第二ゲーム 『フラッグ』 その21
電子音が鳴り、ロックが解除される。
美里も無事に試験をパス出来たようだ。
「次は桃山、お前の番だ」
「伊月君……」
「振り返るな。行け」
いつも冷静な留美にしては珍しくその瞳が揺れていた。
だからその迷いを振り払うように、伊月は短く、そして力強く言い切った。
「……くっ、すまない」
「気にするな。あいつらを頼むぞ」
留美は振り返らずに、小さく頷いた。
そして留美が試験場へと入り、ドアがロックされる。
「伊月君……」
今まで話の輪に加わらず、みんなから離れていた玲子が伊月へと近寄ってくる。
「ああ、月山さん。次は貴方が受けてください」
「…………」
しかし玲子は神妙な顔をするだけで、何も言葉を返してはこなかった。
もしかしたら、最後の一人が犠牲になるという真実に気付いているのかもしれない。だが、だからといって伊月のすることに変わりはない。変わろうとも思わない。
「さて、この次は俺が受けさせてもらおうかな」
立ち上がり、田嶋が笑う。
「試験の答えを教えてやったんだ。別にいいよな?」
「好きにしろ」
伊月がそう吐き捨てると、田嶋は口元を吊り上げる。
伊月としては、田嶋に仕掛けてきてほしいと思っている。
田嶋の存在は危険すぎる。
田嶋は殺人を何とも思っていない。生き残るための手段と化している。この先、どんなゲームが待ち受けているかは分からないが、少しでも危険因子は減らしておきたかった。留美たちが一人でも多く生き残れるように。
だからこそ、田嶋と共にここで死ぬというのは、伊月にとって理想の死に方だった。
「そろそろ制限時間も迫ってきたなぁ」
恐怖を煽るためか、ゆっくりと、しかし制限時間という部分を強調しながら田嶋が言う。
だが、そんな言葉では屈しない。もう覚悟は決めたのだから。
だから田嶋がどんな脅迫をしてきても、自分の心は挫けないのだと伊月はそう信じていた。
「ここに来る前によ、渡辺っておっさんと会ったんだ」
だが次に田嶋が口にしたのは、脅迫とはまったく無縁の言葉。
何を言い出すのかと眉をひそめる伊月に、田嶋はその瞳に狂気を宿しながら声高々と嗤ってみせる。
「黄色のボタンが答えじゃないってのは、そのおっさんから教えてもらったんだよ。端末を一つ譲るって条件でな」
「その割には渡辺の姿がないようだが?」
「当たり前さ。殺した、からな」
田嶋は肩を大きく震わせて嗤い続ける。
殺した。また、殺したのか。
伊月は奥歯をかみ締める。
「落とし穴ってあるだろ? あれはな、最初は時間ロスという意味しかないトラップだ。だが立ち入り禁止区域が増えるに従って、意味が変わってくる。即死のトラップさ」
田嶋の言うことは理解出来た。
もし落とし穴に落ちた下のフロアーが立ち入り禁止区域だったら?
それはその場で死が確定するということ。ルールにも明記されている。立ち入り禁止区域に入った者の首輪が爆発する、と。
「で、その落とし穴におっさんを突き落としたのさ」
そう言って、田嶋は自分の首にはまっている金属の輪を指で叩いてみせる。
「これ、『本物』だぜ?」
「っ!」
横で玲子が短く息を呑むのが分かった。
「爆発はそんなに大きくないけどよ。ちゃんと首は千切れるんだ。落とし穴の下からおっさんの首だけが跳ね上がってきてな。恨めしそうな目でこっちを見てるんだよ。思わずサッカーボールみたく蹴り飛ばしたくなっちまったぜ」
「ひどい……どうして、そんなこと……」
「ああ? おかしなこと聞くな、姉ちゃん。そうしなきゃ生き残れないからに決まってるだろ?」
当然のことのように田嶋が答える。
それは伊月には予想出来た答えだった。
きっと田嶋は自分が生き残るためには、これからも殺人を繰り返していくだろう。
この閉じられた世界では、法律や倫理など意味を成さないのだから。
ロックの解除される音が鳴る。
留美もこれでクリアーだった。
「それじゃ、お先に。さて、どっちが生き残るのかねぇ?」
ニタニタと軽薄な笑みを残したまま、田嶋は試験場へと入っていった。
ロックがかかり、辺りを静寂が包み込む。
残り時間は二十五分。
一人は確実に死ぬ。この場所も立ち入り禁止区域となり、首輪が爆発する。
田嶋の言葉は確かに二人の心を抉っていた。
伊月の心には甘い考えが残っていた。実はこれは偽者の首輪で爆発などしないのだ、と。もしくは死に方を想像しないことで、ただの『現象』と化してしまいたかったのかもしれない。
だが、田嶋が語った明確な『死』は伊月のその甘い考えを吹き飛ばした。
首輪は本物。爆発し、首が千切れ飛ぶ。
自分の首がそうなるのを想像してしまい、伊月の中で『死』は『現象』ではなく、『現実』となってしまった。
ポケットに突っ込んだ手が小さく震え始める。
拳を強く握り絞め、その震えをごまかす。
覚悟はしたのだ。ここで死ぬ、と。
「月村さん、次は貴方が」
玲子は田嶋の言葉を引きずっているのか、どこか憔悴した暗い瞳を床に向けていた。
何か言うべきかもしれない。だが何も思い浮かばなかった。
やがてロックの解除される音が鳴った。
伊月はもしものときに備えて、全身に力を込める。
だが、田嶋が出てくる気配はなかった。
考えてみれば当たり前のことだ。自分が生き残るために人を殺すような奴が、自分の命をさらしてまで人を殺そうとするだろうか。
奴は嗤っていた。どちらが生き残るのか、と。
だから田嶋は何もしない。どちらかが死に、どちらかが生き残る。
そして生き残った方を『人殺し』と罵る。生き残るために他人を犠牲にした、自分と同類だと嗤うだろう。
それこそが田嶋の目的。
玲子は黙したまま、端末を読み込ませる。
ロックの解除される音。
玲子が見つめてくる。伊月は恐怖を押し殺して、短く頷いて見せた。
「伊月君、ちょっといいかしら?」
玲子が手招きする。時間もない。伊月は玲子のところへと歩み寄った。
「どうかしたのか? 時間がない、急げよ」
「……ごめんなさい」
それから起こったこと、それは伊月の全く予想もしていなかったことだった。
バチッと小さな音が鳴り、伊月の体が硬直する。
わき腹に押し付けられた黒い物体――スタンガン。
出力は最低限にしているのか、意識を失うようなことはなく、だが体を襲う痺れに一瞬だけ身動きが取れなくなる。
そして玲子は伊月の体を突き飛ばす。
試験場、へと。
「月、村、さんっ」
苦悶に顔を歪めながら、伊月が叫ぶ。
ドアが閉まっていく。
狭まっていく視界の中で、玲子は笑っていた。
「あの子たちを、お願い」
その透明な微笑みを見て、伊月は全てを理解した。
玲子は最初からこうするつもりだったのだ。
「何故、何故、なんだ……」
「大人は子供を守らなきゃね。でも、私じゃあの子達を守ってあげられない。だから、あなたが代わりにあの子達を守ってあげて」
「っ!」
伊月は体に残る痺れを振り切って、玲子へと手を伸ばす。
だが無情にもその手が玲子へと届くことはなかった。
閉ざされたドア。伸ばした手をグッと握り締め、伊月は吼えた。