第二ゲーム 『フラッグ』 その16
中へ入ると、そこは細い通路になっていた。
道幅は狭く、人が二人並ぶことは出来ないだろう。
通路は白一色だった。目が痛くなるような白。
視界を汚染する白から目を逸らすように、純也は奥に見える緑色のドアを見つめた。
あのドアの向こうが試験場だろう。
ごくりと唾を飲み込み、純也は白い通路を歩く。
だが、その間も思考を停止させない。
試験場には嘘が一つ、真実が一つ、嘘か真実か分からないものが一つあると石碑にはあった。
そして試験場で正解となる行動をすることが、試験クリアーの条件となる。
留美の言った通り、これは確率論の問題なのかもしれない。
だが――
「ここまでのゲームは全部陰湿なものだった。いまさら、そんな普通の問題が出るだろうか?」
純也にはそこが引っかかっていた。恐らくあの石碑にも裏の意味がある。
だが、今はそれが分からない。まずは試験場に入らなければ。
ドアの取っ手に手をかけ、一息にドアを開け放つ。
そこは小さな部屋だった。広さは最初のゲーム、ロジックキューブを受けた部屋とさほど変わらないだろう。
だが驚いたのは部屋の内装だった。
辺り一面には鬱蒼と茂る樹木があった。いや、違う。
本物のように見えるが、よく見るとそれは壁一面に描かれた森の絵だということが分かる。あまりにリアルなため、まるでジャングルの奥深くにワープしてきたかのような錯覚を覚えたのだ。
天井は青の単色で塗りつぶされ、人工物の灯りがまるで太陽のようにも見えた。
「妖精の集まる広場、か」
石碑の言葉に納得しながら、純也は部屋の中を見回した。
純也が入ってきた緑のドアとは別に、奥には三つのドアが並んでいた。右から順に、赤、青、黄の三色だ。
試しにドアが開かないか試してみるが、全てロックされているようだった。
「試験はまだ始まっていないのか……」
もう一度試験について考えようとしたその矢先、背後でピッと音が鳴り、純也の入ってきたドアがロックされる音が聞こえてくる。
どうやら試験が始まるようだ。
もう引き返せない。高鳴る鼓動を抑えながら、ゲームの開始を待つ。
カチリと歯車のかみ合う音がどこかから聞こえ、部屋がかすかに振動する。
部屋の中央の床が左右にスライドし、何かがせり上がってくる。
「これは……」
それは黒い台座だった。高さは純也の腰ぐらいまでのもので、大人二人が抱えられるほどの大きさだ。
中央には文字が刻まれており、一番下には赤、青、黄の三色のボタンが直線状に配置されている。
『やぁ、こんにちは』
突然聞こえてきた声に、純也はビクリと肩を震わせる。
台座と共に出てきたのか、天井の隅にはスピーカーがあり、そこから何者かの声が流れていた。その下には、これもいつ現れたのか、電光掲示板が出現している。だがそこにはまだ何も表示されておらず、黒い沈黙を見せているだけだ。
『僕たちは悪戯好きの妖精さ。君は旅人で、僕たちのいる森に迷い込んでしまった』
ゲームの説明だろうか?
感情の起伏のない、機械音声のような妖精の声ははっきり言って、気持ち悪い。
『君はこの森から出たい。でも僕たちは悪戯妖精。簡単に出口を教えてはあげない』
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
どうせこれは機械で録音された音声を再生しているだけ。相手に聞こえているとは思えないが、純也は思わず口に出してしまう。
すると、まるでそれが伝わったかのようにスピーカーの向こうからかたかたと笑い声が響いた。
『僕たちは君を使って、ゲームをして遊びたいのさ』
「ゲーム?」
『ルールは簡単だよ? この森から出るには、制限時間内にそこの台座にあるボタンを押せばいいんだ』
純也の視線は台座の上にある三つのボタンへ向けられる。
『それらのボタンは奥にあるドアの色と連結しているよ。赤いボタンは赤いドアって感じでね。正しいボタンを押せば、ドアのロックは解除されるよ。そしてどのボタンを押すかは台座の上にある妖精たちからの文章を読んでね?』
「それが試験の内容なのか?」
『さぁ、ゲームを始めるよ?』
ピッと音が鳴り、電光掲示板に制限時間である十分が表示される。
妖精がゲームスタートを告げると同時に、掲示板の数字がゆっくりと減り始める。
純也は慌てて台座へと駆け寄った。
台座には妖精が言うように文章が書かれている。
文章は以下の通り。
『 A 出口は赤の扉。Dは嘘つき。
B 出口は黄の扉。Aは嘘つき。
C 出口は赤の扉。Eは正直者。
D 出口は黄の扉。Cは嘘つき。
E 出口は青の扉。Dは嘘つき。
』
そして、試験を開始する前にもう一度ルールを確認しておく。
この部屋の中には嘘が一つ、真実が一つ、嘘か真実か分からないものが一つある。
そして試験をクリアーするには、この部屋で正しい答えを行動によって示さなければならない。
さぁ、正しい答えを示せ。