第二ゲーム 『フラッグ』 その19
純也が試験を受けに部屋へ入ったときから、美耶子はずっと純也の無事を祈っていた。
そしてロックが解除され、純也が出てこないことを知り、彼が試験をクリアーしたことを知った。
美耶子はそのことが涙が出そうなほどに嬉しかった。
純也は死なない。まだ生き続ける。
だが、それはまだまだ続く悪魔のゲームに再び囚われることを意味するのだが、それでも今を生き残れたことが純粋に嬉しい。
そして全員で純也の無事を喜び、次は誰が試験を受けるかという話になった。
美耶子は自ら進んで名乗り出た。
強くなりたい。純也の隣に立っていてもおかしくないほどに。彼を助け、支えられるぐらいに強くなりたい。
美耶子の胸にはそんな決意が宿っている。
みんなは消極的だった美耶子の突然の行動に目を見張ったが、誰も止めはしなかった。
端末を読み込ませようとしたとき、通路の奥から誰かが歩いてくるのが見えた。
誰か、なんてことは考えなくても分かる。
田嶋良平。金本を殺して彼の端末を奪った殺人鬼。
美耶子は自然と身体が強張るのを感じながら、それでも気丈に田嶋を睨みつける。
「よぅ、みんな揃ってるな」
軽薄な笑みを浮かべ、田嶋が片手を挙げる。
全員が田嶋を警戒する。彼は自分が生き残るためなら、他人を平気で殺すことが出来る。そして美耶子たちは田嶋を策にはめて、カードを奪った。そのときの恨みや怒りが田嶋に残っていてもおかしくないのだ。
しかし田嶋は何をするでもなく、全員の顔を見回し、眉をひそめた。
「ん? 純也ちゃんがいねぇじゃねぇか」
田嶋の視線が奥のドアへと向けられる。
「ああ、試験か。どうやらあいつはパスしたみたいだな」
何がそんなにおかしいのか、田嶋はくつくつと肩を揺する。
「次は美耶子ちゃんかい?」
「っ!」
田嶋の鋭い視線が自分に向き、美耶子は悲鳴を上げそうになったが、寸でのところで堪えることが出来た。
心臓がバクバクと鳴っている。喉がからからだった。田嶋に見つめられているだけで、命を削り取られているかのような錯覚さえ覚えてしまう。
田嶋は美耶子が最も苦手なタイプの男性だった。いや、苦手どころか恐怖さえ感じてしまう。
「そんなに身構えないでくれよ。納得はいかないが、あんたらは俺の命の恩人だ。今からどうこうしようなんて思っちゃいねぇよ」
「どうだかな」
伊月が全員を守るように前へ出る。
だが田嶋は軽く肩をすくめただけだった。
「だぁから、そんなに身構えるなって。せっかくヒントをあげようと思ってたのに、教える気なくなっちゃうよ?」
「ヒント?」
田嶋の言葉に留美が訝しげな視線を送る。
「ああ、渡辺っておっさんから試験の内容を聞き出したんだよ。試験を受ける前に、試験の内容は知っておきたいだろう?」
美里がうんうんと素直に頷く。それをたしなめる留美の視線に、美里は慌てて首を振る。
「だ、騙されませんよ! 嘘を教える気でしょ!」
「まぁ、信用するかしないかは、あんたたち次第ってことで」
そして田嶋は試験について話し出した。
部屋の中に入ると、五つの文章が書かれた台座が出てきて、十分以内に正しいボタンを押せと、妖精が言ってくること。
五つの文章の内容。制限時間。
田嶋は詳細に試験のことを語った。
「で、答えは黄色じゃないんだと」
「黄色じゃない?」
留美は首を傾げる。
「明らかに答えは『D』の黄色の扉だろう?」
「でも、渡辺のおっさんは黄色のボタンを押して不正解になっちまったんだとさ」
「どういうことだ?」
「まぁ、俺には『正解』の見当はついてるけどな」
「ほぅ、是非ご教授願えないかな?」
「ははは、そこまで教えてやる義理はねぇな……って言いたいところだけど、美耶子ちゃんが脱落するのは嫌だなぁ。美耶子ちゃんが俺にキスしてくれるってんなら教えてやってもいいぜ?」
「っ!」
美耶子は自分の顔がかぁっと熱くなったのが分かった。それが恥ずかしさからか、怒りからかは分からない、いや、恐らく両方だろう。
「そんなこと、絶対にしません!」
必死に搾り出した言葉でも、田嶋は煽るように口笛を吹くだけ。
「まぁ、冗談はさておき。時間もそれほど残ってないし、今回は特別に教えてやるよ。あ、これも信じる信じないは自由ね」
そう前置きして、田嶋は信じられないことを言った。
「試験が始まっても、何もするな」