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ブレインキラー  作者:
28/80

第二ゲーム 『フラッグ』 その20

 なるほど。

 田嶋の言葉に伊月は全てを理解した。

 どうするべきか、視線をさ迷わせる美耶子に向かい、伊月は大丈夫だと頷いてみせる。

 田嶋の言っていることは正しい。恐らく、それこそが正しい答えなのだろう。

 部屋の中には『三つ』の真実か嘘がある。

 そしてそれは台座に書かれた文章という狭いものだけを見ていては、決して気付けない。もっと広い視野で見ればすぐに分かる。

 美耶子は迷いを振り払うように頭を振ると、試験場へと入っていった。部屋がロックされる。


「伊月君、君は田嶋の言葉が真実だと思うか?」


 いつの間にか留美が伊月の隣に立っていた。


「恐らくは」


 伊月は田嶋へと視線を向ける。田嶋は言いたいことだけ言うと、伊月たちとは距離を取って床に座り込んだ。

 あとは我関せずといった様子で端末をいじっている。


「このゲームの陰湿さを考えれば、そういったひねくれた答えであってもおかしくはないと思う」


「ふむ、あたしも同じ意見だ」


「あ、あのぉ、どういうことなんですか? 私にはちんぷんかんぷんで」


 一人、話についていけない美里は目を瞬かせながら、留美と伊月を交互に見つめる。

 留美は頷くと、この試験について説明し始める。


「いいかい。この石碑にはこの部屋の中で正しい行動を示せと書かれている。そして部屋の中には『三つ』の嘘か本当かの何かがある」


「そこまでは分かりますけど、だからってどうして何もしないことが答えになるんですか?」


「では聞くが、台座には五つの文章がある。『三つ』の真実か嘘に対して、『五つ』の文。これはおかしくないか?」


「でも『D』の文章を軸に考えると、答えは」


「そう。まず、そこがおかしいんだ」


 美里の言葉を遮るように留美が言う。


「考えてもみたまえ。『D』を軸にするということは、『D』を『真実』と見なす。これに異論はないな?」


「はい」


「では残りの『二つ』の真実か嘘はどこに存在する?」


「えっ?」


「『D』を真実とし、『D』の文章に沿って物事を考える。ならば、選択した残りの二つの文章は全て『正しいもの』ということになる」


「あっ!」


 目を丸く見張る美里に、留美は小さく頷いた。


『  A 出口は赤の扉。Dは嘘つき。

   B 出口は黄の扉。Aは嘘つき。

   C 出口は赤の扉。Eは正直者。

   D 出口は黄の扉。Cは嘘つき。

   E 出口は青の扉。Dは嘘つき。  』



 『D』を真実とした場合、『C』は嘘つきということになる。そしてそれを真実として考えると、『C』の文章はこうなる。


『出口は赤の扉ではない。Eは正直ものではない』


 これをそのまま次の文章に当てはめる。そうなると、この『C』の文章は『D』と同じく『真実』になるのだ。

 同じく、『E』にしても同じ。『E』もまた真実を示すことになる。

 これでは石碑にある『一つの真実』、『一つの嘘』、『一つの真実か嘘』という条件を満たさない。

 つまり台座の文章に沿って、答えは探すということは問題外なのだ。


「で、でも、それじゃあ『三つ』はどこにあるんですか?」


「あるじゃないか。まず限りなく『真実』だと言えるものが」


「えっ?」


「部屋の中にあるものは、台座、扉、スピーカー、電光掲示板だったな。この中に『真実』を示すものがあるだろう?」


「あっ、時間……」


 美里の言葉に、留美は満足げに頷く。


「そう、電光掲示板に表示される残り時間。石碑には制限時間が十分だと記されていることから、この表示される十分という時間は『真実』を示していると言える」


「じゃあ、残った二つの『嘘』と『嘘か真実』は……」


「間違いなく、二つとも『嘘』を指すだろうな。もう分かっただろう?」


「スピーカーの妖精の話が『嘘』、台座の文章やボタンも『嘘』ってことですか」


「そういうことだ。だから、妖精の話を逆手に取ると、制限時間内にボタンを押さなければいいということになる。だから何もするなということなのさ。まったく、実にふざけた問題だよ」


 留美の言うとおり、ふざけた問題だと伊月は心の中で同意した。

 制限時間を設け、焦りや疑念を助長させながら結局は何もしないことが正しい答えだという。陰湿なこのゲームに相応しい試験だとも言えよう。

 伊月は田嶋へと視線を向けた。田嶋はまだ端末をいじっている。いや、端末に表示された何かをじっと見つめている。

 端末に何かあるのだろうか?

 伊月は自分の端末を取り出し、適当に操作してみることにした。

 表示される項目は全部で三つ。


 一 プレイヤー情報

 二 ルール

 三 ソフト


 果たして田嶋は何を見ているのか。もしくは伊月たちの知らないソフトをインストールし、それを見ているのか。

 プレイヤー情報を選択する。

 表示された画面には伊月卓という名前と、自分が陸上自衛隊のどこの隊に所属しているかなどといったデータが記されている。

 もしこの文章が本当だとすれば、伊月は自衛隊所属になる。果たしてそんな伊月を拉致、監禁し、騒ぎにならないことなどあるのだろうか?

 いや、伊月だけではない。この場にいる留美、美里、純也、美耶子、そして池沢という明らかに学生の五人。学生ならば家族と同居しているはずだ。果たして、自分の子供が行方不明になったとして、普通の親ならどうする? もちろん警察に通報するはずだ。

 つまり、騒ぎになっていなければおかしいのだ。

 外と隔離されたこの建物の中では分からないが、外では今伊月たちのことはどう扱われているのか。

 そんなことを考えながら、『ルール』の項目を、続いて表示される項目の中から『フラッグ』を選択する

 そこには何度も読んだ『フラッグ』のルールと制限時間が――


「っ!」


 その瞬間、伊月の全身を冷たい何かが一気に駆け下りた。

 手が震える。心の動揺を周囲に悟られまいと、気丈に無表情を装いながら、伊月はじっと表示された画面を見つめる。

 これだ。田嶋はこれを見ていた。

 伊月は確信する。そして絶望する。

 どう頑張っても、あと一人はこの『フラッグ』で死ぬのだから。


「……どうした?」


 留美の言葉に伊月は何も返せない。

 何度も計算しなおしてみる。だが、ダメだった。どうしても足りない。

 留美は伊月の端末を覗き込み、眉をひそめたかと思いきや、大きく目を見張る。

 どうやら留美も気付いたようだ。慌てて、自分の端末を操作し、伊月と同じ画面を表示させる。

 そして気付かれぬようにこの場にいるメンバーを一瞥し、再び画面へ視線を落とす。


「伊月君……」


「みんなには言うな」


 伊月にはそう返すだけで精一杯だった。

 二人の画面に表示されているのは、この『フラッグ』のルールと制限時間。二人が見ているのは、その制限時間だった。

 残り時間は四十六分を切ったところだ。

 そしてこの場には五人の人間がいる。

 明らかに制限時間が足りない!

 最初はこんなゲームに時間をかけすぎだと思っていた。だが、それも罠だった。カード回収と奪い合いだけではない。試験もまたフラッグの一部なのだ。

 制限時間が減ると共に増えていく立ち入り禁止区域。制限時間が0になるということは、このフロアー全てが立ち入り禁止区域になるということ。制限時間内に次のフロアーへ上がらなければ、首輪が爆発する。恐らくは試験場の中にいても、この結末は避けられない。

 試験をクリアーするには一人にして十分の時間が必要となる。

 この場にいる全員の分を計算しても五十分。

 明らかに足りないのだ。どう頑張っても、一人は試験を受けられない。

 それに気付いたからこそ、伊月は動揺した。果たしてこの中の誰が死ぬのか。

 ピッと音が鳴り、ロックが解除される。美耶子も試験を合格したのだろう。これで『何もしない』という答えが正解であることが実証された。


「美里君、次は君が受けるといい」


 留美が美里の背中を押す。


「えっ、で、でも」


「いいから早く。大丈夫。試験が始まっても何もしなければ合格出来るんだ。美耶子君も合格しただろう? さぁ、早く」


 押しやられるように、美里の姿が試験場に消えていく。

 ロックが閉まる。試験が始まる。


「田嶋は恐らく気付いている」


 伊月は田嶋に鋭い視線を向けながら、戻ってきた留美にだけ聞こえるように囁く。


「妥当だな。そして奴は仕掛けてくると思うか?」


「どうだろうな」


 田嶋は端末を二つ持っている。もし、わざと一回間違えて二回目の試験を受けるなどという行為をした場合、死ぬのは一人から二人に変わる。


「だが、そんなことをさせるつもりはない。奴が二回目を受ける前に拘束する。そうすれば死ぬ二人の内の一人はあいつになる」


「伊月君、君はまさか……」


「それが出来るのは俺しかいないだろう?」


 伊月はほんの小さく口元を歪める。笑おうとしたが、出来なかった。

 田嶋が仕掛けてきた場合、死者は二人になる。その内の一人を田嶋にしようと思えば、次の誰かが試験場に入るまで彼を拘束出来る人物が必要となる。そしてこのメンバーを見る限り、それが出来るのは伊月しかいない。

 つまり田嶋を抑えようと思えば、伊月は順番的に最後に試験を受けなければならない。そして最後のプレイヤーは制限時間が足らず、試験を受けることは出来なくなる。

 つまりは死、だ。


「君は……」


「俺にしか出来ない。なら俺がやる」


 自分に言い聞かせるように、伊月は口に出す。

 留美は何かを言おうと口を開いたが、結局言葉にはならずそのまま視線を逸らせた。


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