第二ゲーム 『フラッグ』 その17
田嶋は通路を歩きながら、大きく舌打ちする。
目を瞑らずとも思い出せる、先ほどの醜態。
純也を嬲ることに夢中になり、思わぬ不覚を取ってしまったのだ。
スタンガンによる痺れはほとんど残ってない。
だが――
田嶋は手元にある二つの端末を見る。本来なら奪われているはずだった端末。あろうことか、痛みつけられた当人である純也が田嶋の端末を奪うことを止めた。
今、田嶋が生きていられるのも、純也のおかげなのだ。
それが田嶋には腹立たしくて仕方なかった。純也に借りを作ってしまったことに。
「あの甘ちゃんが……後で後悔させてやるっ」
腹の底でドロドロに煮えたぎる憤怒のマグマをなんとか抑えながら、田嶋はもう一度舌打ちする。
「ん?」
通路の向こうから誰かが歩いてくる。
目をこらせば、それがプレイヤーの一人である渡辺だということに気付く。
向こうも田嶋に気付いた様子で、田嶋の持つ二つの端末を見て、大きく目を見開いた。
まるで豚が必死に地を這ってくるかのように、無様に転びながらも渡辺が田嶋の足元にすがりつく。
「た、頼む! 助けてくれっ!」
涙を流しながら懇願する渡辺に、田嶋は眉をひそめた。
「おいおい、いきなりなんだよ」
鬱陶しい豚を蹴り飛ばそうかと、田嶋はその足に力を込め始める。
だが渡辺の次の言葉に、田嶋は渡辺を蹴ることを忘れた。
「私は試験に落ちたのだ。だから君の端末をゆずってくれないか? 幸いなことに君は端末を二つ持っている。その一つを譲ってくれ。金ならあとでいくらでも払う」
試験に落ちた。
その言葉に田嶋はニィと口元を吊り上げた。
そして手元の端末を素早く操作し、目的のものを見つける。
「まぁ、譲ってやってもいいが、一つ聞きたいことがある」
「ほ、本当か! 話す! 何でも話すから、端末を譲ってくれ!」
田嶋は今にはこぼしてしまいそうな笑みを押し殺しながら、渡辺を立たせた。
「なに、聞きたいことは試験についてだよ。あんたに端末を渡してしまえばやり直しが利かないからな。どんな試験だったのか、教えてもらいたいのさ」
「ああ、話す! そんなことでいいのなら、いくらでも話すよ!」
渡辺は涙と鼻水を垂らしながら顔面に喜色の笑みを浮かべる。
「まぁ、時間も惜しいから歩きながら話そうか」
「ああ」
そして渡辺は試験の内容について話し出した。
「なるほど、つまり制限時間内に正しいボタンを押せばいいんだな」
「ああ、そうなる」
「で、あんたはどの色のボタンを押して間違えたんだ?」
「今考えてみても、正解はあのボタンしか考えられない。それ以外は全て矛盾したんだ。それでも私は不正解だった。何故だ?」
「それは俺には分からんな。で、何色だったんだ?」
渡辺は試験のときの出来事を思い出したのか、苦渋の表情で搾り出すように呻いた。
「……黄色だ」
「黄色、ね」
黄色のボタンは不正解。そして目の前にはT字路。
「まぁ、これだけ分かれば十分か」
田嶋の言葉に渡辺はぱっと表情を輝かせる。
「そ、それじゃあ――」
「ああ、ご苦労さん」
そして田嶋は渡辺をT字路の右側へと蹴り飛ばした。
「えっ?」
何が起きたのか分からないと言う顔で渡辺が田嶋を見つめる。
バランスを崩した渡辺は数歩足を踏み出し、何かのスイッチを踏んだ。
「あばよ」
その顔に邪悪な笑みを浮かべ、田嶋が手を振る。
「お前、だまし――」
だが渡辺が最後まで言葉を発する前に、渡辺の足元の床が消滅する。
落とし穴。最初はただの時間ロスのトラップだった。だが階下が全て立ち入り禁止エリアとなった今では――
「あああぁぁぁ――」
渡辺の姿が見えなくなった刹那、ズドンと大きくも小さくもない爆発音が響く。火薬の匂いと共に『渡辺の頭部』が跳ね上がってきた。
恨みと怒りと悲しみと……様々な感情が浮かんだ表情で田嶋を睨みつけながら、渡辺の頭部は再び階下へと落ちていく。
「はは」
床が元通りになったあと、田嶋は乾いた笑みを浮かべた。
「本物、かよ」
自分の首にはまっている首輪に手をやりながら、恐怖と興奮に染まった笑みを田嶋は浮かべ続けた。